祭りと花火ととグラサン少女
「祭りと花火とグラサン少女」
〜3〜 【崩れ出す目論見】
>>>
翌朝、僕がいつも通り、校門を通り抜けようとすると、昨日に引き続き、小鳩真理が僕の前に立ち塞がった。
僕はわざとらしく、怪訝な表情を浮かべて、こう言った。
「待たせてしまい、申し訳ありませんでした、と僕が謝ると思いますか?」
「本当に、あなたは性格が悪いですわね。」
小鳩真理はそんなことを言いながらも、昨日より、冷静さを装っているようにも見えた。
昨日、夕波みつきと大海なぎさに頼んでおいた作戦の一つの効果だろうか。
「返事を、聞きますわ。まぁ、もちろんあなたは勝負を受けるのでしょうけれど。」
「勝負は受けましょう。ですが、その前に……可能であれば、この勝負の依頼、取り下げてください。」
僕のその発言を聞いて、小鳩真理の眼は見開かれた。
「私が取り下げるとでもお思い? くだらない冗談は抜きで良いですわ。
大体あなた、私のお父様に、この件をお話になさったのでしょう?」
「えぇ、お話させて頂きました。もちろん、勝負の件についても承諾を頂いておりますので、ご心配なさらずに。」
小鳩真理は、僕の言葉に対して舌打ちをして、僕を睨みつけた。
性格や言動さえ、もう少し大人しければ……それなりに整った美貌を持っている小鳩真理は、きっと大学の人気者だっただろう。
しかし、これでは同性からも異性からも、距離を置かれるだけにしかならない。
友人が少ない僕に言えることでは無いが……なんとなく、小鳩真理の環境には、見るに堪えないものがあった。
「いろんなところから……あなたのことについてお話を伺いましたわ。
学業に関しては、学年トップ。入学の試験は、歴代最高得点をマーク。目的のためなら手段を選ばない狡猾さを持つ。
正直言って、あなたは私にとって、大変厄介な存在ですわ。実に目障りですもの。
だからこそ、私は、あなたに痛い目を見てもらいたいのですわ。」
相手にとって不足無し、と言いたいのだろうか。
それとも、虚勢を張っているだけだろうか。
いずれにしても、僕には関係の無いことだった。
「痛い目を見るのは、あなたかもしれませんよ?」
しかし、僕の口撃に、小鳩真理は反抗を示さなかった。
「勝負が……待ち遠しいですわね。」
むしろ勝ち誇った様子で、胸を張って答えた。
>>>>>
それから僕たちは、十二月に行われる大学祭に向けての動きがスタートした。
出展するブースは、大学側から提示された【友情】というテーマに沿って、構成を考える必要があったため、まずはその相談から始まった。
「【友情】かぁ。簡単なようで、難しいテーマだよねぇ。」
大海なぎさが、腕組みをしながらそう言った。
その隣では、黙ってうんうんと頷く蒼谷ゆいが姿もあった。
「写真で【友情】を表現するには、どうしたら良いのでしょうか。やはり、ここは地道に写真を探しますか?」
「地道に探すって言っても、そんな簡単に写真撮れるのか? モノじゃないんだしなぁ。」
僕の意見に、蒼谷ゆいは若干の難色を示した。
確かに……海や山のような風景写真を撮るのとは違う。
「あっ、私、良いこと考えた。」
誰もがどういった形でテーマを表現しようか考える中、ふと、そんな言葉を発したのは、夕波みつきだった。
「私たちが写真を撮るのも良いかもしれないけれど、それじゃあ人は集めにくい。
だから、いろんな人に写真を撮ってもらうのってどうかな?」
「えっ? それってどういうこと?」
夕波みつきのアイディアに、大海なぎさは首を傾げた。
「つまり……こういうことでしょうか? ブースにやってきた人たちに、その場で記念写真を撮ってもらって、それを展示する、と。」
「そういうこと。」
「なるほどぉっ!」
大海なぎさの眼に、星のような煌めきが浮かんだような気がした。
夕波みつきのアイディアは、テーマである【友情】に触れることが出来る上、
小鳩真理との対決のカギになっているブースの来場者数にも貢献しうる可能性を秘めている。
となれば、ブースへの呼び込みが、ブースの展示品の向上と、来場者数の上昇に繋がってくるだろう。
「もちろん、それ以外の展示品として、私たちで地道に写真を撮ることも大切だろうけど、メインはそれが良いんじゃないかなって。」
「凄いアイディアだよ、みつき!」
「二人はどう思う?」
僕も、そのアイディアには賛成だった。
蒼谷ゆいは、どうせ大海なぎさといつも同意見なので、聞くまでも無く賛成だった。
「それじゃあ決定だねっ。みんなで頑張ろう。おーっ!」
それぞれの想いを胸に、僕たちは立ち上がり、拳を軽くぶつけ合った。
>>>
「あぁ言ってみたものの……。」
実際、大学祭で何をするか、それを私は何も考えていなかった。
あの水原月夜の平伏す姿さえ見られれば、内容さえどうでも良いと思っていただけに、具体案など、私の頭の中に存在しなかった。
コトリ、と口を潤していたコーヒーのカップを、テーブルに置いた。
ここは大学の中にあるカフェテリアの一角。
他の生徒はあまり見かけない。授業時間中なのだから、それは当然だった。
「どうやって、料理して差し上げましょうか。」
テーブルの上には、コーヒーの他に、何枚かの紙があった。
ある紙は、水原月夜に関する情報が記載されていて、またある紙には大学祭のブース出展要綱が記載されていた。
一通り目を通したものの、だからと言って名案がすぐに浮かぶわけでは無かった。
なんとなく、再び、水原月夜に関する情報が記載された紙を手に取った。
「水原月夜、十九歳。男。」
頭の方から、読み返していく。そして、やはり、ある一文に目が留まった。
「……幼少期に父親が謎の失踪、母親は過労により心身ともに衰弱しており現在は入院中……。」
水原月夜は、家庭に恵まれた環境で育ったわけでは無かったのだ。
最初にこの一文を見た時は、いい気味だ、そう思った。
でも、何故か心に引っ掛かりを覚えて……。
「って、一体私は何を考えているのかしら。」
頭を左右に振り、雑念を払った素振りを見せた。
しかし、どうにも気持ちが落ち着く様子が無く、結局私は、その紙を読むのを途中でやめた。
思考を切り替え、どうやって水原月夜に対抗するかを考えることにした。
大学祭のテーマは【友情】。実に、憎たらしいテーマだった。なんたる偶然か、私の嫌いな言葉一位。
馴れ合いや仲良しごっこは、見ているだけで不快感を持っていた私だからこそ、余計にアイディアが思い浮かばなかった。
「でも、それならば、別の手を取る方法もあるわね。」
大学祭に出店する展示のアイディアこそ、一つも思い浮かばなかった私だったが、別の意味でのアイディアは豊富だった。
何も、大学祭まで呑気に待つ必要は無い。ありとあらゆる妨害工作を講じて、サークルごと壊してしまえば良いのだから。
「そう……例えば【友情】を……ウフフッ。」
例えば、夕波みつきと大海なぎさ。
昨日の様子からして、二人の仲は相当良さそうに見えた。
あの二人の【友情】を壊してしまえば、サークルの存続は難しくなるに違いない。
そうなれば、あの広い部室は私のモノになり、水原月夜も大学祭での勝負を待たずに、白旗を上げるだろう。
水原月夜の自尊心は、サークルの崩壊でも大きな打撃を受けるはず……。
「思い立ったが吉日ですわね。」
そう呟いて、私は不敵な微笑を浮かべた。
>>>
「もう少し学校に残って、水原と話がしたい」と言ったみつきに別れを告げ、私は先に下校することにした。
十月も近いことから、少しずつ肌寒くなってくる時期。衣替えだなぁ、と私は呟いた。
校舎から正門に伸びる桜並木もすっかり夏の様子を無くしていた。
「うぅん。コート欲しいなぁ。」
すれ違う人の中には、暖かそうな服を着た人も何人か居た。
正門まで来たところで、私はある人の姿を見つけた。
「あれっ? 小鳩さん?」
オレンジ色の可愛らしいワンピースを着た小鳩さんが、正門の前に立っていた。
まるで、誰かを待っているような様子の小鳩さんは、私の言葉に反応し、目を見開いた。
「待ってましたわ。」
「えっ、待ってた? 私を? あっ、もしかしてサークル入りたくなった?」
「違いますわっ!」
即座に否定され、私は不満げにアヒル口を見せた。
「まぁ、全否定するわけでは無いのですけれどね。サークルには入らないけど、あなたとお友達になりたいのですわ。」
「ほんとっ!?」
小鳩さんの思いがけない発言に、私は驚いて軽く両手を挙げながらそう言った。
お友達になりたい、なんて小鳩さんが言ってくれるなんて、青天の霹靂だった。
「えぇ、本当ですわ。昨日は途中で屋敷から追い返してしまって申し訳ありませんわ。改めてじっくりお話したいですの。」
「私もお話したいと思ってたんだ! 良かったぁ。」
私は、小鳩さんに連れられるまま、昨日と同じように、小鳩さんの屋敷へ向かった。
>>>
「小鳩さんって、水原君のこと、もしかして好きなの?」
そんな質問をいきなりされて、私の眼は点になった。
私の屋敷に到着し、私の部屋に案内するなり、大海なぎさはそんな言葉を発した。
「あ、え? えっ?」
大海なぎさの表情は、にこやかだった。
私の言葉にならない声に、大海なぎさは再び同じ質問を、少し言い方を変えて言った。
「水原君のこと、気になるの?」
「冗談っ……! そんなわけあるとお思いですのっ!?」
喰いかかるように私は身を乗り出し、大海なぎさの顔を睨みつけた。
「んー、そっかぁ。じゃあ私の気のせいかぁ。」
「当然ですのよ。あぁ言うのは、私が一番嫌いな性格ですわ。」
「でもでも、そこまで悪い人じゃないんだよ? 確かにちょっと不思議なところもあるけど、優しいところもあるんだよ。」
不思議なのはあなたですわっ! とも言いたくなったが、大海なぎさはこれでも私より先輩。
その思いを胸の中にしまっておいて、私は黙って大海なぎさの言葉を聞いた。
「この前なんてね、みんなの分の飲み物も買ってくれたんだよ。しかも、ちゃーんとみんなの好み知っててね!
私が飲むオレンジジュースは果汁百パーセントじゃなきゃダメだってことまで、一度も言ってないのに。凄いよねー。」
大海なぎさの話す言葉そのものに、私は興味が無かった。
しかし、その言葉の深層には、水原月夜の性格が表されていた。
観察力が高い。水原月夜は、状況を読むのが得意。大海なぎさは、そんなことを間接的に言った。
私は、大海なぎさからいろいろ聞き出すことで、水原月夜の情報を得る。そして、夕波みつきと大海なぎさの距離を遠ざける。
そんな二つの目的を狙っていた。
昨日の会話で、夕波みつきの方は崩しにくいと思ってのことだった。
ガードが固くて、懐に潜り込むのは困難だと判断し、大海なぎさ側からの瓦解を試みた。
先程の質問には、さすがの私もたじろいでしまったものの、天然タイプの大海なぎさならそれぐらいの意表を突くことは日常茶飯事なのかもしれない。
「でねでね……。」
大海なぎさは、私が言葉を挟む間を与えることなく、延々と話を続けた。
水原月夜のこと以外にも、夕波みつきのことや、最近偶然見かけたアイドルの話、昨日作った焼き魚が美味しかった話など……。
私にとってはどうでも良いようなことも、たくさん大海なぎさは話した。
「あ、私ばっかりしゃべっちゃってごめんね!」
申し訳なさそうに、両手を合わせて謝ってきた大海なぎさ。
すっかり、私と友達になった気でいるのだろうか。全く、呑気を絵に描いたようだとさえ思った。
「えーっと、そうそう。そういえば、小鳩さんは?」
「何が、ですの?」
「私と話がしたいって言ってたからー。小鳩さんの話も聞きたいんだ!
こんな大きいお屋敷に住んでいて、きっと美味しい食べ物とかいっぱい出るんだよね!?」
大海なぎさの眼は、キラキラと輝いていた。
別に話したところで何も問題は無かったため、適当に、普段私がどんなものを食べているかを答えた。
「へぇええええ、高級レストランの元シェフが料理作ってるんだ、凄いね!」
「そんなことぐらい、大したことないですわ。」
大したことはなかった。生まれた時から、こんな生活だったのだから、私はこれ以外の世界を知らなかった。
「そっかぁ。でも、やっぱり凄いなぁ。もし私が小鳩さんだったら、お屋敷抜け出しちゃうかもしれないし。」
「何を、仰っているのかしら?」
大海なぎさが、急にそんなことを言い出したため、私はその言葉の意味を上手く飲み込むことが出来なかった。
「私だったら、息が詰まっちゃうもん。でも小鳩さんは、ちゃんと息してるから。」
そう言って、柔らかな微笑を浮かべる大海なぎさが、なんだか私には畏怖の対象であるかのように映った。
「それは褒め言葉なのかしら?」
「そうだねぇ。褒め言葉というよりは、尊敬、かなぁ。」
尊敬、私の好きな言葉だった。
もっとも、言われて一番好きな言葉であり、私が誰かを尊敬するという意味では無いのだけれど。
私は、少しだけ気持ちが良くなった。一瞬の畏怖もそれで消え去ってしまった。
しかし、私は油断をしていた。
大海なぎさの内面を見誤っていた。それに気が付いたのは、わずか数秒後だった。
「私から水原君のことを聞き出そうとしている姿勢を、私に悟られないようにしているところとかも。」
さすがの私でも、面を喰らった。
目の前の、天使のような微笑を浮かべる悪魔から、私は視線を逸らせなくなってしまった。
「やっぱり、水原君のことが、好きなんじゃないのかなぁ?」
すぐにその言葉に返答することが、私には出来なかった。
図星だったから、では無い。水原月夜のことが好きなど、断じて無い。
天使のような悪魔に、私は再び恐れたからだった。
大海なぎさは、天然では無い……。天然というネコを被った、策士。
「うぅん。動揺するのはわかるよ? 私も小鳩さんだったら、動揺しちゃうだろうし。
でも、正直に話して欲しいんだぁ。水原君のこと、どう思っているのか。」
「あ、あなた、まさか水原月夜に言われて、わざと一人でっ……!」
しかし、大海なぎさは首を左右に振った。
「あぁ、そっかぁ。水原君の差し金で、私が小鳩さんにわざと近づいたって思っちゃっているのかぁ。
大丈夫だよ。これは私の意思だから。でも、水原君なら確かに、私を利用してこんなことを考え付いちゃうかもねぇ。」
大海なぎさは、顎に左手の人差し指を当て、天井を見つめながらそう言った。
「水原君ってさ、ほんと、洞察力が凄いんだよねぇ。そんな水原君を観察するのが、私は楽しいんだ。
小鳩さんも、そうかな? ってちょっと思ったんだけど……。その様子だと違うかぁ。」
「あ……あなたと一緒にしないでくださるっ!?」
精一杯、語尾を強めて、私はそう言った。
でも大海なぎさには、全く効果が無かった。相変わらず微笑を浮かべていた。
「あれれ、ひょっとして嫌われちゃったのかな、私。」
残念そうには見えない表情で、大海なぎさは私を見ていた。
それが何だか、堪らなく悔しく思った私は、無意識のうちに、机の上に乗っていたベルを鳴らして、側近である乃木を呼び寄せてしまった。
ベルの音が部屋で反響しなくなる前に、天井から、二メートルはあるかという巨体の男が姿を現した。
「わわっと、この人が、水原君の言ってたおっきな人かぁ。確かに大きいなぁ。」
「謝りなさいっ、私に恥をかかせたことを!」
「小鳩さんに恥をかかせたつもりなんてないよ? 私は小鳩さんといろいろお話がしたいだけだもん。」
乃木が私の傍に居るにも関わらず、表情を崩さないまま、大海なぎさは言葉を続けた。
しかし、私の勢いはもう止まることは無かった。
「これ以上、私はあなたと話したくないですわっ! あなたと友達になるなんて考えた私がバカでしたわ!」
「……わかった。今日は、もう帰るね?」
寂しそうな表情になった大海なぎさは、そんな言葉を言い残して、一人、部屋を出て行った。
結局、呼び寄せた乃木は、下がらせて、私はドサッと柔らかいソファに座り込んだ。
私は、何がしたかったのだろうか。
本来であれば、大海なぎさを通して、水原月夜のことを探るという目的と、夕波みつきと大海なぎさを引き離して、
サークルを内側から崩壊させるという目的への足掛かりを、作るはずだった。
それなのに、状況はそれとは全く逆の方向へ進んでいるような気がしていた。
猛烈な虚脱感に襲われた私は、そのまま倒れるようにソファで寝てしまった。
続く