はじまりの魔法とグラサン少女




〜10〜



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進藤竜一、ミニョルフ、大海なぎさの3人との戦闘から、早くも1週間が過ぎた。
それまで体内を巡っていた呪いを解呪することに専念していた右京こまちは、2日前に歩けるようになり、
昨日には、以前の60%ぐらいまでの力を取り戻していた。

その右京こまちは、私に向かって刺突の体勢を取り、突撃してくる。
・・・しかし、その動きは、以前よりだいぶ遅くなっている。やはりまだ完全に体力が戻っていないようで、
私でも余裕で回避できるだけの速度に過ぎなかった。

「んっ」

左に跳躍し、受け身を取りつつ、体勢を維持する。
右京こまちの振った刀は宙を薙ぐ。

「ちっ・・・避けたか。」
「・・・やはり、まだ無謀ですよ。こまちさん。動きを見ていればわかりますが、あなたはまだ体を庇っている。」
「リハビリに付き合う、と言ったのは、烏丸祐一郎、お前だ・・・黙って相手になればいい。」
「はぁ・・・まったく。仕方ないですね。」

それまで一度も抜いていなかった腰の剣に、私は手を触れる。
それを見た右京こまちは、再び私に向かってくる。横に薙ぎ払う体勢だ、左右に跳躍されるのを防ぐつもりだろう。

ガキンッ!
金属が鈍く激突する音が鳴り、私は右京こまちの攻撃を受け止めた。
右京こまちの今の力では、私の防御を超えて一度でも踏み込むことはできないだろう。
ガリガリと音を立てながら、完全につばぜり合いの状態となる。

「あなたのその刀・・・確か妖刀【影桜】と言いましたか。あの包帯のような物で普段は刀身を包んでいるようでしたが、
 それが今は無いということは、それなりに、その刀が秘めている力を解放しているのでしょうか?」
「・・・そういうことになるな。」

なるほど、先ほどからかなり剣先に力を集中しているにも関わらず、万全でない右京こまちを弾き飛ばすことができないのは、
少なからず、その妖刀の助力によるものなのだろうと思う。

「余裕の表情を浮かべていられるのも、今のうちだぞ?」
「・・・くっ!?」

突然、右京こまちの着ている、紺を基調とした和服の胸元から、1本の包帯のようなものが現れた。
まるで蛇であるかのように、うねうねと動くそれは、私の顔目がけて一直線に飛んできた。
あまりにも素早い動きだったため、まったく反応することができないまま・・・

「・・・チェックメイトだ。」

私の首元に、包帯のようなものが絡みつく。
あとは、呪いが包帯を伝って私に送り込まれれば、私の負けだ。

「まったく、あなたは本当に恐ろしい人だ。」
「・・・そうだな。」

右京こまちは、そう言って、私の首に絡みついた包帯を取り戻し、刀に巻きつかせ、腰に収める。
勝ち誇った表情を私に見せる。あれほど辛い表情を見せていたはずの1週間が、まるで嘘のようだ。
私も、右京こまちに倣うように剣を腰に仕舞う。

「1つ、聞きたいことがある。」
「なんでしょう?」
「・・・いや、今聞くのは、やはりやめておこう。雨が降りそうだ。戻るぞ。」

黒い雲が覆われている空を見上げながら、右京こまちは言った。
遠雷の音が少し聞こえるから、雨が降り出すのもそう遅くは無いだろう。
右京こまちが何かを言いたそうだったが、そこはあえて追求しないことにして、広い右京家の庭から屋敷の中へと戻る。

右京こまちの様子がおかしいのは、別に今に始まったことでは無かった。
それは、1週間前に、進藤竜一や【魔神ミニョルフ】と交戦した後からだった。
手も足も出なかったことが、精神面に於いて、未だに引きずっているのか。
それとも、何か別の考えがあってのことなのか。
いずれにしても、今は少し先を歩く右京こまちの表情を、窺い知ることができない。

地面に水滴の跡がつきはじめる。雨が降り出したのだ。

足早に屋敷の中へ戻っていく右京こまちを、私は途中で黙って見送り、空を見上げる。
思えば、あの日も、こんな空模様だったような気がする。



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「元気が無さそうだな、まひる。」
「・・・あっ、お兄様っ!」

ゆっくりと暗くなっていく空を見上げていた、妹のまひるを見兼ねて、私は声をかけた。
それまで、浮かない表情をしていたまひるは、私を見るなり、輝かしい笑顔を見せた。

「お帰りなさい、お兄様。お仕事はもう終わったの?」
「あぁ。早くまひるの元に帰ってきたかったからね。」
「お兄様、ありがとう!」

私の身体に抱き着いてくる、小柄なまひるは、私にとって最も大切な家族だった。
私とまひるの両親は、数年前に病気で相次いで他界してしまっていた。
父上は貴族の中でも最高位である「公爵」の称号を与えられていた、由緒正しい人だったため、私はその地位を若くして継ぎ、
現在は、私とまひる、それに執事2人・使用人7人が、この屋敷に住んでいた。
私はまひる以外に血縁関係を持つ者がいないため、私は与えられた称号に恥じないだけの仕事をこなし、給与を得てきた。
故に、両親を亡くして以来、私は屋敷を留守にすることが増えていた。

小柄と言っても、まひるも、もう16歳になる。
両親を亡くした当時は、かなりまひるは塞ぎ込んでいて、大好きだった学校に行くことさえ拒絶していた。
今でこそ、それなりに精神的に大人になったからなのだろうか、前ほど落ち込むような回数は減っていたが、
それでも・・・やはり血のつながった家族が傍に居ない寂しさは、そんな年齢になった今も感じているようだ。

「まひる。今日は徳川公爵から、良いものを頂いてきたから、まひるにあげよう。」
「えっ、良いもの?」

徳川公爵は、私の父の代から交流がある有名な方で、前時代の将軍様でもあった。
時代が変わり、将軍の地位を降りられた徳川公爵は、貴族としての地位を与えられた後、地方に移り住んで趣味に没頭されていた。
私は老齢となられた徳川公爵とは、時折会って、趣味に興じていたのだ。

私は、部屋の端に留まるようにさせていた老執事に目で合図する。
すると、老執事は傍にあった、大きな布に包まれている「あるもの」を持って、こちらにゆっくりと歩いてきた。
私の横に着いた老執事は、その布をするすると取り去ると・・・。

「わぁ・・・」

まひるの口から、感嘆の溜息が出た。
まだ当時、とても高価なものだったカメラだ。茶色い箱に、横から1つの筒のようなものが飛び出している。
これで、人物や風景を撮影して残すことができるというのだから、はじめてカメラを作った人物はさぞかし秀才なのであろう。

「これは『カメラ』と言って、この筒の先端から、いろんな人や物を写し出して、紙に絵を描くことができるものだよ。」

私は、徳川公爵から説明を受けた時の言葉を、なるべくわかりやすいようにまひるに言ったが、
まひるは首を傾げ、よくわからないような表情を浮かべていた。

「うーん・・・」
「とりあえず、1度使ってみようか。結城、使い方は覚えているね?」

老執事の結城に私がそう言うと、結城は黙って恭しく頷いた。

窓辺に椅子を1脚置いて、まひるを座らせ、私はその斜め後ろに立つと、結城はカメラを設置して、準備に取り掛かる。
少し緊張気味のまひるに対し、私はまひるの頭を優しくなでると、ようやくまひるの緊張も解れたようだった。

「20秒ぐらい、そのままでお願いします。」

結城がそう言うと、私もまひるも、なるべく動かないようにじっとする。
やがて時間が経つと「終わりました」と結城が言う。すると、さっそくまひるはイスから立ち上がり、カメラに向かっていく。

「どうなったの、どうなったの!?」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいませ、お嬢様。もう少しお見せするのに時間がかかります。
 完成したらお呼びいたしますので、それまで祐一郎様とお食事されてはいかがでしょうか。」
「うん、わかった!」

そして、手を引っ張るまひるに連れられるがまま、私たちは少し早い夕食へと向かったのだった・・・。

食事が終わった頃、結城が食事部屋に、写真を持って入ってくる。
まるでずっとお預けされて待たされていた子犬が、我慢し切れなくなったように、まひるは結城に向かっていく。

「わぁ、すごい! 私とお兄様だ! お兄様、見て見て!」
「どれどれ?」

結城から引っ手繰るように写真を取ったまひるは、それを私に差し出してくる。
そこには、かわいらしい笑みを浮かべているまひると、それを見守るかのように立っている私の姿が写し出されていた。

「うん、よく撮れているな。」
「あの箱、どうなってるんだろう。結城、またあの箱見せて!」
「結城、まひるに使い方を教えてあげてくれないか。」
「承知いたしました。」

まひるは、結城に連れられてさっきの部屋へと戻っていった。

これが、まひるがはじめてカメラに触れた日だった。
この日を境に、まひるはカメラでの撮影に没頭するようになり、仕事から私が帰ってくると、今日撮ったという写真を見せてくるようになった。
まひるは呑み込みが早く、すぐに使い方にも慣れ、私も次第にまひるの熱心さに惹かれていった。
写真のいくつかは、カメラを下さった徳川公爵にも見せたところ、徳川公爵はとても感心し、写真展を開いてはどうか、とさえ進言して頂けた。

それまで雨の降り続いていたまひるの心の中は、カメラというモノを見つけたことによって次第に晴れていき、
まひるの宝物の1つとして大事にされていった。



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「ん、本格的に降り出しましたか・・・。」

雨脚が、どんどん強くなる。
気がつけば、先を歩いていた右京こまちの姿は完全に見えなくなっていた。

「早く・・・止むと良いんですけどね。」
「まったくだね。」

突然、私のすぐ後ろから、そんな落ち着いた声が聞こえる。
咄嗟の事に、後ろを振り向くと、そこには旧知の仲の男が居た。

「グローチェリア。いつの間に。」
「世間話は今は控えておきたいから、手短に話すよ。」

いつになく真剣な表情を浮かべるグローチェリアに、私の表情は思わず硬くなる。
よく見ると、これだけ雨が降っているにもかかわらず、グローチェリアの着ている白衣や背中の黒い翼は一切濡れていない。

「見てわかると思うけど、今、本当の私はここには居ないよ。」
「あぁ・・・。」
「あっちの世界の方で、大きな動きが起きた。結構、マズい事態だよ。」

その言葉に、ついに始まったか、と思う。

「過激派の【九神霊】のなかでも、【呪曹カロッサ】が先導を切って、多くの下級霊体を従えながら、各地を攻撃し始めた。
 攻撃対象は、私たちの仲間が集まる場所と・・・こちらの世界につながる次元の扉の場所だ。」

次元の扉・・・この右京家の屋敷にもある、この人間の世界と霊体の世界をつなぐ、黒い穴の事だ。
向こうの、霊体の世界から次元の扉を攻撃されはじめている、ということは、そのうち人間の世界に、霊体が大挙してくる可能性を示している。
今だって既に、【魔神ミニョルフ】の配下である霊体の「クィドル」が出現し始めているというのに・・・。

「私たちは、手分けしてやつらの攻撃を防いでいるところなんだ。だけど・・・相手は予想以上に数が多いみたいでね。
 ヴァンネルもユニカも、結構手を焼いているよ。特にユニカは、右京こまちに力を与えすぎたからね。防戦一方と言っても良いよ。」
「グローチェリア、君は、大丈夫なのか?」

私の心配を余所に、グローチェリアは笑顔を浮かべる。

「私を誰だと思っているんだい? 【魔神レニオル】には及ばないものの、先代【九神霊】の【大天使オージェント】をも凌ぐ霊力の持ち主だよ?
 ・・・おっと、余計な話をしている時間は無いんだった。一応、こっちはこっちで全力をかけて対処するよ。」
「そうしてくれると・・・助かるな。」
「烏丸君たちの状況は、後ほどゆっくり聞くことにするよ。それじゃ、幸運を祈る。」
「あぁ。」

グローチェリアは、そう言い残して、光の粒子となって私の目の前から消えていった。
雨脚は、さらに増していた。このままでは、風邪をひいてしまうかもしれない。

「・・・いや、今の私は風邪とかってひくんでしょうかね? 一度死んでいる身ですし。」

そう呟くが、誰も答える者はいない。

「さて、戻りましょうか。」

雨の中、私はゆっくりと屋敷に向かって、歩き始めた・・・。



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「雨が強くなってきたな。」
「そうだな。あー、早く見張りの交代時間にならねぇかなぁ。」
「お前、その言葉何回目だよ・・・ったく。」
「だってよぉ・・・。」
「まぁお前がそう思う気持ちはわかるぜ? ただ、何があるかわからないだろ。」
「・・・」
「同僚も多くが国家国防省の元に着いてしまったし。警察官としての誇りを失ってしまったあいつらを、
 どうにかして目覚めさせて・・・。行く行くは国家国防省の化けの皮を剥ぐ必要があるって、白河さん言ってたしな。」
「・・・」
「今の俺たちにできることは、こうして見張りを続けることだろう?」
「・・・」
「ん? おい、どうした?」
「・・・」
「な、なんだよ。おい、悪い冗談だな。」
「・・・」
「わ・・・わかったから、落ち着け。見張りを交代してもらえるように言ってくるから、な?」
「・・・世界を救うんだ・・・世界を救うんだ・・・」
「おい、それを下げろって。おい!」
「世界を救うんだ世界を救うんだ世界を救うんだ世界を救うんだ」
「おいっ!」



バキューン!



「よくやりました。さぁ、共に世界を救いましょう。」
「はい。」



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最初に、この倉庫に拠点を構えてから、早くも2週間が過ぎようとしていた。
同志である警察官たちは少しずつではあるが、結集しつつある。
これだけの非常事態にも関わらず、テレビのニュースは一向に何も報じていない。
多くの警察官が国家国防省の配下になって失踪・暗躍しているというのに、それを隠され続けている。
一種の情報操作がかけられているのだろうか。それでも、いつまで続くことやら・・・。

「白河先輩、そろそろ見張りの交代の時間ですが、誰を配置に付けますか?」

背後で高倉がそう言ってくる。
時計は午後3時を過ぎた辺りだろうか。

「そうだな・・・。そろそろみんなも疲れが出始めている。ここは俺が出るとしよう。亀山、お前も来い。」
「わかりました。」

折りたたみ式のイスで座り込んでいた亀山を引き連れて、俺は倉庫の唯一の入り口となっている小さなドアから外に出た。

「すごい雨ですね。」
「あぁ。視界が悪いな。気を引き締めた方がよさそうだ。」
「前に見張りを頼んでいた2人はそういえば、どこに・・・」

亀山の言葉で、そのことを思い出す。
この倉庫の見張りは、常に2人体制を持って事に当たっていた。
4時間ごとの交代のはずだから、どこかにいるはずなのだが・・・。

「あっ、あれは・・・」
「んっ!?」

亀山が指差した先、数10メートル先に、誰かが倒れている。
雨など構わず、俺は走り出す。亀山も、俺の後を追うようについて来る。

「くっ・・・栗山・・・。」
「酷いですね・・・。心臓を撃ちぬかれている。」

雨に濡れた栗山の胸部は、血で赤く染まっていた。心臓を打ち抜かれ、即死だと一目でわかる。

「もう一人、椎名さんの姿が見当たりませんね。」
「まさか、やつが・・・」

そこで、俺は背後に膨れ上がった殺気を感じ、腰の銃を抜いて、振り向きざまに構えた。
亀山も同じ動作を取る。若いながらも、やはり亀山は優秀だ。

「・・・」

そこには、椎名の姿があった。
銃を右手に持った、椎名の姿が。

「お前が、栗山を殺したのか?」
「・・・」

俺の問いかけに、椎名は何も答えない。
ただ、こちらに銃口を向けて、虚ろな目でこちらを見ているだけだ。

「どうして俺たちに銃を向ける?」
「・・・申し訳ありませんが、彼は君たちの問いかけには一切答えませんよ。」

その言葉とともに、どこからともなく、雨の中からまるで霞か霧のようにぼんやりと、椎名の横に、何者かが現れた。
不思議なことに、この天候の中、一切服がぬれていない・・・黒いスーツのようなものを身にまとった、男か。
しかし、常人では無さそうだ。頭に猫のマスクのようなものをつけている。
猫男は、何もかもを見透かしたかのような目で、俺たちを見てくる。

「お前は誰だ? 椎名に何をした?」
「質問攻めされるのは、あまり好きではないんですよ。そうですか、彼の名前は椎名と言うのですか。」

一人、納得しているかのように頷く猫男。

「それでは椎名君、ともに世界を救おう。」
「・・・はい。」

刹那、椎名は俺に向かって突撃してきた。何故か、銃を高く宙に放り投げて・・・。
俺と亀山は、椎名に向かって直接銃弾を撃つことはできない。仮に椎名が操られているとしても、それはできない。

右手を突き出して、突撃してくる椎名に対し、俺は銃を仕舞い、左手で応戦体勢を取る。
俺の左手と椎名の右手が捕まりあう。

「うぐっ」

椎名の人間離れした力に、俺は思わず呻く。
元々、ここまで椎名の腕力は高くないはずだ。銃の腕前はあるのだが・・・。

左足を踏み込まれ、椎名の右足が素早く弧を描きながら、俺の横っ腹を鋭く突いた。
思わぬ衝撃に、俺は手を離し、突かれた腹部を抑える。

追撃を加えようと、今度は左足を上げてきた椎名に対して、傍に居た亀山が応戦する。
亀山も、決して肉体派では無い。おそらくここで、下手に応じても、亀山がケガをするだけかもしれない・・・。

しかし、そんな心配は杞憂に過ぎる。

亀山は銃を仕舞っては居なかったのだ。右手に銃身を握りしめ、鈍器のように用いて、椎名が振り上げた左足の脛を殴る。
鈍い音がしたかと思うと、椎名はバランスを崩し、その場に倒れようとする。
だが、なんとか体勢を立て直し、軽やかに跳躍しながら、俺たちと間合いを取られる。
・・・パワーだけでなく、体の動かし方まで、まるで人間離れしてしまっている。

「白河先輩、大丈夫でしょうか?」
「あ、あぁ・・・少し、油断した。」

口では、軽く答えるが、腹部を蹴られた衝撃は思った以上に強かった。
少しでも気を抜けば、立っていられなくなるほどに。

「・・・しかし、困りましたね。確かに手ごたえはあったんですが、まるでダメージが無さそうです。」

亀山は静かにそう言った。
椎名は、普通に立っている。左足の脛を思い切り殴られたはずなのに、何事も無かったかのような・・・。
やはり椎名の傍に居る猫男が、椎名に何かをしている可能性が高いか・・・。

「なるほど。君たちもなかなか優秀な人材ということなんだね。どうだろう?
 一緒に、世界を救う手伝いをしてくれないだろうかい?」
「・・・お前、国家国防省の人間か?」

俺は兼ねてからの疑問をぶつけた。
先ほどの【世界を救おう】という発言、警察官である椎名をまるで配下のように扱う様子、
いずれも、亀山が言っていた、国家国防省の狙いや行動と、ほぼ一致していることからも、おそらく確実だろう。

「うーん。半分正解、もう半分は間違いだねぇ。確かに、国家国防省という人間の組織に入っているけれど。
 でも私は下等な人間じゃないからね。そこは間違えないでほしいよ。」

猫男は、不気味な笑みを浮かべて、そう答えた。
人間じゃない? いったいどういうことだろうか。

「・・・白河さん。相手が国家国防省と解れば、作戦開始です。ここは私がどうにかしますので、他の仲間を。」
「だ・・・だが、亀山。」
「どうして2人組で見張りをさせるのか、その原理は知っているはずでしょう。さぁ。」

珍しく自己主張する亀山の真剣な姿を見て、俺は何も言わず、倉庫の中にいる仲間のもとへ走り出した。
・・・この前も、そういえば亀山はそうだった。最初に俺に、国家国防省の陰謀と、夕波みつきの危機を打ち明けた時も。
何故、亀山がそんなことを知っているのか尋ねた時は、何も具体的な回答を得ることができなかった。
「いつか、お話しする機会があると思うので・・・」、ただ亀山はそう言っただけだった。

雨の中、猫男と椎名に対峙する亀山を名残惜しく想いながらも、残して、倉庫に入った・・・。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「なるほど、だから見張りを2人、常につけていたというわけですね。」

雨の中、目の前にいる【九神霊】の1人、【魔神ミニョルフ】はそう言った。

「緊急事態が起きた時は、どちらかがそれに対応し、もう一人が倉庫内に待機している仲間の元へ行く、と。」
「・・・そういうことです。」
「なかなかに君は頭が切れる人間のようだね。そうか、亀山弦一君というのは君のことか。」
「・・・どうして、僕のことを?」

突然、【魔神ミニョルフ】が僕の名前を言って、僕は少々驚いた。

「話は聞いているよ。残酷な運命を変えるため、失われようとしている世界を救うため、行動していると。」
「そんな話、誰から聞いたんですか?」
「なぁに、そのうちわかるよ。なるほど、君が相手だと少々厄介だよ。まぁ、これもすべて定められた運命なんだね。」
「・・・いったい何を言っているか、さっぱりわかりませんね。」
「まぁまぁ、そんな顔をしないでくれよ。君だって、私が何者か、知ってるんだろう?」

その言葉に、僕は何も答えられなくなる。

「あぁ、嫌だね。本当に、君と言う存在は厄介だよ。霊体の神である私でも、君と言う存在を乗り越えられないんだから。
 君はこの先の筋書きの一部を知っているんだろう? 私が何をしたところで、その筋書きは変えられない。厄介だよ。」
「どこまで・・・知っているんですか? 僕のことを。」
「ほとんど知っているよ。君の歩んできた残酷な道筋から、これから歩む、やっぱり残酷な道筋まで。
 ・・・あぁ、面倒だね。でもここで私と君が会うことに、たぶん意味があるんだろう。」

やれやれ、と言いたいかのように、左右に首を振るミニョルフ。

「椎名君は、もらっておくよ。なかなか秘めている才能が豊かで、ここまで身体能力を上げることができる人間はいないからね。」
「・・・どういうトリックを使っているかは知らないですが、これ以上、僕の仲間を奪うようであれば・・・」
「あぁ、わかってるよ。だからもう、これっきりにするさ。主からも、これで最後にするように言われているからね。」

主・・・?
国家国防省の、進藤竜一のことだろうか。
それとも、【九神霊】の何者かの事か。

「最後に、1つアドバイスしてあげよう。」
「・・・アドバイス、ですか?」
「今の君は、どんなに足掻いても、運命を変えることはできない。」

その言葉は、僕の胸にまるで鋭い槍のように刺さった。

「ははは、その表情。良いね。どれだけ狂っても、やっぱり君は人間だ。いかなる力を得ても、君は理性を保ち続ける。
 せいぜい頑張ると良いよ。後悔しないように、後悔しないように・・・ね。」

そう言ってミニョルフは、傍に居た椎名の肩を持って、現れた時と同じように、霞か・・・あるいは霧のように、雨の中に消えていった。
ミニョルフも椎名も僕の目の前から消えてしまい、雨の中僕は一人残された・・・。



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「君は、本当にそれでもいいのかい?」
「・・・僕は、そうするしかないんです。」
「運命を変える力を、私は直接持っているわけじゃないんだけれど、それでも君が運命を変えたいというなら、
 2つだけ、君に新たな力をあげても良いと、思う。」

目の前の”悪魔”はそう言う。
悔し涙を流しそうになっている僕を目の前にして、”悪魔”は僕を憐れむように、愛おしむように言う。

「でも、いくら力を得ても、君は知っているはずだよ。運命は変えられない。」
「・・・それでも、僕は。」
「君は、本当に彼女のことが好きなんだね。それでも彼女を救いたい、世界を救いたい、2つの気持ちを天秤にかけて、君は揺れ続ける。
 彼女のことを救おうとして動いた結果、世界は救えなかった。それを、今の君は悔やんでいる。」
「・・・」
「彼女を救うためなら、自分はどうなっても良い、世界はどうなっても良い、君はそう思っていたはずなのに。
 世界が滅んでしまった後は、やっぱり世界を救うべきだった、そう思っている。」

世界か、彼女か・・・そんなこと、僕が簡単に選べるわけが・・・

「両手を私に差し出してくれ。」

僕は無言で、”悪魔”に従って両手を差し出す。
僕の両手に重ねるように”悪魔”の両手が伸びてくる。

僕の右手に、突然何かが握られる。
銀時計だ。首にかけることができるように、鎖がついている。

「時の流れを、少しだけ。ほんの少しだけ、操作できる時計だよ。この時計は、時を呪うんだ。」

そして、僕の左手にも、何かが握られる。
しかし目には何も映らない。確かに感触はあるのに、それが何かわからない。

「こっちには、自分自身を呪うことができる呪いを渡しておくよ。この呪いを使えば、君は一瞬にして死ぬことができる。
 もし・・・運命を変えることを、心から諦めるときがきたなら、使うと良いよ。現実を受け入れる心の準備さえあれば。」
「・・・ありがとう。」

それは”悪魔”の優しさに違いない。
僕はきっと、どこまでも運命に対して抵抗するかもしれないが、万が一・・・。
そんなこと信じたくないが・・・万が一、運命を変えることができないとわかったときは・・・。

「本当に・・・ありがとう。」
「心惜しいけれど、私にはこれしかできない。申し訳ない。」

”悪魔”は僕を憐れむように、愛おしむように言う。

「君とは、ここでお別れになるんだね。」
「・・・そういうことに、なりますね。」
「今まで・・・君の姿を見てきて、人間として生きるのも、素晴らしいものだなって、思ってたよ。
 もし、世界の滅亡を、君が回避できたなら、私は人間に生まれ変わりたいな。」

世界の滅亡を・・・回避できたなら・・・

「さぁ、世界の滅亡に巻き込まれないうちに、君は行くと良いよ。」
「・・・そうします。」
「その銀時計を握りしめて、強く願うんだ。」

”悪魔”に言われる通り、銀時計を握りしめ、願う。
世界を救いたい。世界を救いたい。世界を救いたい・・・と。

「・・・頼んだよ。」
「はい。」

銀時計に願うたび、目の前が、少しずつ・・・少しずつ、白んでいく。
眩しい、目が開けていられないほどの、白、白、白。

意識が薄れていく中、僕は”悪魔”の最後の言葉を聞く。

「さようなら。親愛なる、友よ。」
「・・・」



返す言葉も出ないまま、僕は、世界を救うために、悲しい悲しい物語を始めた。
いや、もう既に始まっていたのかもしれない。
それは、大切なあの人と最初に出会ったときから・・・いや、僕が生まれた時から。
それとも、この世界が生まれた時から?

誰にもわからないけど・・・それでも僕は、残酷な運命を変えるために・・・。



大切な人を・・・夕波みつきを殺し、【はじまりの魔法】を喰らって、世界を救うために。



僕は。亀山弦一は・・・いや、水原月夜は、世界を救うために、悲しい悲しい物語を始めたんだ。



続く



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グラサン少女シリーズ、第9作目。はじまりの魔法とグラサン少女(下)。いかがでしたでしょうか。
いやーね、もうね。読んでもらえればわかると思いますが、うわー、ついに書いてしまったよ。と。
いろいろ書きたい場面はあったのですが、やっぱり今回はその比重がかなり大きいです。

各キャラクターの心情の変化が顕著なものに仕上がっているのも、ちょっと感慨深いものがあります。
大海なぎさ、右京こまち、烏丸祐一郎、そして亀山弦一。
挙げた4人は、今回とても書きやすくて、思った以上に手が進みました。

そして、今回は、名もなき黒い燕尾服の男の行動もじっくり書いています。
勘が良い人は、正体がわかるかもしれません・・・。わからないかな(汗
きっと私の小説をよく読んでいる人なら、「はぁ?なんでコイツいんの?」みたいなことを思っているかもしれません。
ゲストキャラクターのつもりで書く予定だったのですが、戦闘シーンとかその他もろもろが入って、いつの間にやら、
キーパーソン的な扱いにランクアップしています。こんなはずでは無かったのに・・・。

最後に、”彼”の存在について。
たぶん、これは次回作にて、すべてが明らかになる・・・予定です。
読み返してみると、ある程度は推測できると思いますけど、”彼”は、そういうわけで、そういう人間なんです。

【はじまりの魔法とグラサン少女】は、ここで終わりますが、後の話は次回作に続きます。
タイトルがまだ決まっていないので、どこまで書くかわかりません。
当初は次回の10作目で、完結する予定でしたが、このペースだとたぶん無理なので///

2011年内に完結できるよう、頑張りたいと思いますので、応援よろしくお願いします。



進藤リヴァイア