はじまりの魔法とグラサン少女




〜9〜



<<



「いったい、これはどういうことだ?」
「・・・ご覧のとおりです。私たちの仲間です。」

謎の男、亀山に連れられて、俺は、とある港に面した大きな倉庫の中に来ていた。
亀山はここに俺を連れてくる前、「仲間の元に招待する」というようなことを言っていたが・・・。
すぐに俺は状況を飲み込むことができなかった。

そこには、パトカーが5台、白バイが10余台。それに警察官と思われる人間が30人ほど居た。

俺たちが倉庫に入るや否や、近くに居た警察官らしき男女1組が俺たちに近づいてきた。
先に口を開いたのは、40代だろうか、体格の良い男だった。

「随分早かったな、亀山。しかし、本当に連れてくるとはな。」
「・・・予想より、国家国防省の襲撃メンバーが少なかったので。」
「さすがだ。」

俺は、この男に見覚えがあった。俺の父親と、仲が良かった・・・誰だったか。

「それで・・・随分成長したな。いや、こう言っては失礼か、申し訳ない。」
「確か、白河さんでしたか。」

白河忠志。記憶が正しければ、警部のはずだ。
子どもの頃に何度かあったことがある。

「久しぶりだな。海外に行っていたと、緋将さんからは聞いているが。」
「えぇ。4年ほど、ロシアに。しかし・・・どうしてこんなところに?」
「話は亀山から聞いているだろう?」

黙って俺はうなづいた。

「亀山に聞くところによると、夕波みつきちゃんを助けてくれたらしいじゃないか。まずはその礼を言いたい。ありがとう。」
「・・・あの少女と、お知り合いなんですか?」
「あぁ・・・6・7年前だったか、ある雪山のロッジで、な。」

白河の言葉に、隣に居た女性・・・まだ若い、俺とそんなに年齢は変わらないであろうか・・・が少し目を伏せた気がした。
何かあったのだろうか?

「亀山さんは、国家国防省があの少女・・・夕波みつきを狙っている、と言っていましたが。」
「紛れも無く、それは事実だ。実際、君もその状況に遭遇しただろう。」
「で、狙う理由は・・・あまり信じられませんが、夕波みつきに秘められた呪いが世界の命運を左右するから、と?」

白河は溜息をつく。

「どうも、そうらしいな。俺も最初は信じられなかったが。国家国防省という存在すら最近知ったというのに、
 さらに呪いがどうとか、幽霊がどうとか。正直言って、今、俺たちは置かれている状況を理解し切れていない。
 ・・・亀山だけは除いて、な。」

白河は鋭い目線を、亀山に向ける。
やはり、この亀山という男には、何かがあるのだろうか。

「これらの事実は、すべて亀山から聞いたことだ。君が亀山から話を聞いているなら、俺たちも持っている情報は同じ。
 俺がこの状況で言えるのは、残念だがそれぐらいだ。」
「・・・それで、どうしてこんな倉庫なんかに?」
「それなんだが・・・。その説明は、彼女からさせよう。高倉、良いか?」

高倉、と呼ばれた、白河の隣に居た女性が頷き、口を開ける。
理知的な印象を与えるインテリ眼鏡に、スラリとしたスタイルを持った高倉は、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「初めまして。高倉なみ、と申します。警部補です。
 国家国防省は現在、総力を挙げて、警察官を取り込んでその勢力を拡大しています。
 その取り込み方は異常なもので、まるで何かに憑りつかれるかのように警察官の意識を奪い、支配下にしています。」
「何かに・・・憑りつかれる・・・?」
「どんな原理で、私たちの仲間を取り込んでいるかは、まだ解明できていませんが・・・。
 事実、既に8000人以上の人間が、既に国家国防省の元についています。」

8000人・・・あまりにも大きな数字に、俺は改めてこの状況が大変なものであることを理解した。

「彼らの目的は、夕波みつきさんを捕まえることです。夕波みつきさんには、亀山先輩も仰っていましたが、
 何か特別な呪いというものがかけられているようで・・・。正確には、それを狙っているようです。
 その呪いがどのようなものなのかについては、私たちも知りません。
 ・・・ですが、たった一人の女の子を捕らえるために、私たちの多くの仲間が国家国防省のもとに下りました。
 おまけに、私や白河先輩、亀山君は、夕波みつきさんと面識があり、交流も続いています。」
「だから・・・こうして仲間を集めて、国家国防省に対抗しようとしている、と。」
「そうです。」

なるほど、説得力はある話だ。

「そして、あなたに来てもらった理由ですが。」
「ん・・・? 理由があるのか?」
「はい。あなたが、ある企業と深い親密性を持っていることは、私たちも知っています。」

いきなり、思いもよらない話が出てきた。
帰国してからは、まだ一度も”向こう”に顔を出してはいないが、親密関係が続いているのは確かだ。

「・・・それで?」
「国家国防省の代表の名前は御存じでしょうか?」
「知らないな。」
「【進藤竜一】というのですが・・・。」

その名前・・・正確には苗字を聞いて、俺は吹き出しそうになった。
進藤? 冗談にしては出来すぎた苗字だ。まぁ、よくある苗字だから、あいつと関係があるとは言えないだろう。

「あなたなら、その名前に聞き覚えがあるのではないか、と思いまして。」
「・・・それで俺をここまで連れてきたのか?」

亀山の方に顔を向けると、亀山は気味の悪い微笑を浮かべて答えるだけだった。

「はぁ・・・。なるほどな。そういうことか。まったく、面倒なことに巻き込んでくれるな。」
「俺たちも、巻き込まれた側だ。そう言ってくれるな。」

白河は俺の肩をポンと叩いてくる。

「だが、俺は【進藤竜一】という名前は知らない。お前たちの考えすぎだと思うが。」
「そうか。まぁ、それならそれで良いんだ。」
「・・・それで? どうするつもりなんだ?」

国家国防省に対抗するために、これだけ集められた警察官と警察車両。
だが、どうやって対抗するのか、などについては一切聞かされていないのだから、俺が疑問を持っても当然だった。

白河は、倉庫内を見回す。何人かは、こちらの様子をずっと伺っていたようで、白河と目線が合う者もいた。

「・・・おそらく、そろそろ夕波みつきたちは、国家国防省の進藤竜一と接触するだろう、というのが亀山の意見だそうだ。
 俺たちは、夕波みつきたちからの連絡を待つ。今すぐに連絡があるとは思わないが、そのうち助けを求めてくるだろう。」

その白河の言葉に、思わず苦笑する。
昨晩、夕波みつきと一緒に居たあの長身の青年に、自分の連絡先を教えていたからだ。
その時の俺は、彼らが警察と敵対するであろう、という予想のもと動いていた。
事実、夕波みつきを襲撃しようとしていた黒スーツの男たちは、警察手帳を持っていたからだ。

だが・・・予想は外れた。黒スーツの男たちは確かに警察官だったかもしれない。
でも、亀山や白河の話を総合すれば、彼らもまた、国家国防省に付き従った者たちに違いない。
先ほど俺を襲撃したやつらも、同様だろう。

警察の深部まで知っていた俺だからこそ、あの青年や夕波みつきに、何か協力できるかもしれない、と思っていたが。
事はそう、単純では無かったようだ。この亀山という男や、白河の方が、よっぽど現状への理解が高いだろう。
しかし・・・

「助けを求めてくる。たぶんそうだろうな。俺もどうやら国家国防省のターゲットにされてしまっていることを考えると、
 もはや俺も部外者では無くなっている・・・と。」
「そういうことになるな。」
「・・・まぁ良いさ。厄介ごとには慣れているしな。」

溜息を1つ、ゆっくりとつく。

「・・・とりあえず、今の私たちにできることは、待機です。
 闇雲に国家国防省に向かっても、今の私たちでは到底太刀打ちできないでしょう。」

高倉がそういうのももっともな話だ。



俺は一通りの話をした後、白河に連れられるように、倉庫の中を案内された。
次に俺が行動を起こすのは・・・しばらく先になりそうだ。



>>>



「苦しいのかい? 進藤竜一。」
「・・・」

僕は、国家国防省の建物の最上階・・・長官室の大きなソファで横になっていた。
今まで無理してきたツケが回ってきたのか、最近はどうも身体が上手く動かなくなることがある。

【魔神ミニョルフ】は、僕に対して、心配しているようなことこそ言うが、口調は軽薄そのものだ。

「別に・・・苦しくなんか無いさ・・・これぐらいは。」
「君には、世界を救ってもらわなきゃいけないのだから、それぐらいのことで倒れてもらったら困るよ?」
「わかってる。わかってるさ。」

世界を救わなきゃいけないことは、最初からわかっている。
【はじまりの魔法】を喰らわなければ・・・僕が【はじまりの魔法】をすべて背負わなければ、世界は、人間は滅びるのだ。
そのために、夕波みつきを殺さなければならない。早く・・・早く・・・。

「お茶と薬を・・・持ってきました。」

そう言って部屋に入ってきたのは、大海なぎさだった。
僕の目の前にある黒塗りのテーブルの上に、ゆっくり、冷えたお茶と何種類か薬の入っている袋を置いた。

「ありがとう。助かるよ。」
「・・・」

大海なぎさの表情は、やはり良くない。
世界の真実を知ってしまったためなのだろうか。それとも、単に僕の身体を心配してくれているからなのだろうか。
はたまた、傍に居る異界の神に対する畏怖の現れなのだろうか。理由は定かではない。
・・・いや、理由を知ろうと思えば、いつでも知ることはできる。でも、それを知ったところで何になるか。
今は、世界を救うことだけを・・・

「うっ・・・うっ・・・」

大海なぎさが、突然泣き始める。それまで無表情だったはずの顔は歪み、次々と涙の川が顔に流れる。

「どうして・・・どうしてこんなことに・・・」

ついに、大海なぎさはそこに泣き崩れた。
その様子を、身体が上手く動かない僕は黙って見ているしかできない。
僕の代わりなのだろうか・・・ミニョルフが大海なぎさの傍に寄り、そっと、両手で肩を抱いた。

「大海なぎさ、君が泣きたい気持ちはよくわかる、って進藤竜一は思ってるよ。」
「でも、でもっ・・・おかしいよ、こんなの・・・絶対・・・」
「そのことぐらい、彼はわかっているよ。おかしいんだ。【はじまりの魔法】のことも、彼が世界を救わなければいけないことも。」

そう・・・2人が言うとおり。
あまりにも、この世界はおかしい、狂ってしまっている。
大切な人を失っても、なお世界を救わなければならない・・・。
あまりにも・・・酷いシナリオだ。

「・・・大海なぎさ・・・巻き込んでしまって、申し訳ない。」

言葉を紡ぐのも、やっとの僕は、なんとか気力を振り絞ってそう言った。

「ううん、しょうがないよ・・・。大丈夫、あなたは一人じゃないから。」

涙を流しながらも、大海なぎさは僕に微笑みかけてきた。
一人じゃない・・・か。

「ミニョルフ・・・お願いがある。」
「なんだい、進藤竜一。」

立ち止まっている時間は無い。早く次の手を打たなければならない。
僕は、ミニョルフに、次の指示を与える。

「・・・わかったよ。君はそれで良いんだね?」
「構わないさ。どうせ、いつかやらなければいけないことだから。」
「・・・そうだね。」

僕たちの会話を聞いていた大海なぎさは、ひたすら泣き続けていた。
あまりにも酷いシナリオを目の前にして、大海なぎさは泣くだけで、他にできることは無い。
それに・・・少し可哀そうだと思う。せめて、このシナリオの中心に少しでも入ることができれば、
絶望しながらも前に進むことができるのに・・・前に進むことしかできなくなるのに・・・。
それができないから、大海なぎさは泣く。自身の無力さを嘆く。

きっと、僕たちと歩む道が違ったならば・・・大海なぎさは幸せな一生を過ごせただろう。

「それじゃあ、さっそく行ってくるよ。」
「・・・頼んだ。」

ミニョルフは瞬時にして、姿を消す。
まるで最初から誰もそこに存在しなかったかのようになる。

「君は・・・少し休むと良い。疲れたろう? ”力”を行使した反動も、まだ残ってる。
 隣に、君の部屋を用意しておいたから・・・それを使っていいよ。」

僕の言葉に、大海なぎさは黙って頷いた。
一礼して、大海なぎさは部屋を出ていく。僕は、部屋に一人きりになった。

「・・・」

真っ白な天井を見つめる。
いや、厳密には真っ白では無い。常人には見えないが、そこには幾千もの呪いが刻み込まれている。
温度を一定に保つ呪い。湿度を一定に保つ呪い。常に空気を新鮮なものにする呪い。
そういったものから、中には、強力な悪霊がここに侵入しないようにバリアを張っている呪いもある。
・・・もっとも、これらの呪いを設置したのがミニョルフであるために、さすがに【九神霊】相手にはバリアは発揮されない。

「・・・」

目を閉じる。
頭の中で、何百何千と繰り返してきた、この先の展開の光景がまぶたの裏に現れる。
何度も何度も同じ光景を見てきた。何度も何度も、残酷な世界を見てきた。
それは逃れることができない世界だという。

世界の真実を見ることができる力を得てしまった僕は、その残酷な世界を見るたびに、苦痛に苛まれる。

この世界が、まぶたの裏に現れる残酷な世界と同一化してしまうことを、僕は何としても防がなければならない。
・・・まぶたの裏に現れる世界が、確定されたこの世界の未来だとしても・・・。



「君は諦めるのかい?」

うるさい。

「世界を救うことを諦めて、夕波みつきを見殺しにするのかい?」

うるさい・・・

「夕波みつきを殺して、身体のなかに最悪の呪いを取り込むのかい?」

うるさい!

「避けられない未来を見て、それでも君はそれを何とか逃れようとするのかい?」

うるさい、うるさいうるさい!
僕は、まだやれる。まだ未来を変えられるはずなんだ。
1度目は確かにダメだった。つかの間の幸せを掴んだだけで、絶望は消えなかった!
2度目もダメだった・・・。【はじまりの魔法】の根源に干渉しすぎて、僕は人間を辞めざるを得なかった。
・・・でも、今回はそうじゃない。2度の失敗を経て、僕はわかったんだ。
夕波みつきを殺す。失敗を乗り越えて、自分で作った呪いの枷を乗り越えて、僕は夕波みつきを殺す。



そうして・・・僕は自らに、新たな呪いを埋め込む。
余計な事を考えないように。道を踏み外してしまわないように。
世界を、救うために。



>>>>>



太陽は、南中を通り過ぎ、少しずつ西に傾き始めていた。
屋敷の中に、何度か優しい午後の風が吹き込んできた。
朝方の事件とは無関係に、自然は動き続けていることを実感させられる。

夕波みつきと烏丸祐一郎は、少し遅めの昼食を作るために、台所に向かっていった。
レニオルは、右京こまちに許可をもらったうえで、鍛錬部屋に行き、新たな呪いを開発中らしい。
・・・そして、僕と、ダメージを負っている右京こまちは、僕の部屋で、昼食ができるのを待っていた。

「・・・やはり、怒ってますか?」

僕は、恐る恐る右京こまちに、そう尋ねた。
今までずっと、僕の身の内にレニオルの存在を隠していたのだ。
僕たちが窮地に陥った時、僕の中にレニオルがいると右京こまちがわかっていたら、変わった対応ができていたかもしれない。
・・・そう考えると、早めに言っておいた方が、正解だったのかもしれない。
そうすれば、今こうして僕が、様子を伺いながら右京こまちにこんなことを尋ねる必要も、なかっただろう。

「怒っているに、決まっているだろう。」

痛みを堪えるかのような表情を浮かべながら、ベッドに横たわっている右京こまちは、傍に座っている僕にそう言った。
本人は、微笑を浮かべているつもりのようだが、やはり先の戦いでのダメージが大きかったようだ。

「・・・それじゃあ、僕をどうしますか? 叱りますか?」
「馬鹿か。そうじゃあない・・・お前が、身体の中に【魔神レニオル】を隠していたことに怒っているんじゃない。
 私は・・・私の無力さに、怒りを感じているんだ。」

右京こまちは、右手を天井に向かって伸ばす。
身体を少し動かすだけでも、相当辛いはずなのに。

【魔神ミニョルフ】に首を絞めつけられていた右京こまちは、その時、ミニョルフによって、いくつかの呪いを撃ち込まれたという。
普通なら、短時間、首を絞めつけられただけなら、一時的な過呼吸や血流の乱れなどは発生するものの、数時間で元に戻る。
だが、呪いを撃ち込まれたことによって、全身にダメージを受けてしまった右京こまちは、指先1つ動かすだけでも辛いはずだ。

右手を伸ばしている右京こまちは、右手を握りこぶしにする。

「まだ、力が足りない。以前、【獣神霊ヴァンネル】と戦った時も、刀が無かったとはいえ、遠く及ばなかった。」
「・・・こまちさんは、無力では、無いと思います。何度も、僕を窮地から救ってくれていたじゃないですか。」

僕がそう言うと、力を失ったかのように、右京こまちの右手は崩れ落ちる。
呼吸こそ乱れていないものの、今も体中を巡る呪いの解呪に体力を消耗しているはずだ。

「・・・すみません。余計な事ばかり言ってしまって。静かにします。」

右京こまちは何も答えない。ただただ、白い天井を見上げている。

・・・思えば、右京こまちとは、もう最初に出会ってから10年ぐらいは経っている。
それなのに、右京こまちはまるで年齢を重ねる様子が無く、今日まで生きている。
本人曰く、もう年を取ることができないらしい。修行を重ねるうち、呪いを次々と吸収していくうち、そうなってしまったようだ。
既に多くの呪いに蝕まれているはずの身体に、さらに呪いを撃ち込まれる・・・。

苦痛を伴う呪いを、僕は経験したことが無いわけじゃない。
現に僕は、右京こまちに、夕波みつきへの口封じのための強力な呪いをかけられていた。
今でこそ呪いは解除されているが、思い返せば、あの呪いは命に支障がない程度に、僕を苦しめる呪いだったと思う。

ただ、それも右京こまちにとっては、先を見据えた判断だったのかもしれない。
もちろん、自分勝手に動こうとする僕を抑えるためという目的はあっただろう。
・・・でも、きっとそれだけじゃない。

僕を守るために、右京こまちは力を尽くしていた。
異界に行った時も、インターネットカフェで「クィドル」たちと戦った時も、そしてさっきの【魔神ミニョルフ】との戦闘でも。
見捨てようと思えば、いつでも見捨てることができたはずだ。でも、それを右京こまちは1度もしなかった。



「水原、そんな顔するな。」

いつの間にか身体を上半身起き上がらせて、僕の方を向いていた右京こまちがそう言った。

「これじゃあまるで、私にとって・・・お前は、弟みたいなものだな。
 出来が良すぎて、自分で何もかもを抱え込もうとする、馬鹿な弟だ。」

ゆっくりと、座っている僕の頭に、右手を伸ばす右京こまち。
やさしく、2度、3度と頭を撫でられる。

「お前は・・・お前と、大切な人のことだけを考えていれば、それでいい。」
「僕にとって・・・あなたは夕波みつきと同じくらい、大切な人です。」

僕のその言葉に、右京こまちは悲しげな表情を浮かべる。

「本当に、馬鹿な奴だ・・・。そんなことじゃ、夕波みつきは悲しむぞ。
 お前は思う存分、私を利用すればいい。大切な人を守るために、お前はお前のやり方で、戦えばいい。」

今にも涙を流しそうな目でこちらを見てくる右京こまちを、僕は直視することができなかった。

「・・・でも、そう言ってくれるのは嬉しい。水原、お前はやっぱり、出来の良すぎる弟だ。」
「・・・」

僕は、頭に乗っている右京こまちの手を、ゆっくりと外して、立ち上がる。

「昼食が、そろそろ出来る頃だと思うので、持ってきます。ちょっと・・・待っててください。」

そう言って、僕は部屋を出ようとする。
・・・しかし。

「えっ?」

左腕を掴まれ、思いっきり引っ張られた。
あまりにも強い力で引っ張られたため、僕は抵抗することもできないまま、右京こまちのいるベッドの上に倒れ込んだ。
右京こまちは、僕を背中から、そっと抱きしめてきた。あまりの唐突さに、僕は何が何だかわからなくなる。

「ちょっと、これは・・・」
「今だけ・・・少しだけ、こうさせてくれ。」

か細い声で、右京こまちはそう言った。



・・・右京こまちは、父親をミニョルフに殺されている。
他に家族も居たらしいが、同様にミニョルフに殺されたか、ミニョルフの襲撃時にどこかへ逃れたという。
それがいったい何年前なのかはわからない。右京こまちが年を取らなくなってから、どれくらいの月日が経っているのかを知らない。
でも、ミニョルフの襲撃以来、右京こまちはつい最近まで、この屋敷でずっと一人で暮してきた。
外に出るときは、ほとんど悪霊退治か、呪いの解呪か。いずれにしても依頼を受けた時だけ。

他者との接触なんてほとんど無かった右京こまちは・・・。
呪いに蝕まれ、どんどん人間らしさを失っていきながらも、どこかで、孤独という寂しさを持ち続けていたのかもしれない。

だからこそ、僕と言う存在が・・・右京こまちにとって必要だったのだろうか。



ドアのノック音がして、烏丸祐一郎が、昼食の支度ができたことを言うまで、僕と右京こまちは何もしゃべらず、
何も動かないまま、静かな時間を過ごしていたのだった・・・。



続く