はじまりの魔法とグラサン少女
〜8〜
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「がはっ!?」
首を締め上げられ、口から鮮血が飛ぶ。
身体を動かそうにも、力が全くと言っていいほど入らない。
「あぁ・・・あぁ、何年もの月日を経て、少しは成長したかなと思って期待していたのだけれど。
やはり人間は弱い、弱いなぁ。こうしてしまえば、あっさり動けなくなるんだ。
君のお父さんも、そうだったように、君もまた、こうして死んでいくんだ。」
ニヤけた表情で私にそう言ってくる目の前の”悪魔”。
「でも、殺すのは簡単だけど、それじゃあ面白くない。【はじまりの魔法】に呪われたその身なら、
私が殺さなくても、いずれは絶望に身を焼かれて死んでいく。そういう姿を見るのが・・・」
ギリギリと、首を締め付ける力が強くなっていく・・・。
「大好き、だからねぇ。」
気を失う瞬間、私の首から、”悪魔”の手が離れ、私はその場に倒れ込んだ。
あと数秒、あと少しで、殺されるところだった。
「いくらその身に数多の呪いを宿そうとも、人間は不死にはなれないんだよ。
君もそう思うだろう? 進藤竜一。」
”悪魔”は、背後に立っていたスーツ姿の優男に、そう声をかけた。
まるで、子どもの目の前に飴玉を掲げ、甘い声で誘惑しようとしているやつの声だ。
「・・・私は、世界を救えるならそれで良い。」
呻くように進藤竜一は言った。
「あぁ、なんて可哀想なのだろうか。すべてを投げ出してまで、世界を救おうとしている君は。
世界の真相を知らなければ・・・人間が、人間と世界を滅ぼそうとしているなんてことを知らなければ、
君は、ただの、愛と言う呪いがかけられただけの人間に過ぎなかったのに・・・。」
「もう良い・・・わかったから、【ミニョルフ】。私が世界を救えば、もうみんなが苦しむ必要は無いんだ。」
【ミニョルフ】・・・。
私を殺そうとしている、目の前の”悪魔”の名前。
私の父を殺した”悪魔”の名前だ。
【九神霊】のなかでも、人間を滅ぼそうなどと考えている過激派の筆頭。
そんなやつが、進藤竜一の・・・国家国防省の背後に居たと言うのだろうか。
「そう、君が世界を救うんだ。君が【はじまりの魔法】を完全に取り込んでしまえば、世界はもう救われる。
・・・さぁ、望むんだ、進藤竜一。世界を救いたいと、【はじまりの魔法】を喰らいたいと。」
「私は・・・世界を・・・」
”悪魔”は声を上げて笑う。
倒れて動けなくなってしまった私に向かって、”悪魔”は手のひらをかざす。
手のひらに、ドス黒い槍が生まれる。この状態で、突き刺されたら間違いなく死ぬだろう。回避する力も残されていない。
ふっと、意識を違う方に向けると、そこには絶望に顔を歪めた水原の顔がある。
この私が手も足も出なかった”悪魔”の前に、水原は全く動けなくなってしまっていたのだ。
できることなら、心配ない、すぐに”悪魔”を倒してそっちに行く、と水原に伝えたかったが、
その声を出す力も、今の私には無い。それが・・・とても悔しい。
「さぁ、はじまりだ、世界を救うための、絶望の道の。」
槍が私に振り下ろされる。
もう・・・
「彼女は、殺させないよ、ミニョルフ。」
死ぬかと思った、その時、私のすぐ傍でそんな声があがったかと思うと、まるで宙を浮いたような感覚が私を襲う。
数メートル飛ばされ、ゆっくりと地面に、私は降ろされた。
いったい・・・何が?
ミニョルフの方に顔をゆっくりと向けると、そこには。
もう一人の”悪魔”の姿があった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「彼女は、殺させないよ、ミニョルフ。」
僕の体の中から飛び出した【魔神レニオル】は、一瞬のうちに霊力で右京こまちを飛ばしたかと思うと、
【魔神ミニョルフ】が発動していた、悪魔の槍の呪いをあっさりと打ち消して、ミニョルフの前に立ちはだかった。
「レニオル・・・。」
【ミニョルフ】と呼ばれた【九神霊】の1体は、レニオルの姿を見て、呻くようにそう言った。
対峙するミニョルフとレニオルの姿は、ほとんど同一の姿に見える。
どちらも、長身に、黒いスーツのようなものを着た男だ。ただし、普通の人間と違って、顔は凛々しい猫である。
レニオルの右目の下部分には切り傷があるため、とりあえずは見分けがつくが・・・それが無ければ僕でもわからないだろう。
「彼女は・・・紅天聖の末裔は、殺させない。【はじまりの魔法】も目覚めさせない。【九神霊】全員で決めたはずだ。
それなのに、どうしてこんな暴挙に出たのか・・・教えてもらおうか。ミニョルフ。」
いつもは冷静だったレニオルが、いつになく激しい怒りを内包しているような言葉を出している。
「全員で決めた? それはレニオルや、あの堕天使が勝手に決めたことで、僕は賛成していない。
紅天聖の子孫は、いずれ僕ら【九神霊】を殺す。ならば、先に僕らが紅天聖の子孫を殺せばいい。
【はじまりの魔法】は、いずれ世界のすべてを殺す。ならば、先に僕らが【はじまりの魔法】を目覚めさせて、封じればいい。」
そう言ったミニョルフは、後ろにいる進藤竜一の姿を確認するように振り向く。
「進藤竜一は、自ら世界を救うと申し出てくれた。【はじまりの魔法】をすべて背負って、逃れることのできない永遠の苦しみをたった一人で担うと。
すばらしいと思わないかい、レニオル? 人間の中にも、使命感を立派に持っているやつがいるんだよ。」
「・・・」
進藤竜一は、何かを言いたそうだったが、しかし何度か口を開け閉めしただけで、結局何も言わなかった。
「そうか・・・。やはり私とミニョルフは永遠にお互いを理解できない立場なんだろうね。」
「レニオルが理解してくれれば、それで済む話だということがわからないんだね。
まぁいいや。今日は、【はじまりの魔法】の保持者に挨拶する予定だったんだけど、レニオルに逢えただけでも十分だよ。
ここは一旦僕らが引くとしよう。進藤竜一、大海なぎさ、今日は帰るよ。」
ミニョルフの言葉に、黙ってうなづく進藤竜一と大海なぎさ。
「ま・・・待て! 待ってくれ! なぎさっ!」
ミニョルフが現れてから、なんとか動かない体を引きずって、電柱の陰に身を潜めていた蒼谷ゆいが、ようやくそんな言葉を発する。
しかし、大海なぎさは、蒼谷ゆいの言葉に反応を示さない。まるで蒼谷ゆいの存在すら見えていないかのように。
ここで、ミニョルフたちを逃がさんと、攻撃を仕掛けることは得策では無い・・・それは僕だけでなくレニオルもわかっているようで。
ミニョルフたちが去っていく様子を、僕らは黙って見ていることしかできなかった。
「さて。とりあえず私たちも屋敷に戻りましょう。負傷者が一人に、疲労をかかえている人が一人。」
「レニ・・・オルと、言ったな?」
もはやほとんど動ける状態では無くなってしまっていた右京こまちが、一言一言をしっかりと噛みしめるようにレニオルに尋ねる。
「【魔神レニオル】・・・ミニョルフ、とともに・・・行方不明になっていた【九神霊】の1体と聞いていたが・・・」
「詳しい話は、帰ってからにしましょう。水原君、彼女を。私は、蒼谷君を運びますので。」
僕は黙って、右京こまちのもとへ行き、背中に負ぶさるように目で合図をする。
右京こまちは別に嫌がる様子も無く、ただ「済まない」と一言だけ言って、背中に乗ってきた。
一方の蒼谷ゆいの方は・・・
「べ、別に一人で歩ける! 余計なことするんじゃねぇ・・・」
「身体をいじめすぎですよ、君は。」
思いっきり嫌がっている様子だったが、ほとんどレニオルの前では無力である。
ひょいっと持ち上げられたかと思うと、肩に担がれる蒼谷ゆい。
こうして、僕らははじめて、この世界で明確な”敵”という存在と遭遇した。
それまでの【クィドル】をはじめとする霊体よりも、ずっと脅威を感じる・・・そんな”敵”の存在を。
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「・・・お前は、この事態をどこまで知っているんだ? なぜ国家国防省の存在に詳しい?」
「説明しても、おそらくすべてを理解するまでにかなりの時間を要してしまう恐れがあるので、詳細は省きます。」
俺は、亀山弦一と名乗る男に警視庁の文書保管室で遭遇した後、連れられるがまま、
黒塗りのワンボックスカーの後部座席に乗せられて、どこかへ移動させられていた。
何処へ向かっているのか、それは教えてもらっていないが、どうも話からすると、この亀山という男の仲間のもとへ行っているらしい。
亀山は俺の隣の座席を1つ開けて、その隣に座っていた。
「あなたが先日、黒スーツの男たちから救った少女は、私の知り合いでもあります。
あの少女・・・夕波みつきは、先ほども言いましたように、世界規模で重要な役目を負っているのですが・・・。」
その役目と言うのが少々やっかいな話で・・・と、亀山は付け足した。
「あの少女にそこまで国家国防省が固執する理由は何だ?」
「その話をするには、国家国防省の実情について、お話する必要があるので、
そこに疑問をお持ちであれば、先にそちらからお話しましょう。」
国家国防省の実情、と確かに言った。
一介の警察官であるはずのこの男が、何故そんなことを知っているのだろうか。
「国家国防省とは、どんな組織か、御存じでしょうか?」
「・・・それは、政府が表沙汰にできないような懸案事項を解決する、政府の裏の顔、だろう。
要人の護衛もすれば、暗殺もする。大規模な世界会議が開かれようものなら、至る所で国家国防省の人間が張り込んで、
外国のスパイを捕らえたり、逆に外国の機密情報を得たりする・・・。そういう組織のはずだ。」
「それはあくまでも、国家国防省の表の顔です。」
表の顔、その言葉に苦笑する。
そもそも国家国防省自体が、裏に存在するもののはずなのに、そんなところに表も裏もあるのか、と思ってしまった。
「国家国防省はそれ以外にも、ある役目を持っています。」
「・・・ということは、その役目が、あの夕波みつきという少女に関係があるのか。」
「そう言うことです。」
「で、役目と言うのは・・・?」
少し間をおいて、亀山はゆっくりと、こう言った。
「悪霊退治や、幽霊の討伐、世界に蔓延る呪いの解明と解呪です。」
「・・・は?」
いきなり不可思議な言葉を並べたてられて、まったく意味がわからなかった。
悪霊? 幽霊? 呪い?
「一番のメインは、呪いの解明と解呪なので、前2つはおまけのようなものですが・・・。どうかされましたか? 」
「いや、あまりにも現実離れした話だと思ってな。」
「・・・しかしながら、それが現実です。」
その時の亀山の表情は、どこか寂しげなものだった。
「まったく、現実は小説より奇なり、とでも言いたそうだな。」
「そうですね・・・残念ながら。」
「だが、その国家国防省のもう一つの姿と、あの少女に何の関係がある?
お前のその様子だと、まるで、夕波みつきに世界の命運がかかっていて、それを国家国防省はどうにかしようとしている。
それも・・・夕波みつきにかけられている命運は、現実離れした、幽霊やら呪いやらが関わっている、と言うことか?」
俺がそう言うと、亀山はまたしても不気味な微笑を浮かべ、答えた。
「その通りですよ。私が言いたいことを言わずとも、理解していただけるのなら話が早いです。
夕波みつき。あの少女には、ある呪いがかけられていて、下手をすれば人類すべてに感染し、世界は滅亡します。
それを止めるために、国家国防省は、夕波みつきを捕らえて、世界を救おうとしているのです。」
「信じがたいな。まぁ、それでもお前は、それを現実だと言うんだろうが・・・。」
まったく、この亀山という男の言葉は、妙に信憑性が感じられる。
10人が10人、亀山とまったく同じ言葉を発したとしても、これほど信憑性があるように話すことはできないだろう。
「それじゃあ、今度は、お前の目的を教えてもらおうか。なぜここまで国家国防省の内情に詳しい?
それに、なんで世界の命運が1人の少女にかけられている、なんてことを知っている?」
「・・・」
しかし、亀山は何も答えない。
「世界を救おうとしている国家国防省に敵対する理由は何だ?
それに、お前とあの少女の関係についても、聞いておきたい。」
「・・・そこら辺の詳細については、申し訳ないのですが、お話することができません。」
「納得、できないな。」
亀山の発する言葉に信憑性はあれど、亀山自身を信用しても良いのかは、非常に疑問だった。
確かに、先ほどのあの状況で俺を助けたことについては、感謝しているのだが。
「私自身のことをお話しするのは、友人から固く禁じられていますので。申し訳ありません。」
「そこまで言うのなら、仕方ないな。」
今は、話す時期では無いのかもしれない。
どちらにしても、俺たちが向かう先に、この男が示している答えがあるような気がするために、
俺はそれ以上の追及をやめた。亀山も、それっきり何も話さず、車内は静寂が支配した。
それからどれくらい走っただろうか。車はどこかの港の倉庫街へと入った。
腕時計を確認すると、既に昼近い。
「到着です。降りましょう。」
亀山に促され、俺は車を降りる。
目の前には、比較的新しい巨大倉庫があった。どこかの商社が作ったのだろう。
見上げるぐらいの巨大なシャッターは、今は降ろされている。
亀山は、そのシャッターの横にある小さなドアを開け、俺に中に入るように目で合図をする。
もし倉庫の中に、武装した人間が大量にいて、入った瞬間攻撃されたら、俺は即死するだろう。
・・・しかし、たぶんこの男はそんなことはしないはずだ。確信は無いが。
傍に居る亀山に悟られない程度に警戒しつつ、巨大倉庫に入る。
すると、そこに居たのは・・・
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「こまちさん、大丈夫ですか?」
「あ・・・あぁ、これぐらいの傷、問題は・・・うぐぅ・・・。」
ベッドに寝かせた右京こまちは、苦痛を顔に浮かべた。
こんな姿を見たことは、これまで一度も無かった。
「しかし、大変なことになりましたね。」
僕の背後で、烏丸祐一郎が溜息をつきながら言う。
「ミニョルフは、夕波みつきちゃんが【はじまりの魔法】を持っていることを、もう完全に知っている。
いつ、またやつらが【はじまりの魔法】を狙ってくるか、わからないよ。」
そう言ったのは、ミニョルフと同じ【九神霊】の【魔神レニオル】だった。
レニオルは、もう僕の中に隠れている必要も無くなったのか、今は部屋の壁に寄りかかって、遠くから僕たちの様子を見ている。
「でも、水原君。どうして君の体内に【魔神レニオル】を匿っていることを私たちに話してくれなかったんだい?
君がいつから匿っていたのかは知らないけれど、この様子じゃあ、君が異界に行った時には既に一緒だったんだろう?」
「烏丸公爵、水原君は何も悪くないよ。私が水原君にお願いして、黙っていてもらったんだ。」
僕は、みんなに【魔神レニオル】を匿っていることを話そうと思えば、話すことはできた。
でもあえて話さなかったのは、僕が切り札を持っていることを、誰にも悟られたくなかったからだ。
「ここは私に免じて許してあげてほしい。」
「・・・わかりました。」
そこで、部屋のドアが開いて、夕波みつきが入ってくる。
「蒼谷は、また眠っちゃったよ。ほんと、なぎさのことになると、後先考えないのは困るのよね。」
そう言って、夕波みつきは苦笑いを浮かべる。
しかし、一瞬僕と目が合った夕波みつきは、恥ずかしそうに目を背けてしまった。
「公爵。こまちさんの様子は?」
「とりあえずは大丈夫そうだよ。」
「・・・よかった。」
夕波みつきは、一息つくと、部屋を見回した。
この部屋には今、蒼谷ゆい、大海なぎさ以外の、仲間と言えるメンバーが集まっている。
僕、右京こまち、烏丸祐一郎公爵、レニオル、そして夕波みつき。
先ほど夕波みつきは初めてレニオルに会ったばかりだが、夕波みつきはそれほど彼に対して驚きはしなかった。
まぁ・・・それぐらいで驚くのなら、烏丸祐一郎公爵とはじめて出会った時点でかなり驚くはずだろうが。
「それで・・・水原たちが逢ったって言う、進藤竜一っていう人と、なぎさは・・・。」
「彼等は、どこかへ行ってしまいました。大海なぎささんも、進藤竜一と一緒に。」
「・・・そっか。」
悲しげな表情を出す夕波みつき。
無理もない、夕波みつきにとって、大海なぎさは無二の親友ともいうべき存在なのだ。
その親友が、まさか自分を殺そうとしている人物とともに行動しているなんて・・・
普通ならショックで気が狂ってしまってもおかしくはない。
でも・・・それでも、夕波みつきは、まだ気丈に振る舞っている。
「さっきの話を聞いて・・・。私のなかにある【はじまりの魔法】という呪いが狙われていることがよくわかったし、
狙っている相手が誰なのかも、わかったけど・・・。」
「大丈夫、私たちがみつきちゃんを守るから。」
烏丸祐一郎は、夕波みつきをそう言って元気づける。
それを見ていて・・・なんだか心が苦しくなる。
「ううん。そうじゃないんだ、公爵。私は、なぎさが心配なの。
なぎさは、ちょっとおっちょこちょいだけど、根はしっかりしてるし、正しいことはちゃんと判断できるから。
だから・・・なぎさが、今どう思ってるのかな、って思って・・・。」
その言葉に、部屋は静まり返る。
誰も、大海なぎさがどう思って行動しているかを、知る術は持っていない。
しかし・・・少なくとも、あの時の大海なぎさは、人智を超える何らかの力を持っていた。
右京こまちと対等に渡り合うことができる人間なんて・・・居るはずが無い。
居るとすれば、人間じゃあない、他の何かだ。右京こまちはそれだけ強大な力を保有している。
大海なぎさについて、進藤竜一は「自らの意思で協力してくれている」というようなことを言っていた。
それが本当だとすれば、大海なぎさは自ら進藤竜一の元に付いて、共に行動していることになる。
どうやって大海なぎさを・・・あれだけ勘の鋭い人間を、丸め込むことができたのだろうか。
しかも、夕波みつきを殺して世界を救う、などという台詞を吐く人間が。
それを考えると、やはり大海なぎさは、進藤竜一・・・それか【魔神ミニョルフ】によって、
何らかの呪いを受けて、無理やり支配させられた、というベクトルで考えるのが妥当だ。
大海なぎさの表情は、思い返せば、人間が浮かべる無表情では無かった気がする。
どこか機械的な・・・目もどこか虚ろな・・・。
「・・・これからの方向性について、考えたいと思うのだけれど。どうかな。」
レニオルの言葉で、僕は思考を一度中断した。
「あぁ、それより先に、何故私がこの世界に来たのかを説明した方が良いかもしれないね。構わないね、水原君。」
「あぁ・・・はい。」
レニオルは、これまでの経緯を、簡単ではあるが話はじめた。
突如、異界から人間界に行ってしまった【九神霊】の1体【魔神ミニョルフ】を追うため、レニオルは人間界に行く機会を伺っていたこと。
そこで僕が偶然にも、異界につながっていると言う、右京こまちから止められていたにもかかわらず開けてしまった鍛錬室に入ってしまい、
レニオルを人間界に引っ張り出してしまったこと。
そして、僕に対してレニオルは、僕を守ることを条件に、体内の一部に入り込んで、時が来るまで匿って欲しい、と言ったこと。
それ以来、僕がピンチの時は、何度かレニオルが助けてくれたこと・・・。
最終的に、【魔神ミニョルフ】の暴走を止めて、【九神霊】が必要以上に人間と関係を持つことを断とうとしていること。
一通りを話し終えたレニオルは、一息ついた後、こう付け足した。
「私は、ミニョルフを止めなければならない。【はじまりの魔法】は、人間だけを滅ぼす呪いじゃあ無い。
霊体すべてが・・・【九神霊】でさえも、呪いにかかって滅ぶ最悪の呪い。
なんとしても、その発動を阻止しなければならない。すべての霊体の長である【九神霊】として。」
レニオルは、自身が置かれている立場を考えたうえで、しっかりと意見を言ってくれた。
ここまでレニオルが主張してくれたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「いわば、君たち人間とは、運命共同体と言えるかな。特に、私は水原君がお気に入りでね。
彼は、愛する者のためなら、どんな呪いだろうと、どんな運命だろうと恐れない強さを持っている。」
突然そんなことを言いだすレニオルを止めようと一歩踏み出すが、何者かに右腕を掴まれる。
・・・ベッドに伏していた右京こまちだ。まったく、余計な事を・・・。
夕波みつきは・・・と言うと、僕と目が合わないようにしているのか、顔を若干長い髪で隠していた。
「そんな彼に、私は魅力を感じたんだ。」
「言うのは勝手ですが・・・少しはこっちの身にもなってくれませんか?」
せめてもの抵抗として少し反論してみたが、レニオルは猫顔を微笑みで満たすだけで返してきた。
本当に、誰もかれも、僕の敵のような気がして仕方がない・・・。
でも、こんな状況にもかかわらず、僕は右京こまちやレニオルの動きを見ていると、
なんだか僕を覆う世界が昔より変わったような気がして。
生きるために、お金を稼ぐために必死だった頃の僕よりは。
「お前の事情は・・・わかった。私も、できることなら【はじまりの魔法】を止めたい。
だが、相手があまりにも・・・悪すぎる。【魔神ミニョルフ】だけじゃあない。
国家国防省・・・特に、あの進藤竜一という男には・・・何か、ある。
それに、人質も取られているような、ものだしな。」
右京こまちは、時折苦痛の表情を浮かべながらも、そう言った。
確かに言うとおりだ。進藤竜一が、どうしてあのような悪魔の元に従ってしまったのかは定かではないが、
少なくとも、大海なぎさでさえ、あの戦闘力を発揮したのだ。それ以上の能力を持っていてもおかしくは無い。
・・・僕だって、レニオルに力をもらっているのだから。
そして、その大海なぎさも、やはり様子はおかしかった。どこか操られているような・・・。
単に人質として囚われているだけなら、まだよかった。救い出せばよいだけなのだから。
でも・・・大海なぎさは、向こうで何らかの力を受けてしまい、人間離れした戦闘力を持って僕たちに立ちはだかった。
まともに対峙してしまえば、僕らは手を出すことはできないだろう・・・。レニオルはどうかわからないが。
さらに、進藤竜一が率いていると言う、国家国防省の存在。
先ほど右京こまちに帰り際、その組織の大まかな概要を教えてもらったときは、少々驚いた。
政府の裏側に隠された、特別な組織。呪いの分析、悪霊の退治など、担っている仕事は、今まで右京こまちがやってきたことと同じ。
しかも右京こまちが言うには、烏丸祐一郎公爵を退治する仕事は、その国家国防省から直接請け負ったものらしい。
・・・だとすれば、まさか僕が高校生の時には既に、国家国防省は【はじまりの魔法】を狙いはじめていたのではないだろうか。
「それでも、あなたは最後まで戦うのでしょう?」
そう言ったのは、烏丸祐一郎だった。
「たとえ相手が悪いとわかっていても、あなたはこの戦いを降りることは無いと思っています。
私がこの人間界に戻ってこれたのも、あなたと水原君が私を必要としてくれたからです。」
「・・・そうだな。」
溜息をつく右京こまちは、ゆっくりとベッドから上半身を起こした。
「父を・・・先代の右京家当主を、ミニョルフに殺された。別に、恨みをどういう言うわけじゃあないが・・・。
だが、このままでは右京家の名折れだ。それに、私の身体は、呪いに犯されすぎて、既に歳を取ることが無くなった。
病気も寄り付かないだろう。私が死ぬには・・・誰かが私を殺すしかない。」
「まさか・・・こまちさん。あなたは・・・。」
「はっ、そう簡単には死なない。既に【九神霊】のユニカからも、いくつか力をもらっているからな。
これぐらいの傷も・・・どうってことは・・・うっ。」
ベッドから立ち上がろうとした右京こまちは、バランスを崩し、そのまま倒れそうになる。
咄嗟に僕と、僕の後ろに居た烏丸祐一郎が2人で、なんとか体を支える。
「・・・まったく。さっき蒼谷先輩に、無茶はいけないと指摘していたのはどこの誰ですか?
あなたの方が無茶をしていますよ。」
「水原君の言うとおり、今は安静にしていてください。」
僕と烏丸祐一郎の言葉に、右京こまちは渋々従うように、ベッドに戻って横になった。
「この場にいるみんな・・・蒼谷先輩も含めて、戦うつもりです。こまちさん一人で戦う必要はありません。
それぞれ、目的は違うかもしれません・・・僕は、夕波みつきさんを守るために、戦いますが・・・。」
僕はそう言いながら、横目で夕波みつきの様子を伺う。
すると、夕波みつきは黙って僕の方を見ていた。
一瞬、目を背けたくなるが、それを僕はじっとこらえた。
「・・・ありがとう。」
夕波みつきは、僕の方を見ながら、そう言った。綺麗な、それでいて可愛らしい笑顔で。
「今後のことは、とりあえずこまちさんと蒼谷先輩が快復してから考えましょう。
それで・・・良いですか?」
僕の提案に、誰も反対の声を挙げるものは居なかった。
「・・・ありがとうございます。」
そして僕は相変わらず、自分でも怪しいと思うような奇妙な微笑を浮かべて、お礼を言ったのだった・・・。
続く