はじまりの魔法とグラサン少女




〜6〜



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ここ数日の中でも、今日は特に気持ちの良い朝だと思う。
雲1つも無いこの空を見ていると、なんだか良いことがありそうな気がする。
思わず笑みがこぼれそうになるが、傍にいる一人の女の存在が、そう簡単に僕の表情を崩させない。
せめて、この空を見た感想ぐらいは聞いても良いだろう、と思い、僕は問いかける。

「どうだい、きれいな青空だと思わないかい?」
「・・・」

まだ年若い、僕の傍にいる女は何もしゃべろうとしない。
当然だ。彼女は・・・大海なぎさはもう、世界の真実を知ってしまったのだから。

親友である夕波みつきにかけられた呪いについて。
人間を本来あるべき姿に戻さんとする異界の神々の存在について。
僕に課せられた、果たさなければならない使命について。

すべてを知ってしまった大海なぎさは絶望のあまり、自ら、僕に協力すると言ってくれた。
本当なら、拷問してでも、人質として取り込む予定だったのだが、むしろ協力してくれたほうが好都合なのは言うまでも無かったから、
快く、彼女の意見を受け入れることにした。

しかし、彼女自身に罪悪感が無いとも言い切れないだろう。
世界の真実を知ってしまったとはいえ、その発言は親友を裏切ることに他ならないのだから。
きっと葛藤もあったに違いない。その上で協力してくれるのだから、感謝の気持ちはしっかり持っておかねばならない。

「・・・今日は、君の大事な親友のところに挨拶に行こうと思うんだけど。君は、ついて来るかい?」
「ついて・・・行く。」

小さな声で、しかし、しっかりとそう言った。



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「う・・・ん・・・」

簡易ベッドの上で寝かされていた蒼谷ゆいが、窓から差し込んでいる朝の日差しを受けて、ゆっくりと起き上がった。
まだ、寝ぼけ眼を浮かべていて、そのまま放置しておけば、もう一眠りしそうな雰囲気を出している。
しかし・・・どうも現実は甘くないらしい。

「あぁああああああああああああああああああああ!」

蒼谷ゆいが、なんともうるさい叫び声をあげたかと思うと、ベッドから跳ね起きて、すぐ傍の椅子に座っていた僕のシャツの襟を掴む。

「おい、水原!」
「・・・なんでしょうか?」
「俺のお姫様の居場所を・・・! 居場所を知ってたら教えろ!」

蒼谷ゆいが、僕のシャツの襟を掴んだまま腕を前後に動かすために、僕も前後に思いっきり揺らされた。
まったく・・・。あまり寝ていないと言うのに、体に堪える。

蒼谷ゆいがいう「お姫様」とは、大海なぎさのことだ。
思えば最初に蒼谷ゆいに会った時も、お姫様お姫様、と連呼していた気がする。
よっぽど大海なぎさのことが好きなのだろうが、しかし周りの人のことも気にせず突っ走るのはいかがなものだろうか。
現に昨晩、蒼谷ゆいと出会ったとき、猛ダッシュと形容するのが良いだろうか、それぐらいの速度でこちらに駆けてきたのだから。

「落ち着いてください。とりあえず、その手を放してください。」

前後に振られながらも、なんとか蒼谷ゆいの腕をつかみ、襟から引きはがす。
そこでようやく、蒼谷ゆいは力を失ったかのように、簡易ベッドの上に座り込んだ。

「・・・まったく、何があったか知りませんが、落ち着いて話をするぐらいできませんか。」

溜息を1つして、蒼谷ゆいの顔を伺う。
あまり、顔色は良くないようだ。

「お姫様と、デートの約束をしていて、待ち合わせ場所にずっと待ってた。
 でも、いつになってもやって来なくて。ケータイに電話しても、つながらなくて。
 何時間も、何時間も待ってたけど、来なくて。
 そのうち不安になってきて、何かに巻き込まれたんじゃないか・・・って。」

途中何度か口を挟もうかと思ったが、何か言えばまた蒼谷ゆいは僕の襟をつかんでくるんじゃないか、
そんなことが脳裏をよぎったため、余計なことは控えることにした。

「思い当るところは、全部探した。でも、どこにも居なかったんだ。
 今まで、一度もこんなことは無かった。待ち合わせに遅れそうになるなら、その時は必ず連絡をくれていた。」

きっと、蒼谷ゆいはかなり不安だったに違いない。
大学を卒業してから、僕は、蒼谷ゆいと大海なぎさとあまり連絡を取っていなかったこともあり、
2人の関係がどこまで進展していたのかについては、よくわかっていない。
ただ、この様子なら、きっと2人はうまく行っていたに違いない。
もしかしたら、結婚を前提に付き合っている段階、下手をすれば婚約まで行っていただろうか。

「・・・俺は、告白するつもりだった。」

蒼谷ゆいのその言葉に、夜中、僕と夕波みつきが交わした会話を思い出してしまった。
告白・・・。そうか、蒼谷ゆいもまた、僕とある部分で同じなのかもしれない。

「でも、そんな時に限って、お姫様と連絡が取れなくなった。
 必死でいろんな場所を探して、探して。
 そんなとき、お前の姿を見つけたんだ、水原。」
「僕なら、大海なぎさの居場所を知っているかもしれない・・・と?」

蒼谷ゆいは、まるで懇願するかのように目で訴えかけてくる。

「あぁ、そうだ。お前は大学生の頃から、妙にいろんなことを知っていた。
 お姫様の姿を見失ったとき、いつもお前は、大体の居場所を予測して俺に教えてくれてたろ?」

そういえば・・・そんなこともあったような気がする。
もっとも、それは僕が集めた大海なぎさの行動パターンに基づいたものだったが、別に蒼谷ゆいに教えるつもりは無かった。
夕波みつきと接触するため、傍にいた蒼谷ゆいを引きはがす必要があったからだった。

「だから、お前なら知ってるんじゃないのか?
 教えてくれよ! お姫様の居場所を!」

正直なことを言う必要があるとは思うが、気が引ける。
ここまで必死な蒼谷ゆいの姿を見ていると、それまで僕が夕波みつきに対してコソコソしていたことが滑稽に思えてくる。
僕より、よっぽど蒼谷ゆいは真っ直ぐに生きている。
そんな蒼谷ゆいに・・・僕は、大海なぎさの居場所を知らない、なんて言ったら・・・。

「・・・僕は。」



返答に困っていた僕に、救世主とも呼べる人物が、部屋にやってきた。
ドアをゆっくり開けて入ってきた、大和撫子と呼ぶにふさわしい絶世の和服美女、右京こまちだ。

「ふむ、これで全員、目覚めたようだな。」
「あなたは・・・確か・・・」

ベッドの上に座り込んでいた蒼谷ゆいが、右京こまちの姿を見て、そうつぶやいた。
蒼谷ゆいも、大学時代のサークル合宿で清宮山に行ったときに起きた一連の事件の直後に、右京こまちに会っていたのだから、
これで出会うのは2度目になるだろう。

「蒼谷ゆい、と言ったな。」
「右京こまち・・・さんでしたっけ。どうしてここに・・・。そういえばここは一体・・・。」

蒼谷ゆいは、ようやく自分が今置かれている状況について、考えが行き着いたらしい。
無理もない。大海なぎさのことになると、ほとんど周りの事が見えなくなってしまうのだから。

右京こまちが、訝しげに僕の方を見た。
まるで「今の状況についてまったく説明してないのか?」と文句を言っているように。
僕は仕方なしに、首を左右に振るだけで答えた。

「ここは、私の屋敷だ。お前が昨晩、私たちを見つけて駆けつけてきたや否や、意識を失って倒れてしまったからな。
 とりあえずの介抱のためにも、お前をここまで連れてきた、ということだ。」
「だから、俺はこんなところに・・・」
「かなり疲労が貯まっているようだったからな。無茶をしすぎだ。」

蒼谷ゆいは、その言葉に項垂れた。
どれだけ大海なぎさを探すために東奔西走していたかはわからないが、蒼谷ゆいが反省の態度を示すぐらいなのだから、
相当の距離を走り回っていたに違いない。

しかし、そこで蒼谷ゆいは、ハッと気が付いたかのように顔を上げ、右京こまちのほうを向く。

「俺のお姫様の・・・あ、いや、大海なぎさの居場所を知りませんか!?」
「大海なぎさ・・・?」

僕が、大海なぎさについて右京こまちに軽く説明をする。
大海なぎさもまた、蒼谷ゆいと同じく、清宮山で右京こまちと会っていることもあり、少し説明しただけで、
右京こまちは思い出したような表情を浮かべる。

「あぁ、あの少女か。申し訳ないが、私は居場所を知らないな。」
「そう・・・ですか。」

落胆の顔を見せる蒼谷ゆい。
大海なぎさへの手がかりが、ここには無いと分かったのだろうか、ベッドから起き上がると、ドアに向かって歩き出した。
右京こまちの横を通り過ぎようとしたところで、右京こまちが声をかける。

「待て、何処へ行く?」
「俺のお姫様を探しに行く。」
「疲れが取れていない、そんな状態でか?」
「・・・もちろんだ。」

その言葉に、右京こまちは何も言い返すことなく、引きとめることもしなかった。
結局、そのまま蒼谷ゆいは部屋から去っていってしまった。

部屋に残された僕は、右京こまちに何気なく質問してみる。

「どうして、彼を止めなかったんですか?」
「・・・やつの眼を、お前も見ただろう。本気の眼だ。たとえどんな障害があったとしても、やつはたぶん立ち止まらないだろう。
 水原、お前とはまた違った、他者への愛に生きる人間の姿なのかもしれないな。」

まったく、余計な一言が多い、そう思った。

「・・・ただ、時には、そういう人間を正しい道に進ませる者が必要なのも確かだ。
 お前が昨晩逃げたときも、そうだっただろう?」

いじわるな笑みを浮かべてくる右京こまち。

「知ってたんですか・・・本当にいじわるですね。」
「すべてを知っているわけじゃあない。ただ、逃げ出したお前は必ず最後に戻ってくる。今までもそうだったな。
 この屋敷を何度逃げ出し、そして戻って来たか。もちろん、お前自身の精神力によって戻ってきたかもしれないが。
 だが、お前は間違いなく、誰かに支えられて、その場所に立ち続けている。それを忘れるな。」
「・・・そうですね。」

納得した僕の言葉に、右京こまちは、まるで我が子の成長がうまく行っていることがうれしいかのように、うんうんとうなづく。

「わかったら、さっさと行って来い。」
「・・・え?」
「蒼谷ゆいを、連れ戻せ。あいつもまた、お前と同じ【はじまりの魔法】の犠牲者だ。」

その言葉に、僕は思い出す。
【はじまりの魔法】は、夕波みつきに近い人間ほど、感染しやすいことを。
考えてみれば、確かに僕は大学卒業後、大海なぎさや蒼谷ゆいと連絡をあまりとっていなかった。
だが、夕波みつきにも同じことが言えるかどうかは、まったく繋がらない。

夕波みつきは、あまり周りに友人を作っては居なかった。
しかし、その分、数少ない友人である大海なぎさと蒼谷ゆいに対しては、強い関係を築いていたのではないだろうか。
2人の間を取り持つ立場にさえ、なっていたかもしれない。
だとすれば・・・。蒼谷ゆいも、大海なぎさも・・・。

「ぼさっとするな!」
「は、はい!」

思考状態から、外に意識を戻す。
急いで、蒼谷ゆいの後を、僕は追いかけはじめた。


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頼みの綱であった水原も、結局情報を持ってはいなかった。
これで再び振り出しに戻ってしまう。

傍にあった電柱に、体を預けてもたれかかる。
やはり、さっき右京こまちさんに言われたとおり、疲れは取れていなかったのだ。
でも・・・疲れを癒している時間は無い。最後に連絡を取ってから、丸1日が過ぎているのだ。
今まで1度も、こんなことは無かった。朝から晩まで毎日のように電話やメールのやり取りをしていたのだ。
それが突然途切れるなんて・・・。

「くっそぉ・・・」

さすがに、これ以上単独で探すのは無理かもしれない。ここは警察に・・・。
あの清宮山で出会った、白河警部に連絡を・・・。



そこでふと、誰かの視線に気づき、俯いていた俺は、感じる視線の方角へと目を向ける。
なんだ、この不快な視線は・・・。

数メートル先に、人が2人立っている。さっきまでは、まったく存在に気づかなかったのに、いつの間に・・・。
ちょうど、太陽の逆光で顔はよく見えないが、その背の高さや雰囲気からして、男女1人ずつだというのがわかる。

「・・・見つけましたよ。【はじまりの魔法】の犠牲者、蒼谷ゆい・・・くんですね?」

背の高い方のやつから、そんな男の声が発せられる。
【はじまりの・・・】? なんて言った?

「あぁん? なんだ、お前。なんで俺の名前を知ってんだ。」

電柱にもたれかけていた、疲れた体を無理に起こす。
気怠さが全身を駆け巡っているが、なんだか最初に感じた不快な視線が妙に気になっていて。
誰かと話している時間なんてないのに、こうして俺は眼の前のやつに話しかけてしまっている。

「もちろん知っていますよ。あなたのことは、彼女からよく聞きましたから。」
「彼女・・・?」

男の言葉の意味がよくわからなかったが、その疑問はすぐに解決した。
すっと、男の隣に立っていた、女が一歩、前に踏み出す。
それと同時に、太陽がちょうど雲に隠れ、逆光が無くなったため、男女の顔が見えるようになった。



「蒼谷くん。」
「な・・・なぎささん。」



紛れも無くその女は、俺のお姫様、大海なぎさ、その人だった。
デートの時に、お気に入りだと言ってよく着てきていた黄色いワンピース・・・では無い。
その服装は、まるでどこかの大企業で働いているキャリアウーマンの着ているような、ビジネス服だった。
そしてその服装は、なぎさの傍に立っている男のものと、よく似ている。
これはいったい・・・。

「なぎささん! 探したんですよ!」

俺は、思わず泣き出しそうになりながら、大声でそう言った。
我ながらかっこ悪い・・・。かっこ悪すぎる。

「ごめんね、蒼谷くん。心配かけて。」

・・・そんな俺の言葉に、なぎさは淡々と、そう答えた。
いつもとは、何かが違う。もっと、なぎさの言葉は、感情豊かなはずなのに。

「・・・せっかく、デートの約束してたのに。連絡も無かったし。今までどこに居たんですか。
 それに・・・それに、その男の人は、誰なんですか?」

俺の気持ちを不安にさせたのは、なぎさの発言や態度だけでは無かった。
なぎさの傍にいる、俺の知らない男の存在。こいつはいったい誰なんだ?

「この人は・・・」

なぎさはそこまで言って、傍に立っている男の方を向いた。
まるで、この男となぎさが・・・大切な関係でもあるかのような・・・感覚が、俺を襲う。
そんな馬鹿な。大学時代からずっと・・・もう7年以上、付き合ってきていて、お互いに結婚のことさえ意識していたのに。
・・・それとも、ただ単に、俺の空回りだったのか?
なぎさにとって、俺は・・・。

「自己紹介がまだでしたね。私の名前は、進藤竜一と言います。」

男が、そう言った。
進藤竜一と名乗った、そいつの姿は、はたから見れば一般企業で働いている、どこにでも居そうな若いサラリーマンの男だ。
年齢は・・・まだ30歳にはいっていないかもしれない。俺とそんなに変わらないはずだ。
そういえば、この男を最初に見た時、なんとも言い難いムカつく感情を得たが、それもそのはずだ。
あの水原月夜のものと似たような、しかしフレームの無い、メガネをかけているのだから。

「大海なぎささんとは、昨日初めてお会いしました。」
「・・・昨日初めて・・・だと?」

えぇ、そうです。と言いながら、メガネを光らせる進藤竜一。
姿はどことなく水原月夜に近いものを感じるが、性格は何か違う・・・。
水原は・・・どこか背後でコソコソしていて長身の割にひ弱な、策略家のイメージだが、こいつは逆だ・・・。
自信家にも思える態度を持ってる。こういうやつは、大抵スポーツ万能なうえに頭も良いのだ。

「”偶然にも”道でお会いしまして。直接面識は無かったのですが、共通のお知り合いがいたもので話が弾んで。
 いろいろ話をしてましたら、大海なぎささんは、あなたとのデートをすっかり忘れてしまっていたのですよ。」

自信満々に、進藤竜一はそんなことを言ってくる。
しかし・・・そんなことがあるはずない。いや、あって欲しくない。俺とのデートを忘れてしまうなんて。

「・・・本当なんですか? なぎささん。」

懇願するように、なぎさに質問する。
まさか、こんな男との会話が原因で、俺とのデートの約束が忘れ去られてしまったなんて、信じたくないから。
でも・・・。

「ごめんね。本当なの。」

淡々と・・・やはり淡々と、なぎさは答える。それも、俺にとって最悪の返答を。
そんな、そうだ、これは夢だ。タチの悪い夢なんだ。

「・・・残念だけど、これは夢じゃ無いんだよ、蒼谷くん。
 私も、何度も夢だと思った、この世界。だけど、紛れも無く真実なんだ。
 そして、大海なぎささんとのお話の結果、彼女は私に協力してくれるらしいんだ。」
「何、言ってやがんだ・・・?」

突然、訳の分からないことを言い始めた進藤竜一。
その目に浮かんでいるのは、憂い・・・だろうか。

おもむろに、進藤竜一は、なぎさの肩に手を乗せる。
その手で俺のお姫様に触るんじゃねぇ、と思ったが、何故かその言葉が出せない。

「だから、君も私に協力してほしい。」
「何をだよ・・・。きっちり説明しろぉ!」

なけなしの力を振り絞り、俺は進藤竜一に駆けだす。
これ以上は我慢できなかった。怒りと、悲しみと、悔しさの混ざった思考が、俺を突き動かした。
右の手を拳にする。一発殴らなきゃ、気が済まない! 警察沙汰になろうが、そんなの関係ない!

しかし、あと数歩で、拳が進藤竜一に届く・・・というところで・・・。



「くっ!?」



あろうことか、俺と進藤竜一の間に、なぎさが割り込んできた。
まるで、進藤竜一を庇うかのように・・・。

「なんで・・・なんでだよ・・・」

立ち止まった俺は、作った拳を解き、その場に膝から崩れ落ちた。

「改めて言いましょう。協力して欲しいんです。世界を救うために。
 私と一緒に、大海なぎさと一緒に、”夕波みつきを殺して”世界を救いましょう。」

進藤竜一は、俺に対してそう言い放った。
その言葉に思わず・・・進藤竜一を強く、睨みつける。

「んなっ・・・て、てめぇ、今、なんて・・・」
「夕波みつきを殺すんです。あれは、放っておけば、いずれ世界を滅ぼす種となる。
 だから、世界を滅ぼされてしまう前に、夕波みつきを殺すのです。」

夕波みつきを、殺す。
進藤竜一は、何度もそれを言った。殺す、殺すと。

「大海なぎささんは、それを快諾してくれました。先ほども言ったように、大海なぎささんは私に協力してくれています。」
「・・・ざけんな・・・」

そんなことがあって、良いはずが無い。
なぎさと、夕波みつきは・・・大学時代からの親友のはずだ。
なのに・・・なぎさは夕波みつきを殺すことに協力している・・・? ふざけんな。

「ふざけんな! 大体、さっきからてめぇが言ってる意味がわかんねぇんだよ!
 なぎさがお前に協力してる!? 夕波みつきを殺す!? 世界を救う!? 一から説明しろ!」

俺の怒りは、もはや頂点に達していた。
体力さえ残っていれば、眼の前にいるなぎさを横に押しのけてでも、進藤竜一に飛びかかるだろう。

しかし、俺の怒りの叫びを余所に、進藤竜一は、まるで困りものの生徒を見る教師のごとく、呆れたような表情を浮かべた。

「やれやれ。大海なぎささんさえ、こちらに引き込んでしまえば、簡単に君も付いてくると思ったんですけど。
 そう簡単にはいかないですか・・・。これは少し困りましたね。強硬手段を使った方が早そうだ。」

そう言ってため息を一つついた進藤竜一は、「なぎささん」と一声、なぎさにかける。
すると・・・あろうことか、なぎさは懐から1本のナイフを取り出した。

「お・・・おい、なぎさ・・・?」
「ごめんね、でも、こうするしかないの。蒼谷くんのために。」

・・・また、なぎさは俺に対して「ごめんね」と言った。
なぎさの持つナイフの刃が、雲間から差す太陽光に当たり、ギラリと光る。

「君が協力してくれるというのなら、なぎささんを下げましょう。
 ですが・・・答えがノーであれば、君はもっとも愛する人に殺されることになります。
 君の今の体力では、そこから立ち上がることすらできないですね。さて、どうしますか?」

どうしますか・・・?
狂ってやがる、この進藤竜一という男は、完全に狂ってやがる。
大体、なぎさが俺を殺せるはずがない・・・。そんなはずがない。
そして俺も、大学時代の友人である夕波みつきを殺すなんて、できない。
じゃあ、答えはノーだ。俺は夕波みつきを殺そうとする、こんな男に協力しないし、なぎさは俺を殺せるはずが無いのだから。

・・・でも、眼の前のなぎさは・・・
本当に、本当に、俺を殺さないか。

「ごめんね」を繰り返す、普通じゃないなぎさ。
もし・・・本当に・・・俺にナイフを突き刺すつもりだとしたら・・・。

もっとも愛している人に、殺される。
幸せなのか、それとも不幸なのか、そんなのわかんねぇ、けど。

でも、殺されるぐらいなら・・・俺は夕波みつきを・・・



「答えはノーです。」



突然、そんな声がどこからか上がったかと思うと、眼の前に居たなぎさの体が、すぐ近くにあった塀まで吹き飛ばされる。
それに数秒遅れて、一瞬何が起きたかまったくわからなかったが、俺はその場から勢いよく数メートル後ろに飛ぶように移動していた。

「な、なんだぁ?」

思わず、そんな情けない声を上げる俺に、「答えはノー」と言ったそいつが答えた。

「危ないところでしたね、蒼谷先輩。」

今朝聞いたばかりの、そんな男の声。俺のすぐ隣に、水原月夜、そいつは立っていた。
さらに俺の正面に、紺を基調とした和服姿で、腰には包帯のようなものに巻かれた刀を差している女性が一人、右京こまちさんだ。

「いったい何がどうなって・・・」
「話は後です。とりあえず、ここはこまちさんに任せましょう。」

その水原の言葉に、俺は黙って、進藤竜一に対峙する右京こまちを見つめるのだった。



続く



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グラサン少女シリーズ、本編第8作目「はじまりの魔法とグラサン少女」中編、いかがだったでしょうか。
いやぁああ、今回は我ながらなかなか良く書けたんじゃないかな、と自画自賛しています。
書きたかった場面がようやく書けた時の快感、これは本当に気持ち良いものです。

水原君、ようやくみつきちゃんに告白できたようで、ほっと一安心。
しかしまぁ・・・なかなかに扱いづらい性格の設定のせいで、ここまでこぎつけるのにかなり時間を使ってしまいました。
あと、みつきちゃんと公爵の感動の再会。これも、書きたい書きたいと思っていた場面です。
しかし・・・自分で書いていて、公爵がなんともうらやましい! と思ってしまうのですが、なぜでしょう。 

ということで、終わりの方は結構急展開ムードになりつつあります。
ここから、やりたかった結末へのスパートがはじまるわけです。

さてさて、ここでちょっと【サブタイトル】の話について、しておこうかなと思います。
この「グラサン少女シリーズ」は、今まで本編が8作、外伝「僕と私と世界の呪い」が2作出ているわけですが、
実はこの中の節構成において、1節に1つ、サブタイトルを毎回つけています。
今回の「はじまりの魔法とグラサン少女 中編」の第6節には、【急転直下】というサブタイトルが振られています。
まさしく、蒼谷くんとなぎさちゃんの関係についてのことなんですが、このサブタイトルの割り振りが、小説を書く上で、結構重要になっています。

サブタイトルを作らずに書いていると、どうしても「この先、どういう話の展開にすればいいんだっけ」となってしまうので、
行き当たりばったりの話になってしまいがちですが・・・逆にサブタイトルさえあれば、書きたい内容の覚書にもなるし、
その内容に向かって話を進めていきたい、というモチベーションの向上にもつながっているわけです。

さてさて、【急転直下】の事態となった、蒼谷くんとなぎさちゃんの関係はどうなる!?
あ、主人公はみつきちゃんですよ。お忘れなく。



進藤リヴァイア