はじまりの魔法とグラサン少女



「はじまりの魔法とグラサン少女(中)」


〜4〜


>>


「・・・ん? どうしたんだい、水原くん。」


右京家の屋敷の縁側で、独り、月を眺めていると、背後に誰かの気配を感じて、私は振り返りながらそう言った。
他の誰でもない水原月夜くんの気配だと、聞こえる息遣いからもわかる。

「・・・夕波みつきが、目を覚ましました。」

いつも落ち着いたような口調で話す彼にしては・・・やや動揺しているだろうか。

私は、月明かりに照らされた水原くんの表情を伺う。
すると、まるで今にも泣き出しそうな目を、銀色の淵を持つメガネの向こうに見つける。
いったい、何があったのだろうか。

「そうか・・・。わざわざ報告に来てくれたんだね、ありがとう。」

感謝の言葉を述べる私であったが、それをまともに聞いたかどうかわからないぐらいのタイミングで、
水原くんはまるで逃げるかのように部屋を出て行こうとしていた。



あえて、それを追いかける必要は・・・たぶん無いはずだ。
水原くんは、みつきちゃんとはまた違った、頭の良さを持っている。
みつきちゃんは、純粋に勉学ができる女の子だ。それに、人と接するときも、どうすれば良いのかを心得ている。

しかし、水原くんは違う。確かに彼も、勉強はできるかもしれない。
私の知っている限りでは、頭の回転も非常に早く、ここ一番の冷静さと判断力には目を見張るものさえある。
ただ・・・他人と関わることが、苦手なのだ。それこそが、2人の最大の違いと言っても良い。
だからこそ、私は、水原くんを信頼することができる。

水原くんは、自分の考えを正当化しつつも、どこかで人間らしさを失わず、行動する。
最初に水原くんと会ったとき、それに気づかされたのだ。
水原くんならば・・・きっとみつきちゃんのことを・・・。



縁側に、再び独り取り残された私。
水原くんがどこに行ったかはわからないし、何があったのかもわからないが・・・
まずは、目覚めたというみつきちゃんの様子を見に行くのが、先決だろう。





「・・・ここは、いったいどこなの?」
「もう、わかっているはずだ、夕波みつき。わざわざ質問せずとも・・・。」

眼の前に立っている、紺色を基調とした和服に身を包んだ和風美女、右京こまちは、私の質問に溜息をつくように答えた。
・・・確かに、右京こまちがここにいる、という時点で、なんとなくここがどこなのか、わかる。

「・・・水原と、いったい何の関係なの?」
「同居人、と言えばわかりやすいだろう。実際はもう少し違った考え方もできるが・・・。」

同居、って・・・なんで?

「意味がわからない。ちゃんと説明して。それに、どうして私はここにいるの?」
「話せば、長くなる。それでも良いのであれば、1から話そう。」

私は、黙ってうなづく。
右京こまちの姿を見た瞬間から、何故か、彼女は私の抱いている疑問をほとんど知っていそうな気がしていた。
右京こまちのことを、よく知っているわけじゃない・・・けれども、きっと・・・。

「まずは、どこから話すべきか。そうだな・・・。夕波みつき、あなた自身のことから話そう。」
「私自身のこと・・・?」

一瞬、まったく何を言っているのか、理解できなかった。
何故私がこんなところにいるのか、水原と右京こまちの関係は何なのか、それとはまるで関係なさそうな話・・・。
しかも、私自身のことについて、何故右京こまちが話そうとしているのか。

「自分が、烏丸家の血筋を持っている、ということはもう10年ほど前・・・最初に私と会う前に、
 既に気づいていたはずだが、それは正しいか?」
「え・・・えぇ。気づいていた、というよりは、お父さんとお母さんの遺書を見て、知ったけれど。」

確かに、私は烏丸家の血筋を持っている。
お母さんが結婚する前の旧姓は・・・烏丸ひより。紛れもなく、烏丸家の子孫だ。
あの烏丸祐一郎公爵と、私は遠い親戚関係に当たることも、わかっている。

「では、【烏丸家の呪い】については知っているか?」
「話には、聞いたことがある。公爵が若くして死んだ理由は、その【烏丸家の呪い】のせいだって。」
「・・・そうか。」

一瞬、右京こまちの表情が沈んだような気がした。

「【烏丸家の呪い】は・・・絶対とは言い切れないが、遺伝する性質を持っている。それも病気では無く、正真正銘、呪いの魔法だ。」

右京こまちから放たれたその言葉に、私は気づいてしまった。
まさか・・・。

「私は・・・まさか【烏丸家の呪い】を?」
「そういう、ことだ。」
「それじゃあ・・・それじゃあ、私の体の成長が止まってしまっているのも・・・」
「【烏丸家の呪い】の仕業だ。」

烏丸祐一郎公爵が命を落とした原因となったモノが、私の中にも入ってる・・・。
そのために、私の成長は止まってしまっていて・・・。

「じゃあ、私は・・・死ぬの?」

私がそう言うと、右京こまちは、私の前ではじめて微笑を浮かべた。
嫌味を持った微笑じゃない、憐みを持った微笑で・・・。

「・・・幸いなことに、あなたは特別だった。あなたにかけられている【烏丸家の呪い】は・・・。
 それまで歴代の烏丸家の人間たちを死に至らしめたものとは・・・少々異なった性質を持っている。」
「・・・どうして、そんなことまで知っているの?」
「それは、私の家系・・・右京家が、代々悪霊や化け物退治を専門とする家柄であったこともあるが・・・一番の理由は、彼だ。」

すると、右京こまちは、一歩右にずれる。
今まで右京こまちによって遮られていた部屋のドアへの視界が開け、私の目に映ったのは・・・。



「ただいま、みつきちゃん。」



執事服のような漆黒のスーツを身にまとった、長身の男。
その表情には、懐かしい笑顔が浮かんでいる。
私の目から、次々と涙がこぼれだし・・・次に気づいた時には、その男に抱き着いていた。

「公爵っ! 公爵っ!」
「あはは、よしよし。良い娘だ。」

その男・・・烏丸祐一郎公爵は、抱き着いている私の頭を優しくなでてくる。

「本当に公爵だよね? 本当に本当に・・・」
「そうだよ・・・。烏丸祐一郎だよ。紛れもない、みつきちゃんの家族さ。」
「またこうして会えるなんて・・・でも、いったいどうして?」

公爵は、かつて私と2人で烏丸家の屋敷で暮していた時、右京こまちによって討伐され、この世から姿を消したはずだった。
それなのに、今はこうして私の目の前にいる・・・。

「彼女が・・・右京こまちさんが私を必要としてくれたんだ。」

そう言って、公爵は右京こまちの方を見る。

「驚いたよ。まさかこんなことになるなんてね。」
「・・・驚いたことには、私も同感だ。当初は、ここまで烏丸家のことについて踏み入る予定では無かったからな。」

2人の言っていることは、よくわからない。けれど、公爵がこうして私のもとに現れたことだけで、もう十分だった。
もう、家族は誰も居ないと・・・そう思っていたから。



「それじゃあ、話の続きをしよう。」

右京こまちが、再び話を切り出す。
いまだに、話の全容についてはわかっていないけれど・・・。少なくとも、私も大いに関係のある話なのだろう。

「先ほど言ったように、夕波みつき、お前には【烏丸家の呪い】がかかっている。
 しかし、それは普通の【烏丸家の呪い】ではない。従来のモノより大人しい反面、危険な一面を持っている呪いだ。」
「従来の呪いより大人しい・・・っていうのは、私が呪いで殺されない、ってことなの?
 そもそも、本当に呪いなんていうものが・・・」

右京こまちは、私の言葉に睨むように反応した。

「呪いは確かに存在する。それは既に気づいていてもおかしくないはずだ。
 このように、はるか昔に死んだはずの烏丸祐一郎が、眼の前にいる。
 それだけでも、呪いという超常現象が存在しても、不思議じゃない、と思うだろう?」

確かに、公爵のことについては、疑いの余地も無い。
数年もの間、私は公爵と2人で一緒に生活してきた過去があるのだ。それを今更幻覚だとは当然思わない。
だから・・・幽霊という存在については、私は否定する術を持っていない・・・。

「【烏丸家の呪い】によって、お前が死なない、という保証はできない。
 ただ・・・それよりももっと深刻な話がある。それが本題だと言っても良いだろう。」



いつになく、真剣な表情になる右京こまち。
その時私は・・・まだ、世界の本当の姿と、迫りくる危機について、何も知らずにいた・・・。



>>>



【・・・水原月夜、君は一体どこへ行こうとしてるんだい?】

気が付いたら、僕は無我夢中で走っていた。
真夜中・・・丑三つ時と言っても良いだろう。この辺りの住宅街はすっかり静まり返っている。
点々と灯っている街灯には、うっとおしげに羽虫が集まっている。

どうやら僕は、右京家の屋敷から、逃げ出してしまったようだ。

理由は、夕波みつきに、僕が大切にしていた写真を見られたから・・・。ただそれだけだ。
烏丸家の墓の前に、夕波みつきと烏丸祐一郎公爵の2人の姿がある写真。
そこに写る夕波みつきの表情は、どこか物寂しげそうで・・・。

僕の体の内側からかけられた声の持ち主にも聞こえるかどうか、それぐらい小さな声でつぶやく。

「・・・今更・・・なんで逃げたんだろう。」
【それが君の強さであり、弱さだよ。】

・・・たとえどんなに小さい声でつぶやいたとしても、まるですべてが聞こえているかのように言う。
【魔神レニオル】、それが僕の内側に存在する、強き霊力を持った異界の神の一体だ。

【君は、いつも冷静な判断を下そうとする。あくまで、感情的にならず、目的のためなら何を犠牲にしても構わない、と。
 ・・・でも、君はその一方で、夕波みつきへの愛情という気持ちに溺れてもいる。
 だからこそ、私は君を選んだ。強さと弱さが同居している君と言う存在を・・・。】

夕波みつきへの愛情・・・その言葉に、僕はハッとする。
胸が締め付けられるように苦しい。肉体的痛みではなく・・・精神的に。

「ははっ、僕もまだまだですよ・・・。あの程度のことで我を忘れてしまうなんて。
 冷静さが欠けていました。いずれあんな風になることは、予測できたはずでした。」
【仕方ないことだよ、水原月夜。君は既に【烏丸家の呪い】・・・いや、【はじまりの魔法】の侵食をかなり受けてしまっているのだから。】

【はじまりの魔法】・・・レニオルは確かにそう言った。
これまで、烏丸家の人間を代々呪い続けてきた【烏丸家の呪い】の本当の姿、それが【はじまりの魔法】。
異界で、【烏丸家の呪い】の真実について知らされたときから、僕はその呪いについてかなりの恐怖を持っていた。

僕は【烏丸家の呪い】が、烏丸家の人間にしか遺伝しない病気のようなものだとずっと思っていた。
烏丸家の本家最後の当主である烏丸祐一郎公爵が、やはり【烏丸家の呪い】で死んだとき、その呪いは完全に消滅したと思われていた。
ところが実際のところ、傍系の血筋によって【烏丸家の呪い】は存在し続けており・・・
それが回りまわって夕波みつきにも遺伝してしまった。

しかもどういうわけか、右京こまちによれば、夕波みつきにかけられた【烏丸家の呪い】は、それまでのものとは
まるで性質が異なり・・・その呪いの感染力が強まっていることが現段階ではわかっている。
その代りに、呪いをかけられた本人に悪影響を及ぼすような効果が、この呪いには無い。
それがどういった意味を表しているか、それはわからない。でも・・・

【君は、夕波みつきにもっとも近い人間だ。烏丸祐一郎は実体としてこの世界に生き返ったが、元々呪いをかけられている。
 右京こまちは、夕波みつきという存在自体に興味は無いだろう。それでも、多少呪いの影響を受けているかもしれないけれど、
 彼女は呪いのエキスパートだ。】

少なくとも、こうして僕は、夕波みつきのことになると、どうも理性のコントロールを失いやすくなる。
夕波みつきのかけられている呪いは、【烏丸家の呪い】ではもはや無い。
【はじまりの魔法】・・・そう呼んでいた、【九神霊】の【呪曹カロン】。
きっと僕が、その呪いの最初の被害者なのだろう。

「・・・右京家の屋敷に戻らなければ・・・」

夜風が徐々に頭を冷やしてくれたおかげで、多少の冷静さを取り戻すことが出来た。
きっと今頃は、右京こまちが夕波みつきにおおまかなことは説明しているに違いない。
烏丸祐一郎公爵とも、もう再会を果たしていることだろう。
・・・そういえば、倒れ込んでしまっていた蒼谷ゆいは、そろそろ目覚める頃だろうか。



帰路への一歩を踏み出す・・・と、数メートル先に、まるで行く先を塞ぐかのように立っている何者かの存在を見つけた。
さっきまで、まるで何も気配を感じなかったのにもかかわらず・・・とはいえ、殺気のようなものは感じない。
ちょうど街灯と街灯の間の、薄暗い位置に立っているため、せいぜい体格がどれほどなのかぐらいしかわからないが・・・。



「僕に、何か用でしょうか?」
「・・・」

無言で、こちらに近づいてくる。徐々に街灯にも近づいてきているため、姿が具体的に見え始める。
その、見えた顔に、僕は見覚えがあった。数時間前・・・と言っても、もうだいぶ昔のことのような気がする。
裏路地で倒れていた夕波みつきを保護した、燕尾服の若い男だ。

「あなたは夕方の・・・。」
「やはり君だったか。部下をつけさせておいて正解だった。」

つけさせておいた・・・? まさか、あの時からずっと尾行されていたというのか。

「少し気になったもんでね。気分を悪くしてしまったら謝ろう。」
「・・・何故僕を?」
「あの少女が、本当に君たちにとって大切な人物なのかどうかを。」

なるほど。確かに最初にこの男に会った時、やや警戒されていたことを思えば、その理由も納得いく。

「あの少女は、目を覚ましたか?」
「・・・えぇ。1時間ほど前に。」
「では何で、君はここにいる? あの少女は君にとって大切な存在ではないのか?」

その言葉に、僕は閉口してしまう。
その通りだ・・・。夕波みつきは、僕にとってかけがえのない存在・・・。言えば、太陽のようなものだ。
あまりにもその太陽が眩しいから、僕は影へ影へと逃げ出してしまったんだ・・・。

「・・・今から・・・今から戻るところです。」
「そうか。それならば良いんだ。」

燕尾服の男は、僕に背中を見せる。

「君とは、また近いうちに会うだろう。この予言を実現させるために、君に1つ助言をしておく。」
「助言・・・ですか?」
「いずれ、君たちは・・・あの少女を守っていかなければならなくなる。それも、思いもよらぬ脅威から。
 きっと君は、驚くだろう。相手があまりにも悪すぎる・・・と。
 だから、ピンチになったとき、ここに電話すると良い。」

燕尾服の男は、背中を見せたまま、僕に向かって紙飛行機を上手に飛ばしてきた。
僕はそれを受け止め、紙を開く。すると、1つの電話番号がそこに記されていた。なんともキザなことをするやつだ。

「その電話番号は、俺につながるようになっている。いざとなったら、電話してくれ。なるべく早く駆けつけよう。」
「・・・」

何故、この男はこんなことをするのだろうか。
僕たちが今、どういう状況に陥っているのか、まるで知らないはずのこの男は・・・いったい何者なのだろう。

「・・・もちろん。君たちがピンチになるべくならないよう、俺も手を回しておく。だけど、限度があるからな。
 俺一人の力では、そのうち手に負えなくなる。まぁ・・・その時はその時だ。」
「・・・あなたは一体何者なんですか? 僕たちのことをどれだけ・・・」

すると、燕尾服の男はさっと振り返る。
顔には鋭い眼光が宿っている。まるであらゆるものを視線だけで貫かんばかりの・・・。

「君たちが何に巻き込まれているのか、その全容を俺は知らない。
 でも、君たちといずれ敵対するであろう存在を、俺はよく知っている。
 ・・・逃げ出しても、無駄だろう。それほどまでに・・・この件についてはやっかいだと俺は思っている。」

いずれ敵対するであろう・・・存在・・・。

「それじゃあ、また会おう。水原月夜。」
「なっ・・・僕の名を」



次の瞬間には、すっかり燕尾服の男は闇夜に紛れて姿を消してしまっていた。

残された僕は他にどうするわけもなく、とりあえず今は右京家の屋敷に戻る必要があると思い、歩を進め始めた。



>>



眼の前にいる女の言っていることが理解できない。
それは、彼女が私の知らない言語で何かを私に言ってきているのではない。
彼女はあくまでも、私の脳で出来る限り理解ができるよう、言葉を選びながら説明しているはずなのだ。
しかし・・・彼女が発する言葉に耳を傾けているにもかかわらず、私の脳が、理解することを否定している。
かろうじて、少しばかりの内容については、なんとか無理やり飲み込むように、頭の中に入っていった。



【烏丸家の呪い】、私の大切な人である烏丸祐一郎公爵が、かつてかけられていたその呪い。
烏丸家の血族に遺伝していたというその呪いは、子孫である私にもかけられているのだという。

ただし、私にかけられている呪いは、これまでの【烏丸家の呪い】とは、少々違うらしい。
その代表的な違いは、私の見た目に、明確に表れていることがわかった。

私の成長が途中でとまってしまっている理由、それが、私にかけられた呪いの特徴の1つで・・・
さらに、右京こまちがしてきた、ある質問によって、もう1つの特徴も判明した。

「・・・夕波みつき。最近、気を失うことが増えてきているな?」

気を失うことが増えてきている・・・それは確かにそうだった。
思えば、どうして今、私は右京こまちの家にいるのだろう、という疑問にはじまったことだが、
ベッドの上で気が付く前の記憶が曖昧で、やはり私は気を失っていたことになる。

月日が経つごとに、私の意識が時折曖昧になることがある・・・。
それは、放心状態とも少し違うような・・・なんとも形容しがたいもので。



でも、それよりももっと大切なことを、右京こまちから告げられた時、私は衝撃を受けざるを得なかった。



「・・・私が、何者かに狙われている?」
「そうだ。」
「いったい、どうしてなの?」

私の質問に、少し右京こまちは悲しげな眼を浮かべて俯く。
私の隣にいた公爵に顔を向けると、やはり公爵も同じような表情を浮かべる。
やがて、右京こまちは、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。

「今、お前にかけられている【烏丸家の呪い】・・・いや【はじまりの魔法】と呼ばれる呪いは、
 下手をすれば、全世界の人間に感染し・・・やがて人間は滅びる、そう言われている。」
「え・・・?」

最初は、何かの冗談だと思った。
でも・・・右京こまちがそんな冗談を言うような人物ではないことぐらい、わかっていた私にとって・・・。
右京こまちが、言葉を続ける。

「【はじまりの魔法】は、今はまだ完全に発動していない状態だ。だが、少しずつとはいえ、周りの人間に影響を与えつつある。
 既に、水原月夜は、完全に【はじまりの魔法】の影響を受け、呪われた身となっている。」
「そんな・・・水原が、呪われているって、それは私の・・・」
「みつきちゃんのせいじゃないっ!」

私のせい、そう言おうとしたとき、叫んだのは公爵だった。
公爵は、体の小さい私に背丈を合わせるようにしゃがみ込んで、私を抱きしめた。
公爵の体から、やさしい温もりを感じる・・・。

「みつきちゃんは、何も悪くないんだ。【はじまりの魔法】・・・その呪いを作ったやつらが悪いんだ。」
「呪いを作った・・・やつら・・・」
「やつらは・・・【九神霊】と呼ばれる霊界の神たちは・・・みつきちゃんを利用して、人間を滅ぼそうとしているんだ。」

公爵は、まるで何かから、私を守るかのように、きつく、きつく抱きしめる。
それがなんだか嬉しくなってきて・・・声を少し震わせている公爵の頭に、優しく右手を乗せる。

「ありがとう、公爵。大丈夫、だから。」

そう言うと、ゆっくりと公爵は私を腕の中から解放した。

「・・・できれば、みつきちゃんがこの事実を知る前に、すべてを終わらせたかったんだ。」
「だが、そうも行かなくなってきた。」

公爵の言葉に、補足するように右京こまちが言う。

「【九神霊】は、本格的に動きだし、お前は狙われるようになった。
 さらに、水原月夜は【はじまりの魔法】に呪われた。今のお前に一番近い人間は、水原だからな。」

そうだ。思えば、公爵を失ってからというもの、家族が居なかった私にとって、水原は良くも悪くも私の傍にいた。
右京こまちは、私にかけられているという【はじまりの魔法】は、少しずつ周りの人間に感染していくと言った。
それが本当なら・・・真先に呪いが移ってしまうのは・・・水原だ。

水原・・・。



机の上に置いてあった、1枚の写真。
私と、幽霊の姿の公爵が、烏丸家の墓の前に佇んでいる写真。



水原・・・お前は・・・。



続く