はじまりの魔法とグラサン少女
〜3〜
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目覚めると、そこは、今まで見たことのない薄暗い部屋のベッドの上だった。
「・・・ここは・・・私は・・・」
なんでこんなところに私がいるのだろう。
とりあえず、簡素な作りのベッドの上で寝ていた私は起き上がる。
よく見えない部屋を、どうにか一度見渡す。家具や調度品は、ほとんど見当たらない。
唯一、ベッド以外にあるとすれば、それはボロボロの木目調の机。
床に足をつけると、ひんやりとした冷たさが伝わってくる。少なくとも、フローリング・・・ではない。
部屋の内部を見渡すことができるだけの光源は、どうやら部屋に1つだけつけられた窓から差す月光のみ。
ようやく頭が冴えてきた。
なぜ、私、大海なぎさがこんなところにいるのか、それを改めて考え直すと、重要なことを思い出した。
「・・・蒼谷君・・・」
そうだ、大学生の頃から一緒だった、蒼谷ゆい・・・。
彼と、ちょうど出会ってから8年の、記念すべき日のデート。それに行こうとしてたんだ。
でも・・・。
「歩いている途中で・・・私は、誰かに襲われた?」
デートの待ち合わせ場所に向かう途中、急に後ろから、誰かにハンカチのようなもので口を覆われて・・・。
そこから先の記憶がない。と、いうことは・・・。
「誘拐された?」
ふと、不安が頭をよぎり、私の今の姿を確認してみる。
今着ているものは、私のお気に入りの黄色いワンピース。別に汚れている様子は無い。
そして、私の体も確認してみる。ケガや傷、また女性としての大切な部分においても。
・・・
問題は無さそうで、少しだけ安心した。
でも、誘拐されたとするならば・・・私はここに閉じ込められてしまったということだろうか。
生活感のないこの部屋。言うなれば、牢屋に近いかもしれない。でも、なんで・・・。
その時、ギギィ、と音がして、部屋に明かりが灯る。
急に明るくなったため、一瞬目が眩んだ。
「起きたか、大海なぎさ」
低い、男の声。誘拐犯だろうか。
徐々に目が慣れてきて、私は、その声の主の方を、見た。
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「はぁ・・・はぁ・・・ようやく、見つけたぞ。水原、月夜。」
「・・・蒼谷先輩?」
眼の前で荒い呼吸をしてるその人物は、紛れもなく、蒼谷ゆいだった。
大学時代、僕や夕波みつき、大海なぎさと同じサークルに所属していた、その彼が、そこにいた。
「頼むから・・・はぁ・・・はぁ・・・教えてくれ。なぎさちゃんの居場所を知ってたら・・・。」
蒼谷ゆいは、そこまで言って、力尽きたかのようにその場に倒れてしまった。
思わず傍にいた烏丸祐一郎公爵が、蒼谷ゆいに駆け寄る。
「ちょ、ちょっと君、大丈夫かい!?」
「はぁ・・・はぁ・・・」
見た感じ、かなり苦しそうな表情を浮かべている。まさか、「クィドル」に・・・。
烏丸祐一郎公爵の隣に、右京こまちが付き、なにやら蒼谷ゆいの右手を握っている。
いったい、何をしているのだろうか。
「・・・大丈夫だ。何かの呪いによるものじゃあ無い。しかし、容態はあまり良くないな。」
右京こまちは、そう言って僕の方を向いた。
「場所を・・・移しましょう。僕も、夕波みつきを安全な場所に連れて行きたいので。」
僕が言うと、息が上がっていて動けそうもない蒼谷ゆいを背負う、と烏丸祐一郎公爵は申し出た。
それに従って、右京こまちも、僕の提案に賛成するかのように一度うなづいた。
そうして僕らは、右京家の屋敷に戻ることにした。
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私は、不思議な夢を見た。
とても不思議な夢を見た。
それは、確かこんな夢だった・・・
「ねぇねぇ、このお花、なんていうの?」
草むらに、ぽつりと咲いている紫色の花を指差して、私は、隣に座っている女性に、そう話しかけた。
その女性は、麦わら帽子の下の綺麗な白い顔に、とても優しそうな表情を浮かべていて、
それを見ているだけで、なんだか心が落ち着いてくる。
「・・・この花はね。リンドウ、って言うのよ。」
「リン・・・ドウ?」
そう、と女性は言って、リンドウの花弁にそっと触れる。
「リンドウ。最近は、あまり見かけることが無くなってしまった花なのだけれど・・・。私はこの花が好きなの。」
「それは、いったいどうして?」
私の質問に、女性は少しうーんと考え込むように空を見上げた。
空は、青く澄みきっていて、雲一つ浮かんでいない。
そういえば、ここはどこなんだろう。
「・・・私の好きな人がね? 綺麗なリンドウを収めた写真を、私にプレゼントしてくれたことがあったの。
私は、体が生まれつき弱くて、あんまり外に出歩くことが出来なかったから・・・。それだから彼はいつも、私にいろんな写真を見せてくれたの。」
「そう、なんだ。」
空を仰ぎ見る女性。その目にわずかばかりの涙が見えたような気がする。
「・・・泣いてるの?」
「うん。」
私は女性の涙の流れる目元に、無言でハンカチを当てる。
「ありがとう。もう大丈夫。」
「・・・」
女性の感謝の言葉に、私は何も返さず、黙ってハンカチをポケットにしまった。
「リンドウの花言葉は、【悲しむあなたが好き】。」
ふと女性がそう呟いた。
「・・・きっと彼は、体が弱かった私が可哀そうだと思ったのかもしれないね。
でも、だからこそ、彼は私のことを好きになってくれたし。私も・・・そんな彼に惹かれた。
だから・・・私はこの花が好きなの。」
女性はおもむろに、被っていた麦わら帽子を取り、私の頭の上にポンッと被せた。
さらに、女性はどこからか、サングラスを1つ取り出し、私に渡してきた。
「・・・この花は、晴れた日にしか咲かない花なの。
太陽照りつける空の下でしか咲かない花なのに、【悲しむあなたが好き】なんて・・・。
まるで、私やあなた、そのものね。」
私や・・・この女性が、リンドウそのもの?
「それじゃあ、そろそろ行かなきゃいけないから、私は行くね?」
「・・・私を置いて、いったいどこへ行っちゃうの?」
ふと、そんな言葉が私の口から出た。
意思とは無関係に・・・。まるで、大切なものが無くなってしまうことを恐れているかのような声色で。
「ずっと、遠いところ。あぁ、そんな悲しい顔をしないで、みつき。
大丈夫、あなたは一人じゃないわ。」
女性は、私を優しく抱きしめた。
暖かい・・・人の温もりって、こんなにも暖かいものだったんだ・・・。
「遠くに離れていても、私はあなたを守り続けるから。時が来るまで、それまで・・・辛抱していて。
大丈夫。泣かないで・・・。」
いつの間にか、私は涙を流していたらしい。
さっきまで泣いていたはずの女性が今度は、泣かないで、なんて言ってくる。
「・・・じゃあね、みつき。」
「うん」
ふっ、と私の体が感じていたはずのぬくもりが突然消える。
それまですぐ傍にあった女性の存在は、一瞬にして消えてしまっていた。
空は、雲一つない快晴。太陽が、私とリンドウを強く照りつける。
このまま、水分を得られないままこの場所に居たら、リンドウはきっと死んでしまうかもしれない。
何故そんなことを思ったかわからないが、私は女性に被らされていた麦わら帽子を取って、リンドウの上に優しく被せる。
陽の光が適度に当たるように・・・当たりすぎないように調節して。
私は、麦わら帽子は無くとも、女性から渡されたサングラスがあれば大丈夫だから・・・。
サングラスをかける。
その瞬間、私の意識が薄らいでいく・・・。
感覚が消えていく中、私は、あの女性が何者だったのかをようやく思い出し・・・。
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「・・・」
目覚めると、そこは、今まで見たことのない部屋のベッドの上だった。
いまいち記憶が曖昧なため、どうして私が見知らぬ場所のベッドの上で寝ているのか、わからない。
しかし、1つだけ、確かなことがある。
それは・・・私の居るベッドの傍で、椅子に座り込んで寝てしまっている、ある人物の存在があることだ。
理知的そうな印象を与えるシルバーフレームのメガネの奥の目は、今は閉じられている。
紺色のジーンズに、灰色の長袖シャツ。椅子に座っているにもかかわらず、彼の持つ長身は目立つ。
水原月夜。
私の大学時代の後輩であり、大学を卒業した現在でも付き合いのある数少ない友人の一人だ。
しかし、彼は私のことを友人と思っているかどうかは、わからない。
出会った当初から、水原は私に何かを隠していた。また、ある時は取引を持ちかけてきていた。
それが意味することは、いまだによくわからない。
友人と言うには、少々お互いのことをあまりよく知らない間柄だろう。
もっとも水原は、私のことをいろいろ陰で探っているようなのだけれど・・・。
「水原」と声をかけようとも思ったが、水原の無防備な寝顔をもう少し見ていてもバチは当たらないだろうと思い直す。
普段、ガードが固く、隙を見せようとしない水原の珍しい一面・・・いわば絶好のシャッターチャンスだ。
手元に愛用のカメラが見当たらないことが、本当に悔やまれる。
この見知らぬ部屋・・・もしかすると、水原の家なのだろうか。
過去に一度も水原の家に行ったことが無いために、その確証は無いが。
「んしょ・・・っと。」
ベッドから完全に起き上がる。
私は裸足だったが、幸いなことにベッドのすぐ下にスリッパがあったため、それを借りることにする。
すぐ傍で私が目覚めて、動いているというのに、いまだに水原が起きる気配はない。
よほど深い眠りについているのだろう。
なるべく水原を起こさないように、静かに部屋の中を歩いてみる。
思ったより部屋は広い。10〜12畳はあるかもしれない。
広さを感じる理由は、部屋の中の家具が必要最低限なものぐらいしか無いからだろう。
私が寝ていたベッド、部屋の隅に置かれたタンスと学習机、それに何かが入っているであろう段ボール箱が2つほど。
ふと、学習机に注目すると、机の上に何枚か写真が置いてあることに気づく。
学習机に近づき、写真を手に取ると・・・そこには驚くべきものが写っていた。
「これは・・・私?」
紛れもなく、そこには、烏丸家の墓の前に立っている私と、烏丸祐一郎公爵の霊が写りこんでいる。
いったい・・・これは・・・
「っ!」
突然、その写真を横から誰かにひったくられる。
・・・水原だ。
普段と変わらない、氷のような印象を受ける無表情や、気味の悪い微笑・・・そのどちらでもない表情をした水原。
何かに、怯えているような。
「・・・失敗でした。いろいろな事があって、すっかり写真を片づけるのを・・・忘れていました。
おまけに、傍で見張っているはずだったのに・・・僕自身まで眠りについてしまっていました。」
「水原・・・?」
徐々に、水原は私から後ずさる。
「・・・小さいミス、じゃない。取り返しのつかない、ミス・・・。もう、僕は・・・。」
「お、おい、水原。」
今にも逃げ出しそうな、弱々しい様子を見せている。
これまで、一度もこんな水原を、見たことがない・・・。
「僕は!」
そう水原が叫ぶや否や、水原は部屋の唯一のドアへ駈け出し、あっという間に部屋を出て行ってしまった。
一瞬引き留めようかとも思ったが・・・何故だか、それが出来なかったのは、きっと水原が部屋を出る瞬間に見せた涙のせいかもしれない。
水原が部屋から居なくなり、私はたった一人で部屋に取り残されてしまった。
聞きたいことはたくさんあった。写真のことはもちろんだが、今いる場所のこと、どうして私がこんなところにいるのか・・・など。
しかしそれも、今は質問できる相手が居なくて・・・。
「失礼する。」
開けっ放しになっていた部屋のドアの方からそんな声が上がる。
そして、声の主と思われる人物が、部屋の中に入ってきた。
紺色を基調とした和服に身を包んでおり、長い黒髪と顔立ちは大和撫子を思わせるような日本美人。
前にも、2度、彼女には会ったことがある。最初は、烏丸家の屋敷で。2度目は、清宮山での遭難の後で。
名前は・・・。
「・・・右京こまちさん。」
「久しぶりだな、夕波みつき。ようやく目覚めたか。」
その時、ようやく私は、薄っすらとすべての全貌が・・・見え始めたのだった。
続く
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大変お待たせしました。本当に。
グラサン少女シリーズ、本編の最終章がついにスタートしました。
執筆過程で、バイトだったり地震だったりでモチベーションが下がりに下がりまくって、
なかなか書きすすめられなかったのですが、ようやく5月に入って立て直しが図れるようになれました。
グラサン少女シリーズの元ネタ(というが制作の原点)である、Formulaさんの『Another World』に触発されて、
今まで書いてきましたが、ようやくここまで来た・・・という感じです。
時間軸は、前作「遭難事件とグラサン少女」から、約8年経ってます。
大学を卒業したみつきちゃんたちですが、彼女たちの関係は継続しているわけです。
蒼谷ゆいと大海なぎさは、結婚を考える段階まできての・・・この状態。
もう、今までにないぐらいのモノがぐるぐると渦巻いております。
結構、今まで立ててきたフラグも役者も予定数に達してきたので、あとは下り坂を転がり落ちるがごとく、
ただひたすら書いていけば、中編、後編も結構すぐに完成・・・すると思います。
進藤リヴァイア