遭難事件とグラサン少女(下)




〜15〜



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鳥羽さんが殺された事件について、その全貌が明らかになったのは、それから数日経ってからだった。

鳥羽さんは高倉さんと結婚して幸せになる予定だったのだが、鳥羽さんと高倉さんが付き合う前より、
白河さんや亀山さんを含めた4人は徒然荘に毎年遊びに来ていて、その中で鳥羽さんと枕崎早子さんが良い関係になり、
数年付き合っていたというのだ。

しかし、年に数回しか会えないために、なかなか進展しない一方、高倉さんが鳥羽さんにアプローチするようになり、
鳥羽さんも徐々に高倉さんへの想いを強めて行ってしまい・・・。

早子さんは、結局フラれたという形になってしまった。
それを知った兄の兼好さんが、この事件を計画したという。
兼好さんは、主犯にされても良いという一種の覚悟をもって早子さんに協力し、包丁を渡した。
その包丁を使って、ロビーにあったマスターキーを持って2階の鳥羽さんの部屋に入ったのが5時10分過ぎ。
予め、水道メーターを見て、隣の部屋の高倉さんがお風呂に入っているのを確認していたらしい。

そして、鳥羽さんに会って「高倉さんと結婚しないで」と懇願するように抱きついたところを、包丁で刺したという。

あとは凶器となった包丁を鳥羽さんに持たせ、部屋を去ったのが5時20分ごろ。
なお、この時、兼好さんから、生き物の死体の保存方法について前もって聞かされていたため、
タイマーを使って室温を調節したらしい。魚を少しでも新鮮なまま保存する技術を応用したそうだ。

早子さんと兼好さんは逮捕され、また、3年ぶりに会った右京こまちの手によって、清宮山の夏雪現象は無くなったという。
1人残された紀之さんは、徒然荘の経営を一時的に辞め、いつでも2人に会いに行けるようにと刑務所のすぐ近くでアパート暮らしをはじめた・・・。



そんな内容が書かれている手紙を、私たちは読んでいた。

夏休みにも関わらず、私たちは大学の、私たちのサークル部室に来ていた。
この手紙が水原の下へ届いたという話を聞いて、合宿が終わってからはじめてみんなで集まったのだ。

送り主である白河さんは、こんな事件に巻き込んでしまって申し訳ない、という謝罪の言葉と、
今度またいつか会えたら、その時はよろしく、という言葉を最後に手紙を締めくくっていた。

「せっかくの合宿だったのに・・・なんか、寂しいよね。」

そう言ったのは、合宿を一番楽しみにしていたなぎさだった。

「ねぇ、兼好さんたち、どうなっちゃうのかな。」

その言葉に私も、誰も返事をすることはできなかった。
理由は何であれ、人を殺すことはやってはいけない。
相当の罪を背負わなければならないのだ。

「・・・ちょっと、お手洗い行ってくる。」

私は、そう言って一旦サークル部室を出る。
お手洗いで、顔を洗ってさっぱりしようと思い、一番近くのお手洗いまで向かう。

洗面台で蛇口から出てくる水を手ですくって、顔にかける。
冷たい水が、夏の暑さを少し和らげる。思考もさっきよりは、すっきりした。

「・・・やっぱり人が死ぬっていうのは、良い気持ちがしないよ。」

父を亡くし母を亡くし、既に霊になっていたとは言え、自分の心の支えとなってくれていた烏丸祐一郎公爵まで居なくなってしまって。
それでも、大切な人が居なくなるというのは、とても寂しい。耐えられない事だと思う。
今回は、それほど付き合いが長くは無かったにしろ、数日を一緒に過ごした人だった。

目の前にある鏡に映る私が言う。

「大丈夫?」

あの時と同じ・・・あれ? あの時ってなんだっけ?
前にも、鏡に映る私がしゃべっていたような・・・。

「悲しさに、寂しさに、まだ耐えられそう?」
「・・・わかんないよ・・・そんなの。」

いつ、悲しみのダムが決壊してしまうかなんて、わかるわけがない。
まだまだ耐えられそうな気がするし、あと少しで溢れてしまいそうな気もする。

「出来れば、その時が来るまで、あなたには耐えていてもらいたい。」
「その時って・・・いったい何?」

いまいち、この現状が掴みきれていないのに、まるで勝手に口が動いているように私は一人しゃべっている。
客観的に見れば、それはとても可笑しなことのはずなのに、話している相手の私が言っていることは、とても大切な気がして・・・。

「呪いが。世界を取り巻く、はじまりの魔法が。動き出す時まで。」
「意味が解らないよ。」
「今は解らなくていいよ。ただ、私はいつでもあなたの味方だから。」

そう言い残して、目の前の私はしゃべらなくなる。
顔を洗って、思考が正常になっていたはずなのに、まるで私は狂っている。
何故独り言を? 私は誰としゃべっていた?
私の口から出た、よくわからないキーワード『世界を取り巻く、はじまりの魔法』。
どうしてこんな言葉が出てきたのだろうか。

「やっぱり、疲れているのかな。」

ふぅ、とため息をついて。
私はサークル部室へ戻るのだった。


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夕波みつきがサークル部室へ戻っていく姿を後ろから見ていた僕は、
彼女が発していた独り言を思い出す。その中でも、気になる言葉は、

『はじまりの魔法』

夕波みつきが最近独り言をたまに言っていることに気づいたのは、鳥羽さんが死亡した以降のことだった。
独り言の癖がある、なんてことは今まで集めていた情報には無かったから、それが妙に引っかかっている。
合宿の帰りの電車やバスの中でも、僕の隣に座っていた夕波みつきは、外の風景をぼんやりと眺めながら、
『時間』『呪い』『寂しさ』といったキーワードを、かすかに聞こえるぐらいの小声で言っていた。
どうも見ている限りでは、夕波みつき自身も無意識のうちにそれをつぶやいている感じで・・・。

「・・・これは右京こまちに伝えた方が良いのかもしれませんね。」

場合によっては、僕にかけられた呪い、夕波みつきにかけられた呪いを解く鍵となるかもしれない。

【これから、どうするんだい?】

僕の体の中から、レニオルが尋ねてくる。
その質問の答えは、当然・・・。

「そんなの・・・決まっているじゃないですか。これから・・・」



続く



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ということで、予想を大幅に上回る長編作品となってしまいました。
グラサン少女シリーズ最大、「遭難事件とグラサン少女」上〜下すべての文字数を合計すると、
なんと88000字にもなります。(ちなみに中・下で55000字ほどです。)

伏線回収は、今作ではあまりありませんでしたが、これから先・・・
というか、本編は次で「事実上の最終編」になるわけですけど。
(短編はまだ出す予定です。)
それに向かって、どんどんと進んでいく予定です。

みつきちゃんにかけられた呪いはどうなるのか!?
水原は、みつきちゃんを救うことが出来るのか!?
亀山弦一は一体何者!?

・・・などなど、まだ書くことはたくさんありますorz

一気に回収してやりますよ、えぇ。



進藤リヴァイア