遭難事件とグラサン少女(下)




〜14〜



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お手洗いから、水原と亀山さんが戻ってきたや否や、水原は全員を集め始めた。
何を言い出すかと思えば、この事件の真相がわかりました・・・と驚くような発言をしてきた。
一気に、ロビー内は緊張感に包まれ、みんながみんな、お互いの顔を見合わせた。

「真相がわかったって・・・それはいったいどういうことなの?」

恐る恐るなぎさが水原に尋ねる。
水原は冷静な顔をして、「鳥羽さんが死んでしまった経緯について」と言う。

「おいおい、真相がわかったって。それは犯人がわかったってことか?」
「えぇ。」

さすがの白河さんも、肯定した水原に驚きを隠せなかったようだった。

「まず簡潔に言いますが・・・これは他殺です。ですから犯人もいます。
 そして、この中にその犯人はいます・・・が、まずは落ち着いて聞いてください。」
「お・・・おいおい、それって大丈夫なのかよ。」

おどおどした様子で蒼谷がそう言ったが、水原は何故か「大丈夫です」と自信ありそうな顔で答えた。

「死因は、亀山さんに聞いてみましたが、やはり胸を刺されたことによる即死が原因となるそうです。
 犯人は・・・おそらく胸を刺して包丁を抜いたあと、鳥羽さんを仰向けに倒し、右手に包丁を持たせてその場を去りました。
 自殺に見せかけるように。」

しかし、鳥羽さんは左利きだったために、右の順手で包丁を持って自殺するのはおかしい。
だから他殺という線が生まれたのだろうと、私は理解した。

「だが、死亡時間である6時45分前後、ほとんどみんなアリバイがあるぞ。それをどう考えるんだ?」
「6時45分が、本当に死亡時間なのでしょうか。」
「何?」

訝しげな、厳しい表情をして、白河さんは睨みつけるように水原を見た。

「死後硬直を遅らせる方法があると、これも亀山さんから聞いたのですが。
 室内をある一定の温度に保つことで、数時間ほどは操作できるらしいですよ。」
「ま・・・まぁ確かにそうだが。」
「部屋の温度を操作さえすれば、犯人はアリバイ工作して容疑者の範囲から逃れることができます。
 それでも・・・実際の犯行時間のアリバイを調べれば問題は無いと思うんですけど。」

水原の言うことが本当だとすれば、鳥羽さんは6時45分よりもずっと前に死んでいたことになるのだろうか。
それじゃあ、いったいいつ死んでしまったのだろう。

「そして、凶器の包丁ですが・・・ここの調理場の包丁だということで、
 僕はそれを容易に持ち出せる方が怪しいと思っているのですが。」

その水原の言葉に、枕崎さん親子は驚いた表情をした。

「えっ、ちょ・・・ちょっと待ってください。そんな、私たちが怪しいって。」
「落ち着け、早子。そんなわけないだろう。」

早子さんは狼狽えたように言ったが、その隣にいた兄の兼好さんが珍しく早子さんをなだめた。
早子さんと兼好さんの父親である紀之さんは、何事かとばかりに水原に近寄った。

「私たち親子の誰かが犯人というのかい!?」
「・・・その可能性が、高い、ということではありますけれど。」
「枕崎、落ち着け。とりあえず今は水原君の話を聞こうじゃないか。」

白河さんが紀之さんの肩に手を乗せると、紀之さんはため息を1つついた。
水原はそれを確認して、話を続ける。

「まず、高倉さんのアリバイの中に、ロビーから部屋に戻った5時過ぎから、30分ほどお風呂に入って、
 そのあとずっとパソコンをしていた、という話がありました。
 これについては、水の利用した時間や、パソコンの起動時間などを調べれば、証明は可能です。
 そして、亡くなった鳥羽さんの部屋から、話し声をはじめとする音は聞こえなかった、と言っていました。
 そこから考えられることなのですが、おそらく事件があったのは5時から5時半までの30分と・・・」
「そうか、確かに高倉が風呂に入っている間なら、隣の部屋の音を聞くのは少し難しいな。」

白河さんの言葉に水原はうなづく。
5時から5時半の間なら、高倉さんも事件があったことに気づくことはできない。
ならば、その時間にアリバイがあるかどうかで・・・

「ちなみに、この時間でのアリバイが成立しない人は、亀山さん、枕崎紀之さん、枕崎早子さんの3人です。
 僕と枕崎兼好さんは調理場にいましたし、白河さんと高倉さんはそれぞれの部屋でお風呂に入っていました。
 夕波先輩と大海先輩は、一緒に部屋に戻っていたということもありますし、凶器・動機ともに不十分です。
 蒼谷先輩も、ロビーで寝ていた姿を僕は見張っていたわけではありませんが、夕波先輩たちと同じ理由です。」

その言葉に、みんなの視線が3人に集中する。

「そ・・・そんな・・・。私は部屋で寝ていましたし、お父さんも事務的な仕事をやっていたと思います。」
「そ、そうだ。大体、私たちには鳥羽くんを殺す理由がない・・・。」

私も、枕崎さん親子がそういうのはもっともだと思った。
確かに白河さんたちは、この徒然荘へ毎年のように来ていて、枕崎さん親子とも交流があったらしいが、
だからといって何か鳥羽さんを殺すような理由が成立するとは思えない。
そう考えると、鳥羽さんと一緒にここに来ていて、なおかつその時間帯のアリバイが成立しなくて・・・
そして鳥羽さんと同じ部屋に泊まっていた、亀山さんが・・・。

「・・・」

亀山さんの表情を伺うが、枕崎さん親子とは対照的に動揺したような感じは見えない。
すると亀山さんと視線が合ってしまい、亀山さんはどこかで見たことあるような気味の悪い微笑を浮かべ、
私は思わず目を逸らしてしまった。どことなく、亀山さんは水原に似ている印象を受ける。

「殺す理由がない、というのは僕には判断できませんが・・・
 少なくとも凶器である調理場の包丁を持ち出すことが可能なのは、紀之さんか早子さんのどちらかでは無いでしょうか?」

凶器のことを考えると、私が一番怪しいと思っている亀山さんが容疑者から外れる可能性もある。
でも、亀山さんのアリバイはいまいち要領を得ないような感じだった・・・。
まるで霧がかかっているかのように、亀山さんの本当の姿が見えてこないのだ。

「・・・いい加減にしてくれ。」

そう声をやや大きくして言ったのは、枕崎兼好さんだった。
水原の話す声が止まり、数秒、ロビー内に静寂した空気が現れる。

「それ以上、その口が親父と妹を疑惑にかけようとするなら、俺が許さない。」
「お兄ちゃん・・・。」
「一番怪しいのは、どう見ても亀山さんじゃないか。動機は、どうせ仲間内のいざこざか何かじゃあ無いのか?
 同じ部屋を使っていた上に、さっきから言っている5時から5時半のアリバイが無い。
 凶器だって、持ち出そうと思えば持ち出すタイミングぐらいあったんだろう? それを説明してくれよ。」
「・・・」

水原が何も言わないことに、兼好さんはため息をつく。

「なんだ、結局説明できないんじゃないか。もしかして、さっきトイレに2人で行った時、裏で取引とかしていたんじゃないだろうな?」
「・・・それは・・・まぁ、あながち間違いでもありませんね。」
「認めるのか。それじゃあ共犯になるんじゃないのか?」
「亀山さんが、この事件の犯人だとすれば、確かに僕も共犯になりうるかもしれませんね。
 ですが・・・それならあなたは亀山さんが犯人だと、断定できる証拠を持っているんですか?」
「それは無いが・・・。」

このやり取りを見ていて、私は兼好さんのことについて、ちょっとおかしい点に気づいた。
確かに親や妹を庇うのは当然かもしれない・・・けれど、ここまで必死になることがあるのだろうか。
兼好さんの今までの言動を見ている限りでは、あまり紀之さんや早子さんのことを好いていなかった気がする。
どうして今になって・・・?

「それじゃあこの際、1つ兼好さんに尋ねてもよろしいでしょうか?」
「な、なんだ?」
「・・・あなたは、今日の夕食の調理時に、包丁が無くなっていることに気づかなかったのですか?」

水原がそう言ったとき、兼好さんは、はっと何かに気づいてしまったような表情を一瞬見せた。

「兼好さん。あなたは僕に言ってましたよね? 有名ホテルのシェフに弟子入りして修行してきたって。
 修行してきたことにだいぶ誇りを持っているようでしたが、あなたは、包丁1本無くなっていることに本当に気づかなかったのでしょうか。
 僕は・・・それがずっと疑問でした。あなたの料理に対する愛情を、僕はすぐそばで見ていましたけど。どうなんですか?」
「そ・・・それは・・・。」

明らかに、兼好さんは動揺していた。

「これは僕の・・・あくまでも仮説に過ぎませんが。兼好さん、あなたは包丁を誰かに渡したんじゃないですか?
 ・・・鳥羽さんを殺そうとしていた人に。」
「・・・」
「兼好さん自身は、調理場に居たというアリバイがあるし、それを証明できるのは他の誰でもない僕です。
 ですが、誰かに包丁を渡しておけば、僕の知らない場所で間接的に鳥羽さんを殺すことができます。
 そして、包丁を渡した相手は、5時前に兼好さんに会っていた・・・早子さん。あなたじゃないんですか?」

私はその言葉に驚き、思わず早子さんの方を見る。
早子さんは、数歩後ずさりして、手で口を押えていた。
それを庇うように、早子さんの前に兼好さんが立つ。

「そ・・・そんな、違う。わ・・・私は・・・」
「そ、そうだ。違う。早子じゃない。」
「じゃあ、包丁の件はどうなるんですか? 凶器に使われた包丁は確かに調理場のものだと、枕崎紀之さんは言ってました。
 包丁が無くなっていたことについて、兼好さん、弁明できるんですか?」

この様子を見ていて、2人の父親である紀之さんが、泣きそうな顔で水原に言う。

「私の子どもたちが・・・そんなことするわけない! 何かの間違いだ、そうだろう?」
「・・・白河さん、どう思いますか?」

水原は、白河さんにそう尋ねる。
すると白河さんは、枕崎さん親子の方を向いて、こう言った。

「・・・正直に話してくれ。すまない、枕崎。水原君の言っていることは、的を射ているんだ。
 何があったのか、ちゃんと教えてくれ。」

すると早子さんは、ついにその場に膝をつき、泣き崩れてしまった。
兼好さんはそれを見て、「大丈夫だ、俺が守るから」と強く言って早子さんを無理やり立たせる。

「俺は・・・俺は、あいつが許せなかったんだ。あいつが早子のことを・・・!」

兼好さんは、突然ズボンの後ろポケットから、小さいが鋭利な刃物を取り出した。
「きゃあっ!」と、なぎさがその刃物を見て、短く悲鳴を上げ、蒼谷の後ろに隠れる。

「おい、冗談はやめろ! 落ち着くんだ、兼好君!」

白河さんがそう言うが、まるでその言葉を聞く様子もなく、何度か刃物を振った。
私たちは急いで兼好さんたちから距離を取る。

「あいつが早子のことを裏切ったばっかりに!」

兼好さんは、そう叫びながら、片手で刃物を振り回し、空いた方の手で早子さんの手をしっかりと持って背後に庇いながら、
2階に続く階段に逃げはじめた。私たちも、距離を取って追おうとするが・・・

「く、来るな! 来たら、このナイフで刺す!」
「ちぃ・・・」

白河さんは舌打ちをしながらも、兼好さんの動きを見ながら、その姿を追いはじめた。
亀山さんと紀之さん、そして水原も白河さんに続いて行こうとする。

「蒼谷! なぎさのこと頼んだわよ!」
「えっ、ちょ・・・ちょっと!」

私も白河さんたちについて行くように駆け出したのだった。


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逃げ出した兼好さんたち、それを追う白河さんと亀山さんと紀之さんの、その少し後ろについて、僕は階段を駆け上がっていた。
と、そこで、僕の体の中からレニオルが小さい声で、こんなことを言い始めた。

【これは・・・少しまずいかもしれないよ。水原君。】
「それは、いったい、どういうこと、ですか?」

走りながらなので、声が途切れ途切れにしか出せないが、なんとかレニオルの言葉にそう問いかけた。

【この山に、強大な霊力を持った何者かが2人いると、私は言ったけど・・・
 その数が1つに減っている上に、その何者かが、すぐ近くに来ている。】
「それってまさか・・・」
【可能性としては、こちらの存在に気づかれたかもしれない。やはり、先ほどの呪いに嗅ぎつけられたか。】
「くっ」

この緊迫した状況の中、さらに悪霊がやってくる可能性があるとなると、相当深刻なことになりかねない。
レニオルは、その時期が来るまで僕の体の中に匿ってほしいと言ってきて、今は僕と行動を共にしているのだ。
匿ってほしいということは、何者かに狙われているのはほぼ確実であるはずだから・・・。

「下手をすれば、戦闘に?」
【ありうるよ。】
「右京こまちが居ないのに、どうやって、対処すれば良いんですか・・・」
【私がなんとかする。】

レニオルはそこまで言って、黙ってしまった。僕が、白河さんたちに追いついたからだ。
そこは2階の、廊下の一番端だった。
廊下から見える外の景色は、いつの間にか吹雪が止んでいたようで、綺麗な銀世界と星空が広がっていた。
かなりの雪が積もっているようで、ちょうど2階の窓から雪の大地に降りられるぐらいだった。

兼好さんは、後ろにいる早子さんを庇うように立ちふさがり、刃物を構えている。

「早子・・・早く、窓から外に出るんだ。」
「う、うん。」
「おい待て、待つんだ!」

白河さんたちは少し兼好さんから距離を取っていた。
白河さんの静止の呼びかけもむなしく、早子さんは外に出てしまう。

「お、お兄ちゃんも早く!」
「あぁ、今行く。」

早子さんに続いて兼好さんも外に出てしまい、どこかへ走っていく。
それを逃がすまいと、白河さんたちも窓から外に飛び出した。

僕もそれを真似して外に出ると・・・そこには、立ちすくむ、兼好さんと早子さんの姿があった。
いったい何だと思ってよくよく目を凝らすと、月明かりの下、2人の前に・・・雪のように真っ白な和服を着た女がいた。

「ゆ・・・雪女・・・」

早子さんがそう言った。
確かに、雪女のような風貌をしていたそれは、しかし、腰には刀という、少々イメージとは異なったものをつけていた。
しかもその刀には包帯が巻かれている、なんて、どこかで見たことのあるもので。

「ほ、本物の雪女なのか?」

少し前に立っている紀之さんは、目を何度もこすり、真っ白な和服のその女を見ながらそう言った。

まさか、レニオルが言っていた、強大な霊力を持った何者か・・・というのは・・・。
そのまさかなのだろうか?
試しに、こんなことを言ってみる。

「『こまちさん』! その2人を捕まえてください!」

すると、その言葉に兼好さんが反応して、手に持っていた刃物を目の前の和服の何者かに向ける。
「じゃ・・・邪魔をするなっ!」と兼好さんは言うが・・・しかし。

「ふむ・・・。よくわからないが。」

和服の何者かは、腰に下げていた、包帯に巻かれている刀を一瞬で抜き、パシンと良い音を立てて、
兼好さんの持っていた刃物を叩き落とした。その素早い動きは僕は見慣れていたが、兼好さんを含むほかの人たちは、
いったい何が起きたのかほとんどわからない状態だった。

「な、なんだってんだ。」

兼好さんと早子さんは、数歩後ずさるが、それよりも速いペースで間合いを詰めた和服の女が、
刀の腹の部分を使って、2人を昏倒させてしまった。

倒れてしまった2人に駆け寄ろうにも、和服の女の圧倒的な強さに、それができない白河さんたちを余所に、
僕は単独で、その2人と、和服の女に近づいていく。

「やはり、右京こまちさん。あなたでしたか。」
「・・・どうして水原がここにいる。」

雪女のような和服の女は、予想通り、右京こまちだった。
真っ白に見えたその和服は、よく見ればいつも着ている紺を基調としたもので、それが雪にまみれていたために、
白く見えてしまっていたことが、雪女に見えた理由だった。

「サークルの合宿がある、と言ったはずですけどね。」
「そう言えばそんなことも言っていた気がするな。」
「・・・あなたこそ、どうしてここに?」

まぁ、聞かなくても大方その予想は出来ているのだが・・・。
右京こまちが、屋敷を出てこんな場所に来る理由と言えば。

「依頼で、この山に住むという雪女を討伐してほしいと言われた。
 ふもとの町や村では、雪がこの山にたくさん降るために、結構な自然災害や、環境の調和の崩壊が起きているということだ。
 国からの依頼だったから、報酬もそれなりに多額で、引き受けたということだ。」
「・・・そうですか。」
「あまり、興味が無さそうだな。」

僕と右京こまちが会話しているところへ、恐る恐る白河さんたちも近づいてきた。

「水原君、この人は・・・」
「あぁ、僕の知り合いです。とりあえず今は、兼好さんたちを中へ運びましょう。」

そう言われてうなづいた白河さんたちは、兼好さんと早子さんを担いで、徒然荘の方へと戻っていった。
入れ違いに、夕波みつきがこちらにやってくる。

すると・・・

「あっ、あなたは・・・」
「・・・夕波、みつきか。久しぶりだな。」
「右京・・・こまちさん。」

右京こまちと、夕波みつきが、3年ぶりに再会したのであった。



続く