遭難事件とグラサン少女(中)




〜8〜


>>>>>


サークル設立からはやくも1か月が経過し、気が付くと、学校内に咲き乱れる花は
桜から紫陽花に変わっていた。
シトシトと雨の降る外を見ながら、私と水原は部室で写真の整理をしていた。
なぎさは、用事があるからといって先に帰宅。
蒼谷は、季節の移り目からなのか、体調を崩し、数日学校を休んでいた。

「意外と、この1か月で、いろんな写真が撮れたな。」
「・・・そうですねぇ。」

テーブルの上に散らばる数々の写真。
その中には、ゴールデンウィーク中にみんなで行ったピクニックの写真なども含まれている。
これらの写真の中から、良いものを厳選し、7月の頭に私たちが校内で開催する予定の写真展に出すのだ。
1人でも多くの人に、きれいな写真、驚くような写真を見てほしい、と私は思っている。
水原はどう思っているか・・・わからないが。

こうやって、一緒にサークル活動をしているが、最初の時ほど、水原は積極的に私に話しかけてこなくなった。
たまに今日みたいに2人だけで行動を共にすることがある。
それでも、水原は当たり障りのないことしか言わない。
こういう人間というのは、大抵相手に対して何か隠し事をしている場合が多いか・・・
もしくは、自分に干渉してほしくないと思っているか・・・
まぁ、水原は確実に前者だろう。アプローチをかけてきたのは水原なのだから。

だが・・・いつまで待っていればいいのか・・・それぐらいは教えてほしい。

「・・・なぁ、水原。」

私は、写真を取ったり置いたりしていた手を止め、水原に向いて話しかける。

「・・・すみません。いろいろと焦らしてしまって。」

水原も手を止め、いきなりそんなことを言ってくる。
おそらく、水原もそのことを意識していたのだろう。
私が何も言わなくとも、既に水原には伝わっていた。

「やはり、水原はすごいな。まだ何も私は言っていないのだが。」
「いえいえ・・・部長さんには及びませんよ。
 あなたこそ、僕がいきなりそんなことを言うぐらいは、既に予想済みだったのでしょう?」

・・・これは参った。図星だ。
だが、それすらも、水原にとっては予想の範囲内だっただろう。
私がいずれ、水原に話しかけるであろうことは、水原のシナリオに入っていたと思う。
しかし、そんなシナリオを描いているのは、またどういう意味だろう?
私が聞いてくることをただただ待ち続けるのなら、聞かれる前に先に言ってしまえばいい。
精神的な優劣の立場を築こうとするなら、最初に出会った段階で水原はそれに成功していた。
ならば、なんだ?
他に、何か事情があって話せないのか・・・?
それとも・・・それとも、水原にとっても予想外の展開が起きていて、動けずにいるのか?

「・・・あなたが考えていることはわかります。
 ですが僕は、話すタイミングを待っているのです。」
「タイミング?」
「えぇ、そうです・・・。物事には必ず、うまくいくタイミングが存在します。
 写真も同じです。タイミングを見極めれば、どんな簡素なカメラでも、とても良い写真が撮れるものです。
 ・・・と、これはまぁ、ある人の受け売りなのですが・・・。」

そう言って水原は私に微笑みかけてくる。
それを見て、いつになっても、水原の怪しい微笑には慣れるものでは無いと思った。
「それじゃあ、そのタイミングがいつ来るのか・・・それぐらいはわかっているのか?」
という私の質問に対し、困った顔をして「残念ながら・・・」とすまなそうに言う。

「・・・ですが、時が来たら必ず真実をお話しすると約束します。」
「仕方ない・・・な。」

不思議と、水原が嘘をつくようには見えなかった。
きっと、その時というのが来たら、すべて話してくれるのだろう。

そう思って、私は作業に戻るのであった。


>>


「時が来たら・・・さて、その時はいったいいつくるのでしょうか・・・」

大学からの帰り道、シトシトと振る雨のなか、僕はそうつぶやいた。
こういう疑問を、夕波みつきに投げかけられ、あの時は「僕と同じことを考えている」と思ってしまった。
僕こそ、その時がいつ来るのか、知りたいのだ。
右京こまちが、すべてのことを話し、僕にかけた呪いを解く、その時が。

正直に言うと、僕は今すぐにでも、知っていることを夕波みつきに話したかった。
今日はその絶好のチャンスだったのだ。

しかし、それを話すことを、僕にかけられた呪いが許さない。

呪いなんて、最初は霊の存在同様、僕は信じていなかった。
でも、確かに、夕波みつきと『烏丸家』の件についての話を深くしようとすると、
その呪いが発動して、僕を苦しめる。
呪いをかけられたとき、右京こまちは確かこんなことを言っていた。

「私が良いと言うまで、私はお前の呪いを解かない。
 夕波みつきに秘められた呪いが動き出すまで、私はお前の呪いを解かない。」

夕波みつきに秘められた呪い・・・それはいったいなんなのだろうか。
わかっているキーワードは、『烏丸家』、『夕波みつきに秘められた呪い』、『烏丸祐一郎公爵』。
そこから導き出されるのは『烏丸家の呪い』という言葉だった。

烏丸祐一郎公爵は、若くしてその呪いにかかり、命を失った。
それにより、烏丸の本家は断絶。唯一、烏丸祐一郎の妹の烏丸まひるが分家として残っていたために、
その家系が続いている・・・と言われている。
これらの情報を集めるだけでも、相当の時間がかかった。
おそらく一般的には、烏丸家は現在子孫すらいない、と思われているのではないだろうか。
しかし、今もどこかで、烏丸家の血筋の人間が生きている。

「・・・ということなら話は早いんですけどねぇ。」

その人間に話を聞いて、『烏丸家の呪い』というものが・・・ん?
そこで、僕は一旦考え直すことにする。何かを見落としている。それは・・・なんだ?



『烏丸家』・・・『夕波みつきの呪い』・・・
あの日、偶然撮ってしまった、烏丸家の墓の前に立っている夕波みつきの姿と烏丸祐一郎の霊。
それは・・・夕波みつきが烏丸家の子孫ということの証明にはならないだろうか?

夕波みつきと『烏丸家』の関係。
今まで僕は、ただ単に夕波みつきに烏丸祐一郎の霊が憑りついて、一緒に行動していたのではないか?
そう思っていた。だから、僕はいつも”仕事用”のデジカメを持ち歩き、夕波みつきの近くにいるはずの、
烏丸祐一郎の霊を探していた。でも、彼はあの写真以来1度も写らなかった。

いや、そこは今は大事ではない。
重要なのは、『烏丸家』の子孫が夕波みつきであれば、『烏丸家の呪い』が、夕波みつきに・・・
しかし、その『烏丸家の呪い』っていったいなんなのだろう。
烏丸祐一郎を死に至らしめた病気か何か・・・とはやはり考えにくい。
あの右京こまちが、呪いだと言ったのだ。悪霊退治のエキスパートが、呪いと病気を間違えることなんてないだろう。

右京こまちのあの言葉を、今の考えに当てはめれば・・・
「夕波みつきのなかにある『烏丸家の呪い』が発動したら、僕の呪いは解かれる」ということになる。
それは・・・夕波みつきが死ななければ、僕は真実を話せないということに・・・。

「・・・くそっ! どうして・・・どうして今まで気づかなかったんだ・・・。
 キーワードはとっくに揃っていたのに。先の先まで予想して考えていたのに。」

これじゃあ、僕の目的は達成されない。
右京こまちに良い様に使われて、それで終わり。そんなのは納得できない・・・!
どうにか、どうにか状況を変えないといけない。

歯車はとっくに動き出してしまっている。
うまく立ち回っていたはずなのに、僕は単なる他人の駒でしかなかった。
今から、駒を操る側に回るにはどうすればいい・・・。どうすればいい。

夕波みつきに本当のことを伝える・・・しかしそれは僕の中の呪いが発動して、最悪僕は殺される。
夕波みつきにかけられた呪いを解く・・・そんなことができるなら、とっくに右京こまちがやっている。
右京こまちに交渉を持ちかけ僕の呪いを解いてもらう・・・あんな化け物と、どうやって交渉するというんだ。

考えうるあらゆる方法を使ったとしても、僕が動ける方法が見つからない。
そんなはずはない、どこかに・・・道が・・・

「・・・烏丸祐一郎・・・」

彼に会えば、何かわかるかもしれない。でも会えるのかどうかすらわからない。
霊なんて、右京こまちと会った時にいつも現れる悪霊しか見たことがないのだ。

でも、できる限りのことをしてみたいと思う。
それがたとえ、間違っていたとしても、もうすでに僕の予定していたシナリオからは外れているのだ。
右京こまちの持っているシナリオに、僕が駒として乗っているだけ・・・。
だから、せめて足掻くだけ足掻いて、僕にもお零れがまわってくるようにしなければいけない。
ならば・・・できることはまだある。
右京こまちを逆に利用して、烏丸祐一郎とどうにか接触し、少しでも情報を集める。
まずは、右京こまちと僕の間にある、情報量の差を・・・埋めなければならない。

そこまで考えたとき、ふっと雨が止み、雲間から濃い青色の空が見えた。
時間は、日没直前だろうか?
僕は傘を折りたたみ、ポケットからペンと『秘密のメモ帳』を取り出す。
「右京こまち」と書かれたページの隣のページに、「烏丸祐一郎」と書き込む。

「・・・それじゃあはじめましょうか。」

僕は、今後のシナリオを、再び頭で練り直し始めた。


☆☆☆☆☆☆☆


「あがきはじめたか・・・水原月夜。」

水原月夜の、その帰宅姿を後ろから私は見ていた。
距離は離れているために、時々口を開く水原が何を言っているのかはうまく聞き取れなかったが、
その表情から、おおよその見当はついている。

「これはまた、やっかいなやつに関わってしまったようだな。
 まぁ、普通の人間であるお前では、限界が見えているが・・・。
 さてどうする? 私をどうやって落とす?」

思わず笑みがこぼれてしまう。
こんなに楽しいと思ったのは、初めてかもしれない。
戦闘における駆け引きより、水原との駆け引きの方が何倍もスリルがあるように感じられると思う。
それほどまでに、水原には価値がある。

「優秀な人物ほど、失いたくないものだな・・・。」

私は軽く目を閉じ、屋敷へ一気に帰ることができる呪文を唱え、この場を去った。



続く