遭難事件とグラサン少女(中)



「遭難事件とグラサン少女(中)」



〜7〜


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季節は夏。
夏のはずなのに、私たちはなぜか雪山で遭難していた。
理由は簡単だ。「雪女」が住んでいて一年中雪が降り積もるという伝説のある雪山に私たちは来ていたからだ。
そこで、夏の雪山という珍しい題材の写真を撮ろう・・・などと当初は思っていた。
しかし、そのとき、私たちがまさか遭難するなんて思ってもいなかった。

雪山に1軒しかない、3階建てのロッジ・・・。
外は猛吹雪で、一寸先も見えない、一歩も進めない状態。
そんな場所に、私たちは閉じ込められてしまい・・・


「きゃあああああああああああああっ!」


そして、事件が起こったのだ。


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大学からの帰り道・・・

「・・・あなたの方から、僕に用があるなんて珍しいですね?」

目の前の、美しい背の高い和服の女性を見つめて、僕は言う。
黒く伸びた長髪に、純和風の顔つき。誰もが大和撫子だと認めざるを得ない姿を持つ女性。
紺色を基調とした和服からは、その2つの大きな胸が少し顔を覗かせており、妖艶さも醸し出している。
しかし、それらの美貌などはすべて、腰に下げられている、包帯に刀身を包んだ1本の刀の存在で
打ち消されてしまっているように感じる。

「話しておくべきことがあってな・・・」

この女性は、神妙な態度で口を開いた。
話しておくべきこととはいったいなんだろう・・・と僕は考える。
夕波みつきのことだろうか、それとも『烏丸家』についてのことだろうか。
いや、そのどちらにも関係することかもしれない。

「・・・何をそんなに挙動不審な態度をとっているんですか?」

先ほどから、この女性は妙に周りに目を配っていた。
確かに、美人なのに、こんな時代錯誤のような姿で、しかも刀を持っているというのだから、
ほかの人からの視線はいろんな意味で釘付けになるだろうとは思う。
しかし、そういった人たちに対して睨みを効かしているような素振りではなく・・・
もっと別の何かに対して・・・まるで見張りがいないかどうかを確認するように・・・。

「大事な話だからな。それに渡しておきたいものもある。」
「渡しておきたいもの・・・といいますと?」
「・・・こっちだ。ついてこい。」

僕は首をかしげながらも、女性の後についていく。
話しておきたいこと、渡しておきたいもの・・・それらがあるのに、なぜこの場所を移動しようとするのか。
まぁ、それはきっとこの女性にとって敵か、それともやっかいな相手にこの場を見られたくないからだろう。
わざわざ回りくどい方法で、こんなことをする女性ではない・・・と僕は思っている。
まだ、数回しか会ったことないから、何とも言い難いのだが・・・。

「・・・走るぞ」
「え?」

突然、女性は走りだした。それも結構なスピードで。
僕はその行動に驚きながらも、後を追うように走り始めた。
敵か何かに後ろをつけられていたのだろうか・・・?

その答えはすぐにわかった。

「ん! 水原、しゃがめっ!」

そんなことを言われ、僕はとっさにしゃがむ。
すると、僕の頭上を掠めるように、後ろから何かが高速で飛んできたのがわかる。

「ちっ、やっぱりつけられていたか・・・」
「・・・右京さん、あなたの敵か何かですか?」
「敵・・・まぁ、そうだな。私の敵。そして人類の敵。」

そう言って、この女性・・・右京こまちは薄く笑みを浮かべる。
僕は立ち上がり、後ろを振り返る。
するとそこには、何とも言い難い姿をした・・・化け物たちがいた。
化け物たちの姿形はどれもみなバラバラで、青白い炎をまとった真っ黒な男、
蛇のような長い胴体と蜘蛛の足を持った虎などから、とても言葉では言い表せないようなモノまで。
それら・・・約20体ほどが、こちらに向かって迫ってきていた。

「・・・どうするんですか?」
「全部斬って捨てたいところだ。だが少々、水原、お前は足手まといになりそうだ。」
「まぁ、そうなりますよねぇ。いくら悪霊退治のエキスパートである右京家の当主、右京こまち様でも、
 さすがに僕を守りながら戦うということはできないでしょうし。」
「よくわかっているな。」

正直、こういう場面にはもう何度か出くわしていた。
というか、右京こまちと会うたびに、このように大量の悪霊たちが襲い掛かってくるのだ。
最初は、僕はとても驚いた。本当に霊が・・・しかも悪霊と呼ばれるような化け物がいることに。
悪霊を写真に収めようとしたら、呪われてしまうからやめろと右京こまちに言われてしまったのは悔やまれるが、
僕のこの目で、本当に霊がいることを確かめられただけでも、かなりの収穫だった。

そして、それと同時に・・・右京こまちという人物の恐ろしさも知ったのだ。

悪霊たちはどんどん僕たちの方へ迫ってくる。
悪霊の何体かが、紅い光弾を放ってきた。ものすごいスピードで一直線にこっちに飛んでくる。
それに対し、右京こまちは、腰に下げていた刀を手に取り、刀身に包帯が巻きついているまま構える。

「黄泉の交差、冥界の半開」

右京こまちがそうつぶやいて、右足でトントンッと地面を軽く叩く。さらに、

「黄泉よ、冥界よ、その呪いを消し飛ばせ」

そうつぶやくと、今度は刀身に巻きついていた包帯が、独りでに解けて、まるで生きているかのように動き出し、
一気にその長さを延ばして、こちらへ飛んでくる紅い光弾を次々と貫いて消滅させていく。
まるで僕には原理のわからないことだが、右京こまちが何か人並みならぬ力を持っているのは確かなのだ。
そうでなければ、悪霊退治などすることができないだろう・・・。

しかし、悪霊たちはひるむことなく、さらに僕たちとの距離を縮めてくる。
右京こまちは、刀の柄の部分に残っている包帯に触れ、伸びた包帯を戻して刀身に巻きつけた。
再び刀を構え・・・

「・・・さぁ、悪霊たち。誰から私の相手になる?」
「グギャァアアアアグルァアアア」

悪霊たちは、次々と叫び声をあげて、吼えだす。

「言葉さえ通じない、最下級の悪霊か? それでは相手にならないぞ?」
「ガルルルルルルゥァアアアアアア」
「・・・そうか。遠慮はしないから覚悟しておけ。」

そう言うと、右京こまちは一歩前に踏み出して、刀を上段に構え、思いっきり跳躍した。

「お前たちには・・・この呪いがふさわしいだろう。」

包帯が巻きついた刀が、紫色に輝き始めた。

「すべては灰に返り、すべては虚無に返り」

刀を振り下ろすと、そこにいた悪霊たちの叫びが一瞬にして止み、動きも止まった。
右京こまちが着地した次の瞬間、ザザザーッと音を立てて、悪霊たちは灰に変わってしまった。
燃やしたわけでもなく、ただ、刀を振り下ろしただけで・・・

「・・・力を我が身に」

柄と刀身の先の方を持って、仁王立ちで刀を持った右京こまちはそうつぶやく。
すると、灰になってしまった悪霊たちから、何かいろいろな色を持った細い光線が出てきて、
それをすべて刀で吸い取ってしまった。

「終わった・・・のでしょうか?」
「あぁ」

こちらを向いた右京こまちは、何事もなかったような顔をしている。疲れている様子すらない。
これを見ていると、悪霊とどちらが化け物か・・・それすら疑わしくなってくる・・・。

「少し場所を移動しよう。いつまでもここにいるのは危険だ。
 黄泉の交差、冥界の半開を解除。」

再び、右京こまちは右足でトントンッと軽く地面を叩きながら、そう唱える。
いろいろ使っていると思われる呪文のようなものが、いったい何なのか・・・。
それを聞いてみる価値は・・・まぁ、あるかもしれない。

「・・・さて、こっちだ。」

そう言って、右京こまちは歩き出し、僕はそのあとをついて行った。



続く