遭難事件とグラサン少女(上)




〜6〜


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カコン、カコン、と「ししおどし」の音が和風の平屋の建物に響く。
30畳はある、広い和室で、私は一人、目を閉じて精神を集中していた。

突然、和室の端に置いてある、小さな風車たちの1つが激しく回り始めた。
その気配に気づき、目をふと開けて見る。

「・・・ふむ、うまく呪いは動いているようだな。」



思い出す、あの日のことを。
夕波みつきという少女と、今は亡き『烏丸家』の若き当主、烏丸祐一郎公爵の霊のことを。
今思えば、あの時、どうして私は烏丸祐一郎の霊の強制昇天なんて依頼を引き受けてしまったのだろうか。
褒賞としての1億円に目がくらんで、正常な判断ができていなかったのだろうか。
それまでの額とは比べ物にならない・・・破格の褒賞に。

亡くなった父親から、最期に言われていたはずだった。
「最高位の霊とは、何があっても関わってはならない。関われば、逃れられない死が待っている。決して関わるな・・・」と。
その約束を、私はすぐに破ってしまっていた。
そして多くの悪霊たちを討伐し、その力を喰らう度、全身が、本能がさらに強い力を欲するのだ。

もっと強く、もっと儲け、もっと、もっともっともっと。

いつしか欲望という名の悪霊に憑りつかれていた。
そんなときに、その依頼が来て、当然のように引き受けてしまった。

でも、それが間違いだった。

『烏丸家』、そして夕波みつき。それらに関わるぐらいなら、永遠に欲望の悪霊に憑かれていたままの方が、まだ救いはあったのだ。
しかし私は、それらに関わってしまった。そして、知ってしまった。
世界を滅ぼしかねない・・・「烏丸家の呪い」と呼ばれる、最悪の呪いを。

烏丸祐一郎の霊を昇天させ、烏丸祐一郎が持っていた力を得た時。
私は、そこでようやく父親の最期の言葉を理解した。
逃れられない死が、なんなのかを。

そして、夕波みつきの未来を案じた。
辛く、険しい道を歩むだろう・・・いや、もう既に歩んでしまっている夕波みつきを。
夕波みつきを助けることを、私は決めた。

その決意は、あの後『烏丸家』の館を出たとき、すぐに実行に移ることになるとは思っていなかったのだが・・・。



「しかし、よく動く呪いだ。お前がそれほどまでに夕波みつきと『烏丸家』に関与しようとするとはな・・・」

おそらく、あの水原月夜という男も、私と同様、欲望という名の悪霊に憑かれているのだろう。
そうでなければ、この強烈な呪いの前にあっさり屈服し、もう二度と夕波みつきと『烏丸家』に関わろうとは思わないはずなのだから。

欲望というものは、恐ろしい。
人の理性を奪い、勝手気ままに考え、行動してしまう。
欲望が満たされるためなら、手段は選ばない。どんなことをしてでも、目的を達成する・・・。

「この水原月夜の場合は・・・理性を保ったまま欲望に呪われてしまっているみたいだが・・・」

悪霊というものは、やっかいだ。
私が生きてきた中で、何百何千という魔物や悪霊を討伐してきたが、やつら1つ1つの強さは、人間の域をはるかに凌駕する。
普通の人間では、やつらの前に立っただけで動けなくなり、喰われてしまうだろう。
だが、本当にやっかいなのは、欲望という人間が本来持っている悪霊だ。隙を見せれば、すぐに顔を出してくる。
それは、人間の域を超えてしまった私であっても、同じ。だから、無駄な隙は作らない。
感情を無に、感傷を無に・・・

それでも、やはり・・・



「・・・時が来るまで、水原月夜。お前は余計なことをしゃべってはいけない・・・
 お前も既に、本当の「烏丸家の呪い」にかかりはじめているのだからな・・・」

私は、再び、心を無にして精神を集中し始め、目を閉じた。


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「水原、もう大丈夫なのか?」と、夕波みつきは、そう問いかけてきた。

夕焼けの赤が、部室を明るく照らす。

僕は、丸3日ほど目を覚ますことがなかったようだが、意識を取り戻し、ようやくここに戻ってくることができた。
この3日の間、夕波みつきから聞くところによると、大海なぎさはかなり落ち込んでいたらしい。
「私が悪いのかも・・・」と言ってばかりで、夕波みつきは意味がわからなかったという。

だから、僕がこの部室に戻ってきたとき、大海なぎさは駆け寄ってきて、涙を流して謝ってきた。
別に大海さんは悪くないですよ、と言ったが、それでも大海なぎさは謝り続けていた。
なんとかなだめて落ち着かせたとき、ふと、椅子に座っている蒼谷ゆいを見ると、うらめしそうにこちらを見ていた。
嫉妬しているのだろう。しかし、そんなこと僕には関係がない。そもそも、僕は大海なぎさに興味は無いのだから。
本人にとっては、そういう話ではないのだろうけど・・・。

「・・・えぇ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
「そうか。無茶はするなよ?」
「・・・はい。わかりました。」

そう言ってイスに座るって、目の前のテーブルに広がった、カラフルな写真が表紙の何冊かの雑誌を見る。

「これは、いったいなんでしょうか・・・?」
「部長が、夏休みにどこか合宿でも行かないかとさっ。」

ぶっきらぼうに、蒼谷ゆいが言ってくる。
合宿・・・。そういえば確か、このサークルの活動内容を書いて大学に提出するとき、そんなことを書いた気がする。

「今からでも、合宿先とか宿泊先を決めないと、シーズン直前にはもうどこも一杯だからな。」

夕波みつきが、雑誌を一冊手にとってパラパラとページをめくりはじめる。

「なんでも、サークルの1年間の活動報告を大学に提出しないと、来年度の部室継続使用ができなくなることもあるみたいだからな。
 実際、活動報告が悪かったらしく、大学から注意を受けることもある・・・。
 と、蒼谷が前に入っていたサークルは、それが原因で喧嘩が起きて、蒼谷は辞めたらしい。」
「ま・・・まぁ、俺はこっちのサークルの方が楽しいから良いんだけどな!」

実際のところ、大海なぎさと同じサークルというだけで、楽しい、と言っているのは誰の目にも見えているはずなのだが、
どうやら僕同様、夕波みつきも何もツッコみを入れないようだ。大海なぎさは、どうかわからないが・・・。

「・・・それじゃあ、結構真剣に考えたほうがいいですね。」

僕も、適当に雑誌を1つ取って、ページをいくつか見てみる。
夏ということは、やはり海だろうか。いや、逆に山で避暑をするというのもいいだろうか・・・と、ぼんやり考える。

「あっ、私、これ行ってみたいなぁ〜」

大海なぎさが、持っていた旅行雑誌のとある1ページを開いて、僕たちに見せてきた。



夏でも滑れる! 秘境の100%天然雪によるスキー場 清宮山スキーエリア・・・



「スキーって・・・夏なのに滑れるのか・・・?」という夕波みつきの質問に対し、はっきりとうなづいた大海なぎさは言う。

「だって、夏でも滑れる〜って書いてあるじゃん! だったら大丈夫だよ!」
「ま、まぁ俺もそう思うな! 書いてあるってことは、滑れるってことだ、うんうん。」

蒼谷ゆいはどうせ、大海なぎさの意見には賛成しかしないだろうから、この際夕波みつきは気にしないだろうが・・・。
しかし、そんな場所が日本にあるなんて聞いたこともない。ましてや、地球温暖化と呼ばれ、冬のスキー場ですら雪が積もらない昨今に。

「ねーねー、なんか、雪女が住んでる伝説がある〜って書いてあるよ?
 なんでも、雪女が雪を降らせているから、そこだけ雪山なんだってさ! すごいね〜。」

まぁ、本当に天然雪があるのなら、そんな伝説があってもおかしくは無いと思う。
雪女が本当にいるかどうかはさておき。

「まぁ、私はスキーやったことないけど、でもさでもさ。おもしろそうじゃない?
 シーズンじゃなければそんなに人いないだろうし!」
「確かに、そうだな。私もスキーやったことないし。」

夕波みつきも、どうやら少しスキーに興味があるようだ。
・・・本来の目的は合宿による、写真の技術向上や、現地での風景写真を収めることだとは思うのだが・・・
まぁ、この際それは気にしないで置くことにしよう。



その後、結局特に反対意見も出ることなく、夏の合宿は、清宮山というところへスキーに行くことになった。
・・・たまには普通の風景画・・・夏の雪山写真というのもおもしろいかもしれない。
ここ最近は頭を働かせすぎていた。少し、頭を冷やすことも大切だろう。



しかし、頭を冷やすどころか、肝を冷やしながら、頭を回転させることになろうとは、
この時さすがの僕でも、予想することはできなかった・・・。




続く・・・?




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さて、4作目です。
3作目とはまた時系列が変わり、今度はみつきの大学生時代になりました。

メンバー4人とも、非常に個性のあるキャラクターで、楽しく書くことができました。
そして、今までの中で一番頭を使った作品になりました。
それぞれの思惑が、渦巻いてます。ヤバいです。これこそカオスです。
カオス順は以下の通り。

まず、水原くんね。
曲者という描写は大変難易度が高く、結構思考状態や表面上の発言の細かい部分まで、何度も何度も直しました。
あーでもない、こーでもない、と。うまく動かしたいのに、安々と動いてくれないもどかしさ。
さっさと言いたいこと言ってくれよ!

そして、なぎさちゃん。
天真爛漫、とにかく元気な明るい女の子・・・というのが目標でした。
今まで出てきたキャラクターが、どいつもこいつも、どこか後ろ暗いものを持っていた気がするので、
一人ぐらいまともな人物が必要かなぁ・・・と思って書きはじめた当初でしたが・・・
何この娘、すっげぇ怖い。猫被ってるようにしか見えなくなってしまいました。

次に、みつきちゃん。
1作目、2作目と比べて、やや大人っぽく・・・というより男っぽくなっちゃってます。
なぎさというお姫様を守るナイトか執事よろしく、すっかりその役が板についてきてます。
一応物語の主人公のはずなんだけど・・・今作はそもそもグラサンすら出てこないし。
なんだか、若干影が薄くなってますね。ちなみに、次回作も少しだけ脇役扱いになってしまうかも。

最後に、蒼谷くん。
サークル活動が3人だけだと、このままでは水面下での水原となぎさの鎌の掛け合いになってしまう!
ということで、突如加えることになったキャラクターです。
こいつがいるおかげで、サークルの平和は一応保たれている・・・はずです。
他の3人より、おバカちゃんな設定なので、もっと発言を増やしたい・・・! と思っているところです。
次回作は、もうちょっと活躍があるかも。

そして、もう一人。今回出てきたキャラクターとして、2作目に登場した「右京こまち」もいますね。
彼女については、まだあまり多くのことを書けないのですが、次回作でも登場する予定です。
彼女と水原の関係、彼女が知っている、本当の「烏丸家の呪い」・・・などなど、多くの伏線を持っているので
少しずつ小出しにしていきたいと思います。



さてさて、この作品は、最後まで見てくださった方はお分かりの通り。
次回作への序章でしかありません。
序章で、今まで最高の文量ってなんだよ・・・と自分でも思ってしまうのですが。
文字数は約33000字。前作の1.5倍あります。大ボリュームです。

ちなみに1作目が約10000。2作目が約25000。3作目が約21000。
全部あわせると、9万文字近くになるんですね。
なんでも、ライトノベルか何かに作品を応募するときは、大体10万〜13万文字が規定らしくて。
うっそーん。ラノベ1冊ってそんなにあるの!? と驚きました。



そんなわけで、次回作のタイトル名は「遭難事件とグラサン少女(下)」。
今作の終わりを見ればわかりますが、タイトルがネタバレ仕様です。ご了承ください。

進藤リヴァイア