遭難事件とグラサン少女(上)




〜4〜


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俺の女神様と、謎の銀縁メガネの背の高い男が会話しているのを、俺は延々と見ていた。
途中、謎の男が少し後ずさりしたり、俺の女神様の目つきが一瞬変わったような気がしたり・・・
距離が少し離れているために、2人の会話をうまく聞き取ることが出来ず、俺はもどかしい気分だった。

やがて、2人の話が終わったのか、俺の女神様は校門の方へ・・・俺のいる方へ歩き出した。
しかしなぜか、僕は木陰から飛び出して話をかける勇気が、無くなってしまっていた。
足がうまく前に出ない。先ほどまでは、決心していたはずなのに・・・。

「・・・くっ・・・」

結局、俺の女神様は目の前を通り過ぎ、去って行ってしまった。
これも全部、途中で邪魔に入ったあの男のせいだ!
俺は、校舎の方へ行こうとしている、謎の男のほうへ駈け出した。
どこの誰かは知らないが、この落とし前はきっちりつけてもらうつもりだ。


☆☆☆☆☆☆


「・・・さて、夕波みつきに会わないように、一度校舎へ戻りますか。」

とりあえず、大海なぎさとの最初の会話については、まぁまぁの出来だったと言える。
予想以上にやっかいな相手だったが、まだ大きなミスはしていない・・・

「・・・はずですね。」

なるべく不安要素は消しておきたいものだが、これはもう成り行きに任せるしかないと思う。
さすがに大海なぎさに勘ぐられることはないだろうが・・・。

数歩歩き出して、何か背後から誰かが近づいてくる気配を感じた。
振り返ると、こちらに向かって走ってくる者が一人。

険しい表情をした・・・女であろうか?
整った顔立ちに、短い茶髪。ぱっちりと開かれた目。女にしてはやや高い背丈だ。
青いシャツに、Gパン。ボーイッシュな印象を受ける。

「おいっ! お前!」

その女は、明らかに僕に対して敵対心を持っているような強い口調でそう言った。

「・・・なんでしょう?」
「よ、よくも邪魔してくれたな! せっかくのチャンスを!」
「いったい・・・何の話でしょうか? 邪魔?チャンス?」

さっぱり、心当たりがない。いったい何を言っているのだろうか。

「今日こそは、俺の女神様に話しかけようと勇気を出して・・・勇気を出していたのに!
 いきなり入ってきて邪魔しやがって。お前、俺の女神様とどんな関係だ!」
「女神様・・・? というと、大海なぎささんのことでしょうか。
 彼女とはただ単に、サークル仲間なだけですよ。」
「サークル仲間・・・だと?」
「えぇ、そうです。何か特別な関係というわけではありませんが・・・」

それを言うと、この女は怪しいものを見るような目つきで僕を睨む。
しかし、この女の言葉から出てくるのは、どうして男言葉ばかりなのか。

「つかぬことをお聞きしますが、あなたは・・・女性・・・ですか?」
「はぁっ!?」

ますます、この女性・・・?の目つきは鋭くなる。
ものすごく苛立ちを持っているような。そんな表情で。

「俺は男だっ! 女っぽくて悪かったな!」
「・・・あぁ、そうでしたか。それは申し訳ないことを言いました。どうもすみません。」

見た目ボーイッシュな女性だと思ったら、どうやら本当に男らしい。
言われてみれば、声も少し低い気がするし、口調は完全に男である。
おまけに、大海なぎさ・・・彼の言う女神様に話しかけるとかなんとか、そう言っているということは、
大海なぎさに関心を持っているということなのだろう。

「・・・まぁいいさ。お前、見たことないやつだな。1年か?」
「えぇ、今年入学してきました、水原と申します。」
「そうか、水原な。俺は2年の蒼谷ゆいだ。」

蒼谷ゆい・・・名前も女性に間違えられてもおかしくなさそうだ。
さぞかし、苦労してきたのだろう。苛立ちを持つのも、うなづける。

「・・・水原、お前に話がある。」
「・・・はい、なんでしょう。」
「俺も、そのサークルに入れてくれ。」
「それは、大海さんに近づきたいから・・・でしょうか?」

それを言うと、蒼谷ゆいは顔を真っ赤にして叫ぶように言った。

「ば、馬鹿野郎! そ・・・そういうわけじゃない。ただ、そのサークルはメンバーが少ないんだろ?
 少しでもメンバーが多い方が、その、楽しめるんじゃないかと思って。
 そ、それにあれだぞ? 俺はこの春に今まで所属していたサークルを辞めて、今はどこにも入ってないんだ。
 でも、暇だから、その暇つぶしにでもなるかなと思ってだ。
 お前が考えているような、理由じゃないからな!」

どうやら嘘や隠し事が苦手なのか。目が泳いでいる。
夕波みつきや、大海なぎさと比べると、あまりにも浅はかに見えてしまう。

「・・・わかりました。ですが、私はあいにくそう言ったことに関する権限を持ち合わせておりません。
 そういうことでしたら、部長に」
「呼んだか? 水原。」

そう聞こえ、後ろを振り返ると、そこには部長、夕波みつきの姿があった。

「・・・あぁ、部長さん。ちょうど良いところに」
「先に失礼する、といった割にはまだ校内にいたのか。何か用か?」

どう言うべきか少し考えていると、僕より先に、蒼谷ゆいが口を開けた。

「夕波、みつきか。」
「そうだが・・・。私に何か用か?」
「俺は蒼谷・・・」
「蒼谷ゆい。私と同じ学部、同じ2年生で、周りからは『かわいい男』と呼ばれている。そうだろう?
 自己紹介は必要ない。お前は、どうやら私やなぎさのことを嗅ぎまわっていたみたいだしな。
 私のことも、それなりに知っているだろう?」
「そ・・・そこまで・・・」

身構えながら、蒼谷ゆいは後ずさった。
まるで、先ほどの僕と大海なぎさのような関係だ。

「それで、何の用だ?」
「俺も、サークルに入れてほしい。」
「・・・ウチは、写真サークルだが、お前は写真を嗜むのか?」
「ケ、ケータイのカメラなら使ってるぜ?」

蒼谷ゆいがそう言うと、夕波みつきは、少し考えさせてくれと言って空を見上げた。
これは、少し僕にとってはチャンスかもしれない。

「部長さん。僕からもお願いします。蒼谷さんを入れてあげてください。」
「・・・なぜ、水原、お前まで?」

夕波みつきがそう返事をすると予想していたから、僕は何も言わず、微笑を浮かべただけで返した。
それを見て、夕波みつきはため息をつく。きっと、こう思っているのだろう。
「また、お前の得意な交渉か」と。

「水原がそう言うのなら、良いだろう。」
「よっしゃぁあ!」

蒼谷は、ガッツポーズをとって叫ぶ。周りにいた生徒たちが、思わずこちらを注目した。

「詳しいサークルの内容については、水原から聞いてくれ。
 私は少し先を急ぐからあとは頼んだぞ。」
「・・・わかりました。」
「それじゃあな。」

そう言い残して、夕波みつきは走って帰って行った。
残された僕と蒼谷ゆいは顔を見合わせる。

「悪りぃな、水原。利用させてもらっちゃって。べ、別によかったんだぜ?
 先輩だからって気をつかわなくったってな。」

実際、利用したのはこっちなのだが。

僕としては、大海なぎさの視線を逸らすことができる優秀な人材に、蒼谷ゆいはなりうると思った。
そして夕波みつきとの交渉についても、やはり僕が持っている情報がよほど気になるのか、僕の意見を通してくれた。
それだけで、まだ交渉の立場についてはこちらが上であることを確かめられたのだ。

この2点の成果があげられたのだ。
別に、先輩だからというような理由で、勧めたのではない。
自分の利益さえ出るならば、それでいいのだ。
それを表面に出すことは、決してしないが・・・

「・・・いえいえ。確かに、蒼谷さんの言うとおり、サークルは少しでも人数がいたほうが楽しいですからね。
 一緒に、楽しみましょう。」
「おぅ。」
「部室は、部室棟の4階。一番南側の部屋です。
 まだ備品はありませんが、おそらくこれから放課後集まることになると思うので、時間のある時に来てください。」
「わかった。本当にありがとな!」
「・・・えぇ、どういたしまして」

先ほど夕波みつきに対して浮かべたのと同じような微笑を浮かべてみせたが、
蒼谷ゆいは別段どうとも思っていないようで。それどころか、上の空の様子で何かをつぶやいていた。
やった、ついに、女神様、などの言葉が少し聞こえるが、気にせず僕は言う。

「それでは、僕は失礼します。また後日・・・」

蒼谷ゆいは返事もせず、ただただ何かをつぶやき続けていたので、僕はそのまま立ち去った。


>>>>>>


部室に備品が届いたのは、それから3日後だった。
業者が次々とテーブルやイス、パソコンなどを運んでくる。
テーブルの配置や、パソコンの配線などは自分たちでやる必要があるのだが、
水原はどうやらパソコン関係にも強かったようで、それ関係のものは水原に任せ、
私となぎさ、そして新たにサークルに加わった蒼谷の3人で、備品を配置した。

蒼谷は、今日はじめてこの部室にやってきたのだが、なにやらずいぶん緊張しているような表情だった。
水原にでも何か吹き込まれたのだろうか。まぁ、今のところそれほど害がないので問題はないのだが。

「・・・よし、これぐらいだろう。あとは、水原。お前だけだ。」
「えぇ、わかりました。」

ほとんどの作業を終え、残りはパソコンのセットのみになったので、私たち3人は水原に作業を任せ、
部屋の中央に置いたテーブルとイスに座る。
「ん〜、疲れたぁ」と言いながら、私の隣に座るなぎさは大きく伸びをする。

「さすがにテーブル少し多かったかもしれないな。」
「まぁでも、そのうち使うかもしれないし、大丈夫だよ〜」

なぎさはいつもの輝くような笑みを浮かべながら言う。
すると、向かいの席に座っていた蒼谷が、また落ち着かない様子になった。
これは・・・もしかすると、そういうことなのかもしれない。
蒼谷があまりカメラについて興味のないことは、この前会った時に聞いていたが、どうやらこの様子ではなぎさが目的のようだ。
そうでもなければ、わざわざこのサークルに入りたいなどとは言わないだろう。

「あ、そうそう、この前すっごいきれいな夕焼けの写真撮ってさ〜」

そう言いながら、なぎさは持っていたカバンから封筒を取り出す。
テーブルの上に、封筒の中から写真を数枚取り出した。

赤く染まった夕日が、雲一つない空のかなたに落ちていく写真。
どうやら海で撮ったみたいで、海に夕日が写りこんでいて、まるで2つ太陽があるみたいだ。

「これは確かにきれいな写真だな。さすがなぎさだ。」
「えへへ〜。そうでしょそうでしょ〜」

蒼谷の様子をふと伺うと、「あぁ・・・すごいきれい・・・」などと、
聞こえるか聞こえないかギリギリの小さな声でつぶやいていた。

「ほらほら、蒼谷くんも手に取って見てみてよ〜。はいっ、どーぞ」
「あっ、えっ、はい!」

蒼谷はなぎさから手渡しで写真を受け取る。その時の蒼谷の顔が、赤く染まっていたのは気のせいではないだろう。
・・・まぁ、それをなぎさが気づくかどうかは・・・わからないが。
蒼谷は写真の角をもって、汚さないようにかなり丁寧に見ている。

「あ、あの。」
「ん〜? どうしたの?」
「この写真・・・も、もらっても良いですかっ!?」
「え〜っと、お気に入りの1枚なんだけど、でも良いよ〜。入部祝いってことで〜」

その時なぎさが浮かべた微笑に、蒼谷の顔は、まるで持っている写真に写る夕日の色のように、今まで以上に染まった。
「ありがとうございますっ!」と言って勢いよく頭を下げた蒼谷は、そのままテーブルに頭をぶつけた。
恥ずかしそうな顔でうつむく蒼谷に、なぎさは優しく声をかける。

「あはは〜。蒼谷くんっておもしろいね。さっきからすごい緊張しているみたいだけど、
 でも、ここは私たちのサークルなんだから、もっとリラックスして良いんだよぉ?
 はい、リラックスリラックス〜」

なぎさが何か言い、それに対して蒼谷がやはり緊張した様子で反応しているのをみているうちに、
水原が作業を終えたのか、蒼谷の隣のイスに座った。

「・・・一通り、パソコンの用意は終わりました。いつでも使えますよ。」
「あぁ、ありがとう、水原。お前がパソコンに詳しくて助かった。」
「・・・パソコンも趣味でやってますからね・・・その延長ですよ。」

水原のまた気味の悪い微笑。一度、水原には本当の微笑というものをなぎさに教わったほうがいいと思う。

「それで・・・先日言った例の件ですが」
「あぁ、蒼谷のカメラについてか。持ってないって言うしな。」
「えぇ。僕はあまり台数を持っていないのでお貸しすることはできないんですが、お二人はいかがでしょうか?」

私は、あいにく父親からもらった簡素なカメラと、一眼レフカメラ、それぞれ1台ずつしか持っていないが・・・。
でもなぎさならたくさん持っているだろう。カメラのことになると性格が変わるほどなのだから。

「私、何台かあるから貸してあげてもいいよぉ。大事に使ってくれれば問題ないし〜。」

まぁ、蒼谷のことだ。憧れの人のカメラなんだ。間違いなく大事に使うだろう。

「ぜ、ぜひお借りしたいです!」
「わかった〜。それじゃあ今度持ってくるね。」

なぎさは誰にでも優しいから・・・水原に対してさえ優しいが・・・蒼谷のことなど、特別とは思っていないだろう。
サークルの仲間だから。そういう理由だと思う。
しかし、受け取り側にとっては、それはそれは効果の高いものになる。
誰だって異性から優しくされれば、ちょっとぐらい好意を持つものだ。
逆に面倒くさい交渉ばかり持ちかけてくる、どこかの誰かさんのような人には決して好意は感じないが・・・。

「・・・どうかしました? 部長さん」
「いや、なんでもない」

とりあえず、蒼谷の面倒はなぎさがしてくれるだろう。カメラの使い方とかも教えるだろう。
その方が、蒼谷にとっても都合がいいだろう。私としても、蒼谷となぎさのことを気にせずに、このやっかいなやつ・・・
水原と1対1で話が出来る機会が増えるのだから、都合がいい。
どうやら、水原は私となぎさが一緒にいるときより、私だけが動いていた方が話しやすそうに思っているみたいなこともある。
だとするならば、少しでも水原の考えを探るには、なぎさはその場にいない方がいい。

何より、先日から水原がなぎさに対して、動きを監視しているような・・・そんな素振りがあるからだ。

私は、笑いながらしゃべるなぎさ、それを赤ら顔で聞いている蒼谷、黙って会話を見守っている水原の3人を見ながら、
このサークルの今後について、考え始めたのであった。


>>>


「・・・やはりあなたは、そう簡単に出てきてはくれませんか。」

僕は、今日撮ったサークルメンバーの集合写真を、家のパソコンに転送して見ていた。
2枚ほど、”仕事用”のデジタルカメラで集合写真を撮っておいたのだが、そこに”彼”の姿は無かった。

デジタルカメラを取り出したとき、大海なぎさが、一瞬あの獣のような表情に変わったのを見逃さなかったが、
結局、大海なぎさは何も言うことはなかった。
あの様子だと、カメラのことだけを気にしているようで、そこまで深く僕の考えていることを探ろうとは・・・
していないはずだと思う。

デジタルカメラで撮った写真をくまなく見るが、探しているものが見つからない。
やはり、何か条件でもあるのだろうか。

あの、夕波みつきが高校生の時、彼女が墓参りしている写真には、写っていた。
彼女が、なぜかあの『烏丸家』の墓の前に立っている写真・・・。
たまたま”仕事用”の写真を撮ろうと、近所の墓場に行ったとき、何枚か撮った写真の中に、
彼女と”彼”が写りこんでしまっていたのだ。
それは、何のトリックも使っていない。調べてみたが、科学現象では説明がつかない。

今まで”仕事用”の写真として、多くの偽物の心霊写真を世に送り出してきた僕だ。
そんな僕が、はじめて目にした、本物・・・。その本物は、歴史の教科書などで見る顔・・・。



「はやく、お会いしたいですねぇ・・・烏丸祐一郎公爵・・・」



続く