遭難事件とグラサン少女(上)




〜2〜


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「あの! 今、私たち、写真サークル作ろうとしてるんですけど、もしよければ、メンバーになりませんかっ?」

学校の桜並木道に、かわいらしい声が上がる。
ちょうど、なぎさが新入生らしき女の子3人を見つけ、声をかけたところだった。
女の子たちは、申し訳なさそうな顔で、既に入ってるサークルがある、と言って校舎の方へ向かっていってしまった。

「はぅぅぅ、もうこれで5連敗だよ? どうする、みつき?」
「・・・まだ5連敗だ。人はたくさんいるから、きっと呼びかけていればそのうち当たるとは思うが・・・。」

しかし、心の中では、もう少し作戦を練っておいたほうがよかったか・・・と思う。
他のサークルは、看板やパンフレット、目に付くような派手な服。とにかく注目されやすいように配慮していた。
私たちは、今日サークルを作ろうと思い立ったのだ。準備も何もない。
さすがに、思い立ったらすぐ行動したところで結果は簡単に生まれないらしい。

「あっ、すみませーん! そこの女の子たちーっ!」

私がいろいろ考えている間に、なぎさはまたターゲットを見つけたようだ。今度は女の子2人組。
なぎさは、その女の子たちに駆け寄っていく。

しかし、背中にギターらしきものが入っているようなバッグがあるところを見ると、既にあの2人もどこかのサークルに・・・

「・・・すみません。」

私の後ろから、男の声がかかる。
ふっと私が振り返ると、そこには、背の高い割には、猫背のために妙に存在感の薄い男がいた。
銀縁メガネをかけていて、フレームが日光でキラッと光る。整えきっていないような黒髪をしていて、パっとしない印象だが・・・
首から下げられている1台の一眼レフカメラが、私の目に留まる。

「なにか?」
「夕波・・・みつきさんですよね?」

黙ってうなずく私。
私の名前を知っていることに関しては、別に驚くほどのことでもない。
1年前に、この大学に通っていた有名人と付き合っていた、ということで一時期話題になっていたからだ。
少なくとも、私と同じ学年か、それ以上の人だろうか。
しかし、同じ学年なら顔ぐらいは見たことあるはずだが、そうでは無いとなると・・・上の学年か?

「僕は、水原月夜・・・と申します。今年この大学に入ってきました。」

ん? 今年入ってきた・・・?
それじゃあ何故私の名前を・・・

「夕波さんと、同じ高校に通っていました。」
「私と、同じ高校? ということは・・・」

この男は、私の言葉に、ちゃんと高校名を告げて返事をした。
私の通っていた高校名を。

「写真サークルを・・・作っていると聞いたのですが、本当ですか?」
「あ・・・あぁ。そうだ。」

そこに、なぎさが走って戻ってきた。
そういえば、いつの間にか視界から消えていたが、いったいどこまで勧誘に行っていたのか・・・。

「はぁ、全然ダメだったよ、みつき〜・・・ って、あれ? もしかして勧誘中?」
「・・・こんにちは、大海なぎささん」
「あれれ? どうして私の名前知ってるの? どっかで会ったことあるっけ?」

水原月夜が突然なぎさの名前を言ったことに対し、なぎさは、かわいらしく首をかしげながら言う。
しかし、どうしてこの男はなぎさのことまで、知っているのだ?

「・・・いえ、こうしてお会いするのははじめてです。」

この男は、どこか不気味だ。いまいちつかみ所が無いような・・・。
それに、私だけでなくなぎさのことまで知っていて。
危ないような気がする。たとえて言うなら、ストーカーか、その類の臭いがする。

なぎさは、ますます意味がわからないとばかりに首を左右にかしげて、私を見てくる。

「サークルのメンバーが足りない・・・と言っていましたね。よろしければ、そのサークルに、僕を入れてもらえませんか?
 この通り、僕はカメラが好きで、いつも持ち歩いています。シャッターチャンスがいつ来るか・・・わかりませんからね。」

首にかかっている一眼レフカメラを大事そうに持って、水原月夜は言う。

「えっ、入ってくれるの!? ほんとにっ!?」

なぎさの顔がパッと輝く。
しかし、すぐに私がなぎさを守るように動き、男を見据える。

「ちょっと待って、なぎさ。この人おかしいって。」
「え? え? でも、サークルに入りたいって・・・えっと・・・」
「水原月夜・・・です。」

水原月夜は、なぎさに微笑む・・・が、何か不気味な微笑み方だ。
それに対してなぎさは別に何とも思っていないようだが・・・

「私の名前を知っている理由は、まぁわかった。だが、なぜなぎさの名前まで知っている?
 私となぎさは大学に入ってから友だちになった間柄だ。お前はいったい・・・」
「その理由は・・・そのうちお話するということで」
「だめだ。お前が何をどこまで知っているかは知らないが。お前は何か企んでいるだろう?」

私がやや強く言うと、水原月夜は数秒、思案するように黙り込み、やがて言った。

「あぁ、やはり夕波みつきさん、あなたは只者では無さそうだ。
 あなたのその思考能力の高さ、それはあの烏丸家の影響なのでしょうか?」
「なっ!?」

思わず驚きが口と表情に出てしまった。

烏丸家・・・それは学校の歴史の授業・・・特に近現代史で語られる名家の名前。
最後の当主、烏丸祐一郎公爵は、世間からも評判があり、若くして名声を極めていたが、謎の病気で死亡。
直系の子孫は残っていない・・・とされている。

そして私は、烏丸祐一郎公爵の霊に出会ったことで、人生が大きく変わり、父親が亡くなった後は、
その烏丸祐一郎の霊と2人で数年間を過ごしていたぐらい、烏丸家とは関係があった。
実際は、もっと深い関係があるのだが・・・

しかし、なぜこの男は烏丸家のことまで知っている・・・?
どこまで私のことを・・・

「みつき、どうしたの?」

なぎさが心配そうな顔で私を見る。
烏丸家と私の関係のことは、今までなぎさには伝えていなかったのだ。
その話を避けていたわけじゃないが、話したところで信じてもらえないのではないか・・・という不安があって。
私が過去の話をするのを嫌がっているような素振りを1度見たなぎさは、
それ以降、その関係の話題を振ってくることはなかった。それも幸いしている。

「烏丸家って・・・なんだっけ、なんか聞いたことがあるんだけど・・・うぅん」
「あぁ、大海なぎささんは、夕波みつきさんと烏丸家の」

すべてを水原月夜に言われてしまう前に、背の高い水原月夜の首元をつかみ顔を引き寄せ、耳に無理やり近づいて小声で言う。

「ちょっと余計なことをしないでくれるかしら。」
「・・・秘密にしているのですか。」
「そういうわけではないのだけれど。なぎさには私の口から直接言いたいの。」
「なら・・・なぜ言わないのですか?」
「いろいろ事情があるのよ。」

そこまで言って、水原月夜から離れる私。
なぎさは、上の空で、まだ烏丸家のことを思い出そうとしていた。

「あ、ねぇねぇ、みつき。烏丸家ってなんだっけ。」
「・・・えっと」

そこで、私が横目で見ていた水原月夜の顔が、ふっと笑みを浮かべ、言った。

「・・・取引をしましょう。私を、サークルのメンバーに入れてください。」
「もし、入れないっていったら?」

水原月夜の笑みが、強さを増した。

「その時は・・・まぁ、聡明なあなたでしたらわかるでしょう?」

やはりそう来たか・・・と私は心の中で舌打ちをする。
私と烏丸家の関係をなぎさに秘密にする代わりに、サークルのメンバーに入れろ。
水原月夜の取引の内容は、それだった。
何をどこまで知っているのか、サークルに入る目的・動機は何か・・・など、見えないことが多いが、
この取引に応じなければ、今後の私となぎさの関係に問題が出る可能性がなくもない。
最悪、水原月夜が、なぎさに嘘を吹き込むかもしれない。

取引は・・・

「・・・わかった。」
「では、よろしくお願いします。」

きょとん、とした顔でなぎさは私たちの会話を見ていた。
いったい何の話をしているのかわからなかったみたいだが、
どうやら水原月夜がサークルのメンバーになることだけは、把握してくれたみたいだ。

「あ、えっとえっと、よろしくね!」

なぎさは微笑みを水原月夜に向けていたが、私は水原月夜が何を考えているのか、表情から探ろうとした。
しかし、見えるのは薄気味悪い笑顔だけで。

「これでメンバーそろったね! やったぁ!」

三者三様の表情で、私たちのサークルは動き始めた。



続く