遭難事件とグラサン少女(上)
「遭難事件とグラサン少女(上)」
〜1〜
目の前にあお向けに横たわるのは、男の死体。
胸からは多量の出血。左手には包丁が握り締められている。
自殺か・・・
「でも、いったいどうして・・・」
それとも・・・?
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大学に入学して、2度目の春を迎えた。10代最後の年。
私は、入学してからの1年の間にあったごたごた・・・もとい、黒歴史を払拭しようと、
何か新しいことをしたいと模索していた。
朝の日差しがまぶしい、学校の正門から中に伸びる、1本の桜並木の道を歩いていると・・・
「みつきーっ!」
私を呼ぶ女の声が、後ろから聞こえて、私は振り返る。
大学入学当初から仲良くしていた、大海なぎさの姿が、そこにあった。
駆け寄ってくるなぎさの表情は、あまりにもまぶしいほど、明るい。
そんな表情で、私に尋ねてくる。
「どうしたの? ぼーっとしながら歩いちゃって。 あっ!まさか、また彼のこと・・・」
「そんなわけないでしょ、違うわ。」
「ふぅん」
彼、というのは去年、ほんの少しの間だけ付き合っていた私の彼氏のことだ。
私のことが好きだ、と言っていた割にはほかの娘とも付き合っていたりした、ふわふわしたやつだった。
芸能界で売れている、アイドルの1人という立場だった彼は、まぁ、モテるのも無理はない。
いつまでも、良い関係を続けられるなんて、そんな夢のような話は、本当に夢で・・・
「みつき? ほらほら、やっぱりぼーっとしてるって。」
「あぁ、ごめんごめん。なんだっけ?」
「まったくもう・・・もう一度だけ言うからね?
去年は結局どのサークルにも入らなかったんだし、今年こそはどっかに入ろうよ!って。」
そう、去年は大学入学当初からいろんなサークルの勧誘を受けていたにもかかわらず、私はその一切を断り続けていたのだ。
いくつかの写真サークルからも、何度か勧誘を受けていた。
少し興味をそそられた私だったが、しかし、ためしに覗いてみた部室は、あまりにもひどい有様だった。
写真を撮る活動はほとんどせず、遊び放題。しかもサークルの所属メンバーは全員がサークル内でカップルを作っていた。
「・・・やっぱり、サークルは入らないで良いと思うんだよね。」
「えーっ!? そんなぁ!」
「入りたいんだったら、なぎさ一人で入れば良いじゃない。」
「でもでも。みつきが居ないとつまらなーい!」
まったく、なぎさはいつもこうなのだ。
入学当初から、なぎさは私にものすごい懐いていた。
私が「右」といえば、なぎさも「右」といい。
私が「左」といえば、なぎさも「左」という。
まるで、子どものあひるが、母親あひるのあとをついて行くが如く。
しかし、しっかり自律はしていて、考えもしっかりしているし、悪い子では無いのだ。
妹のような存在で、今までの私の周りには居なかったタイプ。
それに、私に負けず劣らず、カメラの技術は目を見張るものがある。
カメラを構えたときのなぎさの目つきは、変わるのだ。
「うぅむ・・・」
「ねぇねぇ。」
大学のなかでも、数少ない友人の頼みだから、なるべく断りたくは無いのだが・・・。
「何か・・・良い方法があれば・・・」
そこで、私たちは桜並木の道の端に立つ、数名の男子の前を通った。
そのとき、その男子の中の1人が発した、ある言葉を耳にした。
「新サークル『ワイルドウィング』では、今、活発で元気な人を募集していまーす!
私たちの活動は、テニスや水泳など・・・」
これは・・・良い考えかもしれない。
この方法なら、なぎさも納得するし、私もサークル活動に積極的に参加したいと思える。
私は、なぎさのほうを向いて言う。
「じゃあ、サークルを作ろう。私たちのサークルだ。」
「えっ・・・サークルを・・・作る?」
そうして、私たちは、大学で新しいサークルを作ることにした。
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昼になり、私となぎさは大学のカフェテリアのオープンテラスで、サンドイッチを食べながら、さっきの話を思い出す。
簡単に言ってはみたが、サークル設立というのが、意外と手間のかかるものと知るのに、それほど時間はかからなかった。
設立時のメンバーが3人以上じゃないといけなかったり、大学の部室を借りるための申請が必要だったり、
サークル連合会の入会などなど・・・
「うぅむ・・・とりあえず、メンバー集めか。
現段階では、私となぎさの2人だけだから、あと1人必要だな。」
そう言いながら、私は大学が発行しているサークル設立についての説明書類を読む。
なぎさに、誰かメンバーになってくれそうな人がいないか聞いてみるが、なぎさは少し思案したあと、肩をすくめて。
「思いつかないなぁ。やっぱり私の周りの友だちは、ほとんどどっかのサークルに入っちゃってるし・・・」
「まぁ、仕方ないな。別に、私たちと同じ学年である必要はないし、それなら今年入学した誰かを誘えばいい。」
その私の言葉に、さっすがみつき〜、と笑って答えるなぎさ。
なぎさの笑った顔は、見るだけで人を明るくするような表情で・・・
「・・・私にはもったいないぐらいだな」
「ん? みつき、何か言ったぁ?」
「なんでもない」
そうと決まったら、さっそく行こう! と、なぎさは元気よく立ち上がる。
その勢いでテーブルの上に乗っていた飲みかけのコーヒーがこぼれ、私の服に少々かかる。
慌ててハンカチを出そうとするなぎさを、私は手で制した。この程度なら問題ない・・・
と言おうとすると、シミになっちゃうから、と無理やり服にハンカチを当ててくる。
抵抗するのもなんだか悪いので、ここは私がおとなしく引き下がることにした。
なぎさの元気のよさは、見ているとこっちがハラハラするぐらいで。
きっと、なぎさは親のいない私の、親代わりになりたい、なんて思っているのだろうけど。
実は、逆に私がなぎさの行動を見守っていて・・・。
応急処置は終わったのか、なぎさがハンカチを私の服から離す。
私の顔をうかがってくる。やっぱり・・・怒ってるよね?と今にも言い出しそうな表情。
「大丈夫。 それじゃあ、行きましょうか。お姫様。」
私は、わざとらしく、まるで執事のように振舞って、なぎさの手を取る。
少しなぎさの顔が赤く染まる。
私たちは、設立するサークルのメンバー集めのために、学校の正面から伸びる、あの桜並木道へ向かった。
☆☆☆☆☆☆
その、カフェテリアのオープンテラスの近くにある茂みから、怪しくのぞく、1対の目。
夕波みつきと、大海なぎさが、カフェテリアを離れ、どこかへ行ったのを確認すると、その茂みから1人の男が出てきた。
理知的に見える銀縁のメガネが光る。いまいち整えきっていない黒い髪。
それなりに長身なのだろうが、猫背なために、存在感は打ち消されてしまっている
首からは、1台のカメラが提げられており、それを大事そうに手で支えている。
「・・・」
ポケットから、ボロボロになっている、傍からみればただのゴミにしかみえない、メモ帳を取り出す。
メモ帳の表紙には「秘密のメモ帳」と、そのまんまなタイトルが、メモ帳の見た目とは裏腹にきれいな文字で書かれている。
「秘密のメモ帳」を開く謎の男は、ペンを取り出し、何かを書きとめはじめた。
「・・・夕波みつき・・・烏丸家・・・サークル・・・」
なにかをつぶやく。
少しして、「秘密のメモ帳」を閉じる。
メモ帳を仕舞おうとして、メモ帳から何かが落ちる。
それは、1枚の写真。
大事そうに拾い上げると、なめ回すように写真を見る。
その写真には・・・
夕波みつきが写っていた。
続く