太陽と恋とグラサン少女




〜6〜


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「ひより・・・」

目の前には、安らかに眠る、ひよりの姿。
もう二度と、ひよりが目を覚ますことはない。
そのひよりの顔には、幸せそうな笑顔が浮かんでいる。

ひよりは、子どもの誕生と引き換えに、息を引き取ったのだ。
医者の話では、ひよりは先天的な病気によって体が蝕まれており、
それはすでに出産に耐えられるかどうか、五分五分の賭けだったという。

不幸中の幸い・・・というべきかどうか、それはわからないが、
生まれてきた子ども・・・女の子は、無事だった。
大きな産声をあげて泣く子どもを見て、微笑んだままひよりは息を引き取ったという。

子どもの名前は、ひよりとすでに決めていた。

『夕波美月』

夜空に浮かぶ月のように美しい子になってほしい、というひよりの願いからきている。



俺の右手には、1つの茶封筒。ひよりが遺した遺書だ。
どうやらひよりは、出産が命がけになることをわかっていたらしい。
その遺書は紙が2枚構成になっており、1枚目には、こう書かれていた。


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まことへ


きっと、まことがこの紙を読んでいるということは、私は死んでいるのね。
もし出産がうまく行っていたら、タンスにしまっておいたこの紙を、
すぐに燃やさなきゃいけない! なんて思っていたのだけれど。

でも、そうじゃないのなら、私はまことに大切なものを遺して逝ってしまったわ。
私たちの大切な一人娘、みつきを。
母親である私がいないことでいろいろと不自由させてしまうだろうし、
みつき自身の成長にも、きっと大きく影響を与えてしまうわ・・・。

だから、まことにはお願いがあるの。

1.母親である私は、死んだのではなく、蒸発してしまったことにしておいてほしい。
  もし、みつきや私の親が、私のことをこの先聞いてきても、そうして。

2.もし・・・もし万が一、まことが死んでしまうことになってしまったら、
  みつきは一人になってしまうわ。だから、まことには、遺書を書いてほしい。
  この子の支えになるように。
  そして、その内容には、私が蒸発したのではなく、出産時に死んだ事実を書いて。
  あと、茶封筒に入っていたもう1枚の紙を、まことの遺書と一緒に入れておいて。

3.みつきが、もし「烏丸家の呪い」を受け継いでいることがわかったら、
  まことが私にくれたグラサンを渡して。
  「烏丸家の呪い」は、太陽の光を直接目で見ることで、急速に進行してしまうわ。
  特に、日中の太陽には、気を付けて。

4.いつか、まことが、世界で一番良いと思える写真を撮ることができたら、
  それを、私に見せてね。

5.カメラマンはやめてほしくないけど、決して、無理はしないで。
  あなたの体は、あなただけのものではないことを忘れないで。

できれば、こんな紙を遺すことは嫌なのだけれど、とても重要なことだから遺しました。
ごめんなさい。負担ばかりかけさせてしまって。辛い思いをさせてしまって。

私は、まことと会えてから、まるで人生が変わったわ。それはもう劇的に。
まことには、感謝しなきゃね。ありがとう。

生まれ変わりがもしあるのなら、またまことと・・・今度は、太陽の下でたっくさん、恋をしたいな。

それじゃあね。


ひより


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「ずいぶんと・・・お願いごとが多いお姫様だね・・・」

そっと、ひよりの長い髪をなでる。思わず、笑みがこぼれる。
ひよりのお願いなら、いくらでも聞こう、そう思う。
満足に、ひよりが喜ぶようなことをしてあげられなかったが、ひよりにとっては、
俺がそばにいただけで、きっとうれしかったのかもしれない。

俺は、茶封筒に入っていた、もう1枚の紙の内容を思い出す。


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みつきへ


はじめまして、と言えばいいのかしら。
私は、あなたを産んだ母親の、烏丸ひよりです。

きっと、あなたがこれを読んでいるとき、私も、そしてあなたの父であるまことも、
あなたの傍にはいないでしょう。

たぶん、まことから聞いていると思うけど、私の存在は蒸発したことになっているはず。
でも、それは実は嘘で、本当は、あなたを産んだとき、私は息を引き取ってしまったの。
って、ちょっとわかりにくいかしら?
この紙は、私があなたを産む前に書いたもので、私は死ぬことを予期していたわ。
私は、重い病気を持っていたの・・・。

その病気は、目から脳へ。脳から全身へ回る転移性の病気で・・・。
強い光・・・おもに直射日光を見ることで、脳に強い負担をかけ、病気が進行するわ。
そして、病気が進むと体中の成長が止まり始める。
おもに中学生辺りから・・・。

最後に、この病気は、遺伝性を持っているわ。
つまり、みつき、あなたにもこの病気がかかっている可能性は十分にある。

ごめんなさい。あなたには辛い思いをさせてしまって。
母親を、生まれた時から失い、さらに病気まで・・・。

だから、私から、申し訳ないけど1つだけ。わずかだけど対策になるものを渡しておくわ。
と、いっても。もしかしたら、もうすでに持っているかもね。
まことからグラサンを1つ。
それは、私がまことからもらったものなんだけどね。
あなたには、それが必要になる。だから必要な時に・・・使ってね。

いきなりいろいろ教えてしまって、混乱しているかもしれないけど、
私とまことの間に生まれたあなたなら、きっとどんな困難も乗り越えられるはず。

私の分まで生きて、とは言わないけど。
私の分まで、幸せになってください。


あなたの母親 ひより


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ひよりの頭の良さは、きっと、みつきにも伝わっているだろう・・・。と思う。
確かに病気の遺伝がある可能性は高いが、その病気がひよりほど重度なものではないかもしれない。
ひよりが遺してくれたものは、ひより同様に大切にしていかなければならないものだ。
みつきを守れるのは、自分しかいない。

「ひより・・・お前の分まで、がんばるから。だから、待っててな。必ず・・・」


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それから、俺は必至で働いた。みつきに不自由させないように。
フリーカメラマンという立場は崩さないものの、仕事を選ばず、できることはなんでもやった。
ひよりとの約束を破らないよう、時々、みつきとの時間も作っていたが、
みつきが徐々に成長していくうちに、俺も、みつきも忙しくなりはじめ・・・
いつしか、みつきとのたった2人での生活は15年ほど経っていた。

ここ数日は仕事が忙しかったが、今日は久しぶりに、家に帰ってきた。
家と言っても、そこは築何十年はするだろう、ボロいアパートの1部屋。
1LKという狭い空間で暮していた。

ドアを開けると、目の前にリビングで、ひよりが小さなテーブルの上で勉強をしていた。

「ただいま」

なるべく、疲れた様子を見せないように、言う。
みつきは、ひより同様に察しが良く、簡単な隠し事は通じないのだが、それでも、
みつきはあえて知らないふりをする。やさしいところだ。

「あ、おかえり、お父さん。」

今のひよりの顔は、何かを考えている顔だ。
それが、テーブルの上に広げている教科書の問題に対してなのか、それとも俺のことを思っているのか。
それはわからないが、みつきはいろいろ心配をしているような感じがしてならない。

「お父さん、明日、時間ある?」
「え、明日?」

突然のみつきの言葉に思わず聞き返してしまった。

「うん。 たまには、2人でお散歩に行かない?」

珍しいこともあるものだ。みつきが散歩に誘ってくることなんて、今までなかった。
時々、俺のほうが誘うぐらいで、それも5年ほど前ぐらいを境にあまりしていなかった。
確かに、たまには散歩もいいかもしれない。

「そうだな。そうしようか。」

そんなわけで、明日、2人で散歩に行くことになった。


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俺は、みつきを連れて、近くの国立公園に来ていた。
ひよりとも何度か来たことがある公園で、多彩な周辺設備が整っており、
いつも利用者が絶えないような場所だ。

その中の、砂利で作られた散歩コースを、歩く。
道の左右には、青々とした木々が並ぶ。
その木々の間から、真夏の日光が射すが、涼しい風が吹いているため、そこまで暑さを感じない。
なにか、昔、ひよりと来ていた時を思い出す。

「う〜ん、たまには良いなぁ。お散歩も。」
「暑くないけど、ちょっとまぶしいね。」

みつきがそういうと思って、俺はシャツの胸ポケットから
”あの”グラサンを取り出し、みつきに渡した。

「これを使いなさい。少しはマシになると思うから。」
「あ、ありがとう。」

みつきは、グラサンを受け取って、かける。
すると、まるで計って買ったかのように、サイズがジャストフィットしていた。
やはり・・・みつきにも「烏丸家の呪い」が・・・

と、そこでみつきが、「似合っているかな?」というような目で見てきたので、
よく似合っているよ、と返事をした。

「でも、良いの? お父さんのは・・・」
「あぁ。良いんだよ。そのグラサンは、みつきにあげるための物だから。」

俺がそういうと、みつきは首をかしげた。
あまり余計なことを言ってしまうと、察しがつかれそうになってしまいかねないので、
ここで、写真を撮るように、みつきに勧めた。

みつきは、俺が指示した木の下に移動し、
手を組んで、満面の笑みを浮かべた。
俺は、首から下げていた、一眼レフのカメラをかまえ、何枚か写真を撮る。
みつきに促されるがまま、俺自身も写真に収められた。
みつきが使ったカメラは、いつか俺がみつきにあげた簡素な安いカメラだった。



昼には、芝生の広がる場所でビニールシートを敷いて、持ってきたお弁当を2人で食べた。
みつきの手作り料理のお弁当は、いつにもまして、とてもおいしかった。
ほめることは慣れていなかったが、俺なりに精一杯、みつきをほめ、頭をなでた。
そういえば、ひよりにも似たようなことをした気がする。

「ねぇ、お父さん・・・」
「ん? どうした?」
「・・・私、がんばるね。」

その時のみつきの顔は、ひよりによく似ていて。

俺は、一言、そうか、としか言わなかった。
みつきは、ひよりに似ていて、とても頭が切れる。
だから、余計な言葉をかけなくても、理解してくれている。

みつきが幸せだと思っているのなら・・・俺はそれだけでいい。

そう、思った。



続く