太陽と恋とグラサン少女




〜5〜


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気づいたら、もうどれほどの月日が経っていたのだろう。
日を追うごとに、私はまこととの距離を縮めていた。
1か月、2か月・・・途中で数えるのをやめた。そんなのは無意味と思った。
私は、まことといられることが、何より幸せだった。

そして・・・自然のままに、私は、まことの子どもを身籠ったのだ。

長いテーブルの向かい側に、険しい顔をしたお父様とお母様がいる。
そして、私の隣の席には、まことがいる。
ここは、私の家だ。



「話は、聞いている。 夕波まこと、と言ったな。」

低い父の声が、広い部屋に響く。
あまりにも重々しい空気。それもそうだ。結婚もしていない男女が、子どもを作れば・・・
しかもそれが、歴史ある名家の分家の娘と、どこの血筋かもはっきりしない男の・・・
時代が時代なら、大問題に発展することは間違いない。

「はい、そうです。」

厳しい顔をしたお父様と対抗するように、いつになくまじめそうな顔をするまこと。

「私の娘、ひよりと出会ったのはいつだ?」
「・・・5か月ほど前です。」
「そうか。5か月か。」

お母様は、一切口を挟まず、黙って会話の行方を見守っているようだ。

「・・・別に、月日をどうこう言うつもりはないが・・・ひよりが3か月の子どもを身籠っている。
 ということは、お前たちは出会ってすぐに・・・ということになるな?」
「・・・はい」
「ひよりは、これでも、烏丸家の血筋と資産を継ぐ、大切な娘だ。
 私としてはな、夕波君。そんな大切な1人娘を、簡単にやるわけにはいかないのだ。
 ひよりが烏丸家を離れることは、烏丸家の崩壊を示すのだよ。」

お父様は、やはり、そのことから話を切り出すようだ。
家の存続を第一に考えている。私のことは、その次・・・いや、それでもないかもしれない。

「・・・自分の考えとしては・・・自分が烏丸家に婿として入りたいと思っています」

まことの考えは、婿養子として烏丸家に入り、家を継ぐことで、私のお父様とお母様を説得しようというものだった。
ここに来る前に、まことがそう言ってくれたのだ。

「そういう問題では無いんだ。烏丸家というのは古くから歴史ある家系だ。それがたとえ、
 本家でなく、分家であっても・・・たった1つしか残らなかった血筋であっても、
 それを継ぐというのは、相当の者でなければならないのだ。」
「では・・・自分は烏丸家にふさわしくない・・・と?」

まことは、お父様の表情をうかがうように、尋ねた。
お父様は数秒、何も言わず、やがてゆっくりと話し始めた。

「・・・正直に言えば、夕波君。君のような人に、烏丸家の家系図に入ってもらうわけにはいかない。」
「っ・・・お父様っ!」

思わず、私は席から立ち上がり、そう叫ぶように言ってしまった。
しかし、向かい側にいるお母様が無言で手を出して、私を制す。

「夕波君はフリーのカメラマンだそうじゃないか。収入もろくになく、安定していない職業だ。
 そんな状況では、烏丸家の資産を食い潰されかねない。」
「そんなことは・・・」
「無い、と君は言い切れるのか? 烏丸家の資産は、ぜいたくに使うものでは無い。
 あくまで後世に残すためのものだ。」

その言葉に、まことは黙ってしまう。
お父様は続ける。

「といっても、もうすでに夕波君はひよりとの間に、子どもを作ってしまった。
 そこでだ、子どもの親権は夕波君が持っていくといい。
 その代わり、ひよりとは今後一切会わないでくれ。必要なら、ある程度の養育費も一括で出そう。」
「なっ・・・それは・・・」
「私からの話はそれだけだ。今すぐに返事をしろとはいわない。
 養育費が必要かどうか、それをじっくり考えてくれ。」

お父様は、その発言を最後に、席を立ち、さっさと部屋を去ってしまった。
お母様も、お父様のあとを追うように部屋を出て行った。

「なんで・・・」

私は、そうつぶやくしかなかった。
お父様も、お母様も、私を全く見ていない。見えていない。

私とまことは顔を見合わせることができず、後ろにいた結城に連れられるがまま、
私は部屋に戻され、まことは帰ってしまった。


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ひよりの両親にあいさつしに行ってから、3日が経った。
結局、ひよりの両親に、自分の意見は通らなかった。
それどころか、もうひよりと会わないでくれとまで言われてしまった。

「・・・ひより・・・」

ずっと2人で見ていたはずの、いつも夕焼けを見ていた海辺の砂浜は、
ふと1人になると、とても広い場所に感じる。
世界にたった一人取り残されてしまったような・・・。孤独感が漂う。

海のかなたは晴れているのに、真上の空はドス黒く染まりはじめ、徐々に雨が降ってきた。
やがてそれは本降りとなって、頭や背中を濡らし始める。
急いでカメラや道具をバッグにしまう。

ふと、急に雨粒を感じなくなった。
後ろを振り返ると、背伸びをして、大きく開いた傘を差しだす、ひよりの姿があった。

「・・・濡れるよ。使って。」
「あぁ・・・ありがとう。」

ひよりは、執事の結城に頼んで、この天気の中、わざわざやってきてくれたようだった。
俺がいつもここにいる保証なんてないのに。もう会えなくなるかもしれないのに。

「・・・もう会えなくなるかもしれないから、少しでも2人の時間を作ろうと思って来たのよ。」

その言葉に、ひよりがこの3日、どういう思いだったかを探る。
きっと、寂しかったに違いない。悔しかったに違いない。
ひよりが、両親のことをあまり好いていなかったことはよく聞いていた。
ただでさえ、病気を持っていて外に出ることもなかなかできないのに、理解者がいない。話し相手がいない。
それがどんなに辛いことか。
俺とここで話しているときのひよりの、時々見せる、虚無感を持った表情。
あきらめのような・・・。

だから、俺と話すようになったことが、どれだけうれしかっただろうか。
どれだけ救われただろうか。

ひよりにとって、それは1つの希望ではなかったか。
その希望さえ、奪おうとするのは・・・。あまりにもかわいそうだ。

「ねぇ、まこと・・・」
「ん・・・?」

ひよりは、いつもの麦わら帽子をかぶってないから、その表情がよく見える。
今にも泣きだしそうな・・・。

「・・・私はまことと、離れたくない。」
「それは、俺もだ。でも・・・」
「私と、逃げよう? ここを離れて、どこか遠くに行こう?」

突然のひよりの言葉に、俺は何も言えなくなる。
ひよりのそれは・・・駆け落ちするというのだろうか。

「大丈夫、2人でがんばろう? 」
「・・・落ち着こう、ひより。まだ大切なことが残っているじゃないか。
 ひよりの病気、「烏丸家の呪い」は、もしかしたらこの子に・・・」
「そんなのは関係ないっ!」

ついにひよりは涙を流して、叫ぶ。

関係ないはずはない。
これから生まれてくる俺たちの大切な子どもに、もし「烏丸家の呪い」がかかっているのだとしたら、
駆け落ちなんていうことを迂闊にするわけにもいかない。
ひより自身も既に「烏丸家の呪い」に、体を蝕まれていて危険だというのに・・・。
正直に言って、出産さえ、厳しいはずだ。

「関係あるんだ、ひより。俺の話を聞いてくれ。」

俺は、なだめるようになるべくやさしく言う。

「駆け落ちしようという考えが、俺にもなかったわけじゃないんだ・・・。
 ただ、ひよりの体のことと、赤ちゃんのことを考えると、やはりそれは危ないと思うんだ。
 烏丸家の専属の医者が、その病気に詳しいんだろう? ならば、烏丸家から離れるわけにもいかない。
 だったら、とりあえず、ほかの道を探そう。何か、もっと良い解決策があるはずだ。」
「じゃあ・・・何か、ほかの考えがあるの・・・?」

その言葉に、再び俺は黙ってしまう。
ほかの道を探そう・・・。そう自分に言い聞かせていたのだから、実際のところ、まだそれは見つかってない。

このままいけば、俺とひよりは会えなくなる。
駆け落ちをすれば、ひよりと赤ちゃんに危険が及ぶ。

どちらにしても、苦しむのはひよりだ。

「私は、どんなに考えても、そのアイディアしか出なかった。まことは?まことはどうなの・・・?」
「それは・・・」

それは・・・いったいなんだろう。

正しい答えは、なんだ?
今まで、俺はひよりと一緒にいれればそれでいいと思っていた。
だけど、改めてそういわれると、俺とひよりの関係は、いったいなんなのか。
そりゃもちろん、唯一無二の大切な人・・・だとは思っている。
でもそうじゃない。そういう問題ではないのだ。

じゃあ、なんだ・・・?

俺は、ひよりをどうすればいい?

「俺は・・・」

どうすればいい?

「・・・」

答えは・・・

「ねぇ。まこと・・・」

目の前にあるじゃないか。

「私を、私たちの子を、守って。」



「・・・あぁ」



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こうして、俺とひよりは、駆け落ちをした。
烏丸家の資産も後継ぎも興味がなかったひよりにとって、それは解放と同義であった。
今までひよりが時折見せていた、不安げな表情は消え、明るい笑顔が生まれた。
月日が経つほどに、その色は濃くなり・・・

そして、いよいよ、俺たちの子を、ひよりが出産するときになった。

「ひより、がんばって」
「・・・うん」

それは、ある年の春先であった・・・。



続く