太陽と恋とグラサン少女




〜4〜

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夕食の席。珍しく、お父様とお母様が家に帰ってきていた。
普段は、2人とも仕事で家を留守にしていることが多いのだが、今日はそうではなかった。

「・・・して、ひより。」

お父様は、持っていたフォークとナイフを下ろし、私を呼ぶ。

「この前話した、お見合いの件だが・・・」
「・・・何の話?」

ぶっきらぼうに言う私に、お父様は肩を落としてため息をつく。

「忘れたのか・・・。今度の日曜日。有名企業の社長子息である進藤・・・」
「あぁ、そういえばそんな話もしてたわね。」

お父様やお母様が、事あるごとに言ってくるお見合いの話は、いつも右から左に受け流していた。
その度に、お父様もお母様も私に負けて、引き下がってくれていたのだが・・・
今回はそうもいかなかったらしい。

「ひより・・・。私たちは、ひよりのためを思ってだな。このままでは、烏丸家の血筋は!」
「・・・家だの血筋だの、お父様はそればっかり。どこが私のためなんです?」

それにお父様は言い返せなくなる。
結局こうなのだ。ひよりのため、ひよりのためと言いながら、考えてるのは跡継ぎのことばかり。
上辺だけの言葉には、もう正直なところ飽き飽きしてる。

「ひより、烏丸家が無くなると言うのはね? あなたの生活にも関わってくるのよ?」

お父様が何も言えなくなってしまったのを見かねて、今度はお母様が話し始めた。
お父様を言いくるめることは簡単なのだが、お母様の場合はそうとも限らない。

「いつかお父様も私も、あなたを残して逝ってしまうわ。
 その時、跡継ぎがいなければ、あなたは烏丸家の資産も血も、後世に残せないのよ?
 それが、どういうことか、あなたにはわかるはずでしょう?」
「・・・それは・・・」
「あなたが言いたいことはわかるわ・・・烏丸家はもう無いも同然。
 本家が、烏丸祐一郎公爵の病死で断絶。今現存する唯一の分家は、祐一郎公爵の妹の・・・
 私と、そしてお父様の曾祖母に当たる、烏丸まひるの一族だけ・・・」

そうなのだ。私たち烏丸家の本家は、既に無い。
唯一の分家が、烏丸まひるからはじまる私たち一族だけ。
もし私たちの家系が途絶えれば、烏丸家は完全に消滅してしまう。

「・・・私は、家系が大事とは思わない。」
「それでも・・・それでも、ひよりには・・・」
「・・・それに、私に断らずにお見合いを用意するなんていうのも、嫌なの。」

自分の相手ぐらい、自分で決めたい。

「それは、あなたが最近会っているという、男がいるからね?」
「えっ」

急に、お母様の口からそんな言葉が出てきた。
何で、何で知っている?
私はとっさに後ろを振り返り、そこに黙って立っていた、執事の結城をにらみつけた。

「も・・・申し訳ございません。しかし、私にはご主人様にご報告する義務がありますので・・・」
「・・・お前の主人は私だと・・・いや、良い。」

私は再びお母様を見る。

「どこまで結城から聞いているか知らないが、少なくとも悪い男ではない。
 それこそ、お母様たちが紹介する方たちよりも。」
「・・・どこの馬の骨ともわからない男は、あなたにふさわしくないから、
 私たちがこうして、あなたに合っている方を紹介しているのよ?それをわかっているの?」

どこの馬の骨ともわからない・・・。
その言葉に、私は怒りを感じた。まことのことを悪く言うのは・・・許せない。

「・・・わからないわ。お父様もお母様も、まるで何を考えているのかわからない。
 何がわかるの? 私の何がわかるの!?
 体の弱い私を屋敷に閉じ込め、どこからか男を連れてきて、それを私と結婚させる。
 私のためと言いながら、私には何も利点が無いことばかり!」
「ひ・・・ひより・・・」

お父様が何か言おうとするが、それを私は許さない。
私は席から立ち上がる。

「もうたくさんよ。この「烏丸家の呪い」だって、お父様とお母様が従兄弟同士だから・・・
 私がその子どもだから・・・!」
「や、やめなさい、ひより・・・」

そこまでで、私の頭に突然激痛が走る。
来た。「烏丸家の呪い」だ。

「こ・・・このまえ、書物庫の本を読んでわかったわ・・・この「烏丸家の呪い」は、
 本家の最後の当主・・・烏丸祐一郎公爵を・・・死に至らしめ・・・た、ものだって・・・」
「ま・・まさか、ひより、そこまで知ってて・・・」

私の足がおぼつかなくなり、フラフラし始める。
しかし、ここで倒れるわけにはいかない。この2人には言っておかなければならない・・・。

吐き気がする、喉が痛い、頭が痛い、視界がぼやける、手が震える。
それでも・・・

「だから・・・私も・・・「烏丸家の呪い」で死ぬのよ・・・
 もし・・・この呪いが・・・私の子どもに遺伝したら・・・かわいそう・・・じゃ・・・」

倒れそうになったところで、後ろから誰かに支えられた。執事の結城だ。
結城の声が、かすかに聞こえる。

「お嬢様、いったんお部屋に戻りましょう。そこで落ちつい・・・」

そこで、私の意識は消えた。


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この海に通い始めて、もうどれくらいになるだろう。
2ヶ月・・・いや、それ以上か。
最初は、澄み渡る青空の下に移る、青い海を撮るだけのはずだったのだが。

「月日が経つのは・・・なんだか、早いな。」
「ん? それは、私とまことが出会ってからのこと?」

砂浜の横の石段に寝っころがっていた俺の隣から、そんなかわいらしい声が聞こえた。
ひよりだ。烏丸ひより。
名前の方は、出会った日に教えてもらっていたのだが、名字は、だいぶ後になってから聞いた。
正直、名字を最初に聞いたときはびっくりした。
学校の歴史の授業でも習う、有名な財閥の烏丸家の子孫に当たるというのだ。
そりゃ、お付の執事にリムジンもあるわけだ。

「まぁ・・・そうだなぁ。」
「・・・2ヶ月・・・か」
「体は、大丈夫なのか?」

気遣うように、俺は聞いてみる。
ひよりの体が、弱いことを聞いたのも、名字を教えてもらったときだった。
「烏丸家の呪い」・・・と言っていただろうか。病名がないのか、ひよりはそう呼んでいるらしい。

「うん、今のところは大丈夫。ここ数日は少し安定してきているから。」
「そうか。でも、あまり無理しないほうがいいぞ。」

その俺の言葉に、体育座りしていたひよりは少し顔を伏せる。

「・・・私が来なきゃ、まことは心配するでしょう?」
「俺の、せい、か?」

マズいことを言ってしまったか。
ひよりは、俺がここにいることを知っていて、俺のことを考えて、ここに来ているというのに・・・。

「・・・いや、私は好きでここに来ているだけ。
 この海も、この空も、この砂浜も。朝日も夕日も、もちろん、まことのことも。
 私は好きだから」

そう言って、ひよりは立ち上がる。

「昔から、この場所が、私は好きだった。嫌なことがあると、執事の結城にお願いして、いつもここに来ていた。
 シーズン真っ盛りでも、ここは人があまりいないから、一人になりたいときはとてもお世話になったわ。
 ・・・でも、今はそうじゃない。一人になりたいから、ここに来るんじゃなくて、まこととたくさん話がしたいから。
 だから、私はここに来ている。」

海の向こうへ沈み始めた太陽を、ひよりはぼんやりと見つめる。

「・・・だから、私にかかっている呪いのことは、まことは気にしなくていい。
 ただ、私の話相手になっていてほしい・・・それだけ」

ひよりは、そのまま前に2・3歩進み、こちらを向いてくる。
微笑を浮かべ、

「それじゃあ、ダメかな?」
「・・・」

上手く、俺は答えられるか・・・?
ひよりが、理解してくれる答えを、俺はできるか・・・?

「俺は・・・」

立ち上がって、ひよりに歩み寄り、

「・・・それが良いと思う」

小柄なひよりを、やさしく抱きしめた。
小さい体から、ほんのりとしたぬくもりを感じる。

「ありがと」

ひよりはつぶやいた。



どのくらい時間が経ったか。俺はわからなかったが、とりあえずひよりを解放する。
ひよりの表情は、麦わら帽子で隠れていてよく見えないが、かすかに、頬が赤く染まっているような気がする。
夕陽が、そうさせているのかもしれないが・・・。

「・・・そうだ。」

俺は、石段に置いていたバッグを取って、中からきれいに包装された、
小さなピンク色の箱を取り出して、ひよりに渡す。

「これ、ひよりにプレゼント。」
「あ、ありがとう。今、開けてもいい?」

俺は黙ってうなづく。
ひよりは、包装を丁寧にはがす。出てきた箱を開けると、そこには・・・

「・・・サングラス?」
「あぁ。この場所って、結構日差しがまぶしいことが多いから、あったほうが良いんじゃないかなって。」
「かけてみるね」

ひよりが、グラサンをかける。
サイズが合うかどうか、少し不安だったが、問題なく、すんなりはまったようだ。

「どう? 似合う・・・かな?」

それはもう、とんでもなく、似合っていた。
小柄な体に合うようなグラサンを、探し回った甲斐というものがあった。

「とっても、良いよ」
「・・・すてきな、プレゼント。ありがとう。」
「どういたしまして」



この時、俺は、ひよりと2人で生きていけたらどんなに幸せだろう・・・と、そう思っていた。



続く