太陽と恋とグラサン少女




〜2〜


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ひよりと出会った日から、俺は天気が良い日はいつも、あの海辺へ行った。
しかし、10日。20日。1ヶ月と経っても、再び会うことは無かった。

あの、ひよりと言う少女が何者だったのか・・・。それを知る手がかりは、わずかだがあった。
ひよりに付き従っていたと思われる、あの初老の男。あれは、おそらく執事だ。
執事といえば、お金持ちが雇っている、男のお手伝いさんのことだ。
要するに、ひよりはお金持ちのお嬢様であるという可能性が高い。

「・・・とは言っても・・・なぁ」

そうつぶやきながら、今まで撮ってきた写真を整理する。
上手く取れているもの、そうではないものに、大きく分ける。
ここから、上手く取れているものだけ、さらに細分化するのが、俺流だ。

「しかしまぁ・・・まるで人形みたいだったな・・・」

それにしても、ひよりは、それほどまでに綺麗だった。
病的とも言えるほどに。
まぁ、お金持ちのお嬢様ならば、箱入りであってもおかしくは無いと思うのだが・・・。
そして、綺麗だと思うと同時、かわいらしかった。
2つが内在しているひよりは、すごく魅力的に見えていた。

「って、いったいいくつ離れているんだよ・・・」

ひよりが、高校生だとすれば、軽く10歳は離れていることになる。
付き合おうとか思うなら、法律で認められていても犯罪レベルだ。
そんなこと、あるわけないだろうが。


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1ヵ月半ぶりぐらいに、この浜辺にやってきた。
思ったよりも、時間が空いてしまった。
もしかしたら、もうあの男は、ここには来ていないのかもしれない・・・。

と、烏丸ひよりは、思う。

あの時に出会った、あのカメラを持った男。
なかなかに良いカメラを使っていたということは、それなりに腕のあるカメラマンであるはずだ。
そのカメラマンが撮った写真を、ぜひ見てみたい。

必ずまた会えると言ってしまったが、それは叶いそうに・・・

「あっ」

思わず、そんな声をあげてしまった。

居たのだ。あの男が。
快晴の空と、穏やかな海に向かって、カメラを構え、何枚も写真を撮っている。
まさか、あの日からずっと・・・

そこで、あの男がこちらに気づいた。
男は驚いたような顔をし、こちらに駆け寄ってくる。

「・・・久しぶり・・・だな。本当にまた会えるなんてな。」
「必ず会えるって、そう言った気がする。」
「あぁ、そうだったな」

そう言いながら、男は持っていたカバンを漁り始めた。
私に差し出してきたのは・・・何枚かの写真。

「約束の写真。見たいって、言ってたな。」
「・・・今日まで、まさかずっとここに?」

黙ってうなづく男。私がここにまた来ると、予想していたのだろうか。
それとも、私の言葉を真に受けていたのだろうか。

男の手から、写真を受け取って、見てみる。

海の写真。山の写真。春の写真。夏の写真。秋の写真。冬の写真。
晴れた日の摩天楼の写真。雨の日の紫陽花の写真。

そこには、あらゆるものが写っていた。まるで統一感は無い。
しかし、私の小さな手にある写真たちには、この世のすべてのものが乗せられているように感じる。

「・・・すごい」

思わず、私はつぶやいた。
正直、最初にこの男を見たときは、一介の普通のカメラマンとしか思っていなかった。
カネを稼ぐためだけに、写真を撮っているのだと・・・。
でもそうじゃなかった。

あまりの統一感の無さ。これは、この男が率直に「撮りたい」と思ったものを写してきた結果だ。
それも、好き嫌いなく。

特定の事象だけを写すカメラマンなら、今までいろいろ見てきた。
お父様やお母様が毎日のように紹介してくる、お見合い相手は、どれもそうだった。
私にとって、その人たちは魅力的ではなかった。でも、この人は・・・

「どう・・・だろう? 出来が良いとは言えないし、ジャンルもまるでバラバラだけど。」
「いや。私は好きだ。驚いた。まさかこんなすごい写真を撮っているなんて・・・」

その私の言葉に、男はふぅっとため息をついて、微笑んだ。
何故か、その男の顔を見ると、頭がクラクラしてきて・・・

「ん? お・・・おい、ちょっと・・・おい!」

私は、突然意識を失った。


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写真を見ているひよりを、黙って俺は見ていた。
俺の一眼レフカメラを、簡単に使うひよりの腕前は・・・おそらくすごいものだ。
俺の写真を見て、いったいどう思っているのか、それがすごい気になる。

最初に写真を見せて欲しいとひよりが言ったあの時、俺は安請け合いをしてしまった、と後悔した。
人に見せられるような写真が、正直言って無いのだ。
少しでも良さそうな写真を集めた結果、ジャンルが見事にバラバラになってしまった。
さすがに、高校生ぐらいの娘に「ジャンルがバラバラ」なんて言われたら、ヘコむだろう。

「・・・すごい」

そんな、つぶやいたような言葉が突然聞こえた。
思わず、俺は耳を疑った。今、何を言った・・・?
いや落ち着け。社交辞令という言葉もある。
一番の懸念であることについて、少し振ってみることにした。

「どう・・・だろう? 出来が良いとは言えないし、ジャンルもまるでバラバラだけど。」

さて、どう返してくるか・・・。

「いや。私は好きだ。驚いた。まさかこんなすごい写真を撮っているなんて・・・」

ひよりは、本当に驚いたような顔で、俺を見てそう言った。
心の底から、俺の写真をほめてくれているみたいで、俺はため息をついて思わず微笑んだ。

と、そのとき。
突然、目の前のひよりが、左右に体をフラフラし始めた。
明らかに様子がおかしい。

「ん? お・・・おい、ちょっと・・・おい!」

体勢を崩し、ひよりは倒れそうになる。手を伸ばして、なんとか抱きとめて倒れるのを防ぐ。
ひよりが被っていた麦わら帽子が落ちる。

ひよりは、汗だくになっていた。
呼吸が荒く乱れている。熱射病か・・・?

「ともかく、安全なところか・・・救急車を」

そう独り言を言うと、後ろに、誰か人の気配を感じだ。
ひよりを支えながら振り返ると、そこには、ひよりと最初に会ったときに、
ひよりに付いていた、黒服の初老の執事がいた。

「これはいけません。お嬢様を安全なところに、お運びしましょう。
 幸い、車がありますので、こちらの方へ・・・」

執事は、そう言うと、海岸沿いの道路の方へ歩き出した。
俺は、ひよりを背負い、執事の後を追う。

・・・しかし、この執事。妙に落ち着きすぎているような気がする。何故だ?

少し先を歩く執事に、俺は疑問を感じた。
普通なら、主の突然の病気に、戸惑いの色を見せてもおかしくはないのでは・・・。

執事に付いて行くと、道路脇に1台の黒いリムジンが止まっていた。
リムジンのドアを開け、執事は立って待っていた。

「お嬢様をこちらに。」

言われるがまま、リムジンの中にひよりを入れて、広い座席・・・
きっとそこら辺のソファより大きい・・・に、静かに横たわらせた。

「・・・いったい、どうするんだ? これは・・・ただの風邪とかじゃ・・・」

リムジンから出た俺は、執事に尋ねる。
しかし、執事はまったく表情を崩さず、

「お嬢様は、お体が弱いため、時々こうなるのです。どうぞご安心ください。いつものことなのです。」
「いや・・・だけど・・・これは普通じゃ・・・」
「申し訳ございませんが、お嬢様のことを思っていただけるのなら、そろそろ行かなければなりません。
 今日はこれにて失礼させていただきます。」

執事は、胸に手を当て、頭を垂れる。
それに俺は、何も言い返すことができなかった。

結局俺は、そのまま、ひよりを乗せたリムジンを見送ることしかできなかった。



続く