幽霊公爵とグラサン少女




〜6〜


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「やぁ、おかえり、みつきちゃん」
「ただいま。公爵。」

お父さんを亡くしてから、3年。
公爵から烏丸家の資産を少し使っていいよ、ということを言われ、
入りたかった私立高校に入学してから、あっという間に月日は過ぎていた。
もう、大学入学のシーズン。本当に、月日が流れるのが早い。

「先生との面談、どうだった?」

公爵は、やや心配そうに聞いてきた。
私の今後の進路について、今日は三者面談があったのだ。
と言っても、私の場合、保護者がいないから1体なのだが。

「うん。まぁ、先生は良いんじゃないかなって。費用面でちょっと心配してたけど、そこは説得した。」

私は、先生に前々から、大学受験をしたいと申し出ていた。
より多くの知識を身につけたいと思っていた私は、高校3年間で必死に勉強してきたが、やはりそれだけでは限界があった。
公爵との勉強も、私が高校2年生になった辺りから、公爵が一部の科目で追いつけなくなり始めていたが、
なんとか私の力になろうと、すごく協力してくれた。
でも、それだけでも足りない。

だから、私は大学に行きたかった。
幸いなことに、公爵は、私の高校進学時と同様に、また烏丸家の資産を使っていいと言ってくれた。

「よかったね。みつきちゃん」

まるで、自分のことのように喜んでくれる公爵。

「あとは、どうやって試験を受けるかだけど・・・先生は推薦が良いよって言ってたから、そうすると思う。」
「確か、推薦っていうのは、面接とか論文とか書く試験だよね? みつきちゃんなら、やれるね。」
「たぶんねぇ。」

自信は、ある。
ただ、問題なのは、実は大学入学ではなかったりする。
その、先なのだ。

「ただ・・・」
「・・・将来のことかい?」
「うん。」

大学卒業後、私は、カメラマンになりたいと思っている。
それは、父親のやっていた仕事を、私もやりたいからだ。
理由はそれだけではないのが・・・。

「私が手伝えることなら、なんでも言って。できる限り、助けてあげるから。」
「・・・ありがとう。荷物、置きに行ってくるね」

そう言って、私は自分の部屋へ行く。

バッグを置き、古びた木質の机の上にある、1枚の紙を手にとって見る。
そこには、今はもういない、お父さんの文字で文章が書かれていた。

「『みつきが最高だと思う写真を撮って欲しい』・・・か。」

遺書だった。
お父さんが、私に遺した、遺書。

いろいろなことが書いてあるのだが、その中でもこの1文は、お父さんが、
そして、お母さんが私に託した夢だった。
この夢を叶えるため、私はカメラマンになることを決意した。

「・・・できるかな。」

私が良いと思う写真はいったいなんなのだろう、と考える。
今まで、私が撮ってきた写真は、好奇心に駆られてきたものだが、そう思えた写真は無かった。

机の引き出しから、四角い缶箱を取り出す。
元々はお煎餅が入っていたものだが、今は写真入れになっている。
蓋を開けると、中には数百枚もの写真がきれいに整頓されて入っていた。

ある写真は、カラフルな花々が写っていて。
またある写真は、都会のジャングルが。夕焼け空の海が。烏丸家の屋敷が。
古いものから最近のものまで、時期別、ジャンル別に分けられている。
しかし写真のどれにも、統一性は無い。言うなれば、雑多という感じか。

「まぁ、やるしかないか。」

と、そこに。


バタンッ!


扉が閉まる音がした。玄関の扉だと、感覚でわかる。
誰か、入ってきたのだろうか。
何故か、公爵が外に出るのを見たことはない。よって、公爵が玄関のドアを開閉することはない。
ということは・・・

「さてさて、いったいどなたかしら。」

私は、持っていた写真を缶箱に元通りしまうと、玄関へと向かった。


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今回のターゲットは、なかなかにやっかいだ。
少なくとも、今までの仕事とはレベルが違う。気を引き締めていかなければいけない。

と、右京こまちは思う。

長身で細身の体に、漆黒の長髪。
着ているものは、今の時代には珍しい、紺を基調とした和服。
年齢は20代前後だろうか。
純和風の顔つきで、大和撫子だと、誰も疑わないような美貌をもっている・・・が。
違和感を放つのは、腰に下げた、1本の刀。
鞘に収まっているものではなく、なぜか白い包帯のようなもので刃がぐるぐると巻かれている。

「確認を・・・」

和服の間から覗く、豊満な胸元から、1枚の紙を取り出す。
そこには、こんなことが書かれていた。


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依頼通知書

右京こまち 様

日ごろ、国家の元での働きに感謝の言葉を送る。
今回、依頼する内容は、その働きを見込んで、通知する。

古来より、日本貴族として国家に従ってきた、烏丸家の本屋敷は、
現在は幽霊の巣となっており、特に「烏丸祐一郎公爵」と思われる霊が、住み着いている。

「烏丸祐一郎公爵」は、現在国家の物となっている土地および屋敷を、
いまだ支配し、手放そうとしない。

そして、この「烏丸祐一郎公爵」霊は、非常に強力な霊力を持っていることが、
先に潜入を試みた者によって証明されている。

よって、貴殿に、今回は以下の依頼を行ってもらう。

1.「烏丸祐一郎公爵」霊の強制昇天
2.烏丸家屋敷の現状調査

なお、この依頼の成功報酬は、元を1億円とするが、
度合いによって増減することをあらかじめ了承していただく。
また、依頼失敗によって発生した、いかなる障害も、国家は補償しないとする。


国家国防省 国家情報調査部 国家保安課   進藤竜一 

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国家の表舞台には決して立たない、国家国防省からの依頼。
それを、今まで何度もこなしてきた。
数々の悪霊を退治し、その度に、膨大な報酬を得てきたが・・・

「1億・・・」

その額は、今までの比ではなかった。
それほどまでに、国家は「烏丸祐一郎公爵」をどうにか昇天させたいのだろうか。
いったい、国家の目的は何なのだろうか、と最初は思った。
しかし、烏丸家というものを調べていくうち、その疑問は解けた。

烏丸家は、当時膨大な資産を持っていた貴族だった。
しかし、正統後継者に恵まれないまま、当主だった「烏丸祐一郎」が謎の病気にかかり、若くして死亡。
資産は誰にも継承されないまま、今も本屋敷の地下に眠っている。
それゆえに、屋敷には絶えず侵入者が入ったが、その度に幽霊となった「烏丸祐一郎」が追い返した・・・。

一般人の侵入者では太刀打ちできないから、国家の力でどうにかする。
そして、烏丸家の資産は、そのまま国家の物となる。そういう筋書きだということだった。

おそらく、国家が1億という数字を提示するぐらいだ。
よほどの額が、眠っているのだろう。

「・・・さて、行こうか」

依頼通知書を胸元にしまって、目の前の扉に手をかける。
ギィィィと音を立てて、開く扉。鍵はかかっていない。
中は、広々とした玄関だった。螺旋階段があり、置いてある調度品もそれなりの高貴さを感じさせる。
こまめに掃除でもしているのだろうか、そこまで汚くないところを見ると、やはり誰かがいるのだろう。
バタンッと扉を閉める。

「こんにちは、綺麗なお姉さん。」

そう、声がかけられる。
いつの間にか、目の前に燕尾服を着た長身の若い男が立っていた。
気配は感じなかった。ということは、こいつが・・・

「烏丸祐一郎公爵、というのはお前か。」
「えぇ、そうですけど。どちら様ですか?」

烏丸祐一郎は、微笑を浮かべながら言う。
目標は確認した。見た感じ、そこまで強力な霊力を持った霊には思えない。

「・・・国の命により、お前を冥界へと・・・送る者だ!」

同時に、腰に下げていた刀を構え、刺突の体勢で烏丸祐一郎に突撃する。
それに対し、

「・・・そうですか、それは・・・困りますね!」

どこから取り出したのか、ややカールしている洋風の剣を突然構える烏丸祐一郎。
瞬間、烏丸祐一郎の体から、それまで感じていなかった強力な霊力が放たれる。

交わる、刀と剣。
この、妖刀『影桜』の退魔の力を以ってしても、ほぼ、互角。
それどころか、徐々に力負けをはじめる。

「・・・ちぃ」

思った以上にやっかいな相手だ。一旦下がって、体勢を立て直すのが賢明か。
そう思ったのは、烏丸祐一郎も同じらしい。私の『影桜』をはじいたかと思うと、大きく後ろに跳躍した。

「なかなかやりますね。こんな強力な力・・・しかも女性の・・・。
 今までに、何人か、女性の方とも剣を交えましたが。
 ここまでの能力を持った方は、あなたがはじめてですよ。」

苦笑いを浮かべながら、そう言う烏丸祐一郎。

「それ、普通の刀では無いですね。おそらくは、退魔の力を持った・・・。
 しかも相当の業物だ。そして刀に巻きつかれているその包帯・・・。
 まだ、本気を出していないというのはわかりますが、怖いですね。」
「ならば、今すぐにでもその恐怖を取り除いてやろう。」

烏丸祐一郎は、それに首を振る。
先ほどから、軽い表情を浮かべ続けているこの男。
こちらを油断させるためなのか、それとも、まだあちらも本気を出していないのか。

「千の霊、万の悪を斬ったとされる、大業物、妖刀『影桜』だ。
 そこらの低俗な霊程度なら、抵抗無く斬れるはずだが・・・。
 お前は、そうではないみたいだな。少々、甘く見すぎていた。
 だがここからは」

と、そこで、視界に何かが写る。

「ん・・・?」

螺旋階段を上がったところの、2階の手すりに、1人の少女を見つけた。
おかしい、この屋敷に住む霊は、調べた情報では1人だけだったはず・・・。
ということは。

「公爵、そこに居るのはどちら様?」

少女が、烏丸祐一郎に声をかける。
烏丸祐一郎は、それに気づき、2階を見上げる。

「あぁ、みつきちゃん。大丈夫。ちょっと私に用がある人らしくて。
 あとで部屋に行くから、待ってて。」
「ふぅん、わかった。」

ということは、この少女は、まさか・・・。

「それじゃ、部屋戻ってるね。」

みつき、と呼ばれた少女はそう言って、2階の奥の廊下へ向かおうとした。
もちろん、それを私が許すはずは無い。

2階の手すりに向かって、『影桜』を構える。
刀に力を込めると、刃に巻きついていた包帯が一気にほどけ、螺旋状に手すりに飛んでいく。
包帯は手すりにからみつき、収縮をはじめる。

「なっ!」

それに驚きの声を上げた烏丸祐一郎をよそに、私は収縮の勢いを使って、2階に上がる。
みつきという少女に駆け寄る。

「しっかりしろ!大丈夫か!」

一刻も早く、この”人間”の少女を保護しなければならない。
しなければ・・・!

「ちょ、ちょっと何なの!? は、離しなさいよ!」

みつきの腕をつかむ。抵抗しようとするが、ここで離すわけにはいかない。

「お前、みつきちゃんに何をするんだ!」

後ろで烏丸祐一郎が、剣を構えて、今にも襲い掛かりそうな勢いの形相をしていた。
さっきまでの、軽い表情ではない。かなりの気迫、霊力を放っている。

「その手を離せ・・・離せぇぇえええええええ!」

ものすごい勢いで突撃してくる烏丸祐一郎。
『影桜』で応戦するが、片手はみつきの腕をつかんでいるため、攻撃を受けるので精一杯になる。
それに加え、1撃1撃の威力が、先ほどより増している。
いくら『影桜』が、包帯がほどけたことで本来の力を発揮するとは言っても、この状況では・・・

「くっ、これはマズいか・・・」

やむを得ず、みつきの腕を離す。
すると、すぐにみつきは数メートルの距離を置くように移動する。
それと同時、烏丸祐一郎の攻撃が止まる。

「はぁ・・・はぁ・・・」

息が上がる。
が、これは烏丸祐一郎も同じだった。

「・・・みつきちゃんに、次・・・手を出したら・・・許さない・・・」

肩で息をしている烏丸祐一郎だが、相変わらず体中から霊力を放っている。
体力の消耗もあいまって、霊力に押しつぶされそうな感覚に襲われる。

「はは・・・人間の娘をどうするつもりだ、烏丸祐一郎公爵・・・
 嫁にでもするのか・・・? それとも、使役か・・・?」
「ふざけるな、みつきちゃんは・・・家族だ。私の大切な家族だ・・・」

その言葉に、私は不快感を覚える。
後ろを振り向くと、みつきは壁を背にして、烏丸祐一郎を見つめ、立ち尽くしていた。

「みつきちゃん、安心して。 すぐ、終わらせるから。」

そう、烏丸祐一郎は言う。
そして、再び烏丸祐一郎を見た私は、驚愕した。

「な・・・」

それは、今まで見たことも無いような、巨大な悪魔。
いや、死神か。鬼か。
烏丸祐一郎は、その姿を変えていた。

全身を黒い鋼のような皮膚で覆い、右手には先ほどまで烏丸祐一郎が持っていた、洋風の剣。
鬼のような恐ろしい顔だち、鋭い目つきに、尖った耳と二本角。そしてギラリと光る牙。
背丈は、2mか、いやそれ以上ある。

「低俗な悪魔に利用されたか・・・烏丸祐一郎」
「ミツキ、ミツキ、ワタシノダイジナ、ミツキ、ミツキ」

低い唸り声を上げる悪魔。
私の背後に居るみつきは、怯えたようにその場を動かない様子が見て取れる。

「ミツキ、オイデ、フタリダケデ、コノヤシキデ、クラソウ」

大きな左手を、手招きするように動かす。
その度に、左手の当たった壁が音を立てて崩れる。

私は、再び、『影桜』を構える。
この悪魔に、みつきを渡すわけにはいかない。
私と、同じ道を歩ませては・・・いけない!

右足で踏み込み、一直線に悪魔に向かって跳ぶ。

近づくほどに、今までの中でも最大級の霊力・・・いや、邪気を感じる。
危ない、ここを一刻も早く離れろと、私の経験が告げている。
とても太刀打ちできる相手ではないと、告げている。
しかし、止まらない。ここで止まるわけにはいかない。

上段の構えで、悪魔を斬りつけようとする。
だが、悪魔は右手に持った剣で、攻撃を受け止めた。

「ジャマスルナ、ジャマスルナ、ジャマスルナ」

『影桜』が1ミリも先へ動かない。
次の瞬間、ブワンという大きな音を立てて、私は弾き飛ばされた。
なんとか受身を取って倒れるのを防ぐ。

「ま・・・まるで刃がたたない・・・」

そう、言おうとしたとき。

「公爵! もうやめて!」

みつきが、そう叫んだ。
震えているような、それでもしっかりとした声で。

「公爵、目を覚まして!」

その、みつきの言葉に、悪魔の動きが止まる。
まるで、突然冷凍されたように。

「・・・みつ・・・みつき・・・みつきちゃん・・・」
「公爵!」
「す・・・まない・・・体を・・・乗っ取られ・・・」

先ほどの唸り声とは違う、烏丸祐一郎の声が、悪魔から聞こえる。

「私を・・・昇天させてくれ・・・」
「公爵、何を言ってるの!」
「もう、ダメ・・・だ。この姿になってしまった・・・以上・・・元には・・・
 今が・・・チャンスだ。こいつの意識を少しの間・・・だけ、抑えているうちに・・・」

その言葉に、私はみつきの方を見る。
みつきは、涙を流していた。

「公爵が居なくなったら、私はどうすればいいのよっ!
 お父さんも、お母さんも、居ない私を・・・助けてくれたのは公爵なんだよ!
 ねぇ、公爵を助けて!」

私に、そう訴えてくるみつき。
まるでその姿は・・・

「みつき・・・ちゃん。ごめんね・・・。私は・・・もう」
「そんなの嫌! 公爵といるって決めたのに!」
「さぁ・・・頼む・・・私を・・・」

再度、『影桜』を構える。が、今度はそれだけではない。
ほどけて落ちていた、『影桜』のリミッターである包帯に、念じる。
すると、包帯が勢いよく悪魔へ飛んでいき、悪魔の腕や足をグルグル巻きにする。

「公爵を助けて欲しいか?」

私は、背後のみつきに尋ねる。
「うん」という返事を聞いた私は、悪魔へ突撃する。

「グガァァアァアアアアアアアアアアアアア」

再び、悪魔が目を覚ました。
絡みついた包帯を取ろうとするが、まるで生き物のように伸び縮みする包帯に手間取る。

「黄泉よ、冥界よ、新たなる死者を送る・・・」

つぶやくように、私は唱え始める。
すると、悪魔に絡みついていた包帯が紫色に輝き始める。
叫び声をあげる悪魔。

『影桜』を、刺突体勢で構え、悪魔の体を、貫く。
一番の怒号を上げ、悪魔は動かなくなった。
ゆっくりと、『影桜』を悪魔から引き抜く。

「・・・あり・・・がとう・・・ございま・・・す。」

悪魔から、烏丸祐一郎の声がする。

「やはり・・・私はみつきちゃんを・・・」
「人間と、霊は、相容れない。それを知っていて、なぜお前は。」
「なぜ・・・でしょうか・・・みつきちゃんが・・・私の妹によく似ていたから・・・かもしれません・・・」

後ろから、おそるおそる、みつきが近づいてきた。

「みつき・・・・ちゃん・・・」
「公爵、いっちゃう・・・のか?」
「あぁ・・・すまないね・・・できれば、君の成長を・・・見届けたかった・・・」
「・・・」

涙を流すみつきを横目に、私は烏丸祐一郎に聞いた。

「最後に、聞いておきたいことがある。」
「なん・・・でしょう?」
「お前はなぜ、この現世に留まって、霊として存在し続けた?」
「それが、最後の質問ですか・・・烏丸家の資産の在り処ではなく・・・ははは・・・
 しかし残念ですが・・・それに答えることは・・・できません」
「なぜだ?」
「私もわからないからです・・・。おかしな・・・話かもしれませんが・・・
 どうしてこの屋敷に、地縛霊として居続けたのか・・・資産を守るのが・・・目的ではなく・・・
 なにか・・・別の・・・」

そこで、悪魔の体が透き通り始めた。昇天がはじまったのだ。

「時間が・・・もう無さそうですね・・・みつきちゃん・・・今まで・・・ありがとう。
 楽しかったよ、君と・・・過ごした時間。」
「そんなこと、言わないでよ公爵!」
「良いかい・・・みつきちゃん。あとで、リビングの暖炉の奥を調べるんだ・・・。
 絶対だよ・・・。わかったね?」
「やだ・・・やだよ、公爵・・・」
「じゃあ・・・もう逝くよ・・・そうだ、まだ名前を聞いてなかったね、剣士さん・・・」
「右京こまちだ。」
「そうか・・・こまちさん・・・ありがとう。
 それじゃあね・・・みつき・・・ちゃ・・・」

悪魔の体は完全に消えさった。
同時に、みつきが、大粒の涙を流し、泣き崩れた。

「・・・」

私は、何も言わず、この屋敷を去った。
任務は・・・終わったのだ。


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あれから、数日が経っただろうか。
あの後、私は、公爵の言われたとおり、リビングにあった古びた茶色い暖炉の奥を、念入りに調べた。
すると、煙突へと向かう通気口に、1枚の紙が貼ってあるのを見つけたのだ。
そこには、烏丸家の資産を自由に使っていいということ、大学へは必ず進学すること、
そして、目標に向かってがんばって欲しいということなどが、書かれていた。

その紙を見返すと、公爵は、もしかしたら昇天してしまうことを予期していたんじゃないかと思ってしまう。

紙から、目線を正面に移す。すると、烏丸家の屋敷の門があった。
内部の館は、今は国から雇用された土木工事業者の人たちによって解体されており、原型を留めていない。

「・・・公爵」

私は、首に下げていたカメラを構える。
このカメラは、お父さんの遺産の数少ない1つだ。
今はもう無い、烏丸家の館を、写真に収める。

パシャ、パシャ、パシャ・・・

何枚か取り終えて、私はたくさんの荷物を持って、旅行バッグを引きずって、歩き出す。
その中には、烏丸家の資産もいくらか入っている。
全部持ち出すことはとてもできなかった。それほどまでに、膨大な資産を、烏丸家は保有していたのだ。
残った資産は、館を解体する前に、すべて国の人間が持っていってしまった。
これを知ったら、公爵はどう思うだろう・・・。

「・・・さて、どうしようか・・・」

今後のことを考える。

「とりあえず・・・新しい家を探さなきゃ・・・んでもって大学に・・・」

ポケットから、グラサンを取り出す。
幼女とは言わないが、少女体型の私にとって、グラサンは不釣合いなのだが、それでもかけたかった。
泣いてはいられないから・・・、泣くときは、涙を見せたくないから・・・。

「お父さん、お母さん、公爵。 私、がんばるから。」

さぁ、行こう。
時間は、待ってはくれないから。




続く・・・?



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この小説は、「Formula」さんが執筆されている「Another World」の中に登場する、
「グラサン少女シリーズ」という架空のライトノベルを小説化したものです。
今回は、その第2作目となります。

第1作目「星の王子とグラサン少女」よりも、時系列は前の話になります。
みつきちゃんが、子どもの頃から、大学生になるまでの出来事を、
主にみつきちゃんの視点から描いてみました。
いかがだったでしょうか。

もう、今回は文量が多くて、前作の2倍以上です。
25000字。大学で書くレポートより多いです。
執筆時間は2倍以上かかりました。ヤバいです。

まだ、前作の複線は回収し切れていません。
それどころか、新たな複線が出てきてます。ということは・・・?

そうです。3作目があるんです。

3作目のタイトルは「太陽と恋とグラサン少女」に決めています。
詳しくは完成してからのお楽しみです。
それでは。

進藤リヴァイア