幽霊公爵とグラサン少女




〜5〜


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「うそ・・・うそでしょ・・・」

小さな幸せは、音を立てて崩れた。
受話器の向こうから聞こえるのは、信じられない言葉。
いや、信じたくない・・・言葉。

『あなたのお父さんは、交通事故で病院に運ばれて・・・』

私は、急いで、お父さんが運ばれたという病院に向かった。



私が到着したとき、お父さんは既に瀕死の状態だった。
いつ、息を引き取ってもおかしくない状態。
急いで、緊急の手術がはじまった。

それから、10時間。私は待ち続け・・・。
手術室の、手術中ランプが消え、執刀医が出てきて、言う。

「手術は・・・」


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「・・・みつきちゃん」
「・・・」

気がついたら、私は、烏丸家の屋敷に来ていた。
目の前には、公爵がいる。

「私は・・・私は・・・」

私は、泣いていた。顔をぐちゃぐちゃにして。
泣くもんか、泣くもんか。涙が流れるのを抑えようとするが、しかし、次から次へ涙は溢れ。

私の姿を見て、公爵は黙って、私を抱きしめた。
触れられる幽霊だから、感触はあるけど、体温は感じない・・・。
でも、なんだか、ぬくもりのある温かさを感じて。

「大丈夫・・・大丈夫だよ、みつきちゃん。思いっきり泣くんだ。
 大丈夫、大丈夫・・・。」

私が泣き止むまで、延々と公爵は、言い続けてくれた。



「あ・・・ありが・・・ありがとう、公爵・・・だいじょ・・・大丈夫・・・」

泣きすぎて、声が上手く出ないけど、なんとかそう言った。
公爵は、ゆっくり私から離れ、顔を覗き込んだ。

「みつきちゃん・・・その・・・上手くいえないけど、私がついているから、ね?」
「う・・・・ん」

すると、なんだか突然力が抜け、立っていられなくなり、私は倒れて意識を失った。


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「・・・みつきちゃん・・・」

一時的に、みつきちゃんの意識を奪って、ベッドで眠らせたのは良いが・・・。
どうしたものか、と思う。

屋敷に来るなり、みつきちゃんは涙を流しながら、少しずつ言っていた。
お父さんが、交通事故で、死んだ、と。

みつきちゃんの話では、お母さんの蒸発によって、お父さんと2人暮らしをしていたらしい。
お父さんを失うことは、特に、成長期のみつきちゃんにとって、致命的な精神ダメージだ。

「どうにか・・・できないか・・・」

自分にできることを考える。
死者の世界に、みつきちゃんのお父さんを蘇らせてもらうことは、できない。
いまだ、現世に留まってしまっている自分は、未練の鎖を解かなければ、死者の世界に行けない。

「まぁ・・・未練の鎖がなんなのか・・・私自身もわからないんですけどねぇ・・・」

と、いうことを考えると、やはり、自分が父親代わりに・・・
しかし、みつきちゃんの精神的な支えになったとしても、すべてを受け継ぐことはできない。
それが本当の親との差というものだ。

それに、実際の生活面ではどうなる・・・?
みつきちゃんは、孤児ということになるのだから、どこかの孤児院に入るのか。
保証人もいないから、一人暮らしはできないだろう。

「でも、やはり、その方法しかないか・・・」

あとは、みつきちゃん次第だ。


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目が覚めると、私はベッドの上に寝ていたことがわかる。いつの間にだろう。
部屋を見回すと、ここが烏丸家の屋敷の一部屋だとわかる。

公爵が、ベッドの横に椅子を置いて座って、本を読んでいた。
『Another World』と、本の表紙には書いてある。洋書だろうか。
本を、近くの机の上に置いて、私を見てくる。

「目が覚めたかい?」
「あ・・・うん。」
「・・・だいぶ、疲れていたんだね。突然寝ちゃうんだもん。」

そういえば、どうして私は寝ていたのだろう。思い出せない。

「みつきちゃん・・・大事な話があるんだけど。いいかな」
「・・・うん」

何か、公爵は思いつめたような顔で言ってくる。
公爵の表情が、よく変わるのは知っていたが、こんな顔を見せたのははじめてだ。

「みつきちゃんは、これからどうする?」
「私は・・・」

これから先のことを、考える気にはなれなかった。
大事な、大事なお父さんを亡くしてしまった。私の唯一の家族が。
もう、私には、なにも・・・

「良ければ。もし、みつきちゃんが良ければ、この烏丸の屋敷で。私と一緒に暮らさないか。」
「えっ」

その言葉は、予想外だった。
公爵が、そういうことを言うはずがない・・・そう思っていたから。
今まで何年も、一緒の時間を過ごしてきた公爵は、なぜか今までそれを言ってこなかったから。

私は、片親で、しかもあまり家に帰ってこないというのは、公爵は知っていたはずだった。
だから、私のことを思って、その案を出してくる。最初はそう思っていた。
しかし公爵は、私がお父さんを大事にしていることを思って、今まで言ってこなかった・・・。

このタイミングだから・・・?
いや、それでも公爵はそんなこと言わないはずだった。
公爵は、頭が良くて、知っているはずだった。
もし公爵が、私の家族として名乗りをあげても、人間と幽霊。その隔たりは大きい。
相容れてはいけないことぐらい、公爵は・・・

「みつきちゃん・・・君は、きっと私がこう言うことを予想してなかったと思う。
 私も、こんなことを言うつもりはなかった。私は幽霊で、君は人間だ。
 家族となっても、君は年を取り・・・私は年を取らない。
 私と家族になるということは、みつきちゃんの人生を大きく狂わせてしまうかもしれない・・・。
 それでも! ・・・みつきちゃんを、一人にしたくない。」

一人にしたくない、そう言った。
今まで、一人だった公爵が、一人にしたくないと。
私は知っていた。公爵が、私が居ないときは一人ぼっちだったことを。
幽霊の友人がたまに遊びに来る、と言っていたが、そんな様子は無かった。

公爵は、一人ぼっちだったのだ。
それを知っていて、私は毎日のようにここに来ていた。
公爵の、コロコロ変わる表情が見たくて。私といるときの公爵は、とても楽しそうで。

じゃあ・・・私は・・・。

「私も、公爵を一人にしたくない。」

そう言った時の、公爵の顔は、驚きに満ちていた。

「どっち道、私には他に行く場所が無いのよねぇ。」

ちょっといたづらっぽく、笑みを浮かべて言ってみる。
こんな状況で、どうしてこんな笑みがこぼれるのか、私にはわからないけど。

「・・・」

公爵は、今まで私に見せてきた中でも、一番の笑みを浮かべた。
まるで、子どものような、純粋な笑みで。

「・・・そういうわけで、烏丸公爵、よろしくお願いします。」
「・・・よろしく、みつきちゃん。」


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お父さんと2人で住んでいたアパートの部屋を返すことになり、私は部屋の後片付けをしていた。
そのとき、お父さんが、何故か事前に遺していたと思われる遺書が見つかり、私は、その遺書を読んだ。
その遺書には、信じられないこと、衝撃的なことばかりが書かれていた。

遺書を読み終わり、閉じる。

「はぁ・・・なんか、知らない方がよかったことばかり・・・のような気もするけど、
 どれも大切なことだから・・・良いか。」

今まで持っていた疑問が、一挙に解決した。
やらなければいけないことが、増えてしまって、私はため息をつく。

「とりあえず・・・必要なものだけ、屋敷に持っていこう。」



続く