幽霊公爵とグラサン少女




〜4〜


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あれから、何年か経って・・・。
私は、中学3年生になった。

受験シーズンは、まだもう少し先だが、その前に私には悩みがあった。
進学したい高校が、私立で、どうしてもお金がかかってしまうのだ。

お父さんに最初相談したとき、「みつきは何の心配もしなくていいぞ」と言ってくれた。
それはとてもうれしかったが・・・どうにかなるような感じではなかった。

「でも・・・」
「大丈夫だ。 まったく。みつきは本当にお母さんに似たな。
 心配性のところは、そっくりだ。」

お父さんは、どこか遠くを見るような目で、そう言った。
お母さんの話をするときは、いつもそうだ。

私のお母さんは、お父さんの話によると、私が生まれて少し経ったぐらいに突如、蒸発してしまったらしい。
どこへ行ったのかもわからず、警察に届け出も出したが見つからなかったというのだ。

「すまんな・・・本当に辛い思いをさせてしまって・・・」
「ううん。良いの。私にはお父さんがいるから。」
「・・・そうか」

本心から、そう思っている。
お母さんの顔は、写真でしか見たことないから、いまいち実感がないし、
それを考えると、お母さんが居ないことに、あまり辛さは感じない。
写真のお母さんは、私に良く似ていて、小柄な少女という感じだった。
おそらく、10代前半だと言われても、何の疑いも無く信じるだろう。

「お金のことは心配するな。何とかするから。」

必死に、私を元気付けようとしてるお父さんの姿を見る。
そばに居てくれさえすれば、それで良いとおもうのだが、そうもいかないのだろうか・・・。

行き場の無い悲しさをかみ締めた。


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「みつきちゃん、今日はどうしたの? 元気ないね。」

私を迎えてくれた公爵は、心配そうに話しかけてきた。

「うん・・・。ちょっといろいろあってね。」
「私が相談に乗っても大丈夫かい?」
「・・・うん。」

事情を説明する私。公爵は、何度かうなづきながら黙って聞いてくれた。
一通り話し終わると、公爵は言う。

「そうか・・・。やっぱりお父さんと一緒の時間を過ごしたいよね。」
「うん。」
「それじゃあ、どこか思い切ってお散歩に一緒に行ってみたらどうかな?
 近くの公園とか。そういうの、最近は無かったんでしょ?」

そういえば、無かった気がする。
お父さんと2人で、どこかへ出かけた・・・なんて記憶はだいぶ古いものしかない。
ここは、思い切って公爵の案を使ってみよう・・・そう思った。



その日の夜。


「ただいま。」
「あ、おかえり、お父さん。」

お父さんが、帰ってきた。だいぶ疲れたような顔をしているが、
いつも私に向ける顔は、それを隠すように笑顔だ。

「お父さん、明日、時間ある?」
「え、明日?」
「うん。 たまには、2人でお散歩に行かない?」

その私の言葉に、お父さんは一瞬驚いた顔になったが、すぐに言った。

「そうだな。そうしようか。」

そんなわけで、明日、2人で散歩に行くことになった。


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私とお父さんは、近くの国立公園に来ていた。
無料で入れる公園で、広大な芝生の広場や、舗装されたジョギングコース、野球場・・・
などなど、多くの施設がついているところだ。

その中の、砂利で作られた散歩コースを、歩く。
道の左右には、青々とした木々が並ぶ。
その木々の間から、真夏の日光が射すが、涼しい風が吹いているため、そこまで暑さを感じない。
私が白いワンピースを着ているからかもしれないが。

「う〜ん、たまには良いなぁ。お散歩も。」

私と手をつないで、隣を歩くお父さんは、そう言った。
仕事病なのか、首からカメラをぶら下げている。

「暑くないけど、ちょっとまぶしいね。」

私がそう言うと、お父さんは待ってましたと言うように、
シャツの胸ポケットからグラサンを取り出し、渡してきた。

「これを使いなさい。少しはマシになると思うから。」
「あ、ありがとう。」

グラサンを受け取り、かけてみる。
すると、私にちょうど良いサイズだったみたいで、見事にフィットした。

私の場合、身長が止まるのが思ったより早かったので、
見た目とグラサンがちょっとミスマッチなのだが、お父さんは、よく似合っているよと言ってくれた。

「でも、良いの? お父さんのは・・・」
「あぁ、良いんだよ。そのグラサンは、みつきにあげるための物だから。」

わざわざ、私にあげるために・・・?

「・・・よし、写真撮ろうか。 そこの木の下に行って。」

お父さんに言われるがまま、指示された木の下に行く。
手を組んで、満面の笑みで、お父さんを見る。

何枚か撮り終わると、私は「次はお父さんの番だよ」と言って、場所の交代を促した。
お父さんは、遠慮する素振りを見せるが、無理やり移動させた。

お父さんからカメラを借りることはせず、私は、小学生のときにお父さんからもらった
簡素なカメラを、持ってきていたバッグから取り出す。
そのカメラを見たときの、お父さんの驚いた顔を、私は忘れないだろう。

「それじゃー撮るよ? いちたす、いちは?」
「えーっと、にー」

お父さんの、少し恥ずかしそうな顔をカメラに収める。貴重な一枚だ。宝物にしよう。



昼時になり、芝生の広場で小さなビニールシートを敷いて、2人で座る。
持ってきていたバッグから、お弁当を取り出す。
決して豪華なお弁当ではないが、精一杯の愛情を込めたつもりだ。

おにぎりを、1つずつ取り出して、いただきますの挨拶をしてから、一口。
お父さんの様子を伺いながら。

「うん、おいしい。」
「よかったぁ。」
「また、一段と料理が上手くなったな。感心感心。」

お父さんは、そう言いながら、私の頭をなでる。
こういうことをされたのは、もう何年ぶりだろう。
周りに少し人がいるから、ちょっと恥ずかしいけど、でも、今は幸せだから良いや、と思う。
今は・・・。

「ねぇ、お父さん・・・」
「ん? どうした?」
「・・・私、がんばるね。」
「・・・そうか。」

余計な言葉はいらない、そう思った。
お父さんは、全部、私のことをわかってくれていると、そう思った。
だから、何の心配もしなくて良いのだ。
この幸せがあれば、なんでも乗り越えていける。がんばっていける。

そう、思った。



続く