幽霊公爵とグラサン少女




〜3〜

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「ア・・・アニキぃ・・・やっぱり、やめましょうよぉ・・・」
「そ、そうっすよ。マズいっすよ。ヤバいっすよ。何か出そうっすよ。」

こうも頼りない手下を、どうして持ってしまったのだろう、
と、牧山まきたはため息をつく。

隙の無い身のこなし。暗闇の中で、姿を見えにくくするための黒い服。
背中に背負うバッグには、いわゆる”商売道具”がたくさん入っている。
が、実際に背負っているものはそれだけではないのだが・・・。
放つオーラは、プロの”仕事人”であることを証明するかのように、威圧感を与える。

が、それはまきた自身だけのことであり、手下からはまるでその様子は感じられない。

この”仕事”をはじめて、もう3年ほどになるか。
とうとう、ここまで来てしまった。

「今更引き返すわけにもいかねぇ。行くぞ。」
「あ・・・ちょっとアニキ!」

まきたは、塀に立てかけた梯子に登り、すばやく、しかし華麗に塀の向こうに移動する。

「はやくお前らも来い。カネが欲しいんだろ?」
「うぅ・・・」

手下2人が、続けておそるおそるまきたの元へやってくる。
まきたは、2人の様子を見ず、侵入した敷地の中を見渡した。

寂れた館が1つ立っている。
西洋様式をとった、赤レンガ作りの館。
そして、目の前に広がる庭。
手入れがまったくされていないようで、中央にある白亜の噴水も、ボロボロに朽ちている。
しかし、まきたは何かに気づく。

「こいつは」

庭のところに、ぬかるんだ土がある場所を見つける。
そこに、明らかに最近のものとわかる、靴の跡。
近寄って、自分の靴と並べて比較してみると、靴の跡のサイズが小さい。
おそらく、子どもか何かだろうか。

「アニキぃ・・・なにか見つけたんですか・・・?」

後ろから、手下2人がやってくる。

「この屋敷を、ガキどもが秘密基地にでもしてるのか、小さい靴の跡があってな。
 まぁ、こんな時間だ。ガキは居ないだろうし、居たとしてもそこまで問題ないだろう。」

そう言うと、まきたは館を見る。

この屋敷の話は、前々から知っていた。
明治初期に力を持っていた貴族、烏丸家の屋敷。
若くして、貴族最高の地位、公爵になった当主。
そして、この一族の呪われた血筋・・・。

この屋敷に誰も住まなくなって数十年。
いつの頃からか、烏丸家は、廃墟と化した屋敷に膨大な資産を眠らせているという噂が流れていた。
その噂が本当であるかどうか、定かではない。
しかし、この屋敷について聞く話は、どれも良い話ではない。
幽霊が住んでいる、心霊写真が写る、呪われる、殺される・・・

屋敷に忍び込んだものは、みな、そう言う。

最初にこの話を聞いたとき、いつか屋敷に忍び込み、資産を手に入れることを決意した。
それをすぐに実行せず、準備を整えるのに、3年もの月日を要した。
そのために、その間、いくつかの資産家の家に忍び込み、資金を調達してきたのだ。
いまどきの資産家から、カネを奪っても、一生遊んで暮らせる額にはならない。
おまけに、非常にリスクが高い。

しかし、この屋敷は、現在は国の所有物。
烏丸家の人間が、誰も継がなかったからなのだが、なぜか所有が国に移っても、国はこの屋敷を管理しようとしない。
だからこそ、資産を奪うのに、リスクはそれほど無かった。
それでも、万が一・・・呪われるようなことがあるのならば・・・。

「今日のために、準備してきたんだ・・・」

誰にも聞こえないぐらい小さい声で、まきたはつぶやき、館の正面ドアへ歩き出す。
背後に隠れるように、2人の部下がおずおずとついてくる。

ドアの前に立つまきた。
取っ手に手をかけて、ドアを引く。

ギィ・・・と音を立てて、開いた。

中は、玄関にしてはかなり広く、螺旋階段がある。
他の部屋へ続くと思われる通路やドアも、いくつか見える。
窓から入る月明かりが内部を照らしていたために、細部までは様子を見ることはできないが、構造は把握できた。

まきたを先頭に、ゆっくりと中へ入る。


ガタンッ!


手下の1人が、大きな音を立てて入り口のドアを閉めた。
すぐさま、まきたは小突いて、小声で厳しく注意する。

「馬鹿野郎! 侵入するのに大音を立てるヤツがいるかっ!」
「す、すみませんっ!」

油断はできない。
いくら寂れた屋敷だからといっても、同業者が居る可能性だってある。
そういう場合、ひどいときは殺し合いだって起こりうるのだ。
ほんの少しのミスでも、大きなダメージを引き起こすことになる。
それだけは避けたい。

ドアが閉まったことで、少し視野が悪くなった。
バッグの中の懐中電灯を使うかどうか、悩む。

「アニキ、懐中電灯は使わないんすか・・・?」
「・・・あぁ、プロは懐中電灯は使わないものさ。夜目が利くのを待つ。」

懐中電灯を使うのは、確かに視野の助けになる。
が、頼ってしまうと、懐中電灯が使えない状況になったとき、たとえば電池切れを起こしたとき、
身動きがとれなくなってしまう。
それに、懐中電灯は自分の居場所を教えるようなものだ。
闇に紛れて忍び込む人間が、自ら姿を現すなど、馬鹿らしい。
そこで・・・



コツコツ



どこからともなく、コツコツ、コツコツと足音が聞こえる。
次第にその音が大きくなってくる。どうやら、近づいてくるようだ。

「ひ、ひぃぃぃ・・・」

手下の小さな悲鳴が聞こえる。が、そんなことは無視。
やはり、ドアを閉める音で、中に居た誰かが気づいたのだろうか。
いったい、誰が居るのか。誰に気づかれたのか。誰が近づいてきているのか。

「くっ、どうする」

つぶやく。はやく次の判断をしないと、気づかれる。
まだ侵入したばかりだというのに。まだ膨大な資産も見つけていないのに。

響いていた足音が、突然消えた。
立ち止まったのだろうか。
こちらの存在に気づいているのか、様子を伺っているのかもしれない。
そう考えると、相手は相当の実力を持った同業者か・・・。

万が一のことを考えて、忍ばせていた小型ナイフを懐から取り出す。
取っ組み合いになったとき、少しでも有利な状況にする。

男の声が、響く。

「こんな夜遅くに、いったいどなたでしょうか?」

その声に、2人の手下は震え上がる。
夜目が少し利いてきたが、声の主は見えてこない。

意を決して、声のした方に、単身、向かう。
そして・・・


>>>


「どうする?公爵」

困ったような顔をしているみつきちゃんが、私に尋ねる。
玄関のドアの音。明らかにそれは、誰かが館の中に入ってくるときのような音。
こんな時間に、しかも寂れたこの烏丸家の屋敷に来る人が果たしているのだろうか。

「みつきちゃんはここに居て。様子を見てくるよ。」

私は椅子から立ち上がると、ある種のスイッチを切り替える。
これで、人間から私を見ることはできなくなる。
目の前のみつきちゃんは、もう慣れたのか、驚いた様子はなく。

私は、リビングを出て、玄関の方へと向かう。
人の気配が、ある。しかも1人ではない。

「・・・しかし珍しい。みつきちゃんが屋敷に来るようになってから、他のお客さんは
 そういえば来てなかったなぁ。」

そう考えると、久しぶりに人を驚かせることができることに気づく。
いくつかいたづらを考えて、思わず笑みがこぼれてしまう。

玄関につくと、そこには3人の男がいた。
ひ弱そうな男2人を従えて、少しは骨のありそうな男がナイフを隠し持って立っている。
物騒だなぁ、と思う。

「こんな夜遅くに、いったいどなたでしょうか?」

試しに、そんなことを言ってみる。相手の出方を見て、それからどうやって脅かすかを考える。
しかし、相手は動かない。特に、冷静に状況を見ている、ナイフを持っている男。
別に、ナイフは実体の無い自分にとって問題はないのだが、こうもクールだと・・・

「驚かしにくそうだなぁ、とりあえず・・・」

と、相手に聞こえないようにつぶやく。
左手を振り上げ、下ろす。

すると、一斉に館内の明かりが灯る。
こちらに1人、近づいていたナイフを持った男は、明かりがついたせいで、目がくらんだようだ。
他の弱気そうな2人も、思わずひるんだ。

「くそっ!」

ナイフを持った男は、そう叫ぶ。
これで、5秒ほど彼らは動けないはず。そこに追い討ちをかける。


ドスッ


「うぎゃっ」

弱気そうな男の1人に近づいていた私は、男の腹部に拳を打ちつける。
まぬけな声を上げて、倒れる。
続けて、その隣に居た男も同じようにして、倒す。これで2人。

「さて、あと一人」

と、そこでナイフを持った男は、視力が回復したのか、周りの様子を見渡し、
それから倒れている2人に駆け寄る。

「おい、お前ら! しっかりしろ!」

ナイフを持った男の呼びかけに、2人の男は反応を示さない。
完全に意識を失っているようだった。

「誰だ、俺の大事な手下にこんなことをしやがったのはっ!」

怒鳴る、ナイフを持った男。
その背後に、私は近づき、耳元でささやく。

「何が目的か知らないけど、大事な食事の時間を邪魔しないでくれるかな?」

それにびっくりしたのか、ナイフを持った男は勢いよく振り返る。
が、そこに私の姿が、男の目に映ることはない。

「な、なんだ、誰だ! どこにいやがる!」

私は3歩ほど下がって、またスイッチを切り替える。
これで、人間でも私の姿を見ることができるはず。半透明の私の姿を。

私が見えるようになったのか、ナイフを持った男は驚愕の顔で私を見る。
人間の恐怖の顔を見るのは久しぶりだが、こうしてみると、人間の恐怖の顔というのも美味である。

「お前か、俺の手下を倒したのは。いったい誰だ!」
「いったい誰だ・・・と申されましても。ここは私の屋敷なんですけどね。」

激高した男をなだめるように、笑顔を浮かべながら言う。
しかし、それに納得しないのだろうか。

「ふ、ふざけんな! ここはもう何十年も・・・百年近く主のいない屋敷のはずだ! まさか、同業者か?」
「主は私ですよ? あなたと同じにしないでください。」
「くっそ、こうなりゃ意地でも!」

何を思ったのか、男はナイフを振りかざし、私に向かってきた。
私は別段、何をするわけでもなく、冷静にナイフの先を見つめる。


シュッ


ナイフは、弧を描いて、私を切り裂く。
しかし、抵抗無く私の体を通り抜け、1滴の血も出ない。

驚いた顔をする男。

「無駄なことはやめてください。私がこの屋敷の”主”だと、先ほどおっしゃいましたとおりです。」
「・・・まじかよ」

呻くように言う。察したのだろう。

「この屋敷に何のようで来たか・・・まぁおそらく、烏丸家の資産でしょうが・・・
 そのようなものを、あなたに渡すわけにはいかないんです。お引取りください。」
「くっ・・・」

男は、持っていたナイフを懐にしまう。
そして、倒れている男2人をうまく担ぎ、ドアのほうへ向かっていった。

「言っておくがな、俺のように烏丸家の資産を狙っている人間は多いぞ。
 お前らの天敵の幽霊退治屋とか連れて、徹底的にな。」
「・・・」

そう言い残して、男はドアを押して出て行った。
これで一先ず、解決。



「誰だった?」

と、後ろから声がする。
みつきちゃんだ。

「最近できた、幽霊友だちだったよ。また来るってさ。」
「へぇ、こんな遅くに?」
「あぁ・・・うん。」

もし、本当のことを言ってしまったら、みつきちゃんは怖くなって、ここに来なくなってしまうかも知れない。
そんな心配をした自分が、少し面白かった。

「何か良かったことがあったの?」

いつの間にか、笑顔だったようだ。みつきちゃんに言われてはじめて気づいた。
思えば、みつきちゃんに会ってから、いろいろ気づくことが多い。
幽霊になってからは、今までずっと1人で屋敷にこもっていたし、幽霊友だちだって、
本当に時々やってきて、少し話すぐらいだったのだ。
こんなに自分が話好きだったことに気づいたのも、みつきちゃんのおかげだった。

こうして考えてみると、やはりみつきちゃんは、どこか私の妹に似ている。
時折見せるしぐさや、しゃべり方。
そして、私の知らないことや気づかなかったことを、教えてくれるところも。

私は、満面の笑みを浮かべて、言う。

「いや、なぁんでもないよ。さぁ、ご飯の続き続き。」

首をかしげるみつきちゃんを連れて、私は久しぶりのご飯を食べに、リビングへ戻るのだった。



続く