幽霊公爵とグラサン少女




〜2〜

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「公爵〜。今日も来たよ〜」

館の玄関に、私の声が響く。
最初に館に来てから、1週間が経過した。
あれから、毎日ここに通っている。

「みつきちゃん、いらっしゃい。」

背後から、声がする。私の肩に、男の手が乗る。

「ねぇ、登場はいつも背後なのはなんで?」

後ろに振り返りながら、私はそんなことを聞く。

「う〜ん、幽霊だからかな?」

黒い燕尾服を着た、若い男がそこにいた。
館の主で、幽霊の、烏丸祐一郎公爵。
私は、公爵と呼んでいる。

「ふぅん、幽霊ってみんなそうなの?」
「どうなんだろう。そんなに知り合いの幽霊は居ないからね。」

公爵は、明治時代初期に生きていたらしくて、その頃、若いながらも周辺地域をまとめていた名主だった。
ところが、30を目前に、病死してしまったため、現世に未練があり、この屋敷に住み続けている。
家の跡継ぎもいなかったため、公爵の病死とともに、結局この屋敷は廃墟に。
いろんな不動産会社が土地権利を持ったが、そのたびに公爵が、屋敷を守るためにいたずらを繰り返していた。

「・・・ということで今に至るわけさ。って、難しい話でごめんね。」

と、最後に付け加えて説明してくれた。

「しかし、みつきちゃん。すっかりここが気に入ったみたいだね。」
「うん。なんていうか、他の場所には無い感じが、好きになったの。」
「そっかぁ」

私の言葉がうれしかったのか、公爵は笑顔で答えてくれる。
公爵は、話せば話すほど、とても良い人・・・いや、良い幽霊ということがわかり、
私のお気に入りになってしまった。

私と公爵は、今日もまた手をつないでリビングへ行く。
広いリビングには、やわらかいソファや、きれいなテーブルがあり、とても居心地がよかった。
最初に、公爵にこの部屋を案内してもらったとき、私は目を輝かせて感嘆の声をあげた。
そのときは、まだ埃が積もっていて、ソファに座るのは躊躇われたが、
次の日に遊びに来ると、とてもきれいになっていた。

「掃除するの、結構がんばったんだよ? みつきちゃんなら、きっとまたすぐに遊びに来ると思って。」

そんなことを言ってくれた公爵が、とても好きになった。

私がソファに座ると、公爵は「飲み物を持ってくるね」と言って、どこかへ行ってしまった。
飲み物なんて、この屋敷に置いてあるのだろうか・・・と思ったが、
もしかしたら、私のために買ってきてくれてのだろうか。まさか、公爵が飲み物を飲むとは思えない。

私は、持ってきていたカメラを取り出して、リビングの写真を撮る。

パシャッ、パシャッ、パシャッ。

何枚か撮り終えて、カメラの構えをほどくと、公爵がいつの間にか、お盆に飲み物を乗せて戻ってきていた。

「撮ってるね。写真、好きなんだね。」
「うん。このカメラ、お父さんにもらったの。」
「そっかぁ。まぁ、気をつけてね。」

気をつけてね。という公爵の言葉。
これは、最初に会ったときに、約束したことだった。
「写真を撮ってもいいけど、私以外の幽霊が写るかもしれないから、もしそういうことがあったら言ってね。」
というのが、それだった。
公爵が言うには、幽霊の溜まり場が屋敷のすぐ近くにあり、時々ここにもやってくるらしい。
人間の私に、有害な幽霊だとも限らないから、という注意だった。

「その飲み物はなぁに?」

私は、公爵が持ってるお盆の上のコップを指差す。
グラスのコップには、オレンジ色の液体が入っている。

「さて、なんでしょう? ドラキュラの血?ドラゴンの汗?魔女の薬?」
「・・・オレンジジュース。」
「むぅ、少しはノってくれても良いんじゃないかなぁ」

一瞬、残念そうな顔をした公爵だが、すぐに笑顔になって、私にジュースを差し出してくれた。

「これ、賞味期限大丈夫?」
「大丈夫だよ。知り合いの幽霊にもらったものだから。」
「・・・って、幽霊でも飲み物は飲めるんだね。」

公爵の持つお盆には、ジュースの入ったコップがもう1つ乗っていて、
それを公爵は取って、飲み始めた。

「ぷはぁ。やっぱりオレンジジュースは100%に限るね。」
「ちょっと幽霊のイメージ崩れたかも」
「えぇ。そんなぁ。」

もちろん、良い意味で崩れたのだが、あえてそれは言わないでおく。
肩をすくめてため息をつく公爵。
公爵は、表情がとっても豊かで、次々といろんな表情を見せてくれる。
それを見ているのが、楽しくて、ついついいじわるをしてしまう。

「・・・でも、やっぱり似てるなぁ」
「妹さんに?」

公爵には、妹が1人いたという話を、最初に出会ったときに聞いていた。
なんでも、大変なカメラ好きなところも似ているほどらしい。
そのときに公爵はポケットから、1枚の古びた写真を出して、見せてくれた。
椅子に座っている私ぐらいの女の子と、その後ろに立っている公爵のツーショット。
女の子は、私にうり二つ。公爵は、今の幽霊姿より少し若く見えた。

「あの頃の妹を見ているようで、なんだか懐かしいな。
 だからこうして、今、君と一緒にいるのが楽しいんだなぁ・・・。」

公爵はそう言いながら、オレンジジュースにまた口をつける。
どこか上の空で、目を細めてあさっての方向を見ている。

「公爵は、楽しいんだね。私も楽しいよ。」

私がそう言うと、公爵は笑顔を浮かべた。



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公爵と出会ってから、もう何年たっただろう。
私は、いつの間にか中学3年生になっていた。

「ふんふふ〜ん ふんふふ〜ん ふんふ〜ん♪」

鼻歌を歌いながら、私は広いキッチンで料理をしていた。



この烏丸の屋敷に本格的に通いはじめるようになったきっかけは、いくつかあった。
もちろん、私の好奇心があったのも大きい。幽霊と仲良くなるなんて、普通はできないことだ。
しかしそれよりも、私が中学生になると同時、お父さんは以前ほど家に居ることが無くなったのが、影響している。
少しでも、私に不自由させないよう、高校や大学に通えるだけのお金をなんとか稼ごうと、
必死になって働いてくれている。

3日に1回、5日に1回、1週間に1回と、お父さんはどんどん帰ってくる回数が減っていた。
家に帰ってきたお父さんの姿は、疲れているようだったが、それでも、少しでも元気な姿を見せようとしていた。
だから、私はそのお父さんの姿を見て、自分もがんばろうと決めた。

それを公爵に言うと、

「おぉ、みつきちゃん偉いね〜。よし、それじゃあ私も協力するよ。」

と、私の家庭教師として自ら申し出てくれた。
公爵は、結構な勉強家だったようで、生きていた当時の最先端の教育を受けてきたという。
どのくらいまで知識があるのか定かではないが、まさか現代の中学生レベルがわからないわけでもあるまい。



「さぁてと、できた。」
「おぉ、おいしそうだね。みつきちゃんは料理も上手なんだなぁ。」

突然、後ろから公爵の声が聞こえた。
が、さすがにもう驚かない。慣れたもんだ。

「なんというか、まぁ小さい頃から料理やってるからね。」
「そっかぁ。」

こうやって、烏丸家の屋敷で料理をするのは、今回がはじめてだった。
いつもは、自分の家でお弁当を作って持ってくるのだが、たまには屋敷で料理を作りたいと申し出ると、
公爵は喜んで賛成してくれた。いつもは使っていなかったキッチンも、このために公爵が夜通しで掃除してくれたらしい。
最初の頃もそうだったが、公爵は掃除が好きなのだろうか。

「私も手伝うよ。」

皿に盛られたいくつかの料理を、公爵は持ってくれた。
一緒に、リビングへ料理を運ぶ。
途中、念のため公爵に1つ聞いてみる。

「公爵は料理は・・・」
「もちろん、食べられるよ?」
「そう・・・なんだ。」

大方の予想通り。
しかし、普通に食事ができる幽霊とは、またずいぶんイメージが崩れる。
栄養になるかならないか以前の問題として。

テーブルに料理を並べる。
少し作りすぎてしまったか。2人分にしては量が多いが、気にしない方向でいく。

「さぁ、召し上がれ」
「いただきます。」

公爵は、鳥のから揚げに箸をつける。
鳥のから揚げは、私のもっとも得意とする料理の1つだ。
隠し味に、キムチ鍋の素を使用しているのがミソである。

「うん、すごいおいしい! ちょっと辛いけど。」

キムチというのは、江戸時代以前に朝鮮半島から日本に伝わってきたとされているが、
こうして日本で注目されるようになったのは、実はつい最近のことである。
さすがの公爵でも、キムチは食べたこと無いだろう。

「よかった。気に入ってもらえて。
 でも、公爵はいつも何を食べているの?」
「あぁ、まぁそれなんだけど」

公爵が言うには、栄養を取らなくても、既に死んでいるから意識を維持できるらしい。
味覚も正常に機能しているというのだから、公爵が半透明じゃなければ、幽霊だと言われても信じないだろう。

と、そのとき、


ガタンッ!


玄関の間からドアが開く音がした。
時間は、夜の10時過ぎ。こんな時間に客人だろうか。
ドアもノックしないで、声もかけないで勝手に入ってくる客人を、客人と呼ぶかどうかは別にして。
「こんな時間に、誰だろう?」と、公爵に聞いてみる。
しかし公爵は、ため息をつきながら、肩をすくめるだけ。どうやら、客人を招いた覚えは無いようだ。
と・・・すると・・・。



続く