幽霊公爵とグラサン少女




「幽霊公爵とグラサン少女」




〜1〜



「みつき、今日はみつきに誕生日プレゼントをあげよう」


そう、お父さんは言った。
お父さんの手には、子どもの私の手には大きい、箱が1つある。
喜んで、箱を受け取る私。箱には小さな赤いリボンがついている。

箱を開けて、中を見る。
四角い物体。カメラだ。

お父さんが持っている、黒くてかっこいいカメラとはちょっと違うけど、
私はそれをもらって、しきりに「お父さんと一緒!お父さんと同じ!」とはしゃいでいた。


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それから、私は毎日のように、お父さんからもらった簡素なカメラで写真を撮った。
まだ幼い私は、使い方をあまり理解できていなくて、お父さんがやっていたように真似るだけで精一杯だった。
それが故に、撮る写真はどれもピンボケしていた。

フィルムが切れると、お父さんに渡して、その都度、現像してもらっていた。

私の家は、経済的に厳しかったので、現像にお金がかかることを知った私は、
泣いてお父さんに謝った。すると、

「みつき、お前は何の心配もしなくていいんだぞ。大丈夫だ。」

と、やさしくなだめてくれた。
それっきり、私は乱暴に写真を撮るのを控えた。


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その頃より、自分で撮った写真をカメラと一緒に学校に持っていって、数少ない友だちに見せ始めた。
友だちは、ピンボケしている写真をみて、不思議そうに私の顔を見る。
「いったい何を撮ったの?」と、聞いてきた友だちに、その写真の説明を延々としていた。

友だちの1人で、おとなしめの子が、私の写真の1枚を差し出してきた。
妙に、おずおずした様子で。

「あ・・・あの・・・みつきちゃん・・・これって・・・」

私はその写真を見る。
それは、私が以前から通っていた、家の近くの廃墟と化した洋風屋敷で撮ったものだ。
なんでそんな場所に通っていたのか・・・それは、いずれ話すとして。

「あ、あぁ・・・それね・・・」

その写真に、なにやら人影らしきものが写っているのだ。
ぼんやりとだが、顔っぽいものも見える。
私は真相を知っているのだが・・・話すと、怖がらせてしまうかもしれないから言わないでおく。

「まぁ、それっぽいけど偶然じゃないかなー、なんて」
「だ・・・だよねぇ」

やっぱり、あの屋敷で撮った写真は、人に見せるべきでは無いみたいだ。
子どもながらに、それを悟った。


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私が最初に、あの屋敷に行ったのは、1週間ほど前の、ある寒い日だった。
その屋敷は、古くから廃墟となっていて、「出る」として有名なスポットになっている。
たまたま近所に住んでいた私は、抑えられない好奇心からか、お父さんに反対されているにもかかわらず、
ある日、たった一人で、屋敷に乗り込んだ。

たった一つの入り口は、鉄の門になっているが、鎖でがんじがらめに繋がれていて、とてもじゃないが、
普通に中に入ることはできない。

しかし、近所の子どもはみんな知っている。
秘密の入り口があることを。

みつきは、屋敷の周りを囲っている塀にそって、北に移動する。
狭くて草の生い茂った路地裏に入るが、気にせず進む。

「おー、あったあった。」

この屋敷の話はよく聞いていたが、本当にこんな入り口があるとは思わなかった。
ツタがびっしりついた塀の一部をかきわけると、塀に穴が開いていて中に入れるようになっていた。

「失礼しますよー」と言いながら、中に入る私。



敷地の中は、草が生い茂っていた。無理もない。
お父さんに聞いた話によると、お父さんが生まれる前から、ここには誰も住んでいなかったらしい。
それを考えると、最低でも30年は、誰の手も加えられなかったことになる。

噴水の跡がある。もちろん水は出ていないが、水を受けるところにはこの前振った雨水が溜まっている。

敷地の中の建物は、館が1つあるだけだった。
倉庫や、離れ小屋などは無い。

私は、館の方へ、一直線に歩き出した。


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「お邪魔しまーす」


ギィギィと音を立てながら、開くドア。
幸いなことに、館の入り口に鍵はかかっていなかった。

玄関・・・というよりは大きな広間のような場所が目の前に広がる。
螺旋階段があるし、玄関から続く通路もいくつかある。
とても埃っぽくて、あちこちに蜘蛛が巣を作っている。

友だちの話では、昔、この館には貴族が住んでいたらしい。
なるほど、確かに館のなかの置物は、どこか貴重な価値のにおいがする。
きっと、名のある人が住んでいたんだろう。

とりあえず、持ってきていたカメラを取り出す。
なんとかピントが合うように調節し、シャッターを切る。

「んー なんか無いかな?」

置物を撮影しただけじゃ、何か物足りない。
おもしろそうなものを探してみる・・・と、そのとき。



パリーン!



なにやら、お皿が割れるような音が聞こえた。
正面の奥の通路の先から。

「幽霊でも住んでるんだったり?」

私は、別段おびえることもなく、音の聞こえた方へ進んだ。


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そこは、台所だった。
台所といっても、学校の教室ぐらいの広さがある。
こんな広い台所があるということは、それだけ多くの人が住んでいたのだろうか。

割れたお皿が、あった。
白い陶器製のお皿。きっと高い物に違いない。
なんで割れたんだろう、という疑問を持つ。

「やっぱり、幽霊のしわざ? 幽霊さん、いるんですか〜?」

ちょっと大きめな声で、言ってみる。
もし幽霊が本当に居るなら・・・まぁ幽霊が存在するかどうかはさておき・・・
きっと、何か反応を示してくれるに違いない。
そんな勝手なことを思っていると、背後に何か、気配を感じた。

「君、ここは危ないから入っちゃダメじゃないか。」

若い、男の声。
かなり落ち着いた感じがする。
私の肩に、手が乗る。半透明の手。

振り返ると、そこには、やはり若い男がいた。
黒髪で、背が高く、服装は黒い燕尾服。貴族・・・というよりは、どちらかというと執事っぽい。
全体的に、半透明で向こうが薄っすら透き通って見えること以外は、普通である。

「あ、もしかして幽霊さん?」

好奇心旺盛な私は、そんなことを聞く。

「えーっと・・・あぁ、まぁそんなところかな。って、そうじゃないよ。
 いったいどこから入ってきたの?」
「北の塀の崩れてるところから」
「えっ、参ったなぁ。直したばかりなのにまたか・・・」

執事っぽい男は、苦笑いを少ししたあと、がっくりと肩を落とした。
どうやら、見た感じ悪い幽霊でもなさそうだ。

「しかし、よく一人で来たね。怖くなかったの?」
「ぜんぜん?」
「あ・・・そうなんだ。」

この場合、怖かったと言っておくべきだったのだろうか。
怖くなかったのは事実だから、まぁ嘘を言ってもしょうがないか。

「さっき、このお皿を割ったのもあなた?」
「そうだよ。誰かが館に入ってきたら、いつもこうやって驚かせて帰していたんだけど・・・
 でも、こうやってキッチンに来た人は、君がはじめてだ。こっちがびっくりしたよ。」

さっきの苦笑いとは違う、本当の笑顔を見せた。
しかし、すぐに表情を変え、口をすぼめて言う。

「でもね。一人でこんなところに来て、もしケガしたらどうするんだい?」
「それは・・・」
「わかったら。帰りなさい?」

もっと館を探索したいと思っていた私は、そんなことを言われてうな垂れた。

「・・・ふぅむ。もしかして、ここが気に入ったのかい?」

そんなことを聞いてくる、執事っぽい男。
気に入った、確かにその言葉が一番合っている。

「それじゃあ、少しだけこの館の中を案内してあげようか。」
「本当!?」

思わぬ言葉に、私は喜びの声を上げる。
こんな洋風の古びた館で、幽霊と話ができているだけでも、とてもうれしいことなのに、
幽霊に館を案内してもらえるなんて、世界中の誰がこんな経験をしただろうか。

「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。
 私は、この館の主。烏丸祐一郎。君が言うとおり、幽霊だよ。」
「えっ?執事さんじゃなかったんだ。」
「まぁ、こんな服を着てるし、私もまだ若かったからね。」

照れながら、そんなことを言う。

「こんな屋敷に住んでるってことは、やっぱり貴族なの?」
「うん。これでも、公爵っていう位なんだ。」

公爵、よくわからないが、きっと言い方からして高い位の貴族なんだろう。
でも、だからといってそれを自慢げに言ってる様子ではない。
あくまで、誇りとしてだけ持っているのだろう。

「そうなんだ〜。 あ、私は夕波みつき。」
「みつきちゃんか。よろしくね。」

そう言って、手を差し出してくる。握手するつもりだろうか。
でも、幽霊ってそもそも触れたっけと思う。

「あぁ、そうか、みつきちゃんは私に触れるかどうか気になってるのか。
 大丈夫だよ。私が望めば、モノに触れることもできる。
 さっきだって、みつきちゃんの肩に手を乗せたじゃない?」
「あ、そっか」

私は、手を出して、握手する。
背丈の差が大きかったが、公爵は少し屈んでくれたため、うまくできた。
意外と、暖かい手だった。冷たいと思っていた私には、不意打ちだった。

「それじゃあ、館の案内、お願いします。公爵さん。」
「えーっと・・・あぁ、まぁいいや。それじゃあ行こうか。」

私と公爵は、手をつないだまま、館のなかを周り始めた。




続く