終わりの世界とグラサン少女




〜15〜



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ふと、目が覚める。
隣には、僕の一番大切な人が、まだ寝ている。
前の座席を見ると、蒼谷ゆいと大海なぎさは、互いに頭をくっつけあって、やはり寝ている。

ここは、白河警部の運転している車の中だった。



右京こまちが息絶えたあと、僕は右京こまちにかけられていた束縛の呪いが解け、ゆっくりと右京こまちと夕波みつきの方に近づいた。
全身から血を流しているにも関わらず、満足したような笑みを浮かべて息を引き取っている右京こまち。
何事も無かったかのように、やすらかな寝息を立てて寝ている夕波みつき。
2人を交互に眺めた後、僕は自分の左手を見た。

自分の左手には、僕自身を呪い殺すという呪いがかけられていた。
もちろん、これを使えば僕がどうなるかについては、国家国防省の研究のなかで判明していた。
だから、何のためらいもなく、使ったのだ。

結果”進藤竜一”は呪いによって死んだ。予想通りだった。

じゃあ、僕はいったい誰か、ということになる。

簡単なことだ。本来、僕は”水原月夜”という1人の人間だった。
1人の人間に対し、通常は1人の精神しか持ちえないが、僕は精神はそのままに転生を2度行っていたために、
僕の身体は2枚余計な服を着ているのと同じになる。その2枚の服を殺す効果、それこそ、僕が持っていた自殺の呪いだったのだ。
いや・・・自殺と言うよりは、ドロップアウトに近いかもしれない。
もし2度の転生の途中で、運命を変えることを心の底から諦めた時、この呪いを使用すれば、僕は”水原月夜”に戻ることができるのだ。
残りの人生を水原月夜として過ごし、世界を救うことも、大切な人も守ることも諦める、という選択肢だった。

でも、僕はドロップアウトしなかった。
そして、”進藤竜一”と”亀山弦一”を僕の中で殺して、僕は”水原月夜”に戻った。



「白河警部。結局、亀山さんと連絡取れなかったんですか?」
「あぁ・・・。携帯電話も通じねぇ・・・。まぁ、ああ見えてあいつは出来の良い奴だ。そう簡単には死なないだろうが・・・。
 あとは、警視庁の捜査本部に任せるしかないな。俺たちは、少し深入りしすぎた。幸い、相汰君が一緒だったからそこまで問題にはならないが・・・。」

相汰君・・・あの黒い燕尾服の男、九条院相汰は、どうも警察上層部の人物の1人息子らしい。
彼は先に警視庁に赴き、国家国防省についての調査の依頼をしに行ったそうだ。

「・・・でもよ、俺はあんまり信じたくないな。あの右京こまちさんが死んだってことを。」
「僕もですよ。」
「崩れ落ちる瓦礫から、みつきちゃんを救い出す代わりに犠牲になった・・・か。」

白河警部たちには、本当のことを伝える気にはなれなかった。
亀山弦一がどうなったか、右京こまちが何故死んだか、烏丸祐一郎公爵が居なくなったのはどうしてか。
そして、進藤竜一がどこに行ってしまったのか。



せめて、夕波みつきたちには、話すべきだろうか・・・。



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随分と懐かしい場所に、帰ってきたような気がする。
静寂に包まれた右京家の屋敷を見て、僕はそう思った。無理もないだろう。
”水原月夜”としては、つい先日まで住んでいた場所だが、亀山弦一と進藤竜一の人生を経た僕にとっては懐かしき故郷なのだ。
実際の感覚としては数十年ぶりと言っていいだろう。

・・・しかし、もうこの屋敷の主は居ない。

そう思うと、なんだか虚しい気持ちになってくる。
いつまでも・・・僕がこの屋敷を使い続けるわけにもいかないだろう。一人で住むにはあまりにも広すぎる。

屋敷の中を探索する。僕がはじめて右京家に足を踏み入れた時に探索したものと、まったく同じルートを辿る。

広間・・・確か、右京こまちはいつもここで精神統一していたような気がする。
調理場兼食事場・・・ほとんど、僕が料理係だった。右京こまちは、僕がやってくるまでいったい何を食べていたのだろう。
僕の部屋・・・必要最低限の家具が置かれた、僕の数少ない心の支えの場所。目を閉じれば、夕波みつきに僕の気持ちを打ち明けた時の情景が浮かぶ。

最奥にある鍛錬場所・・・ここで僕はレニオルに出会った。あの時、僕がレニオルに認められなかったら・・・。
ふと、何かが無いことに気付く。異界へつながる黒い穴が・・・無い。
そういえば、異界から悪霊たちの襲撃を受けた時、レニオルと右京こまちが協力して、黒い穴を塞いだと言っていた。
ということは、この部屋も他と変わらない、普通の部屋になってしまったのだろう。

そして最後に、僕は今まで一度も足の踏み入れたことのない部屋に向かう。
右京こまちの・・・寝室だ。いや、本当にそれが寝室であるかどうかは知らない。
再三、決して入ってはいけない、と注意されたことから、忍び込むのを躊躇ったのだ。

・・・でも、右京こまちは居ない。
チャンスと思ってしまうのは申し訳ないが、少しだけ、もしかしたら右京こまちが部屋にいるんじゃないか・・・なんて儚い期待も持っている。
ドアノブに恐る恐る手をかける。呪いがかけられていたら・・・という不安は無かった。
そして、ドアを開ける。

「・・・これは・・・」

なんと、何もない。
ベッドもタンスも、女性の身だしなみとしては必要不可欠であろう姿見の鏡さえもない。

「ん?」

部屋の中央に、何かが落ちているのを発見した。白い封筒だ。
ゆっくりと近づいて、その封筒を手に取って、開封。
中から、1通の手紙と写真が出てきた。



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私の愛する家族 水原月夜様



最初に1つ。女の部屋に忍び込むことは、今回限りにすべきだ。

さて、この手紙をお前が読んでいるということは、私の命が尽きたということになる。
私が死んだ時、この手紙は私の部屋の中央に置かれるよう、呪いを仕掛けておいたからな。

この手紙を書いた理由は、私はまだお前にすべてを伝えきれていないからだ。
私が伝えておきたいことは、全部で3つ。最初の1つは一番最初に書いたことだ。
そして残りの2つだが。

1つは、この屋敷のことだ。この屋敷は右京家が先祖代々受け継いできた、歴史ある屋敷だ。
その価値をお前が理解できないわけじゃないだろう?
私は、お前をこの屋敷の正当な継承者として認める。
別に名字を右京に変えろと言うわけでは無い。ただ、私の遺産として、この屋敷をお前に託したい。
どう使おうと構わない。増改築もお前の自由にすればいい。
いずれ、夕波みつきと結婚するとなったら、ちゃんとした家も必要だろう?

そして最後の1つは、私の事だ。
私は死んだ。どのようなことが原因で私が死ぬかは、この手紙を書いている段階ではわからない。私は予言者ではないからな。
お前の居るその世界に、もう私は居ないだろう。でも私の身を案じる必要は無い。
私の精神は異界に送られて、生き続ける。言うなれば、烏丸祐一郎に近い存在となる。
レニオルに、そういう手配をしておいた。万が一に備えるためにな。

異界でも、おそらく私は戦い続けるだろう。
今回の事件は、主に【魔神ミニョルフ】が発端となっているが、他の【九神霊】の過激派もまだ息を潜めている。
そいつらがまた人間の世界を攻撃しないよう、私は剣を取る。

お前の目の前から、私は消えた。
だが、お前の心の中に、私がいると思えば、少しは楽にもなるだろう。
もっとも、お前が夕波みつきを愛するうえで、その気持ちが邪魔になってしまわないだろうか、それだけが気掛かりだ。

お前はお前の人生を歩み、私は私の人生を歩む。
もう二度と会うことは無いだろう。たとえ、お前が会いたいと思っても、私は会う気はない。
だから、あとはゆっくり、幸せを噛みしめて生きろ。幸せを手にいれるだけの苦労を、お前は乗り越えたのだから。

夜空に浮かぶ月が、お前の目の前に広がる暗闇を明るく照らしますように。



右京こまち



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手紙をすべて読み終え、僕は不気味な微笑を浮かべる。涙を、流しながら。
ゆっくりと手紙を封筒に戻し、懐にしまう。

そして、ズボンのポケットから、携帯電話を取り出す。
数時間前まで一緒に居た、ある人物に電話をかけるのだ。



「あっ、あの・・・水原です。」



スピーカーの向こうからは、僕がこの世で一番好きな女性の声が聞こえてくる。



「その、さっき言い忘れましたが・・・今度、デートでも・・・と。」



続く



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いかがでしたでしょうか!
終わりの世界とグラサン少女の後編。いやぁ、ここまで書ききることができました。
長かった。とても長かった。・・・と、毎回言っているような気がしますが、それでも今回は本当に長かったです。

伏線も95%は回収できました。
亀山弦一、進藤竜一の2人の正体についての種明かしも終わり、ようやく一息つけたところです。
正直なところ、ここまで今回の話が長くなるとは思っていませんでした。
もう少し、サクサクッと進むつもりだったのですが・・・。

これにてハッピーエンド、というわけではありません。
あともう少しだけ、話は続きます。ほとんど後日談に近いのですが、読んでいただければ幸いです。
また、外伝作品も1つ、これから作成する予定です。

残り少ないですが、最後までお付き合いくださいますよう、どうぞよろしくお願いします!



進藤リヴァイア