終わりの世界とグラサン少女




〜14〜



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「・・・さぁ、そろそろ出てきてはいかがでしょうか? 進藤竜一さん。」

そう呼ばれて、僕は瓦礫の影から顔を出した。
ずっと、水原月夜と、亀山弦一の様子を見守っていたのだ。
”無事に水原月夜は、運命を変えるための、長く残酷な旅をはじめることができるだろうか”という不安を胸に。

「無事だったんですね。あの爆発で。」
「咄嗟のことで、正直驚いたけれど・・・でも、彼女が助けてくれたさ。」

瓦礫の影から出てきたのは、僕だけでは無かった。
右京こまち。彼女が、僕のすぐ後ろに付き添っていた。
紺色を基調とした和服は、ところどころ破けていて、スラリと伸びた脚が露わになっている。

「いったい、どうなっているんですか?」
「それには答えられない。次元と時の法則に違反するからね。」

やれやれと言った感じで、僕は左右に首を振る。それに、憮然とした表情を浮かべている右京こまち。
一体何があったのか・・・。亀山弦一にはさっぱりわからないようだ。

でも、1つだけ、今まで解らなかったことが、ようやく判明したような顔をしている。
それは、僕の正体だ。亀山弦一は、僕の正体に気付いている。

「君は、もう気付いただろう? 僕の正体に。」
「・・・えぇ。信じたくは無いですが・・・。」
「でもこれは真実さ。言っただろう? 君は不完全なイレギュラーの存在でしかない。
 僕みたいな完全なイレギュラーになるには、さぁ、どうすれば良いと思うかい?」



その答えは唯一つ。
”亀山弦一が、水原月夜同様、過去に戻り、完全なイレギュラーである進藤竜一に生まれ変わること”だけだ。



そして、亀山弦一は、見事、それに気が付いた。
ついさっき、”水原月夜が、亀山弦一に生まれ変わるために過去に戻ったこと”を客観的に見た瞬間、
それが亀山弦一にも当てはめられることに、自身が気が付いたのだ。

よって、水原月夜は、少なくとも2度生まれ変わって、運命を変えようと行動を起こさなければならない。
1度目は、亀山弦一に生まれ変わり、【終わりの魔法】を作り出して、進藤竜一から【はじまりの魔法】を守ろうとする。
運命を変えようと、全力で進藤竜一から【はじまりの魔法】を守ろうとする。しかし、最終的にその目論見は失敗する。

そして、2度目の生まれ変わりで、亀山弦一(元:水原月夜)は、僕、進藤竜一になる。
【終わりの魔法】では防ぐことができなかった以上、それよりさらに一歩先を取って行動を起こさなければならない。
まずは、亀山弦一であった自分が作った【終わりの魔法】を破壊すること。
その上で【九神霊】と協力し、夕波みつきを【はじまりの魔法】から解放するため、自らが【はじまりの魔法】を受け継ぐ者となること。
これらの行動を経て、世界と、夕波みつきを救うことができる。

・・・しかし、最後の部分は、あくまでも推測でしかない。
なぜならば、僕は最後の段階を、水原月夜だったときも、亀山弦一だったときも、一切見ていないからだ。
2人の人生を通して見聞きしたことなら、進藤竜一である僕も情報として知り得ているが・・・。結末だけは未知数なのだ。



「・・・僕が過去に戻り、あなたに生まれ変わるのだとしたら、あなたがここまで歩んできた苦しみを僕も味わうんですね。」
「君も、僕も、元は同じ”水原月夜”なのだから、仕方ないさ。」

亀山弦一は、残念そうに肩を落とす。



僕と亀山弦一の正体が水原月夜の生まれ変わりであることを、僕は背後に居る右京こまちに晒していた。
爆発の直前に助けてもらった後、それを話したのだ。その際、何故か次元と時の法則は現れなかった。
もしかしたら、僕が自ら名乗り出なくても、次元と時の法則は、必ず僕の正体を右京こまちに晒さなければならない、と定めていたのかもしれない。

そして晒した後、何故、爆発の直前に助けてくれたのかを尋ねたら、憮然とした表情で「なんとなくお前が水原に似ていたから」と答えた。
・・・右京こまちは、どこかの段階で、知っていたのだろうか。そんなはずは無いのだが、数多の呪いを身に宿した人間である以上、何を秘めているかわからない。



「それでは、行ってきます。実に・・・嫌ですね、また過去に戻って運命を変えるために奮闘するなんて。」
「もっともだよ。まぁ、それで最後さ。僕は、もうリセットボタンは押さないはずだから。」
「・・・お願いしますよ、夕波みつきのことを・・・。くれぐれも、失敗しないように。」
「あぁ。」

亀山弦一、一昔前の僕は、銀時計を握りしめる。すると、徐々に亀山弦一の姿が薄らいでいく。
これから彼は、亀山弦一としての人生を終え、進藤竜一としての人生を歩み出すのだ。
そして、水原月夜も、亀山弦一も、それぞれ別の存在となって、過去に戻り、運命を変えようと足掻き始める。
いずれも僕が通ってきた道であるはずなのに、なんだか他人事のような気がしてしまう。



亀山弦一の姿が消え、僕と右京こまち、それに、眩しい光に包まれた夕波みつきだけが、この場所に残される。

「これから・・・どうするんだ?」
「時間が無いので・・・。すぐに【はじまりの魔法】を取り込んでしまいましょう。」

僕は、夕波みつきのそばへと近づく。
既に烏丸祐一郎公爵は、夕波みつきに触れてしまい、その存在を失ってしまっている。
普通に触れようとすれば、その二の舞になってしまうだろう。

「・・・やっぱりダメだ!」

突然、右京こまちが大声でそんなことを叫び、僕は唖然としてしまう。

「ダメだ。私は認めない。お前が、夕波みつきの代わりに【はじまりの魔法】を得るなんて、私は認めない!」
「・・・落ち着いてください。」
「落ち着けるものか! お前が犠牲になる道理があってたまるものか!」

先ほどから、憮然としていた態度の、その意味がようやくわかったような気がする。

「大体、私は呪いのエキスパートだ。お前より、呪いについては詳しい。ここは、私が代わりに・・・。」



だから、僕は右京こまちを抱きしめる。強く・・・強く。



「・・・気持ちは嬉しいです。既に水原月夜としての人生を終え、2度の転生を経て、今は進藤竜一であるはずの僕を、
 あなたはそこまで想ってくれているなんて・・・。僕にとっては、とてつもない喜びです。」

右京こまちが何か言おうとするが、僕はそれを許さない。
だから、右京こまちの口を、僕の口が塞ぐ。
やり方が強引だったかもしれない。ゆっくりと口を離すと、右京こまちの顔は真っ赤に染まっている。

「でも、そんなことをしたら、僕の今までの人生は何だったんでしょうか。
 ここまで運命に抗おうと努力してきて、ようやく身代わりになれると思った矢先、あなたが僕の代わりになるなんて・・・。
 僕は、最後までしっかりとけじめをつけたいんです。わかってください。」

もう一度、さっきより、少し優しく、右京こまちの口にキスをする。
数秒の後、僕は右京こまちを解放する。

「僕は・・・夕波みつきのことが好きです。この世で一番好きです。ですが、だからと言ってあなたのことが嫌いなわけじゃありません。
 あなたも、僕の中では大切な人の1人だと思っています。僕が水原月夜だったとき、ミニョルフに操られて暴走していたあなたに、僕は、
 ”あなたには、もっと普通の人間として生きてほしい。強がらないで、もっと人に甘えることを知ってほしい。これが僕の今持っているあなたへの気持ちです。
 これが愛と言えるかどうかはわかりませんが・・・僕は、まず、あなたの背負っている運命に対する、新たな道を切り拓いてあげたいのです。”
 そう言いました。まぁ・・・あなたが暴走していた時なので、覚えているか、わかりませんが・・・。」
「・・・て・・・いる。」

何か、小さく右京こまちが呟いた。

「えっ?」
「覚えているっ! お前の、あの時の言葉は、私の心には・・・届いていた。嬉しかった・・・。」

微笑を浮かべ、眼に涙を浮かべている右京こまちを見て、僕はようやく右京こまちの中に、かわいらしい女の子を見つけた気がした。

「・・・その言葉だけで、私は十分だ。それなのに、お前は・・・抱きしめた挙句・・・キ・・・キスなんか・・・。」
「あ、えっと・・・その・・・。」

途端に、さっき自分がやったことの恥ずかしさを感じ始め、僕は俯いてしまう。

「だ、だから、良いんだ。私はもう十分に幸せだ。お前も、ここまでがんばってきたんだろう?
 それで良いじゃないか。最後ぐらい、お前も・・・私に・・・甘えろよ。」

僕の手を、右京こまちが握ってくる。
とても暖かいぬくもりを感じる手・・・。



しかし・・・。



「そういうわけだ・・・。だから、私の最後の我がまま、黙って見届けて欲しい。」
「なっ、ちょ・・・ちょっと、これはっ!」

首から下の身体の自由が効かない。完全にやられた。
右京こまちに呪いをかけられたのだ。

右京こまちは、僕から手を離し、ゆっくりと夕波みつきに近づく。

「ダメだ! それは、それは僕が・・・!」
「・・・ごめんね。でも、好きな人に、辛い思いをさせたくないの。」

今まで一度も聴いたことが無い、女の子の口調で、右京こまちは言葉を紡ぐ。

「私は、十分ここまで生きたの・・・。数百年も。多くの呪いを身に宿してしまった私は、もはや死ぬことすら無いと思ってた。
 永遠に孤独に生き続け、毎日悪霊を退治したり、呪いを解いたりするだけの人生だと思ってた・・・。
 でも、最後の最後で、私は何のために生きてきたのか、その理由をようやく見いだせた。
 ・・・私がもし、あなたと出会わなかったら、私は残酷な人生を歩み続けていたわ。本当に、ありがとう。」



力を我が身に



右京こまちの、呪いの言葉が、辺りにこだまする。
夕波みつきに秘められた【はじまりの魔法】を吸収し始めたのだ。

「本当に・・・ダメだ。そんなことをしたら・・・。」
「もう、そんなことを言っても遅い。」

どんどん、右京こまちが【はじまりの魔法】を吸収していくのが見える。
それと同時・・・右京こまちの身体のいろんなところで、皮膚が裂き、血が噴き出してきた。
明らかに噴出している血の量が多い。数分と言わないうちに、致死量に達してしまいかねない。

「はぁ・・・はぁ・・・。」
「それ以上は、本当に・・・死んじゃいますよ・・・。」
「手遅れ・・・だ。もう・・・気力・・・だけで・・・動いている・・・からな・・・。」

僕の頬を涙が次々と通過していく。
だが、身体の自由を封じられていて、拭うこともできない。

「もう少し・・・もう、少しだ・・・。」

徐々に、夕波みつきから発せられていた金色の光が無くなっていく。
しかし・・・それと並行するように、右京こまちの命の灯も・・・。

「は、はは・・・水原・・・幸せに・・・な・・・」



そして、夕波みつきから【はじまりの魔法】が完全に消失し、同時に、右京こまちも・・・。



続く