終わりの世界とグラサン少女




〜13〜



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僕とあなたが1歳違いだったことを、これほど悔やんだ日があっただろうか。
3月下旬、僕たちの大学も、他の大学と同様、卒業式を迎えていた。
大学の正面の門から中央校舎に向かって伸びる桜並木の桜は、いつもより早く満開を迎えていて、卒業生を祝福しているかのようだった。

講堂での式典に出席した僕は、式典終了前に講堂を出て、桜並木をゆっくり歩いていた。

あなたは、僕より1歳年上のために、僕より先に卒業してしまう。
あなたが設立した僕たちのサークルは、結局メンバーが初期から1人も増えることなく、この3月で解散を迎えた。
1人、この大学に取り残される僕は、これからやってくる大学生活最後の1年を、どう過ごせばよいのかを考える必要があった。
最初にこの大学で、あなたと直接出会ったのも、そういえばこの桜並木だったから、もしかしたら良い案が出るのではないかという思いもあった。

でも、まるで何も思い浮かばなかった。

虚無感だけが僕を支配していた。
それ以外に、何があるだろうか。

ポケットに手を入れると、すっかりボロボロになってしまった秘密のメモ帳があった。
僕にとって重要な人物に関する情報を書き記したメモ帳も、1年半ぐらい前からはほとんど意味を成していなかった。
それでも、右京こまちからもらった御守り同様、なんだか持っていないと落ち着かない、と言う理由から、ポケットに忍ばせ続けていた。
・・・でも、もう僕には必要ないだろう。僕は、近くにゴミ箱を見つけ、秘密のメモ帳を放り込んだ。

ところどころに設置されたスピーカーから、式典終了のチャイムが鳴り響いた。
数分して、講堂から続々と人が出てきた。スーツ姿の男もいれば晴れ着姿の女もいるところから、卒業生であるとすぐに解った。
もうそろそろ、ここも人で溢れかえるだろう。この桜並木は、卒業式の時には花道として使われるのだから。



「・・・で、そんなところで何をしているんですか?」
「見てわかるだろう。」

紺色の和服を着て、木陰からこちらの様子を伺っている1人の美しい女性に声をかけると、そんな言葉が返ってきた。
正直言ってわかりたくもない。部外者であるはずの右京こまちが、どうしてこんなところにいるのか。

「・・・まぁどうでも良いですが。」

僕は、ふぅ、とため息をついた。

夕波みつきたちがこの大学を卒業すると、年下である僕だけが大学に取り残される。
それは言い換えれば、夕波みつきの行動を僕が見張れなくなる、ということになる。

「今後は、僕も就職活動で忙しくなりますし、そう簡単に動けなくなります。」
「フリーのカメラマンを目指すんじゃなかったのか?」
「世間から離れた生活をしているあなたは解らないかもしれませんが、フリーで生きていくと言うのは簡単じゃないんですよ?」
「ふむ・・・そういうものか。」

夕波みつきも、当初はフリーのカメラマンを目指していた。
亡くなった父親の職業を受け継ぎたい、という意思があったのは言うまでもないだろうが、しかし社会は厳しい。
僕も、夕波みつきの父親である夕波まことに1度だけ会ったことがあるが、やはりフリーで生きていくことは相当な覚悟が必要であることを教えてもらった。

徐々に桜並木に人が増えていく。卒業生を送り出す花道を形成しようと、大学のOB・OGたちが参列者を整列させていく。

「まぁ良い。今後の事は、また屋敷で改めて相談するとしよう。先に帰ってるぞ。」
「・・・何のために来たんですか?」
「お前の顔が、どんな表情をしているか・・・確かめに来ただけだ。」

そう言い残して、右京こまちは木陰から一瞬にして消えてしまった。
結局何がしたかったのか・・・。



やがて、卒業生たちが花道を通過し始めた。
花束を受け取る者、在校生と握手を交わす者、なかには抱擁を交わす男女の姿もあった。
そして・・・。

「あっ、水原君! お〜い。」

最初に僕の姿に気付いたのは、大海なぎさだった。その後ろには蒼谷ゆい。そして夕波みつきの姿が見えた。
すぐに駆け寄ってきた3人を見ると、女子2人は晴れ着、蒼谷ゆいはスーツを着ていて、それぞれとても似合っていた。

僕たちは、他愛もない会話を交わし、そして別れた。
別にすぐ会えなくなるわけじゃない。僕たちはみんな、会おうと思えばすぐに会える場所に住んでいたのだから。



今思えば、あの日を境に、僕たちの平和な日々は終わってしまったような気がしてならない。
もちろん雪山での遭難など、事件もあったけれど・・・とても充実していた。あの頃に戻りたい。
また部室で、大海なぎさが笑い、蒼谷ゆいが大海なぎさの表情を伺い、夕波みつきは冷静ながらも微笑を浮かべて、
そして僕がその平和な光景を写真に収めて・・・。

呪いとか悪霊とか、そんなことを考えなくてよかった、あの時間。
あの時間が僕は・・・。



大好きだった。



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「運命を、僕は切り拓いて見せます。」



平和な日々の記憶を思い出しながら、僕はそう言った。
間一髪というところで、間に合った。もう少しで夕波みつきを失うところだった。
・・・しかし、油断はできない。目の前に居るのは、僕が知っている限りで、心身ともに最強の人間。
紺色を基調とした和服に身を包んだ、大和撫子と形容できそうな美貌を持った女性、右京こまち。
今は【影桜】を持っていないのか、素手を振りかざし、僕のすぐ後ろに立っている夕波ひよりに襲い掛かろうとしている。

僕は、そんな右京こまちの右腕を抑え込んでいる。
物凄い力だ。もはや人間の出せる力をはるかに超越してしまっているのだろうか。
しかし、そんな力に耐えられる僕も、もう人間を超えているだろう。

「・・・」

右京こまちの表情から、何も読み取ることができない。
眼が虚ろであることから、何者かに操られていることはほとんど明らかだと思っていいかもしれない。

「悔しいですが・・・情報戦に強いと自負していた僕が、情報面で他の人に遅れを取っています。
 現に、今どうしてあなたが暴走状態にあるのか、僕はわかりません。ですが・・・。」

さらに力が強くなる右京こまちの前に、僕は言葉を続けるのが困難になる。
でも、これだけは言わなければならない。

「あなたが、僕に抱いていた気持ちを、知らなかったとでも、お思いですか?」

それに気づいたのは、夕波みつきを助けた後、インターネットカフェに滞在していた時だった。
いつもと様子が違う右京こまちを見ていて、僕はふと気が付いたのだ。
そして、あの日、右京こまちにベッドで後ろから抱き着かれたとき、その気付きは確信に変わった。

「・・・あなたは・・・僕と一緒に生活しているうちに・・・徐々に僕のことを気になり始めた。
 でも表向きは、僕より優位性を示したかったばっかりに・・・強気を見せないわけにはいかなかった・・・。
 一方の僕は、夕波みつきのことしか考えていませんでした・・・。それに嫉妬していたんじゃないですか?」

言いたいことがどんどんと溢れてくる。今まで水を塞き止めていたダムが決壊したかのように・・・。

「あなたは強い・・・心も、身体も。もはや、普通の人間を何人集めたとしても、あなたには及ばないかもしれません。
 でも、長い間・・・僕が生まれる遥か昔から、孤独に生きてきたあなたは、僕が現れたことで変わってしまった。
 いや・・・僕が変えてしまったのかもしれません。それも含めて、僕はかつて罪悪感を抱いていました。」

右京こまちの表情は変わらない。

「でも・・・今は罪悪感を感じていません。僕はあなたを変えてしまったことが罪であるとは考えなくなりました。
 あなたには、もっと普通の人間として生きてほしい。強がらないで、もっと人に甘えることを知ってほしい。これが僕の今持っているあなたへの気持ちです。
 これが愛と言えるかどうかはわかりませんが・・・僕は、まず、あなたの背負っている運命に対する、新たな道を切り拓いてあげたいのです。」

右京こまちの表情は・・・変わらない。
僕の本当の気持ちを伝えれば、変わるかもしれない。そう思ってのことだったが・・・無駄な足掻きだったか。
他のみんなは、黙って僕の様子を見守っているが、どんな表情を浮かべているかを確認するだけの余裕が、今の僕には無い。

「無駄だよ。君の気持ちは、今の右京こまちには伝わらない。」

ミニョルフの声が部屋に響き渡る。
おそらく長官室から、ここの様子を覗き見ているのだろうか、ミニョルフの気配そのものは感じられない。

「さぁ、右京こまち、【終わりの魔法】を破壊するんだ。」
「・・・」

ミニョルフの声に反応するかのように、右京こまちの右腕に込められた力はさらに強まっていく。
これ以上は耐えられない。だからと言って・・・僕に秘められた【はじまりの魔法】の力を使うわけにはいかない。
どうすれば・・・どうすれば良いんだ。

「ぐっ・・・がはっ・・・」

僕は血を吐いた。
迂闊だった。右京こまちが素手のみで戦闘を仕掛けるほどの愚か者では無いことを、僕は失念していた。
呪いだ。僕が掴んでいる右京こまちの右腕から、僕の身体に呪いが侵入してきている。
体中を、何かが這いずり回っているような感覚に襲われる。そして・・・



一瞬だけ、記憶を失った。



次に目が開いた時、僕は終わりを悟った。
部屋の壁に叩きつけられていた僕は、右京こまちに首を絞められている夕波ひよりの姿を目撃したからだ。
夕波ひよりは、足掻こうとはしていない。足元に被っていた麦わら帽子を落としていて、金髪の長い髪の全貌が露わになっている。
冷たい目で、右京こまちを見据える夕波ひより。

「あの悪魔の言葉に従わない方が身のためよ。今のあなたでは、私を壊すことは出来ない。
 それどころか、あなたの存在自体が破壊されてしまうわ。」

首を絞められているはずなのに、すらすらと話す夕波ひより。
やはり、夕波ひよりは人間では無く、呪いそのものなのだろう。

「【終わりの魔法】さえ喰らってしまえば、お前が恨んでいる私たち【九神霊】ぐらい、簡単に討伐できる。
 ただそれだけのことで、お前は強大な力を得ることができる。」

ミニョルフのその言葉に、ますますミニョルフがいったい何を考えているのかわからなくなってくる。
自らの敵となる可能性を秘めた人間を作り出そうとしている理由は何だろうか。
すっかり身体の自由を奪われてしまった僕にとって、残されたのは思考のみ。

ふと、周りを見れば、大海なぎさも、蒼谷ゆいも、烏丸祐一郎もその場に倒れてしまっている。
いずれも、完全に意識を失っているようで、今何が起こっているのかもわかっていないだろう・・・。

「さぁ、右京こまち。見せてみろ。」

そのミニョルフの発言が合図となったのか、ゆっくりと右京こまちは口を開く。



力を我が身に



確かにそう言った。霊体の霊力をすべて奪ってしまう呪いの言葉を。
通常ならば、対象者を十分弱らせなければ通用しない呪いだが、もはやこの状態になってしまった右京こまちにとって、
そんなことは些末な問題なのかもしれない・・・。

髪の色より眩しい金色に輝きだす夕波ひよりは、僕の方を1度見て、ゆっくりと微笑んだ。
その表情が夕波みつきによく似ていて、やはり親子だな、と思ってしまう。

金色の輝きが、少しずつ右京こまちの身体に吸収されていく。
そして、すべての輝きが失われたところで、夕波ひより・・・いや、夕波みつきは乱暴に降ろされた。
【終わりの魔法】が完全に消えてしまったのだ。



夕波みつきは、動く様子が無い。右京こまちも、その場に立ち尽くしている。



そこに、1人の男が、部屋にゆっくりと入ってきた。進藤竜一だ。
進藤竜一は、目に涙を浮かべながら、倒れている夕波みつきを見て、ゆっくりとしゃがみ込み、夕波みつきの髪を優しくかき上げた。

「・・・ごめん、こうするしか無かったんだ。」

小さな声で、進藤竜一は呟いた。

「でも、あとは僕が【はじまりの魔法】を受け継ぐから・・・大丈夫。そうすれば、君はもう残酷な運命を見なくていいんだ。
 世界を救うのは、僕の役目だから・・・だから・・・。」



・・・ダメだ。視界がぼやけてきた。体中に巡っている呪いが、僕を侵食し続けている。
意識を保てない・・・。ダメだ、最後まで見続けなければ・・・進藤竜一が何をしようとしているのかを・・・知らなければ・・・。

でも・・・もう・・・。



・・・



>>>



そして僕は、ふと目を覚ました。

ここはどこだ・・・?
夕波みつきは・・・右京こまちは・・・進藤竜一は・・・他のみんなはどこへ行った?

かけられていたはずの呪いは、僕の中から完全に消えていた。
手足の自由が戻っている。視界も、聴覚も良好だ。
僕の着ている服は、見るも無残なボロボロの姿になっていた。
ところどころ破けているだけでなく、砂埃を被ったような汚れもついていた。

辺りを見回す。
崩れ落ちたビル。割られて散乱した窓ガラス。強大な力によって凹んでしまったような道路・・・。
まるでゴーストタウンのような印象を受ける。しかし、どこかで見たことがあるような風景。
それが、国家国防省という名の都市であることに気付いたのは、遅くなかった。

しかしどうしてこんな状態になってしまったのか・・・。僕が意識を失ってから、いったい何があったのだろうか。
他のみんなも見当たらない。どこに行ってしまったのだろうか。

そういえば、この閉ざされた都市の中でも携帯電話は通じるという話を、亀山弦一はしていた。
僕は急いでポケットに手を入れ、携帯電話を取り出す。しかし・・・。

「電源が入りませんね・・・。」

充電切れなのか、それとも壊れてしまったのか、携帯電話の電源は入らない。

どうするべきか、少し考えた挙句、とりあえず【都市中央機構棟】に向かうことにした。
今僕が居る場所は、【都市中央機構棟】から、少し距離が離れていたが、【都市中央機構棟】に向かう途中で通った道だった。
どうして僕があんな場所で寝ていたのか疑問が残るが、【都市中央機構棟】を目指して、歩いた。



そして、僕は愕然と、肩を落とした。



【都市中央機構棟】は、ここに確かにあったはずだった。
しかし、今はその姿が見当たらない。この都市でもっとも高いビルだったはずの建物が、忽然と消えてしまっていた。
いや・・・よく見れば、建物の基礎の部分は残っている。さらに周囲を観察すれば、明らかに【都市中央機構棟】だった瓦礫が散乱している。
まるで、【都市中央機構棟】で物凄い爆発でもあったかのような・・・。

「・・・おかえりなさい。」

突然、後ろからそんな言葉をかけられた。
驚いて振り返ると・・・そこには亀山弦一が居た。
僕と同様、普段はしっかりしていた身なりも、相当傷を負っていて、おまけに片足に火傷らしき痕まで残っている。

「・・・驚きましたか。【都市中央機構棟】は、爆発によって、無残な姿になってしまいました。」

やはり爆発があったのか、と思う。

「どうして爆発が起きたか・・・わかりますか?」
「進藤竜一が、【はじまりの魔法】の力を得ようとした結果・・・失敗して、爆発が起きました。
 爆発の中心源を見るとわかりますよ。」

亀山弦一に促されるように、僕たちはかつて【都市中央機構棟】があった場所の中央に足を踏み入れていく。
瓦礫が散乱し、思うように先に進むことには苦労したが、ようやくたどり着いた時、その光景を見て僕は驚愕した。

夕波みつきが、金色の光を全身に纏って、横たわっているのだ。

「どうなっているんですか・・・。」
「【はじまりの魔法】が動き出したんです。世界を、人間を滅ぼそうとする最悪の呪いが。」
「そんな・・・。」

僕は力なく、その場に膝から崩れ落ちた。

「もう、どうすることもできないんですか?」
「先に言っておくと・・・先にここに辿りついた烏丸祐一郎公爵は、この夕波みつきに手を触れるや否や、消滅しました。」
「なっ!?」
「・・・それほど力が強大だと・・・言うことです。」

烏丸祐一郎公爵が・・・消滅した?

「ほ、他のみんなはどこに!?」
「・・・大海なぎささんと、蒼谷ゆい君は、倒れて意識を失っていたところを私が発見し、外で待機していた白河さんたちに引き渡しました。
 右京こまちさんと、進藤竜一については、まだ所在がわかっていません。安否すら、掴めていないところです。」
「所在も・・・安否も・・・。」

どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・。

「【はじまりの魔法】が動き出したってことは・・・たとえ助かったとしても、呪いから逃げられないんですか。」
「・・・それに関してですが、これ、覚えていますか?」

亀山弦一は、ポケットから、見覚えのある銀時計を出して、僕に見せてきた。
確か、あの遭難事件で見せた・・・時を少し操ることができる時計だったか。

「この都市の内部の時間を、この銀時計を使って少しだけ止めています。
 その間だけ、【はじまりの魔法】が外部に漏れだすのを防ぐことができます。タイムリミットはごくわずかですが・・・。」

もしタイムリミットを使い切ってしまったら、もう終わりということだろうか。
・・・僕にできることは、何か無いのか。

「僕は、いったいどうすれば良いんでしょうか?」
「・・・1つだけ、たった1つだけ、どうにかする方法があります。」

有意義な答えが返ってくると思わなかった質問だっただけに、そんな返答を受けた僕は、えっ、と声を上げる。

「でも・・・その方法は、推奨できません。成功するかどうか、わからないので。」
「今の僕は、たった1本の藁でさえ、しがみつきます。教えてください。その方法を。」

まだ完全に終わったわけじゃない。方法が残されていると言うなら・・・僕は・・・。

「過去に・・・過去に戻るんです。過去に戻って、この未来を、運命を回避するための行動を起こすんです。」
「過去に戻る・・・。運命を回避するための行動・・・。」
「行動次第では、この運命を変えられるかもしれません・・・。もちろん、絶対を保証することはできませんが。」

過去に戻る・・・。おそらく、亀山弦一が今、手に持っている銀時計を使えば、それぐらいのことは出来てしまうのかもしれない。



「・・・わかりました。」



不思議と不安は無い。亀山弦一の発する言葉にはいつも、どこか信じても良いような錯覚を起こさせるものが含まれている気がする。
今回も、例にもれず、大人しく亀山弦一の言葉に従う方が、正しいような気がしている。

「本当にそれで良いんですか?」
「・・・僕は、そうするしかないんです。」

僕自身に、そう言い聞かせているような気もあるが、それ以外に方法が無いのだから仕方ない。

「運命を変える力を、僕が直接持っているわけじゃないですが、それでも君が過去に戻り、運命を変えたいというなら、
 2つだけ、君に、僕の持っている力をあげましょう。それを上手く使えるかどうかは、君次第です。」
「・・・たとえ使いこなせなくても、それでも、僕は・・・。」

それでも僕は、こんな姿になってしまっている夕波みつきを見ていたく無い。

「両手を、出してください。」

言われるがまま、両手を差し出す。
僕の右手に、亀山弦一の手が重なったかと思うと、突然何かが右手に握られる。
銀時計だ。時を操ることができる・・・。

「時の流れを、少しだけ。ほんの少しだけ、操作できる時計です。この時計は、時を呪います。」

そして、僕の左手にも、何かが握られる。
しかし目には何も映らない。確かに感触はあるのに、それが何かわからない。

「こっちには、自分自身を呪うことができる呪いを渡しておきます。この呪いを使えば、君は一瞬にして死ぬことができます。
 もし・・・運命を変えることを、心から諦めるときがきたなら、使ってください。現実を受け入れる心の準備さえ用意できていれば。。」
「・・・ありがとうございます。」

やはり、亀山弦一は普通の人間じゃない、と改めて思う。
普通の人間が、時を操る銀時計や、簡単に人を殺してしまうような呪いを持っているはずがない。
亀山弦一は何者なのか、僕の疑問は、最初に出会った時から、そこに集中している気がする。

「でも・・・この銀時計が無ければ、時間を止めることができないんじゃないんですか?」
「大丈夫です。この銀時計は・・・。」

亀山弦一はポケットから、もう1つ、同じ銀時計を取り出す。

「2つで1セットなので。」
「そう・・・だったんですか。」

僕は、右手に持っている銀時計を握りしめる。

「時間が惜しいので・・・。早くしないと、過去に戻る前に【はじまりの魔法】が外部に放出してしまいます。」

黙って頷く。

「その銀時計に、強く願ってください。過去に戻り、世界の運命を変えたい、と。」

言われるがまま、銀時計に願う。
世界の運命を変えたい。あの頃の平和を取り戻したい。また、夕波みつきや大海なぎさや蒼谷ゆいと・・・。

「・・・頼みましたよ。」
「はい。」



銀時計に願うたび、目の前が、少しずつ・・・少しずつ、白んでいく。
眩しい、目が開けていられないほどの、白、白、白。



意識が薄れていく中、僕は亀山弦一の最後の言葉を聞く。

「さようなら。親愛なる、友よ。」
「・・・」



続く