終わりの世界とグラサン少女




〜12〜



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巨大な窓ガラスに映し出された外の景色は、すっかり夜を現していた。太陽は沈み、代わりに月が浮かんでいる。
周囲の建物の明かりもあってか、状況が悪くなければ、この絶景をゆっくり眺めていたいとさえ思わせる。

「水原月夜。」

突然、進藤竜一に名前を呼ばれ、ドキリとする。

「君は、この世界をどう思う?」
「どう思う・・・と突然聞かれても、困りますね。」
「私はこの世界が大好きだ。大自然も、人間社会も。何もかも。」

何かを満足しているかのような微笑みを見せる進藤竜一。
その真意を僕は知ることができない。

「亀山弦一、君もそうだろう?」
「・・・そうは思いませんね。僕は僕のやるべきことをやるだけです。それ以外のことに関しては興味を持ち得ません。」
「そうか・・・まぁ、君はまだ一種の境地まで達していないから仕方ないね。」

境地とやらを持てば、この世界は素晴らしく見えるのだろうか、と疑問に思う。
僕はついにしびれを切らし、本題を聞き出すことにした。
一介の警察官であるにも関わらず、異常なまでに国家国防省や幽霊・呪いなどに詳しすぎる亀山弦一。
【魔神ミニョルフ】との関係を持ち、国家国防省を組織して、世界を救うなどと言っている進藤竜一。
この2人の正体を知ることで、僕の持っているあらゆる疑問が一気に解決するのではないか、そう考えて・・・。

「・・・これ以上はぐらかされるのは、申し訳ないですが遠慮して欲しいですね。あなたたちが何者であるか、そろそろ答えてください。」

しかし・・・亀山弦一も、進藤竜一も、僕の質問にすぐには答えようとしない。
ここまでストレートに聞いても答えない理由は何だろうか。
答えられないのか・・・たとえば、以前、僕が右京こまちにかけられた口封じの呪いのようなものが2人にかけられているとか。
そのキーワードになりそうな言葉は、先ほどから2人が言っていた・・・次元と時の法則、か。

「次元と時の法則。それがあるために、あなたたちは僕に正体を明かすことができない、と?」
「・・・そういうことさ。」

そう答えた進藤竜一は、天井を仰ぎ見る。

「私はこの世界が好きだ。でも、唯一嫌いなものがあるとすれば、それはこの世界のシステムを作り出した何者かかもしれない。
 ・・・私たちは、おそらくその何者かが作ったストーリーに、運命に、乗せられているだけ・・・。
 私たちが自力で起こした行動と判断も、実はすべて予め決められたものでしかない。私はそう思う。
 次元と時の法則、それは言い換えれば、どんなにイレギュラーな行動を起こそうとも、定められたストーリーを逸脱することができないルールだ。
 例えば・・・君が今ここで私を殺すとしよう。その結果、どんな事態が発生するかは、今の段階では私たちにはわからない。
 でも、この世界を作り出した何者かは、すべて知っているはずなんだ。」

いきなりおかしな話を始めた進藤竜一に、僕は口を挟むことを躊躇う。

「そして、私と亀山弦一は、イレギュラーな行動を起こして、定められたストーリーを超越しようとしている。
 【はじまりの魔法】によって、世界が滅亡するという残酷な運命を変えるために。」
「・・・どうしてそんな運命があるとわかるんですか?」
「知っているからさ・・・。そのうち、君もわかるよ。」

亀山弦一は、そう言いながら僕を憐れむような目で見る。
しかしすぐに進藤竜一の方を向き直し、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

「・・・でも、僕も、正直なところ、あなたの正体は気になるところです。まぁ、おおよその見当は付きましたが・・・。」
「亀山弦一・・・。君は既に1度、イレギュラーを起こしているからね。君が想定しうる範囲に、私の正体は存在する。
 しかし、それは同時に、君の存在が完全なイレギュラーじゃないってことを明らかにしている証拠だよ。
 君はまだ定められた運命を逸脱することができない。【終わりの魔法】を作り出したところで、【はじまりの魔法】を抑え付けられない。」
「それでは、僕はこれからどうするべきでしょうか?」
「・・・君が、不完全なイレギュラーだとすれば、運命を変えようと無邪気に足掻いたとしても無意味に終わる。」

進藤竜一のその言葉に、亀山弦一は、懐から1丁の拳銃を取り出す。
その拳銃を誰に向けるのかと思えば、なんと自らの額に銃口を当てる。

「ここで僕が自殺しようとすることは、イレギュラーでしょうか?」

そんなことを言う亀山弦一。

「無駄だよ。次元と時の法則が、君を支配する限りは。」
「やってみなければ、わかりません。」

何の躊躇も無しに、亀山弦一は引き金を引こうとする。
・・・しかし、パキッと音を立てて、拳銃から何かの破片が落ち、亀山弦一はため息をついた。
引き金が根本から折れたのだ。普通、そんなことはありはしないはずなのに・・・。

「・・・わかっただろう? 自害することさえ、次元と時の法則は許さない。ついでに言うと、君は私や水原月夜を殺すこともできない。
 君の行動は、すべて予定調和に支配されているんだ。その点ではおそらく、この部屋に居るなかで、君は一番報われない存在かもしれない。
 もっとも・・・私も、君や水原月夜を殺すことはできない。でも、私は唯一、運命を逸脱できる可能性を持っているんだよ。」

亀山弦一や進藤竜一は、僕を殺すことができない・・・?

「もうそろそろ、世界が終わりを告げるカウントダウンが始まる。もう、君たちは黙って定められた運命に従っていればいい。
 私が後はどうにかしよう。何も不安がることは無いよ。」
「話し合いは終わったかい?」

突然、そんな声が部屋の一角から聞こえてくる。
落ち着いていて、しかし、どこか人を馬鹿にしているかのような口調・・・。
声の発生源に僕たちは顔を向ける。するとそこには、あの猫顔の悪魔、【魔神ミニョルフ】が佇んでいる。
まるで最初から、ずっとそこで僕たちの話を聞いていたかのように、ゆったりと壁にもたれかかっている。

「あぁ、終わったよ。あとは【はじまりの魔法】を手にいれるためのピースを揃えるだけさ。」
「そうかそうか。ならばもう大丈夫だね。」

何が大丈夫なのかはさっぱりわからない。
しかしミニョルフは満面の笑みを浮かべている。

「【終わりの魔法】は、そろそろ右京こまちと接触する頃さ。仕掛けは万全。
 あとは右京こまちが【終わりの魔法】を破壊してくれさえすれば、君は安心して【はじまりの魔法】を手にいれることができる。
 君の考えた作戦は実に非の打ちどころが無いと思うねぇ。
 【はじまりの魔法】を封じている【終わりの魔法】を破壊するために、右京こまちに強大な力を蓄えさせて利用する。
 国家国防省として、さまざまな霊体の討伐などを依頼したことは、すべてそこにつながっているとは、本人は知らないだろうに。」

そのミニョルフの言葉を聞いて、僕は愕然とした。
右京こまちは、ずっと前から進藤竜一に利用されていた。すべては【終わりの魔法】を破壊するために。
そのために・・・。

「くっ!」

僕は、なんだか居てもたっても居られなくなり、部屋の扉に走り出す。

まだ全ての謎が解けているわけでは無い。
夕波みつきの姿が消え、代わりに母親である夕波ひよりが現れた原理や、
【はじまりの魔法】を得て進藤竜一が何をしようとしているのかについて、
僕の持っている情報では、説明がしきれない・・・。

でも、もし【終わりの魔法】・・・夕波ひよりが、右京こまちによって破壊されたら、夕波みつきはどうなってしまうのだろうか。
いや・・・それを考えるなら、進藤竜一に撃たれた時点で、夕波みつきが本当に死んでしまったのかどうかを気にかけるべきかもしれない。

「逃げるのかい? それは困るなぁ。」

扉の前を、瞬時にミニョルフが塞ぐ。

「君を殺すことはできないけれど、君を足止めすることは許されている。余計な行動は起こさないことだよ。」
「そこを・・・どいてください!」

左手の人差し指に巻き付けていた【黒月帯】を取り去る。すると、小さく開いた傷口から青白い液体が滴り落ちる。
その人差し指をミニョルフに突き出しながら接近する。

「【はじまりの魔法】に呪われながらも、その力を上手く使いこなそうとする君には、本当に感服だよ。
 カロッサから聞いていたけれど、人間のなかでも一番やっかいなのは、”自らの命を顧みない”者らしいね。」

ミニョルフに人差し指が触れる、あと数センチというところで、ミニョルフは僕の左腕をつかんで止める。

「他の霊体には、その精神が無い。自らの命を最優先し、必要とあらば家族だろうが仲間だろうが見捨てる。
 でも中には、人間とふれあっていくうちに、愛に目覚める霊体もいる。【美麗帝ユニカ】は典型的な例だろう。」

腕を引き抜こうにも、ミニョルフの力が強く、まったく動かすことができない。

「【九神霊】のなかでも、私やカロッサは、その精神に深い恐怖を抱いているのさ。何故だかわかるかい?」
「自分の命を顧みない者ばかりが集まると、一度争いが起きた時、収拾がつかなくなるからですか?」

僕より先に、そう答えたのは亀山弦一だった。
ミニョルフは、まるで出来の良い教え子のもっともらしい回答に、感動を覚えるような口調で話を続ける。

「そうだよ。捨て身の精神を持つ者同士が戦うと、どちらかが死ぬまで争いは続く。
 でも、自分の命を大切に思う者はどうだろうか。争いの途中で、逃げ出すことを知っている。
 ところが、君たち3人は、戦いから逃げることを忘れてしまった人間だ。
 それも、戦っている相手は私たち【九神霊】ではなく、運命という目に見えない何かだ。
 君たちは命尽き果てるまで、運命を変えようとしている。世界を滅ぼすか、それとも大事な人を救うか、葛藤に挟まれるなかで。」

僕は右足を振り上げ、ミニョルフの左足を蹴る。
しかし、ミニョルフはびくりとも動かない。

「正直なところ、私たち【九神霊】は困っているのさ。人間が、私たちの世界を含めて、定められた運命を変えようとしていることに。」
「ならば・・・どうしてあなたは進藤竜一さんの味方をしているのですか?」
「良い質問だね、水原月夜。私は、彼の可能性を信じているのさ。進藤竜一なら、私たち【九神霊】の誰もが思いもしなかった新たな道を切り開くことを。」

新たな道を切り開く・・・。

「いずれにしても、君はそのうち、世界の真実がわかる。進藤竜一の抱えている苦しみを知ることができる。真実を掴みたいのなら・・・。」

ミニョルフは、突然僕の左腕を掴んでいた手を離し、部屋の扉を開けた。

「行くと良い。行って、真実を見ると良い。そして君は残酷な運命への一歩を踏み出す。そうしたら、君はもう後戻りはできない。」
「一体何を・・・。」

進路を塞いだかと思えば、行くと良い、と言い出す。ミニョルフがどうしてそんなことを言うのか、僕にはわからない。
ただ・・・どうもミニョルフが、心の底から僕を敵視しているように、感じられない。敵なのか、あるいは味方なのか・・・。

「知りたいんだろう?」

僕は、何も言わず、開けられた扉を抜けて、部屋を飛び出す。
何かの罠かもしれない・・・最初はそんな考えが頭をよぎったけれど。でも今、僕にできることは・・・。



右京こまちを止めることだけだ。



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「・・・誰か来る。」

右京こまちさんがベッドの上でそう呟く。
次いで、烏丸公爵も、この部屋に唯一ある鉄の扉の方に意識を向ける。
耳を澄ますと、誰かの足音が聞こえてくる。それも走っているような足音。

「この気配は・・・。蒼谷ゆいと・・・誰だ?」

蒼谷ゆい、その言葉に私は即座に反応し、思わず声を上げる。

「蒼谷君!? 蒼谷君なの!?」

すると、扉の外から聞きなれた、なんだか懐かしい声が響いてきた。
思わず、目に涙が浮かぶ。それと同時に、なんて今まで蒼谷君にひどいことをしてきたのだろうと、思ってしまう。

「なぎささん!? ここかっ!」

扉から、ガチャリガチャリと音がする。しかし扉は開かない。

「くそっ、鍵がかけられてやがる。」
「私が開けるから、そこをどいて。」

外から、蒼谷君の他に、聞いたことのない女の人の声が聞こえた。
右京こまちさんは、ベッドから体を起き上がらせる。無茶できない状態にもかかわらず。



ガチャリ



鍵が解除される音が鳴り、扉が開く。
飛び込むように、蒼谷君が部屋に入ってくる。

「なぎささんっ!」
「蒼谷君!」

蒼谷君は私を見つけるなり、駆け寄ってきて、私を抱きしめる。

「よかった。無事で、本当によかった。」
「ごめんね・・・ごめんね。」

ほっとしたのもつかの間、蒼谷君の向こう側に立っている1人の少女が視界に映る。
大きな麦わら帽子、長い金髪に白いワンピース、そして見覚えのあるサングラス。

「・・・おい、蒼谷ゆい。後ろに居るのは誰だ。」
「あ、あぁ・・・えーっと。」

蒼谷君は、右京こまちさんから質問を受けると、私を解放し、困ったような表情を浮かべる。

「まひる・・・。まひるなのか?」

烏丸公爵が、そう言った。
しかし、その少女は左右に首を振りつつ、こう答える。

「私は、まひるお婆様ではありません。私は、夕波ひより。みつきの母親です。」
「えっ・・・みつきの・・・お母さん?」

私は思わずそんな言葉を口にした。
確かにどことなく、みつきに雰囲気が似ている。少し違うところと言えば、髪の色と口調、だろうか。

「話せば長くなるっていうか・・・俺もまだちゃんとわかってないんだけどよ・・・。あー、くっそ、なんて言えば良いんだ。」

頭をくしゃくしゃにしながら、蒼谷君は吐き捨てる。
みつきのお母さん・・・。みつきから聞いたけれど、確かみつきを産んだと同時に亡くなっていたはず。
なのに、どうしてここにいるのだろうか。烏丸公爵と同じ、幽霊・・・?

「・・・人間、じゃないな。それに夕波みつきの気配がする。蒼谷ゆい、夕波みつきと水原はどうした?」
「水原は、まだたぶん最上階に・・・。あの進藤竜一や、亀山さんと一緒に居ますよ。」

水原君が、進藤竜一さんと一緒に居る・・・。もしかして、世界の真実について話しているのだろうか。
だとすれば、もう時間が無いのかもしれない。進藤竜一さんの言うとおり、世界が・・・。

「そんで・・・夕波だけど・・・。あいつは進藤竜一に、撃たれた。」

私を含め、烏丸公爵も右京こまちさんも言葉を失う。

「ま、待ってくれ。そんな顔しないで話を最後まで聞いてくれ。俺もよくわかってねぇんだ。
 確かに、進藤竜一に撃たれた。でもよ、なんだかわけのわからないうちに、夕波みつきがこの人に変わっていたんだ。」

蒼谷君は、夕波ひより、と名乗った女性を指差しながらそう言った。
みつきが別人になった・・・?

「この人は、自分を【終わりの魔法】とかって名乗ってるんだけど・・・あぁ、わかんねぇ。ちょっと自分で説明してくれよ。」
「・・・蒼谷ゆい君の言うとおり、私は、一時的にみつきと入れ替わっています。」

そして、夕波ひよりさんは語りだした。
自分が【終わりの魔法】という、みつきが持っている【はじまりの魔法】を抑える呪いであること。
みつきが、進藤竜一さんに撃たれた瞬間、【終わりの魔法】が発動して、入れ替わったこと。
【はじまりの魔法】に侵された人間は、体内に【はじまりの魔法の欠片】を宿し、自身の命をも顧みずに誰かを守ろうとすること。
もし【はじまりの魔法】の本体が動き出せば、世界中に一気に【はじまりの魔法の欠片】が広まり、あっという間に世界が滅んでしまうこと。

私が以前まで見えていた【はじまりの魔法の欠片】にそういう意味があったのか、とようやく理解した。

しかし、夕波ひよりさんが次々と話す内容は、あまりにも私の予想を超えていた。
進藤竜一さんの正体を知った時点で、これが異常事態であることは理解していたけれど・・・。

「なるほどな、大体の話はわかった。」

一通り話が終った後、右京こまちさんはそう切り出した。

「つまり、夕波みつきには【はじまりの魔法】の本体が宿っていて、夕波みつきが死ぬと、本来であれば【はじまりの魔法】が動き出すはずだった。
 しかし・・・亀山弦一は【終わりの魔法】を作り出し、【はじまりの魔法】が簡単に動き出さないよう封印した。
 そして、進藤竜一は夕波みつきを銃で撃ちぬき、殺したが・・・【終わりの魔法】が発動し、夕波みつきの母親であるあなたが現れた、と。」
「そういうことです。」
「夕波みつき自身は、それじゃあ死んだのか?」

夕波ひよりさんは左右に首を振る。

「みつきは、私の身体の中に一時的に匿っています。【終わりの魔法】は、発動から3時間で解除され、みつきが戻り、私は消えます。
 もちろん受けた銃弾や傷はすべて無くなった状態で・・・。」
「じゃあ、【はじまりの魔法】はどうなる?」
「【終わりの魔法】である私は、唯一【はじまりの魔法】の力を消去できるのですが、完全に消去するには3時間・・・。
 すなわち、3時間の後にみつきがこの世に戻った場合、【はじまりの魔法】は消えています。
 しかし・・・もし3時間以内に、私が消された場合、みつきは不完全な状態で戻り、【はじまりの魔法】が動きだします。」

すると、3時間、夕波ひよりさんを守れば、【はじまりの魔法】は消え、みつきも戻ってくる。
・・・そういうことになるのだろうか。でも・・・。



「でも、3時間、夕波ひよりさんを守ることができるでしょうか?」



突然、そんな声が部屋にこだました。
もう聞きたくないと思っていた声。悪魔と呼ぶにふさわしい、神の声。

「ミニョルフッ!? 貴様、どこにいる!」

右京こまちさんが、大声を上げる。そのままベッドから出ようとするが、思うように体が動かないらしく、ふらついている。

「その部屋の中には居ませんよ。私は最上階からずっとあなた方を見守っています。巻き込まれてはたまりませんからね。」

巻き込まれる・・・?

「さてさて、右京こまち。また目覚めてもらいますよ。
 今度は、目の前に佇んでいる、世界でも他に類を見ない強大な呪いの力を喰らいなさい。
 それだけの力を、あなたはもう持っているのですから。」
「な・・・なにを・・・。」

ふらついていた右京こまちさんが、ついに力尽き、床にひれ伏してしまう。

「あなたが【終わりの魔法】を壊すのです。さぁ、目覚めてください。」

私の記憶のかなたに、そういえば似たような言葉が私にもかけられていたことを思い出す・・・。
最初に進藤竜一さんと会った時・・・私は、同じように”目覚めさせられた”気がする。

床に倒れた右京こまちさんに、私は駆け寄る・・・しかし・・・。

「・・・」

私が手を差し出す前に、右京こまちさんは無言で起き上がる。
明らかに様子がおかしい。眼が虚ろな上に、素人の私でもわかるほどの殺気を周囲に放っている。

「まずい! なぎさちゃん、すぐに離れるんだ!」

烏丸公爵の声がかかるのがわずかに早かった。
それと同時に私は飛び退くと、右京こまちさんは人間とは思えないほどの叫び声を上げた。
鼓膜を貫くような甲高い叫び声・・・。耳を塞いでいても、ほとんど効果が無い。

私の身を守るように、蒼谷君が私の前に立つ。
「俺が、絶対に守るから!」と声をかけられ、私はこんな状況にもかかわらず微笑んでしまう。

右京こまちさんに、夕波ひよりさんは対峙する。
特に逃げるわけでも無く、ただ夕波ひよりさんは、様子を伺っている。

「さぁ、右京こまち、【終わりの魔法】を喰らうんだ。」

ミニョルフさんの声が部屋に響く。
そして・・・右京こまちさんは、ついに、夕波ひよりさんに物凄い速さで飛びかかった。



しかし、右京こまちさんの手は届かない。
夕波ひよりさんの前に、1人の男が割り込んでくる。
背が高く、いつもは何を考えているのかわからないような不気味な微笑を浮かべている顔は、今は凛々しいナイトになっている男。
かけているメガネの奥の瞳は、私が見たことも無いような気迫に満ちている。



間一髪で、右京こまちさんの右腕を抑えた水原君は、冷静に言う。



「運命を、僕は切り拓いて見せます。」



続く