終わりの世界とグラサン少女
〜6〜
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「無事に潜入できましたね。」
公爵は、小声ながらも、みんなに聞こえるように呟いた。
ここは国家国防省・・・と言う名の都市への唯一の入口を抜けた先にあった、狭い路地だった。
路地の先には、大通りが見える。行きかう人や車があり、本当にここが山奥の村を切り開いて作られた都市なのかと疑ってしまう。
国家国防省への侵入は、容易では無かった。
亀山さんの持っていた呪いの粉を宙にバラまき、警備兵を無力化しなければならなかったのだけれど、
思った以上に警備が厳しく、なかなか呪いの粉が舞うところまで来なかったことが大きい。
隠れて、警備兵を無力化するまでに10分もの時間を使ってしまった。
「・・・改めて説明させて頂きますが、ここは国家国防省の作った都市です。通常の都市と全くと言っていいほど同じ機能を持っています。
もちろん、住民も居ます。・・・ですが、住民はすべて国家国防省に関係のある人間です。
目立った行動をすれば、すぐに国家国防省の持つ兵がやってきて、戦闘になるでしょう。」
その亀山さんの言葉に、私たちが改めて敵地のど真ん中にいることを思い知らされる。
「・・・この中では指名手配されていると思っても良いでしょう。
また、目的地である【都市中央機構棟】と呼ばれている建物の周辺は、かなり強固な警備が敷かれているはずです。
私たちは、警備を掻い潜りながら、【都市中央機構棟】を目指します。そこに進藤竜一がいるはずです。」
「その進藤竜一さんに会うことが、一番の目的・・・というわけですね。」
水原は、亀山さんの言葉にそう付け加えた。
進藤竜一には、まだ一度も会ったことが無いけれど、でも水原の言う限りでは、相当に頭のキレそうな人間だったという。
なぎさは、そんな男に何かを言われて、国家国防省の側についてしまった。
・・・私は、進藤竜一がなぎさに何を言ったのかを知りたい。
なぎさは人一倍、鋭い感性の持ち主だと、私は思っている。
写真を撮るときのなぎさの目つきは、まるで別人になる。それを初めて間近で見た時は、私は開いた口が塞がらなかった。
人間観察にしても、見た目こそおっとりしているけれど、実は人をよく見ている。
かつて一度だけ・・・水原のどこか怪しい動きに勘付いたなぎさが、私に耳打ちをしてきたこともあったぐらい。
私は、なぎさを取り戻したい。
元々友人関係が希薄な私にとって、なぎさは唯一無二の親友だから、なおさらというべきかもしれない。
「それで・・・。まさか普通に、あそこに見える大通りを歩いて【都市中央機構棟】に行くというつもりでは無いですよね?」
「・・・変装して行く、という方法もありますが・・・無駄でしょう。」
私の質問に、亀山さんは残念そうに答えた。
「おそらくたとえ変装をしたとしても・・・やつらは、あなたの中にある【はじまりの魔法】を嗅ぎ付けるはずです。
国家国防省の人間にはバレないでしょうが・・・。敵対するはずの悪霊や化け物と、何故か裏でつながっているのが国家国防省ですから、
何らかの霊的な戦力を備えているのは、間違いない・・・と言っていいでしょう。」
「亀山さん、常々思っていたんですけど・・・どうしてそんなに国家国防省とか悪霊とかに詳しいんですか?」
そんな疑問を挙げたのは、公爵だった。
確かに・・・普通に考えてみれば、悪霊や化け物という存在を肯定する人はなかなか居ない。
もちろん、私を含めて例外も居るけれど・・・。それでも。
見た目は30代に入ったぐらいの、長身でやや痩せ気味。
どこか、私の隣にいる水原の雰囲気にも似た、達観したような目を持つ亀山さん。
もしかしたら特別な事情でもあるのかもしれない。
私が公爵と出会ったときのように、亀山さんにもそういった出会いがあったのかもしれない。
しかし・・・目の前の亀山さんは「今は、その質問に答えることができません」とだけ言って、大通りの方へゆっくりと歩き出した。
私たちも、慌てて、亀山さんについて行った・・・。
前もって言われたとおり、私たちは隊列を組んで、大通りを歩いていた。
先頭には、唯一、国家国防省の内部を知っている、いわゆる案内役の亀山さん。
その後ろ数メートル距離をおいて、私と水原が並んでいる。
さらにその後ろには、蒼谷。そして最後、先頭の亀山さんから見れば、15メートルほど後ろを公爵が守っている。
全体を見渡すことができ、さらに唯一人間じゃないために霊力を感じ取れる。
戦闘になったときはすぐに反応できるし、背後からの攻撃にも対応できるから。と言う理由で公爵が最後尾についている。
私たちが歩いている大通りは、普通の大通りにしか見えない。
おもちゃ屋のショーウィンドウの前で騒ぐ子どももいれば、手押し車に大きな買い物袋を下げた老齢のおばあさんもいる。
すれ違う人々は、やはり普通の人々にしか見えない。
車道を見れば、車の往来も、比較的多い。バイクもあれば、トラックもある。公共バスも走っているようで、交通の便は割と良いらしい。
「あんまりキョロキョロしていると・・・怪しまれると思いますよ。」
私の左隣を歩く水原が、囁いた。
やや緊張の表情を浮かべているうえに、こちらを一切見ていない。
「・・・ごめんなさい。でも、ただ並んで歩くだけじゃあ・・・。」
そう言って、ゆっくりと私は左手を上げ、水原の右手を握った。
その瞬間、水原の表情はさらに固さを増した。
10分ぐらい歩いたところで、先頭の亀山さんが歩道橋を登り始めた。
私たちの歩く大通りは横断歩道が少なく、反対側の歩道に移るためには、どうやら等間隔に置かれている歩道橋を使わなければいけないらしい。
そのために歩道橋の利用者も多く、余裕を持って人がすれ違えるように橋の幅も多く取られている。
先頭の亀山さんは早くも歩道橋の中ほどに居た。
未だに歩道橋の階段を登っている私たちを余所に、少し早いペースで亀山さんは歩いているような気がする。
「少し・・・早すぎますね・・・」
水原が、すぐ傍にいる私でさえ聞こえるかどうか危ういぐらいの小さな声で囁いた。
でも、私たちは歩くペースを上げない。あくまでも、周りに合わせる。
歩道橋の階段を登りきったところで、亀山さんの方を見ると、亀山さんは歩道橋の残り3分の1ぐらいのところで足を止め、
下を流れる車たちの動きを眺めていた。一体何をしているのだろうか・・・。
徐々に私たちは亀山さんの方へ近づいていく。
後ろを振り返ることは躊躇われるため、公爵や蒼谷の動きは見えないが、もう階段は登りきっただろう。
ちょうど私と水原が歩道橋の真ん中に来たところで、異変が起きた。
私の数メートル前方に、こちらに向かって歩いていた中学生らしき男の子2人が、突然姿を変えたのだ。
「きゃっ!」
私は思わず声を上げる。そして、水原の腕を掴む。
男の子2人は、一瞬にして2メートルはあるかと言う、巨大な灰色熊のような怪物に変貌した。
獰猛な目つき、鋭い牙、口からはドス黒い液体が垂れ流れている。
公爵が変貌した時の姿に似ているような気もするが、あれよりも邪な気を、私は感じた。
怪物は、私を見据えてグルルと唸りを上げた・・・。
「ミツケタ・・・ミツケタ・・・【はじまりの魔法】ヲミツケタ・・・」
「ヨコセ、ヨコセ、ソノチカラヲ・・・」
一歩一歩、怪物はこちらに歩み寄ってくる。
水原の影に私は隠れる。
「くっ・・・公爵は・・・」
そう呟いた、背後の様子を伺うことができない水原の代わりに、私は後ろを守ってくれていた公爵の方を向く。
するとそこには、既に蒼谷を守るために、必死に怪物と戦っている公爵の姿があった。
挟み撃ちにされたのだ・・・。これでは公爵がこっちに来て私たちを助けることはできない・・・。
「だめっ、公爵ももう戦ってるっ!」
「・・・挟み撃ち・・・ですか。亀山さんは・・・。」
私は先ほどまで亀山さんが居たはずの場所を見た。
しかし・・・そこに亀山さんの姿は無かった。まさか・・・亀山さんも裏切り者だったのだろうか。
「やられましたね・・・。こまちさんも居ない。唯一戦える公爵は完全に足止め・・・。」
その間にも、少しずつ2体の怪物はこちらに近づいてくる。
後ずさりする私たち。しかし後ろの方では公爵が戦っているために・・・下がりすぎれば公爵の邪魔をしてしまうかもしれない。
「下がっててください・・・。僕がどうにかします。」
「ど、どうにかする、って・・・。どうするの?」
「・・・やれることを、やるだけです。」
そう言って水原は、腕にしがみついていた私の手をゆっくりと解いて、かけていた銀フレームのメガネをポケットにしまった。
「レニオルさんが居ない状況での呪いの使用は、暴走する危険性があるからと止められていたのですが・・・。
・・・まぁ僕にできることはこれぐらいしかないので、やむを得なかった、と謝っておきましょうか・・・。」
そんな言い訳のような言葉を、ため息ついでに吐き出した水原は、その場にしゃがみ込み、おもむろに左手の人差し指の皮膚を歯で切った。
人差し指の傷口から、人間のものとは思えない、青白く光る液体が流れている・・・。私はそれを見て思わず口を塞いだ。
「あなた方のような悪霊や化け物たちは、この力が欲しいんでしょう?」
水原は、そう言って怪物たちに、青白く光る液体が滴り落ちる人差し指を向けた。
すると人差し指から、魔法陣のようなものが突然いくつも現れはじめ、次々と怪物たちに向けて放たれた。
魔法陣を受けた怪物は、一瞬にして私の視界から消えた・・・。
「・・・こんな力を得て、どうしようと言うんでしょうか。」
「水原・・・。本当に・・・私は・・・。」
水原は、ポケットから小さな包帯を取り出すと、左手の人差し指に包帯を巻きつける。
謝罪の言葉をかけようとした私に、振り返りもせず、水原は言う。
「謝るのは、僕の方です。僕は、まだあなたを守ることができていません。」
「そんなことない。元々は、私がこんな呪いを・・・。」
「・・・あなたが謝る必要はありません。それよりも、公爵たちはどうでしょうか?」
公爵のことを聞かれて、私は思い出したように後ろを振り返る。
すると、既に公爵は戦闘を終えていたようで、傍に居た蒼谷の無事を確認していたところだった。
「大丈夫みたい。」
「そうですか。」
そこへ、公爵と蒼谷が駆けてきた。公爵の服の乱れがそこまで無いところを見ると、苦戦はしなかったらしい。
一方の蒼谷は、随分と興奮した様子で、公爵の戦いを語り始めた。蒼谷の眼には、公爵の戦いがよほどかっこよく見えたようだった。
公爵が恥ずかしがりながらも蒼谷の話を切って、口を開けた。
「とりあえず、みんな無事だね。」
「でも、亀山さんが・・・。」
私の一言に、亀山さんが居ないことに蒼谷はようやく気付いたようで、辺りをキョロキョロを見回し始めた。
「亀山さんは一体どこに・・・。」
「あれ、そういや、なんかおかしくね?」
さらに蒼谷はそんなことを言った。
相変わらず辺りを見回す蒼谷の視線を、私も追いはじめる。すると・・・。
「人が・・・居ない・・・?」
戦闘前までは、たくさんの人が大通りを歩いていたのに、今は私たちを除いて、誰一人として見当たらなくなってしまった。
走っている車もバイクもバスも、1台さえ見当たらない。まるでゴーストタウンにでもなったかのような・・・。
「敵地のど真ん中ですからね・・・。何があっても、おかしくは無いと思うんですが・・・。」
水原はそう言うが、余りの状況の急激な変化に、私は驚かざるを得ない・・・。
案内役である亀山さんが消えたことと、何か関係があるのだろうか?
とりあえず私たちは、歩道橋を降りて、一旦隠れられそうな路地裏に逃げ込むように移動して、
現状報告のために【国家国防省】の外にいる白河さんに電話をかけることにしたのだった・・・。
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「さて、ここはいったいどこでしょうか・・・?」
気が付くと、僕はどこかの建物の一室に立っていた。
30畳ぐらいはあるだろうか。会議室のようなテーブルとイスの配列が広がっている。
「・・・そう、”あの時の僕”は、突然消えた僕の存在に驚きました。
どこに行ったのか、裏切り者だったのか、そう思っていた気がします・・・。」
部屋の外を見ると、夜景が広がっていた。見たことも無い夜景。
国家国防省の作った都市とはまた違う・・・。
「ようこそ、僕の世界へ。」
夜景を見ていると、背後から突然そんな声をかけられた。
驚いて振り返る・・・。すると、すぐ数メートルのところに、1人の若い男が立っていた。
年齢は、僕と・・・この姿の僕とほとんど変わらないだろうか。
「・・・進藤竜一。」
まるで闇をそのまま背負ったような雰囲気を醸し出している、この男こそ、国家国防省の代表、進藤竜一だった。
漆黒のスーツを身にまとっている・・・それは、あたかも、自分の存在を闇と重ねているかのような・・・。
「そう、あまり身構えないで欲しいですね。」
不気味な微笑を浮かべている進藤竜一。獲物を見つけた猛獣にも似た、鋭い目をしている。
「危害は加えませんよ。私が君に危害を加えることは、次元と時の法則に違反してしまうので。」
「・・・次元と時の法則・・・どうしてそんな言葉を知っているんでしょうか?」
「聡明な君なら、わかるだろう。」
そう言われて、僕は口を塞いだ。
この男はあまりにも危険な人物であると知っている。判断が非常にキレる。常に予防線を張り巡らせている。
この男と会話をしてはいけない。
「そうだね、良い判断だよ。君は僕と言う存在を警戒しなければいけない。さぁ、どうする?
君の目の前には、戦うべき相手がいる。君の右足の靴に仕込んであるナイフ。」
そう言って、進藤竜一は僕の右足の靴を指差す。
・・・ナイフが隠されていることが、バレているのか。
「そして、君の着ているスーツの左胸内ポケットにある予備の短銃。」
続けて、僕の左胸を指差す。これもバレている・・・。
「さらに・・・右の腰の後ろに隠してあるのは右京こまちからもらった、対呪用の御守り。
加えて、接近戦用のスタンガンもそこにある。」
腰の部分も指差され・・・。
いったいどんなトリックを使っているというのだろうか。
「君の持っている武器はすべて把握済みだけど、それでも君は僕と戦うかい?」
「・・・僕の武器を把握しているのと、その武器から繰り出される攻撃を対処できるかは・・・別問題では?」
「ふふふ、そうかもしれないね。」
その言葉と、不気味な微笑だけで、僕はほとんど動けなくなる。
何か呪いをかけられたわけでは無い。本能が、動くことを拒んでしまっている。
「僕は君を殺すことが許されない。次元と時の法則に違反すれば、僕の存在は無くなってしまうからね。
・・・そして、君は僕を殺すことができない。なぜならば、君の動きはすべて僕が熟知しているからさ。」
本当に、進藤竜一とはいったい何者なんだろうか。
「君の抱いている疑問に回答する権利を与えられていないことが、至極残念だよ。
・・・それで、僕がわざわざ君を呼んだ用件なんだけれど。」
僕を呼んだ・・・?
ということは、僕は進藤竜一に無理やりここに連れてこられたということだろうか。
「出来れば、【国家国防省】から出て行ってほしい。もちろん、それが無理であることは承知の上でのお願いなんだけれど。」
「・・・あなたが何故、次元と時の法則の存在を知っているかは解りかねますが・・・。
僕も次元と時の法則に逆らうことはできません。【国家国防省】の・・・あなたの思惑を破いて世界を救うためには、
どうしても・・・どうしても出ていくわけにはいきません。」
・・・いや、もしかしたら出ていこうとしても、出ていけないのかもしれない。
次元と時の法則とは、そう言うものだ。どんなに法則に逆らおうとしても、気がつけば法則に従った行動を取っている。
次元と時を捻じ曲げてしまった僕は、何があろうとも、その法則からは逃れられないのだから・・・。
「まぁ、そうだろうね。昨晩、僕が君に宛てたメッセージでもそうだったね。」
残念そうな表情を浮かべる進藤竜一。
次元と時の法則を知っているということは、進藤竜一も次元と時の法則に縛られていると思っていいのだろうか・・・。
それなのに、いったいどうしてそんな質問をするのだろうか。
「でも・・・それで良いさ。僕は君からその言葉を直接聴きたかっただけだからね。
ただ、君は世界を救うことはできないよ。いくら足掻いても、運命を変えることは、君にはできない。」
「そんなこと、やってみなければ・・・」
僕がそう言いかけると、進藤竜一は悲しげな表情を見せて、僕の言葉を遮るように言った。
「解るよ。少なくとも、僕には、ね。君はまだ、世界がどう動いているか知らないから、運命を変えられるという夢を持っていられる。
でも、そんな夢はすぐに消えてなくなるよ。そして、君を覆うのは絶望さ。深い絶望。
そして君は絶望に泣きながら叫ぶ。【どうして運命は残酷なのだろう】【どうしてもっと良い判断ができなかったのだろう】と。」
「・・・黙れ。お前に何が解る。」
込み上げてくる怒りを、目の前の男に全力でぶつけたくなる衝動に駆られる。
「そんな運命の中でも・・・君は、諦めたりしないだろう?」
「当たり前だ・・・。僕は運命を変える。変えてみせる。」
「せいぜい頑張ると良いよ。それでも・・・君の力は未熟だけどね。」
その言葉に、僕は思わず、右腰の後ろに隠し持っていたスタンガンを手に取って構えた。
そんな僕の姿に、進藤竜一は特別驚く様子も無く・・・。
「・・・君じゃあ、無理だ。」
電源を入れ、進藤竜一に向かって、僕は一直線に突撃する。
人間である以上、スタンガンは有効だろう・・・そう考えていた僕は、あまりにも浅はかだったと直後に思い知った。
どういう勢いで、どんな構えで、どんなスタンガンの向きで、僕が攻撃をするのか、まるで予め知っていたかのように、
進藤竜一は片手で僕の持っているスタンガンを受け止めた。まったく動きに無駄がない、最短のスピードで・・・。
「昔の君は、そんなに喧嘩腰だったかな。僕は、もっと君が大人しい人だと思っていたよ。」
「僕の何を知っているというんだ。僕の何を・・・!」
スタンガンに込める力を強めても、まったく進藤竜一は動じない。
「知ってるさ。全部。君の正体が、水原月夜であることも含めてね。」
「なっ?!」
進藤竜一のその言葉に、僕は一瞬力を緩めてしまう。
そのタイミングを待っていたかのように、進藤竜一は右足で僕の腹部を蹴り飛ばす。
人間に蹴られたとは思えないほどの威力で、僕は部屋の端までふっとばされてしまった・・・。
「はぁ・・・はぁ・・・」
身体に異常は無さそうだが、それよりも精神的な面において、ダメージが大きかった。
・・・なぜこの男は、僕が・・・亀山弦一が水原月夜であることを知っている・・・?
「実に憐れだよ。君の判断力は、まだまだ未熟だね。こんな発言に動じないだけの精神を持てないとなると・・・。
やはり、君に期待することは辞めた方がよさそうだ。君なら、もしかしたら・・・と思ったけれど。
まぁ・・・お互い、次元と時の法則の縛りを楽しみながら、運命と戦っていこうじゃないか。」
僕の視界が少しずつ、歪んでいく。
肉体的なダメージによるものじゃ、無い。進藤竜一が呪いをかけているのか・・・。
何かを話そうとしても、口が開かない。立ち上がろうとしても、足の感覚が無い。
「なぁに、君はそのうちすべてを理解するさ。君は、世界の真実を見ることができる。ただ、時期が早いだけ。
今は君の出番じゃ、無い。それだけなんだ。何も悲観することは無いよ。出来れば・・・僕に運命を委ねるべきだろう。
もっとも、君の尊大なプライドでは、僕に運命を委ねることはできないだろうけど・・・ね。」
腰に下げていた銃を持とうとしても、どこに銃があるかもわからない。手の感覚もわからない。
「用件は以上だよ。最後通牒と言っておこうか。君の判断が、少しでも運命を変えられるよう・・・。
僕の存在が無くとも、運命が変えられるよう・・・。君の健闘を祈っているよ。」
ただ、聴覚と思考だけが動き続けている。
「あ、そうそう。君が仕掛けた【終わりの魔法】の解呪方法も、ようやく判明したところだったんだよ。
君にもその方法を教えてあげたいのだけれど・・・あぁ、君はもう思考力すらなくなってしまったみたいだね。
聴覚は残ってるから、僕の言葉は聞こえているのだろうけど・・・。
それじゃあ、君を元の所へ返してあげよう。また後で逢おう。水原月夜であり、亀山弦一であり、僕のかけがえのない親友よ。」
続く