終わりの世界とグラサン少女




〜5〜



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「なるべく、手荒な真似はしたくない。できれば、今からでも私に協力して欲しいところだ。」
「・・・それは、むしろこっちの台詞です。右京こまちさん。」

紺色の和服を身にまとっている右京こまちさんを前にして、私はそう返答した。

「私としても、一人でも多くの人に、みつきを助ける手伝いをして欲しいと思っています。」
「夕波みつきを殺すことが、結果的に彼女を助けることにつながるとは・・・どうにも理解できんな。
 いったい、何をあの男・・・進藤竜一に吹き込まれたのかは知らないが、お前の様子からして、それを説明する気も無いと見る。」
「・・・今は、説明する暇も惜しいです。さぁ、そこをどいてください!」

私は、右手に持ったサバイバルナイフを構える。
・・・つい最近まで、こんな物騒なモノ、見たことさえなかったのに、今の私は、どうかしている。
それでも、みつきを助けるためなら・・・。

「もう一度だけ言おう。お前が夕波みつきを殺すと言うなら、私は全力で阻止する。」
「くっ・・・!」

右足を踏み込んで、一気に加速し、右京こまちさんとの距離を詰める。
普通の人間では、出せるはずの無い速度で。
・・・あぁ、私は人間じゃ無くなりつつあるのかもしれない・・・。
こんな姿を、できることならみつきや蒼谷君には見せたくない。

ガキンッ!

右京こまちさんの持っている刀・・・刀身が包帯のようなものによって包まれている・・・と、私のサバイバルナイフの刃が交わる。
私の、今出すことのできるパワーの6割をサバイバルナイフに込めているが、右京こまちさんの刀はびくともしない。

「・・・前は、このぐらいの力じゃ無かったはずだが、私の記憶違いか?」

右京こまちさんがそう言い放つと同時、今まで感じたことも無いような邪悪な気配が刀から見え始めた。
あの【魔神ミニョルフ】や、進藤竜一が使用していた、いわゆる呪いの類・・・とはまた違う。

そんな、不敵な笑みを浮かべる右京こまちさんを一瞬でも恐れてしまったのが・・・失敗だった。

突然、右京こまちさんは刀に込めていた力を増大させ、その勢いで私を思い切り弾き飛ばしてしまう。
私はバランスを崩しながら、数メートル飛ばされ、大木に背中から身体を打ち付けた。

「うぐっ」

身体能力がいくらか向上しているとはいえ、痛みという感覚から逃れることができていない私は、呻き声を上げる。
骨は・・・大丈夫そうだ。ぶつかった大木も、そこまで曲折していないものだったのが幸いだった。

顔を上げると、右京こまちさんは距離を保ったまま、大木の元に寄りかかっている私を見据えていた。
刀の構えは解いているが、未だに臨戦態勢の気配は解いていないように見える・・・。

「言ったはずだ。昨日の私を、今日の私が常に凌駕する、と。」
「今のは・・・あなたを試しただけです。」
「・・・」

瞬間、右京こまちさんの姿が霞んだ・・・。違う。霞むほど早く動いたんだ。
目の前に、大和撫子を思わせるような絶世の美女が、刀を私の首筋に当てて、立ちはだかる。

「そうか、ならば今度は私がお前を試そう。お前の想いがどれほどの物か。愛する者の元を離れてまで、お前がしようとしていることは何か。
 お前が所属している組織への忠誠心は如何ほどか。お前にとって、夕波みつきは何者か。」

以前とは違う・・・。
以前の目つきとは、まるで違う。
最初に刃を交えたあの日の右京こまちさんは、こんなにも人間味に溢れた目をしていなかった。

ところが、どうしてだろう。

自分の目的のためならどんな犠牲をも厭わない、というような以前の目つきはすっかり消え去っている。
今の右京こまちの目には、人間への愛が浮かんでいる。

「・・・私にとって、みつきは親友です。人生の中で、みつき以上に親友と思える人はいません。」

それだけは、はっきりと口にして答えることができる。
・・・だからこそ、私はみつきを殺そうとしているのだ。

「このままでは、夕波みつきは死ぬことができなくなるばかりか、夕波みつきを残して、世界が滅んでしまう。
 ・・・そう、進藤竜一さんは言っていました。」
「なんだと? 死ぬことができなくなる?」

右京こまちさんの刀の先端が、私の首筋から離される。

「はい。みつきに秘められている【はじまりの魔法】は・・・【はじまりの魔法の欠片】を操作して、世界を滅ぼすことができる、
 いわゆるリモコンのようなものになっている・・・。そんなことを言っていました。」
「ちょっと待て。【はじまりの魔法の欠片】だと? それはいったい・・・」

右京こまちさんは、思案顔で私を見た。
どうやら【はじまりの魔法の欠片】を知らないらしい。
・・・とすると、この世界のあらゆる場所を漂っている、この黒く澱んだ”何か”も、右京こまちさんは見えていないのだろうか?



「ん? 誰だっ!」

突然、右京こまちさんが後ろを振り向き、すっかり下げていた刀を構えた。
先ほどよりも、さらに鋭い気を、右京こまちさんは全身から放っている。
まさか、さっき私に向けたのでさえ、本気じゃなかったというのだろうか。

「困るねぇ。大事な、なぎささんを尋問しちゃうのは。」

スッと蜃気楼のように現れたのは・・・紳士服を身にまとった、猫顔の男【魔神ミニョルフ】だった。
まるで最初からすべてを見ていたかのような、達観した目つきで、私と右京こまちさんを見ている。

「貴様っ、いつの間に。」
「でもなかなかやるねぇ。これでも、なぎささんには、それ相当の”力”をあげていたんだよ?
 右京こまち相手に、善戦できるぐらいの力を。それをあっさり飛び越えちゃうとは・・・。」

やれやれと言ったふうな身振りをするミニョルフ。

「・・・やはり、大海なぎさの人間離れした身体能力は、お前のもたらしたものか。」

少し怒っている・・・のだろうか?
この右京こまちさんの荒々しい口調を聞いていると、そんな気がしてくる。

「そうだよ。いやぁ、彼女はすごい喜んでくれてね。みつきを助けるためならと、自ら進んで私の呪いを受けてくれたよ。
 進藤竜一は、人間にしては気が狂いすぎてるから例外中の例外だけど、なぎささんは純粋に人間のなかでも愛に満ち溢れた存在と言えるね。」
「自ら進んで・・・だと?」

右京こまちさんは、顔だけ私の方に向ける。
私は・・・何も言葉を返すことができない。

「大切な親友である夕波みつきを、永久の苦しみから救うために、刃を彼女に突立てんとする・・・。
 本当の愛の持ち主じゃなきゃ、できないことだと、私は思うなぁ。」
「・・・けるな・・・。」

ミニョルフの言葉に、右京こまちさんは何かを呟いたが、あまりに小さい声で良く聞き取れなかった・・・。
しかし、その言葉はすぐに判明した。



「ふざけるなぁっ!」



その瞬間、右京こまちさんの全身から、暴走し出すんじゃないかと思えるほどの、怒りのエネルギーが放出された気配がした。

「本当の愛だと? 大切な人を救うために、その人の命を奪うだと!?
 そんなことがあってたまるか! 人間の命を軽んじる貴様に、いったい何がわかる!?」
「おや、人間の命が大事かい? 既に不死に近い存在であるはずの右京こまちが、そこにいるわずかばかりの命しかない人間を大事に思うのかい?」

ミニョルフは、右京こまちさんの怒りの言葉に、私の方を指差しながらそう答えた。

「ちょっとビックリしたよ。まぁ、そもそもこの一件に加わっている時点で驚くべきことなんだろうけど。
 世界が滅んだとしても、君ぐらいは生き残る術を持っているはずだと思うけどねぇ。
 おまけに孤独に生きてきた身だろう? 今更、世界中の人間が滅んだところで、関係ないと思えるよ?
 それなのに、なんでここまでして、戦おうとするんだい?」

ふと、右京こまちさんの、刀を握っていない方の手を見ると、そこからは血が出ていた。
あまりに拳を強く握りすぎていて、爪が皮膚を破ってしまったのだろうか。
・・・そこまで、右京こまちさんは感情的になっている・・・。

「人間が・・・好きだからだ! 貴様にはわからないだろうがな、私はどうしようもなく人間が好きだ!
 特に、あの長身ひょろひょろ眼鏡の水原なんかが・・・大好きなんだ!
 私はな、あの男に、あの男の好きな女の死に目なんか、見せたくないぐらいに、好きだ!」

驚きの発言に、私は開いた口が塞がらなくなった。
まさか・・・水原君のことが、好きだったなんて・・・。
でも、これではっきりした。
先ほど感じた、右京こまちさんの眼の中にあった人間への愛の感情は、確かに存在していることが。

・・・でも・・・水原君は・・・。

「・・・そうでしたか。なるほど。あぁ、そういう話につながってくると・・・。」

ミニョルフは、1人、ぶつぶつと呟く。
・・・たぶん、私と考えていることは同じだと思う。
水原君と、右京こまちさんのあゆむ道が、いつかすれ違いを見せてしまうだろうということを・・・。

「なぎささん。ここは一度、下がりましょう。そろそろ”国家国防省”内部でも動きをはじめますから。
 もっとも・・・それが本件でこちらに出向いたんですけれどね。」
「私は・・・。」

私は、私とミニョルフの間に立っている右京こまちの表情を伺った。
・・・私は・・・どうするべきなのだろうか。

「んー、予想以上にやられちゃってますねぇ。すみませんが、ちょっと強引な手を使いますけど、許してくださいね?」

ミニョルフは、そう言ったかと思うと同時、指をパチンと鳴らした。
その途端、私の脳のどこかが、まるで電気のブレーカーを落としたかのような感覚に襲われてしまう。
思考と聴力、視力は至って良好だが・・・その他一切の運動機能が、まるで麻痺してしまった。

そして、一瞬で右京こまちさんをすり抜け、私の元まで跳んできたかと思うと、私を抱え、大木の枝に軽やかに乗った。

「くっ、大海なぎさをどうするつもりだっ!?」

右京こまちさんが、そう叫んだのはわかったが、首が動かせないために、そちらの方を見ることができない。

「大事な”仲間”を、洗脳されてしまっては困りますからねぇ。ここは出直すことにするから。
 また後で、ゆっくりと刃を交えながら、あなたの恋愛話を聞かせてもらうことにしましょう。それでは。」



そして私は、ミニョルフに担がれたまま、右京こまちの視界からあっという間に消え去るように、
”国家国防省”の入口へと移動されたのだった。



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「到着です。降りてください。」

森の中の深い茂みで、僕たちが乗っている車が止まると、亀山さんはそう言った。
促されるまま、僕たちは車から降りる。
別の車に乗っていた夕波みつきたちも降りてきて、一か所に集まった。

「ここから10分ほど真東に歩くと、国家国防省への入口があります。唯一の入口です。
 侵入前に、白河先輩と合流する予定なので、少しここで待機します。」

高倉さんから説明があると、亀山さんがおにぎりを配ってくれた。
腹が減っては戦は出来ぬ、とは昔の言葉だが、よく言ったものだと思う。
蒼谷ゆいは、あっという間に配られたおにぎりを2つ食べてしまった。よっぽどお腹が減っていたのだろうか。

「しかし、まさかこんな辺境の土地に、都市を作るなんて・・・ちょっと考えにくいですね。」

烏丸祐一郎公爵は、そう言った。
最初僕は、国家国防省とは、都心にある建物の1つを本拠地として持っていると思っていた。
しかしながら、実は山奥の村1つをまるごと都市に変え、”国家国防省”としてしまうほど大規模なものだったとは・・・。



バキューン!



突然、どこかで銃声が1発鳴り響き、鳥たちが空に舞った。
銃声が聞こえるや否や、右京こまちと烏丸祐一郎公爵は臨戦態勢を取った。

「銃声!?」

思わず声を上げたのは蒼谷ゆいだった。

「・・・狩猟をしてる人がいるとか、そういうことは無いんですか?」
「いえ、まずそれはありえないでしょう。特別、珍しい動物がいるわけではありませんからね・・・。」

僕が尋ねると、高倉さんはそう答えた。
だとすると・・・先にここに来ているという白河さんたちだろうか?

「様子を見て来よう。」

右京こまちが名乗りを上げるが、それを高倉さんは止めようと動いた。

「いえ、このタイミングで別行動を取ったり、ここを離れたりするのは得策では無いと思います。」

僕もそれには同感だ。
敵地のすぐ前に、僕たちはいるようなものなのだから。

「その通りかもしれないが、白河警部たちの方で戦闘がはじまっているのだとしたら、援護に行く必要もある。」
「ですが・・・。」

高倉さんの静止を振り切り、右京こまちは歩き出した。

「もし、15分経っても私が戻ってこなかったら先に行って構わない。」
「ちょ・・・ちょっと!」

そのまま、生い茂る草むらと木々の向こうへ、右京こまちは行ってしまった。
残された僕たちは、ただ右京こまちが向かっていった方を見ることしかできなかった。

「・・・どうしましょうか。」

僕は、高倉さんにそう尋ねる。
右京こまちは、おそらくメンバーの中では最も強い人物だ。
単独行動させても問題はあまりない・・・と思うのだが、逆に僕らが危険になる。
国家国防省の”人間”が襲撃してくるのであれば、まだ高倉さんや亀山さんも対抗できるかもしれないが・・・。
もし”人間以外”の何かが襲撃してきたら、烏丸祐一郎公爵ぐらいしかまともに戦えないだろう。

「仕方ありません。ここは右京こまちの言うとおり、私たちは待機しましょう。
 どのみち、白河先輩たちと合流しなければいけませんからね。」

やれやれと言った様子で首を振る高倉さん。

「そういえば・・・」

何かを思い出したかのように、空を見上げたのは夕波みつきだった。

「さっき、国家国防省の入口は1つしかないって、言ってましたよね。」
「えぇ。1つしかありません。」
「それって、国家国防省を囲っている壁とか・・・もしくは谷とか水路とかで、守られているってことですか?」

なるほど。確かにそれは少し気になるところだろうと、僕は思う。
もし壁なら、乗り越えて侵入できる高さじゃないほど高いだろう。
水路があるとすれば、泳いで渡ったり船で渡ったりできないような、堀を形成しているだろう。
谷であるなら、侵入するには橋を渡らなければならない、そういったリスクもある。

高倉さんではなく、その疑問に答えたのは亀山さんだった。

「壁・・・それが一番イメージに近いです。ですが・・・普通の壁ではありません。
 透明なドームで覆われている・・・と言った方がよろしいでしょうか。」
「ドーム・・・。」

まるでそれじゃあSFだ。
透明なドームで都市1つを覆うなど、現代の科学技術では成し得ようがない。
・・・とすれば、やはり【魔神ミニョルフ】の存在が怪しくなる。
国家国防省・・・進藤竜一の目的も、未だはっきりと見えてこないが、ミニョルフはそれ以上だ。
大海なぎさの豹変にしても、ミニョルフが一枚噛んでいると考えていいと思う。

「そして、唯一の入口には・・・検問が置かれています。
 数名の警備兵が常時待機しており、そう簡単には通してくれないでしょう。」
「えっ、それじゃあどうするんだよ? そこからしか入れないんだろ?」

蒼谷ゆいがやや強めに言うと、亀山さんは少し周りを気にしつつ、いつもよりさらに声のトーンを落として言う。

「以前、私と、私の同僚の数名が侵入したときは・・・これを使いました。」

亀山さんはポケットから、御守りを1つ取り出した。
どこかで見たことがある・・・。そうだ、僕が昔、右京こまちにもらったものと同じ、交通安全と書かれたお守りだ。
今は身に着けていないが、確か机の引き出しにしまってあるような気がする。

「これは、右京こまちさんから以前いただいた・・・一種の呪具です。
 この御守りの中には、呪いが込められた粉が、入っています。」
「呪いが込められた粉って・・・おいおい、違法ドラッグとかじゃねーだろうなぁ。」
「そこら辺は、一応の良識も、右京こまちさんは持っているようで・・・。
 科学的に調べてみたところは、至って普通の雑穀を磨り潰した物でした。
 ・・・その粉を宙にばら撒き、吸った人間の記憶と五感を呪う・・・そう説明を受けました。」

なるほど。その粉を使って、警備兵の記憶と五感を呪い、侵入したということか。
記憶を呪うということは、すなわち記憶を操作することだろう。もしかしたら催眠術に近いかもしれない。
それじゃあ五感を呪うというのは・・・相手の行動を物理的に制限・拘束させることか。



「ん、誰か・・・来る。」



そう言ったのは、烏丸祐一郎公爵だった。
このメンバーの中では、たぶんもっとも戦力になる人物が、何かの気配を感じ取ったようで、僕たちはそれぞれ身構える。
敵か・・・あるいは味方か・・・。

ガサガサと、傍の深い草むらが動いたかと思うと、烏丸祐一郎公爵は僕たちの前に立ち、腰に下げていた剣を抜く。
明らかに誰かがいることがわかる。

「ふぅむ、ようやく合流できたな。」

草むらの奥から声が聞こえた。男の声。
その声の持ち主が、草をかきわけ・・・現れた。

「白河先輩!」

真先に、草むらから出てきた人物に反応したのは高倉さんだった。
草むらから出てきた人物。それは紛れも無く、高倉さんや亀山さんの先輩、白河忠志警部だった。
さらに、その後ろから見覚えのある人物がもう一人出てきた。
・・・国家国防省に夕波みつきが攫われようとしていた時に、夕波みつきを助けた人物・・・。
そして、その日の夜に、僕と再び会って警告のような言葉を残した人物。
未だに名前は知らないが、その黒い燕尾服の男は、白河さんの後ろに居た。

「ちゃんとメンバーは揃っているみたいだな。」
「・・・右京こまちには会いましたか?」

亀山さんが、白河さんにそう尋ねると、白河さんはゆっくりと頷いた。

「ただな、結構マズい状況だ。まさか、大海なぎさちゃんが国家国防省側にいるとは思わなかった。」
「なぎさに会ったんですか!?」

大海なぎさのこととなると居ても立っても居られない蒼谷ゆいは、まるで喰ってかかるかのように白河さんに詰め寄った。

「ま、まぁ落ち着んだ、蒼谷君。・・・あぁ、会ったよ。見事に急襲を受けてな。
 俺たちとともに行動していたメンバーは、後ろの2人を除いて、みんな裏切った。
 ・・・いや、もともとスパイだったのかもしれないな。とにかくだ。大海なぎさは、今、おそらく右京こまちと一緒に居る。」

ということは、あの銃声音は大海なぎさか、その裏切った誰かが鳴らしたものということになるか。
右京こまちが大海なぎさと一緒に居る・・・。交戦状態になったら、どちらが有利に立とうとも、状況は悪い。
ふっと、夕波みつきの顔を伺うと、意外にも、毅然とした表情を浮かべていた。
・・・たぶん、いずれそうなるであろうことを予期していたのだろう。

「ということは、残りのこのメンバーで、国家国防省に侵入することになるんでしょうか?
 それとも、こまちさんが戻るまで待機でしょうか?」

烏丸祐一郎公爵は、白河さんにそう質問する。
右京こまちが居ないまま、国家国防省に潜入するのは少しリスクが高いかもしれない。
・・・でも、右京こまちがいつ戻るかはわからない。

大海なぎさが、国家国防省の外で動いているというならば、他の国家国防省の人間も周辺を警戒態勢で動いているかもしれない。
ならば・・・どうするか。

「・・・行くぞ。ただし全員で行くのは危険だ。ここに車を置いて行って、国家国防省のやつに破壊されたりしたら困るしな。
 俺と高倉、それに俺が今背負っているこいつと、ドライバーの2人と・・・。」

白河さんは、後ろに立っている黒い燕尾服の男に視線を移す。

「そういえば、まだ彼の自己紹介がまだだったな。水原君はもう面識があると聞いたが。」
「・・・はい。以前に2度ほど。」

僕が少し小さな声で答えると、黒い燕尾服の男は口を開いた。

「九条院相汰だ。正式な警察官では無いが、警察の内部事情は理由があってよく知っていてな。
 白河さんには、子どもの頃からお世話になっていた。」

正式な警察官では無い。だから警官服ではなくて燕尾服なのだろうか。
それにしても、以前から感じていた隙の無い身のこなしは、一般の警察官よりも明らかに強さを秘めているように見える。

白河さんが「苗字を戻したのか?」と九条院さんに尋ねたが、あまり質問されたくなかったことなのか、
左右に首を振るだけで、特に何も答えなかった。

「この6人は、ここに待機する。みつきちゃんたちはどうするかい?」

白河さんにそう言われ、僕たちは顔を見合わせる。
真先に答えたのは、蒼谷ゆいだった。

「もちろん行くぜ! あの進藤竜一とかいうやつをブッ飛ばして、なぎさを取り戻す。」
「うん。私も、なぎさを取り戻したいし・・・それに、私に秘められた【はじまりの魔法】のことも、知りたい。」

続けて夕波みつきもそう言った。僕は・・・

「・・・僕も、行きます。」
「もちろん、私も行きますよ。」

烏丸祐一郎公爵も、僕と同じように答える。
あの夜以来、ある程度のわだかまりが解けたとはいえ・・・やはり何か気まずいような気がする。

「亀山は、内部の構造にある程度詳しい。一度潜入にも成功しているしな。
 もし何かあれば、電話で連絡してくれ。幸いなことに、国家国防省の中には電波塔も存在するから、通話も大丈夫だ。
 あと、もし右京こまちが戻ってきたら、後から向かわせるように言っておこう。」
「・・・わかりました。」

亀山さんは静かに返答する。

「それじゃあ、こっちは無事に帰ってくることを祈っていよう。亀山・・・みつきちゃんたちをしっかり守るんだぞ。」
「はい・・・。それじゃあ、行きましょうか。」

亀山さんはそう言うと、先にどんどんと歩を進めていき、茂みへと入っていこうとする。
置いて行かれまいと蒼谷ゆい、烏丸祐一郎公爵が後に続く。

「あ、ちょっと待ってて。車に忘れ物してきた。」

夕波みつきは車に戻りながら、僕にそう言った。いったい何を忘れたのだろうか?
数分もしないうちにすぐに戻ってきた夕波みつきの手には、サングラスが1つ。

「・・・お父さんが、肌身離さず持っていろ、って・・・。」

形見のサングラス・・・。
そういえばそんな話を以前に聞いた気がする。

「それじゃあ、公爵たちに遅れないように、行こう?」

夕波みつきは、おもむろに、左手で僕の右手を掴んできた。
びっくりして、僕は言葉を失う。



そのまま駆けだす夕波みつきに連れられるがまま、僕たちは亀山さんたちの後を追いはじめた。



続く