終わりの世界とグラサン少女




終わりの世界とグラサン少女(中)



〜4〜



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それは、もうずいぶんと昔のことだったような気がする。
まだ世界の本当の姿なんて知らなくて、ただ毎日が幸せで・・・。

この幸せが永遠に続けば良い、なんてことを思っていた。

きっとそう考えている人は多いはずで・・・、今自分が幸せなら、それで良いと。

家族や友人に恵まれ・・・お金が不自由しないだけあって・・・仕事が安定していて・・・。
たとえそれが変わり映えのしない日常であっても。どこか遠い場所で戦争があっても。
目に見えているものが、身に感じているものが、平和ならば・・・。

だから。

だから、世界の本当の姿を知ってしまったとき。僕は絶望した。

ある種のおかしな話かもしれないが、世界が、人間が、近いうちに滅亡するというのだ。
もちろん、最初はそんなことを信じるわけなかった。
滅亡? ばかばかしい。そりゃあ、世間じゃ「次に核戦争が起きたら人間は滅ぶかもしれない」と知識人は言うが、
人間がすべて滅ぶような戦争を、人間みずからが犯すなんていう愚行はしないはずだ。

でもそれが、人間の手によって、人間が滅ぶということではない・・・と言うのだ。

不可避の「呪い」・・・僕に、あいつはそう言った。

そう言った方面の話に少し詳しかったばかりに、僕は思わず耳を傾けてしまった。
思えば、あの時、僕が「世界の真実」を知らずに済んだ、最後のチャンスだった。



そして、僕は人智を超えた力に触れる。



自分を、大切な人を、この世界を守るために、僕は・・・。



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空に浮かぶ月というのは、僕は嫌いだ。
特に、雲一つ浮かんでいない、澄み切った空に浮かぶ月が。
”力”を持っているせいで、空を漂う【はじまりの魔法の欠片】が見えてしまうから。

今日も、【はじまりの魔法の欠片】は、いろんな人間を蝕んでいた。
外の世界に降りてみて、【はじまりの魔法】の被害者が増えつつあることを知った。
彼らは、みんな幸せそうな顔を浮かべて、街を歩いていた。
不幸など何も知らない、無垢な子どものように振る舞うその姿を見ていて、何度も吐き気を覚えた。
もう少し時が経てば、彼らは例外なく、身も心も滅ぼしてしまうだろう。
・・・いや、中には、もうその兆候を現しはじめている人もいるかもしれない。

だとすれば・・・



「・・・時間が無い、な。」
「いつになく、真剣な表情だね。」

誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟いた僕は、背後からそんな言葉をかけられる。
窓ガラスに映る、僕の後ろに立っているミニョルフは、微笑を浮かべている。
僕は窓から外を眺めるのをやめて、ミニョルフの方を向いて、口を開く。

「定められた日は、明日だからね。それまでにどうにか手を尽くしたけど、結局何も変わらなかった。
 ・・・あと、頼みの綱は、ミニョルフが貸してくれた【オブリコーンの声】の結果だけだよ。」
「そうかい。そろそろ帰ってくる頃だと思うけどね。」

ミニョルフがそう言うと同時、傍にあった机の上の書類の束が、宙にばら撒かれ始める。
窓は開いていないし、ドアも閉めている。エアコンもついていないから、どこからも風は吹きこんでこないはずだ。
書類たちは、部屋の一か所で渦を作り始め、やがて人間の姿を形取る。

「さてさてぇ、戻ってきましたよ。」

甲高い女性の声を発する、紙で構成された人間のようなモノ。これこそ【オブリコーンの声】だ。
もっとも、本体は紙ではない。人間の目には見えない、意識を持った呪いの一種なのだけれど。
【オブリコーンの声】に、ミニョルフは声をかける。

「ご苦労だったね、オブリコーン。」
「いやいや、ミニョルフ様の御命令とあれば、あたしはどこにでも行きますね。」
「人間に痛い目に合わなかったかい? どこも怪我していないかい?」
「大丈夫ですさ。あたしはそこらの低俗な霊体とは違って、ミニョルフ様の御加護を頂いてますから。」

胸を張って・・・胸のつもりだろう・・・答える【オブリコーンの声】の様子に、安堵を示すミニョルフ。

「・・・それで、ちゃんと伝えてきてくれたかい?」

僕が尋ねると、【オブリコーンの声】はもちろんと言いたそうに頷く。

「伝えてきましたよぉ、それはもう、しっかりと。」
「亀山弦一は、何と、言っていた?」

すると【オブリコーンの声】は、急に声色を変える。
先ほどまでの甲高い女性の声とは違う、落ち着いた男の声。

「『ここで引き返すわけにはいきません。このまま僕たちは、国家国防省へと向かいます。』」
「・・・やっぱりか。」

落胆する。予想通りの回答が帰ってきたことに。
これでは・・・本当に未来は変えられないのかもしれない。
もし、ここで亀山弦一たちが、ここへ向かうことをやめてくれれば、世界は変わっていくかもしれないのに。
世界を守ることができるかもしれないのに。

「あたしの役目はこれだけさ。」
「お疲れ様、オブリコーン。さぁ、戻っておいで。」

ミニョルフがそう言って右手を差し出すと、【オブリコーンの声】は、仮の身としていた書類たちを床にばらまき、
その姿を消してしまった。いや、僕の眼に見えなかっただけで、きっとミニョルフの元に戻ったのだろう。
せめて、書類を机に戻すぐらいの事はしてほしかったのだけれど・・・。

「・・・これから、どうすればいい?」
「さてねぇ。彼らは、もうこっちへ向かってきているんだろう? だとすれば、もう待ち受けるしかないと思うのだけれど。
 それとも、ここを離れるかい? ここを離れて、世界が滅ぶその時まで、身を隠すかい?」



世界を救うには・・・やはり、ここで夕波みつきを殺して、【はじまりの魔法】を喰らうしかないのか。

ただ、【はじまりの魔法】を喰らうためには、亀山弦一が仕掛けた呪いを解除しなければならない。
今までは、その呪い・・・【終わりの魔法】を解除するための呪いを研究・開発することに、力を注いでいた。

その結果、【終わりの魔法】を解除することができるのは、とてつもないレベルの呪いに長けた人間が必要となることがわかった。
それを知り、頭によぎった人間が1人。大昔から、悪霊の討伐や化け物退治を専門にしていた「右京家」の現当主「右京こまち」。
彼女の力を借りれば、【終わりの魔法】を打ち破って、【はじまりの魔法】を喰らうことができるかもしれない。
そう思ってから、僕は右京こまちに、数多くの悪霊討伐などの依頼をしてきた。
右京こまちには・・・もっと強くなってもらわなければならなかったからだ。

さらに、その過程で、右京こまちに1度、烏丸祐一郎公爵の霊を討伐してもらわなければならなかった。
そうしなければ、【はじまりの魔法】は夕波みつきに受け継がれなかったからだ。

すべては、世界を救うため。



「・・・君は、その癖を直した方が良いと思うけど。」
「あ、あぁ。すまない。」

思考を深めていくと、周りの事が見聞きできなくなる癖は、相変わらずだ。
いつもミニョルフに注意されるが、それでもこの癖だけはなかなか直りそうにない。

「配置は終わっている。あとは・・・彼らが来るのを待つだけだ。」
「後悔は、していないかい?」

・・・後悔なんて、とっくの昔に捨てた。
ミニョルフは僕の思いを悟ったのか、無言の僕を見て、再び微笑を浮かべる。

「さぁ、それじゃあ物語をはじめよう。ミニョルフ、頼むよ。」
「・・・こちらこそ。」

そう言って、スッと姿を消したミニョルフ。
こうして一人残されると、この部屋の広さにいつも虚しくなる。

窓から外を見れば、先ほどまではどこにも無かった雲が、いつの間にか月を覆い隠していた。



>>>



朝日を浴び、私はゆっくりと目を開けた。
いつの間にか、寝てしまっていたようだった。

ここは車の中・・・。そうか、私は国家国防省の本拠地に・・・。

「起きたか。」
「あ・・・おはよう、ございます。」

右京こまちが、私の隣に居た。
綺麗なその顔には、2つの大きな”クマ”が出来ている。まさか寝ていないのだろうか。

「ずっと、起きていたんですか?」
「いつ襲撃されるとも限らないからな。」
「大丈夫ですよ、右京こまちさん。」

前の座席・・・この車は3列シートのワンボックスカーだから、2列目に当たる座席に座っていた女性、
高倉なみさんが、そう言葉を発した。

「そろそろ、国家国防省の本部がある街に到着します。これから私が説明することをよく聞いてください。
 国家国防省の本部がある街・・・というより『国家国防省という街』は、街全体が国家国防省の管理下です。」
「えっ、街全体!?」

高倉さんの言葉に、思わず私は驚いた。
しかし、高倉さんは落ち着いて話を続ける。

「元々『国家国防省という街』は、深い山の奥にあった小さな村でしたが、そこを表向きはダム建設という名目で、
 約50年前に村人たちを追い出して作った、1つの都市です。もちろん、世間はそんな都市があることは知りません。
 マスメディアも、国家国防省と裏でつながっているために、存在が公表されなかったのです。」
「そんなことが・・・」

とても想像つかないほどのスケールの大きい話に私は、そう呟くしかなかった。

「そんな都市がどうして存在するのか、何のために・・・という理由は、おそらく右京こまちさんも御存じでしょう。」
「・・・都市そのものが国家国防省ということは初めて聞いたが、存在理由はおそらく、人間を悪霊や呪いから守るためだろう?」
「えぇ、俄かには信じがたいのですが、その通りです。」

人間を、悪霊や呪いから・・・守るため?

「国家国防省は、都市の周囲に強力な呪いのバリヤーを張り、悪霊や化け物が入れないようにしました。
 そして、内部に人を住まわせる・・・というのが、どうやら狙いのようなのです。」
「・・・でも、それっておかしい。」

そう、おかしい。
何故国家国防省は、そんな大事なことを隠してまでやっているのか・・・そんな疑問もあるけれど、
水原や右京こまちの話では、国家国防省の代表の進藤竜一と会った時、【魔神ミニョルフ】とかいう悪魔が一緒に居たと言っていた。
悪霊や化け物に対抗する都市を作っているはずの人が、なぜ敵対するはずの悪魔と手を組んでいるのだろうか。

「はい、おかしいのです。あの進藤竜一という男が、国家国防省の代表になってから、どうやらおかしくなってしまったようです。
 国家国防省は、私たち警察官の中から、優秀な人材を無理やり連れ去り、戦闘員へと変えてしまいました。
 また・・・敵対するはずの悪霊とも、何故か協力しているようなのです。
 こういった話に詳しいのは、亀山君なので、私から話せることは限界があるのですが・・・。それもすぐにわかると思います。」
「亀山さんが・・・?」

亀山弦一さんといえば、あの存在感の薄さしか思いつかないが、そういった話の方には強いのだろうか。

「元はと言えば、亀山君が発端で私たちも動き出したのですが・・・。
 どうしてそんなことを知っているのか、亀山君に尋ねても、何も答えてくれないので少し困っているんですけれどね・・・。」

謎、といえばそうなのだろうか。
どこかミステリアスな雰囲気を持っている亀山さんは、初めてあった頃の水原に、よく似ているような気がする。

「都市には車で入っていくことができないので、都市の入口で降りて、徒歩で侵入することになります。
 最終的な目的地である【都市中央機構棟】・・・というらしい一番高い建物に、進藤竜一がいると思われます。
 大海なぎささんも、きっとそこにいるでしょう。」
「・・・なぎさ・・・」

ふと、脳裏になぎさの顔が浮かぶ。
いったい、今、何を思っているだろうか。何をしているだろうか。

「私たち警察の目的は、仲間の解放、そして誘拐容疑などで進藤竜一を逮捕することです。
 皆さんと目的は少し違うかもしれませんが、お互いに協力していきましょう。」
「・・・はい。」
「そうだな。」

高倉さんは一息つくと、私と右京こまちにそれぞれA4サイズの紙を渡してきた。
地図・・・だろうか。

「大まかな地図ですみません。ですが、潜入捜査ではこれが限界で・・・。」
「目的地がわかっていれば、大丈夫だろう。」

右京こまちは、その地図を、着ている和服の胸元にしまい込んだ。
大人の女性の特権だろうか、しかし何故か気に入らない。

「ん、どうかしたか?」
「・・・別に。」

すると突然、車の進み方が雑になり、上下に揺られる。
砂利道だろうか、窓の外を見ると、いつの間にか随分と深い森に私たちの車は進んでいることに気が付いた。

「到着まであと5分ほどです。少し悪路が続きますが、着くまで我慢してください。」

高倉さんにそう言われて、私はなぎさへの思いを馳せながら、悪路を耐えていった・・・。



>>>



「ふむ・・・話には聞いていたが、相当手の込んだことをするな・・・。」

俺は、そう関心したふうなことを呟きながら、正面にそびえ立つ”透明な”壁を見上げた。
目には見えないが、手で触れると確かにわかる。硬くて冷たいこの感触は、特殊なガラスのような印象を受ける。
これが、亀山の言っていた、国家国防省が悪霊やら呪いやらの対策に作ったという都市防御壁だろう。
・・・しかし、山奥の村を都市に改造して、こんな防御壁まで作って、国家国防省は本当に戦争でもはじめるつもりだろうか。

「白河先輩。あと15分ほどで、高倉警部補たちがこちらに到着するとの連絡がありました。」
「そうか、わかった。」

仲間の一人が、そんな報告をしてきたのを、軽い返事で答えた俺は、隣に立っている黒服の若い男を見た。
他の仲間の服とは違う黒い燕尾服だが、放っているオーラは、他の仲間の誰よりも鋭い。

「それで、どうだ? こいつを突破できると思うか?」

俺が燕尾服の男に声をかけると、そいつは首を振った。

「正面からは無理だな。硬度が強すぎて、まず物理的な攻撃ではビクともしないと思う。
 おまけに叩いた時の音が、とんでもなく鈍いときた。科学的なことは専門外だが・・・鈍い音ほど厚さがあるのは確かだ。
 銃弾では穴は開かないだろうし、刃物で斬ろうとすれば刃こぼれするのが目に見えている。」
「なるほどな・・・。」

燕尾服の男の推察は正しかった。
以前、仲間の数名がここを偵察したとき、いくつかの機械でこの壁の材質・硬度・厚さなどを測定したが、
その結果は、その言葉とほとんど同じであった。
おまけに、現代の科学技術では、これほど巨大な壁をつなぎ目なしで作ることはまずできない。
だとすれば、得体のしれない力を使って作られたと考えるべきであろう。

「空から・・・という手段は使えないのか?」

燕尾服の男はそんな質問をしてきたが、俺は右手をあげてひらひらと泳がせる。

「それができたら苦労はしないんだがな・・・。どうも、この透明な壁、実はドーム状になっているらしい。
 おまけに・・・この写真を見てくれ。」

俺はポケットから1枚の写真を取りだす。仲間たちがヘリコプターでこの辺を飛んだ際、撮った写真だそうだが、
そこには山と深い森しか写し出されていない・・・。都市など、どこにも見当たらない、一面深緑の森。
それを、燕尾服の男に見せる。

「どうも、この防御壁は中身を透かしているように見せているが、実際のところ偽の風景を写しているようでな。
 だが・・・亀山の話では、この中に確かに都市がある・・・ということだ。」
「・・・どうも胡散臭い話としか思えない。」
「俺も最初はそう思ったさ。でも、俺は亀山が嘘をつくとは、どうしても考えられない。
 そんな情報をどこから仕入れてきたのかは教えてくれず終いだが、この壁の内側にあるという都市の大まかな地図も、
 亀山が手に入れてくれた。それがこれなんだが・・・。」

写真に続いて、違うポケットから、1枚の紙を取り出して、燕尾服の男に渡す。

「そこまではっきりした地図・・・というわけでは無いところを見ると、彼もまだすべてを掴んでいるわけではないのか。」
「とりあえず、高倉たちと合流することには、これ以上進めないからな。一旦車に戻って・・・」



バキューン!



「銃声っ!?」

咄嗟に、腰に下げている拳銃に手を触れる。
燕尾服の男も懐から見たことも無い銃を取り出す。

「うわぁぁああっ!」

仲間のうちの一人の叫び声が、一帯に響いた。

「なんだ、いったいどうした!」
「わ、わかりません。」

すぐ近くに居た仲間の一人に声をかけるが、緊張した顔つきを維持しつつ左右に首を振る。
銃声の聞こえた方向は、車を止めた場所だ。もしかして国家国防省が動きに気づいたのだろうか。

燕尾服の男と目くばせをして、すぐに銃声の方へ駆けつける。
すると、間もなく、仲間の一人が木陰に隠れてうずくまっているのを発見した。

「し、白河先輩・・・すぐに、ここから逃げてください・・・。」
「いったいどうした、誰にやられた?」

右足の太ももから血が出ているが、多量では無さそうなところを見ると、命に別状はないだろう。

「仲間の何人かが・・・突然・・・」
「くそっ!」

裏切りか。もしくは、これまでの仲間たちと同様に、悪霊か何かに憑りつかれたのか。
どちらにしても、このタイミングで離反者が出るのは、非常にマズい。

「白河さん・・・マズイですね。囲まれました。」
「なにっ!?」

神経を研ぎ澄ますと、確かに感じる、人の気配。
明らかに、こちらに敵意を向けている。その数・・・10は超えているだろうか。
迂闊だった。敵地の傍まで来ていて、警戒していなかったわけではないが、相手の力量を見誤っていた。
少数精鋭が鉄則とはいえ、15人体勢で望んでいたはずだったが・・・その仲間たちのほとんどが、裏切ってしまったとは・・・。



「大人しく、投降してください。白河さん。」



そんな女性の声が、どこからか聞こえてきた。
聞いたことがある・・・。どこかかわいらしい声・・・。

その声の持ち主が、目の前に現れる。

「・・・なぎさちゃん。」
「お久しぶりです、白河さん。」

大海なぎさ。
あの徒然荘で会った、みつきちゃんの友達の1人だ。
しかしながら、目の前にいるなぎさちゃんは、声に似あう、かわいらしい表情の面影が無い。
どこか冷たい氷のような印象を受ける、ビジネススーツを着た彼女がそこにいた。

「まさか、君も国家国防省に・・・でも、いったいどうしてだ。みつきちゃんと君は・・・。」
「私は、みつきを助けるために、ここに居ます。」
「いったいどういうことだ。みつきちゃんを助ける? 国家国防省はみつきちゃんを殺そうとしているんじゃないのか!?」

その俺の言葉に、なぎさちゃんは俯く。

「・・・そうかもしれませんが、それが結果として、みつきを助けることになるんです。
 とにかく! 白河さん。投降してください。そして、私と一緒に、みつきを助けるお手伝いをしてください。」
「君の言っていることは意味がわからない。国家国防省の目的は何だ?
 どうして、俺たちの仲間を次々と取り込んで勢力を拡大させる? どうして、こんな山奥に都市を隠し持っている?
 どうして、みつきちゃんを殺して世界を救うなどというバカげたことを言う!?
 知っているんだろう? それを教えてくれ。それがわからなければ、俺は投降できない。」
「・・・」

なぎさちゃんは、俺の言葉に答えようとしない。

「白河さん、気をつけて。今は周囲の人間たちは敵意をこちらに向けているだけで、銃口は向いてませんが、
 いつ狙撃されるかわかりません・・・。」

燕尾服の男が、俺の背後で声を小さくして言う。
しかし、俺はまるでそんな言葉は聞こえなかったかのように、なぎさちゃんに問い続ける。

「国家国防省の動きは不可解すぎる。悪霊だか、呪いだか、そんなこと抜きにしてもおかしい。
 なぎさちゃんは、それを知っていて、国家国防省にいるんだろう?」
「・・・そうです。でも・・・」

意を決したかのような表情を浮かべたなぎさちゃんは、顔を上げ、毅然とした態度で言い放つ。

「でも、それを教えることはできません。さぁ、話は終わりです。大人しく、投降してください。」
「・・・それは、できない。」
「お願いですからっ! 投降してください!」
「それは、できない!」

俺は、言い返すと、なぎさちゃんに向かって突撃をし始める。
一瞬驚いたなぎさちゃんは、しかしすぐに気を取り直して、片手を上げて叫ぼうとする。

「くっ、攻撃をっ・・・!?」

その片手を俺は掴んで、引き倒そうとする。
だが、なぎさちゃんは間一髪のところで、するりと俺の手を振りほどいて回避した。
少し間合いを置いたなぎさちゃんは、周囲を見回す。

「どういうこと・・・。みんなっ!?」
「残念だが、全員無力化させてもらった。」

なぎさちゃんとは違う、綺麗な女性の声が、木々の奥から聞こえた。
良く聞き覚えのあるこの声は・・・俺たちにとって、1つの切り札とも言える女性のものだ。

そして現れたのは、紺色を基調とした和服を身にまとい、腰には刀身を包帯で巻いた長い刀、黒い長髪を持った鋭い目つきの若い女性。
悪霊討伐や呪いの研究といったオカルトチックなことに関して、世界有数の知識と実力を兼ね備えた右京家の当主、右京こまちだ。

「白河警部、時間稼ぎ、ご苦労だったな。」

時間稼ぎ、右京こまちはそう言った。
そんなつもりは無かったのだが、どうやらなぎさちゃんとの問答が上手く時間稼ぎになっていたらしい。

「右京こまちさん・・・。」
「大海なぎさ、久しぶりだな。と、言ってもあの時に刃を交えた以来だから、そこまで月日は経っていないが・・・。」
「あなたが居ると言うことは・・・」

なぎさちゃんは、周囲をもう一度見回す。

「夕波みつき、か。すぐ近くには来ているが、ここには居ないぞ。私は単独でここに来た。」
「近くまで来ているんですか・・・。」
「会って挨拶したい気持ちは察するが、夕波みつきが殺されるのは困るからな。悲しむ男が少なくとも2人もいる。」

悲しむ男・・・そのうちの一人は、おそらく水原君のことだろうとわかる。
水原君は、俺と最初に会った頃から、みつきちゃんを意識していたような態度を時折見せていたことを、ふと思い出す。
しかし、水原君は亀山に負けず劣らず、多くを語らない男だ。その秘めた想いを、果たしてうまく伝えられたのだろうか。

「それじゃあ、私が会うと言ったら、どうしますか?」
「もちろん、それを止めるだけだ。全力でな。」
「・・・前回は、私が優勢のうちに終わったことを覚えていないんですか?」

優勢に終わった・・・だと?
悪霊討伐のプロフェッショナルであるはずの右京こまちを・・・なぎさちゃんは圧倒したことがあるというのだろうか。
それが本当だとすれば、なぎさちゃんは一体・・・。

「前のことなど、忘れた。それに、私は鍛錬を怠らない。昨日の私を、今日の私が常に凌駕する。」
「・・・」

なぎさちゃんは、唐突に腰からサバイバルナイフを取り出す。

「白河警部、それにそこの燕尾服の男、お前たちは先に高倉警部補たちの元に行け。ここから真南だ。
 大海なぎさは、私がどうにかする。援護しようなどと思うな。邪魔だからな。」

それに対して右京こまちは、腰に下げていた、包帯に巻かれている刀を抜きながら、俺たちにそう言った。
俺は黙って頷き、傍で足を負傷して動けなくなっていた仲間を背負うと、燕尾服の男とともに真南に向かって駆けだした。



走り出して数分の後、深い茂みの中に、2台の黒いワンボックスカーを見つけた。
そのそばには、見覚えのある人物がいる。高倉に亀山、それに右京こまちとともに、ここにやってきたみつきちゃんたちが・・・。



続く