終わりの世界とグラサン少女




〜3〜



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太陽が、東の空に間もなく現れようとしている。
それまで黒い世界を支配していた月は、徐々にその姿を消していき、やがて太陽に、大空の支配権を明け渡すだろう。
太陽と月は、毎日、それが定められたルールであるかのように、支配権の収奪を繰り返している。
しかしながら、その支配権を得たところで、ほとんど僕たちに対してできることは無い。
どちらも、持っている輝きを大地に降り注ぐだけだ。

でも・・・時々、その支配権の収奪のバランスが崩れることがある。
競争に我慢できなくなった方が、もう一方を喰らう。
定められたはずの時間以外のタイミングで、それは起こるのだ。
一瞬の出来事に過ぎないが、月は太陽を喰らい、太陽は月を喰らう。
その時の、捕食者が放つ力は、通常の力よりも、はるかに強大だ。



「やぁ、ずいぶんと早起きだね。それとも眠れなかったのかい?」

背後に突然何者かの存在を感じたかと思うと、そんな声が上がる。
振り返ると、そこにはミニョルフの姿があった。

「いや・・・結構寝たよ。もう、しばらくは寝なくても良いぐらいさ。」

僕がそう言うと、ミニョルフは険しい表情を浮かべる。

「あんまり無理をされると、困るよ。君の進むべき道は、まだ長いんだから。」
「寝すぎてベッドに背中がくっついたら、それはそれで困るだろう?」

冗談めいた言葉で、ミニョルフの機嫌を取っておくことにする。
実際、あまり寝ていないことは僕自身もわかっているし、ミニョルフも理解しているから、そこはなんとか収まった。

「それで? 帰ってきたってことは、何か動きがあったんだろう?」
「あぁ、そうだね。」

ミニョルフは思い出したかのような表情を見せ、少しもったいぶるように背伸びをしてから、言葉を発した。

「警察の方が、ようやく動き出したよ。隠れ場所にしている倉庫を出るのは、明日の夜になるらしい。」
「・・・亀山弦一には?」
「言わなくてもわかってるんだろう? 会ったよ。」

そのミニョルフの言葉に、僕は落胆する。
出来れば、このタイミングで会って欲しくは無かった。でも仕方ない。
もしかしたら、会っていた方が、僕の望む運命に少しでも近づけるかもしれないと考えれば、少しは心も晴れる。

「二手に分かれて、警察は動くみたいでね。まぁ、細かい説明は君には必要ないね。
 ・・・いよいよ、カウントダウンが始まったと思えばそれで良いんじゃないかな。」

カウントダウン。ミニョルフはそう言った。
選択を迫られる日へのカウントダウンか、それとも運命を捻じ曲げる日へのカウントダウンか。
・・・もしくは、世界が滅びる日へのカウントダウンか。ミニョルフのその言葉の真意はわからない。

「私は、そろそろこの建物に”交差の呪い”をかける準備をしないといけないけど、君はどうするんだい?」
「・・・仲間たちに、迎え撃てるよう、準備の声掛けをしておくよ。」

僕の言葉に、ミニョルフは、うんうんと頷く。

「それじゃあ、お互いの健闘を祈るとしようか。」

そう言ってゆっくりと右手を差し出してくるミニョルフに、しかし僕は応えない。
ここで握手するべきじゃない。握手するのは、世界を救ってからで良い。

「・・・やっぱり、君は悲しいぐらいに人間だね。」

残念そうに言うミニョルフに、申し訳ない、と一言告げる。

「謝る必要は無いよ。さぁ、世界を救おうか。」



颯爽と振り返って、部屋を出ていくミニョルフに、僕は何も声をかけることすらできず・・・。



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「1つ教えてくれよ、夕波。お前、水原のこと好きなのか?」

テーブルの上で突っ伏している蒼谷ゆいが、そんなことを急に聞いてきた。

「・・・そうだけど。」
「はぁ・・・まぁ、お似合いだと思うけどさ。そういや、水原と2人きりで話していること、多かったもんな。
 あの頃から、お互いを意識してたとか、そういうノリか?」

お互いを意識していたかどうか・・・。
私は、最初の頃は水原に対して不審を抱いていたけれど、それが融けたのはいつからだろう。
水原も・・・最初から私の事が好きだったのかどうか、それを考えると、ちょっと違うような気がする。

「さぁ、どうだろう。でも、なぎさと一緒にいつもあなたが居たから、私は自然と話し相手が水原になっただけかな。」
「ホントかねぇ〜。まぁ、それならそれで良いや。」

蒼谷ゆいはそう言うと、テーブルの上に乗っているビスケットの袋を1つ取ると、開けてそれを頬張った。

「なんか、物言いたげじゃない?」
「まぁな。ちょっと羨ましいっていうか。」
「羨ましい?」

蒼谷ゆいから、そんな言葉が出るとは、少しも思っていなかったため、驚いて聞き返した。

「なんつーかさ、そりゃアレだ。俺は、なぎささんとラブラブだから、羨ましいっていうのはおかしいかもしれないけど。
 でも、夕波と水原を見てると、釣り合ってるよなーってさ。互いが互いを引き立てあってる、みたいな。」
「う〜ん?」
「俺は、なぎささんに対して背伸びしまくってるからさ。釣り合うように努力を怠ってねぇわけだ。
 ・・・ただ、それで良いのかな、って思うことが、あんだよ。そりゃ、時々な?時々だからな?」

念を押してくる蒼谷ゆいに、わかったわかった、と手を左右に振りながら無言で答える。

「なぎささんは・・・すっげぇ優しいからさ。俺に合せてくれるんだけど、なんかプライドが、さ。」
「・・・プライド、あったんだ。」

何おぅ!? と言いながら立ち上がる蒼谷ゆいだが、苦笑を浮かべて椅子に座りなおす。

「はぁ・・・これだから夕波は苦手なんだよなぁ。鋭いっていうか・・・。それに比べたらなぎささんは・・・はぁ。」

何度もため息をつく蒼谷ゆい。
以前よりは冷静になることができるようになったものの、知らないうちにそのなぎさが国家国防省とかいう組織に
自ら加わってしまっていたことに、悔しさと憤りを感じているらしい。
私も、なぎさがそうなってしまったことに、悲しみを持っている。蒼谷ゆいほどでは無いにしろ、私の数少ない親友なのだから。
・・・しかも、なぎさが私を殺そうとしている・・・なんて。



部屋のドアが開く。
・・・水原だ。
水原は、私と目が合うや否や、そっぽを向いてしまう。

「2人とも、ここに居ましたか。どこかでこまちさんを見かけませんでしたか?」

少しぶっきらぼうに言っている水原だが、外見上はそれを悟られないようにいつも通りに振る舞っている。

「いや、見てねーよ。昨日の夜から、一切。」

テーブルに突っ伏している蒼谷が、手をひらひらと宙に泳がせながらそう答える。

「そうですか・・・。わかりました。」
「私も見てない。屋敷の中をくまなく探してみたの?」
「いえ・・・まだくまなく、では無いですが。
 ですが、ここじゃないとすれば、後は大体予想がつくので。失礼します。」

そう言うと、さっさと水原は部屋を去ってしまった。

「なんかさぁ・・・」

蒼谷ゆいが、呟く。

「お前ら、本当に相思相愛なのか、今の会話で疑いたくなるんだけど、そこん所どうなんだよ。」
「・・・」

私は、何も言い返すことができなかった。



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その日の夜、私は、再び変な夢を見た。
前に見た変な夢は・・・私の大切なあの人が出てくる夢だったけど・・・
それよりも、もっと不思議な夢・・・

見知らぬ病室に、私は立っている。
真っ白な壁に、真っ白な天井。カーテンまで真っ白だ。

個室なのか、この病室にベッドは1つしか置いてない。
そのベッドに、誰かが横たわっている。
・・・若い女性だ。私によく似た、若い女性。

その女性は、ベッドに横たわりながらも、両手に何枚もの写真を持って、それを眺めながら笑っている。

「ふふっ、あの人ったら・・・。もう少し、光の調整を厳しくしなきゃいけないっていつも言ってるのに。」

ぶつぶつと、笑いながら独り言をつぶやくその女性。

「どう思う? みつき〜。あなたのお父さんも、まだまだよねぇ。」

女性が突然そんなことを言いだして、ドキリとする。
私の名前を呼んだのだ。しかも『あなたのお父さん』というフレーズまでつけて。
【女性から、私を見ることはできないはずなのに】

女性の身体をよく見ると、腹部が少しふっくらしているように見える。
その腹部を何度も擦っている・・・。まさか、この光景は・・・。

そこで、病室のドアが開く。
よく知ってる男の人が病室に入ってきた。
私の大切な人・・・。私の・・・お父さん・・・。

「ひよりっ!」
「あら、まことさん。写真の掲載をお願いしてくる用事はもう済んだの?」
「そんなことはすぐに済ませてきたさ。ひよりの体調と、これから生まれてくる大切な娘のことを考えたら当然だろう?」

私のお父さんは、ベッドで寝ている私のお母さんに、笑顔でそう答える。
この光景は・・・私が生まれる前の光景なんだ・・・。でも、いったいどうしてこんな夢を・・・。



そこで、私の視界は突然歪む。
光景が一瞬にして、変わる。



変わる、といっても、どうやら時間が移っただけみたいで。
暗い。病室の電気は消されている。夜・・・だろうか?
しかし、ほとんど暗闇にも関わらず、何故か私の眼は、部屋の中を見渡すことができている。

お母さんの寝息と、時計の針が動く音だけが、部屋に静かに響く。



ガチャリ



部屋のドアが、ゆっくりと開く音がした。
また、お父さんが入ってくるのだろうか・・・?

・・・いや、違う。
部屋に入ってきたのは、男に違いない。だけど、お父さんじゃない。服装からして医師でも無い。
闇にまぎれることができるような真っ黒なコートを着た、長身の男だ。
それも・・・どこかで見たことのある・・・。

男は、音も無くゆっくりとベッドに寝ているお母さんに近づく。
私はどうすることもできない・・・。声を上げてお母さんを起こそうにも、声を上げることができない。
近くにあるものを掴んで投げようかと思った。しかし、モノを掴もうと動くこともできない。

「無駄だよ。夕波みつき。君がそこにいるのはわかっている。」

男が、突然、そう言った。
・・・私が・・・見えている?

「【終わりの魔法】の力を知らず知らずのうちに行使して、この光景を見ているのだろうけど。
 その【終わりの魔法】を作ったのは、他の誰でも無い、この僕だ。
 【終わりの魔法】に、見ている世界を干渉する力は付けていない。付けてはいけないんだ。
 その方が、君のためになる。君には、世界の真実を見る権利はあるけれど、世界を変える権利は無いのだから。」

いったい、なにを・・・。

「これから起きることが、世界の真実。そして君の真実。
 僕は【はじまりの魔法】に対抗すべく、この【終わりの魔法】を君に埋め込まなければならない。
 そうしなければ、世界は滅びる。世界を救うための唯一の手段なんだ。」

ベッドに寝ているお母さんのすぐ傍に立った男は、お母さんに向かって、両手をかざす。
すると、金色に輝く光球が両手から現れ、お母さんの腹部に・・・ゆっくりと吸い込まれていった。

「【終わりの魔法】は、【はじまりの魔法】と混ざり合う。こうしておくことで、君は【はじまりの魔法】の脅威から守られる。
 それじゃあ・・・僕は行くとしよう。この姿で君と再び、直接会うのは、あとしばらく先になりそうだね。楽しみにしているよ。」

男はそう言うと、スッと姿を消した。
まるで最初から誰もそこに居なかったかのような錯覚さえ覚える・・・。

【終わりの魔法】・・・男はそう言った。
【はじまりの魔法】に対抗すべく・・・あの男によって作られたもの・・・。
それがどういう意味を示しているのかはわからない。



ただ、あの男がどこかで見たことあるはずなのに、どうして思い出すことができずにいるのだろう・・・。



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時間はあっという間に過ぎ、そして時が来た。
右京こまちは、屋敷でいちばん大きな部屋に全員を集めた。
全員と言っても、僕と、右京こまちと、夕波みつき。それに蒼谷ゆいと、烏丸祐一郎公爵。
レニオルとグローチェリアは、異界に数日前に戻ったきり、連絡がつかず、どうしているかわからない。
でも、それでも右京こまちはこの夜に出発することを選んだ。

「心の準備は、みんなできたか」

右京こまちの言葉に、僕を含めて全員が頷く。
蒼谷ゆいは、何を思ったのか、重たそうなリュックを背負っている。
何が入っているのか、僕が尋ねると、食べ物や飲み物、いざというときのための懐中電灯やライター、寝袋・・・。
とにかくいろいろなものが入っているらしいが、蒼谷ゆいは遠足かハイキングにでも行くつもりなのだろうか?

「・・・確か、移動手段はもう手配してあるって言ってましたよね?」

烏丸祐一郎公爵が、右京こまちに質問する。
いくら相手が、国家国防省と言う国の組織とはいえ、一般には知られていない、国家の裏に存在するもののはずだ。
その本拠地がどこにあるかすら、簡単にはわからないようになっているだろう。
そこに行くとなると、少なくともどこにあるか知っている人物の案内も含めて、何らかの移動手段が必要になる。
・・・まぁ、右京こまちはあの進藤竜一という男と面識があったようだから、もしかしたら、どこにあるかぐらいは知っているのだろう。
と、なると・・・。

「もうすぐそこまで来ているはずだ。屋敷の入口に行くぞ。」



そう促されて、僕たちは屋敷の入口に移動した。



「ん、ちょうどいいタイミングで来たようだな。」

右京こまちがそう言うと同時、僕たちの目の前にある屋敷の玄関の扉から、ノック音が響いた。
扉に右京こまちが近づき、鍵を開けると、扉が開いて、見覚えのある人物が姿を現した。

「皆さん、お久しぶりです。」
「高倉さん!」

夕波みつきは、彼の名をそう叫んだ。

「みつきちゃん、蒼谷君に、水原君。とりあえず元気そうで何よりです。」
「お、お久しぶりです。」
「・・・御無沙汰してます。」

かつて、清宮山のロッジ「徒然荘」で一緒に数日を過ごした警察官の高倉なみさんだった。
理知的な印象を与える銀のフレームのメガネが、月の明かりに照らされてキラリと光っている。
さらに高倉さんの背後から、もう一人知っている人が出てくる。

・・・亀山弦一さんだ。

「・・・どうも。車の手配は、言われた通りに用意しておきました。すぐ外にあるので、お乗りください。」

相変わらず・・・寡黙な亀山さんだが・・・以前より少し雰囲気が変わっただろうか?
まるで霧のように、いまいち掴みどころのない人だったが、いよいよ増して、空気にすら近いと思ってしまう。

「車の台数は、2台か?」
「はい、指示通り、2台にしておきました。男性は、亀山さんと。女性は私と同じ車に乗ってください。」
「わかった。我がまま言って済まないな。」

高倉さんと亀山さんが外に歩きだしたので、僕たちも後についていく。
まさか、彼ら警察がこの非常事態に絡んでくるとは、まったく予想していなかった。
警察としても、国家国防省の動きを気にしていたのだろうか。

屋敷の敷地を正門から出ると、すぐそこに、黒塗りのワンボックスカーが2台あった。
普通の警察車両では無いだろう。パトランプもついていなければ、POLICEという文字がどこかに施されているわけでもない。
その車に、男女に別れて乗り込む。さすがにこの人数では、1台には収まりきらないだろうから、2台というのは賢明な判断だろう。

「まったくいったいどういうことなんだぁ?」

蒼谷ゆいは状況を飲み込みきれていないようで、そんなことを言った。

「・・・相手が国家国防省ですからね。警察とも何らかの対立関係があるのかもしれません。
 それに、白河さんの姿が見えませんね。亀山さん・・・白河さんは、別行動を取っているのですか?」

車の最後部の座席に座った僕は、その前に座っていた亀山さんに、そう尋ねる。

「えぇ、そうです。白河先輩は、別ルートから直接国家国防省の本部へと向かっています。
 ・・・我々も、今から向かい、合流します。」

亀山さんが静かに答えると同時、車が走りだした。
後ろを振り返ってみると、この車ともう1台同じ車が後をついて来る。
女性メンバーを乗せた車だ。



僕たちは、国家国防省の本部へ向かう。
そこで待ち受ける、進藤竜一や大海なぎさは、どう思っているのだろうか。
やはり「夕波みつきを殺して、世界を救う」などとふざけた目的を掲げ、今も夕波みつきを狙っているのだろうか。

なぜ大海なぎさが、向こうについてしまったのか、それは未だにわからない。
進藤竜一がどうして【九神霊】の【魔神ミニョルフ】などと、手を組んでしまったのか、それもわからない。



ただ「大切な人を取り戻す」と、何の特別な力も持たない・・・隣に座っている蒼谷ゆいは、決意した。
そして、夕波みつきも、「親友を取り戻す」と決意した。
右京こまちは、自分の親を殺した【魔神ミニョルフ】を恨んでいたから、復讐を果たす時が来たと思っている。
烏丸祐一郎公爵は、家族である夕波みつきを守るために戦うと言っていた。



僕は、どうだろう?



大海なぎさとは、別に親友というほどの関係では無い。
【魔神ミニョルフ】に恨みがあるわけでも無い。
国家国防省を壊そう、などとも考えていない。

それなのに、どうして僕はここにいるのだろうか。
そう考えると、やはり「夕波みつきを守りたい」という気持ちだけで、僕はここにいるのだろう。
烏丸祐一郎公爵に、理由こそ似ている。けれど、烏丸祐一郎公爵は「家族であること」という理由がついている。
・・・でも、だからなんだと言うのだろう。僕には、僕の戦うべき理由がそこにある。



窓から外を眺めると、見たことない景色が広がっていた。
いったいどこを走っているのかと、亀山さんに尋ねたが、「それにはお答えできません」と言われた。
気が付くと、隣で蒼谷ゆいは寝ていた。のんきなものだ。
かと思えば、蒼谷ゆいの向こう側で、烏丸祐一郎公爵も寝ていた。

「君も、少し休んだ方が良いですよ。到着は日の出の時刻に合わせる予定なので心配しないでください。」

亀山さんにそう言われると、緊張の糸が少し解れたのか、眠くなってきたような気がする。

久しぶりに亀山さんに会ったが、そういえばあの事件の時のことを、もっといろいろ尋ねる必要が・・・



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



水原月夜の静かな寝息を確認して、一息つく。
あの時のことをこのタイミングで掘り返されると、何かと面倒になる。
それに・・・この状況で、起きていてもらうと、非常に困るのだ。

「・・・で? 国家国防省の使いの者が、いったい僕にどんなようですか?」

そう”車のドライバー”に話しかける。

「あなたは、僕の仲間に完璧に変装しているつもりのようですが、僕の”眼”は誤魔化せませんよ。」
「・・・ふぅん、なかなか出来るニンゲンだねぇ。関心するよ。」

ドライバーの風貌は男のはずなのに、その声は甲高い女の声になっている。

「【魔神ミニョルフ】の使役している悪霊、とお見受けしますが。違いますか?」
「正解正解。あたしは確かに、あのミニョルフの元で動いてる霊体さ。」
「・・・どういう意図で、水原君と蒼谷君と烏丸公爵を眠らせたのかは知りませんが、何を企んでいるつもりですか?」

そう、水原月夜も、蒼谷ゆいも、そして烏丸祐一郎も、この悪霊の呪いによって無理やり眠らされたのだ。
ただ・・・どうもこの呪いには、人を殺そうなどという呪いはまったく見当たらない。ただ眠らせるだけの呪い。

「企んでいるのは、むしろそっちの方じゃないかい? 進藤竜一とミニョルフを殺そうしているのは、知っているさ。
 情報はほとんど筒抜け。だからこそ、簡単にあたしがこうやって入って来れるのさ。残念だったねぇ。」
「えぇ・・・確かに残念です。」

僕の言葉に、ケラケラと悪霊は笑う。

「あたしがこうして、お前さんの目の前に現れたのには、ちゃんとした理由があるのさ。
 言うなれば、あたしは伝達役だよ。攻撃しようなどという意図は、まったくないから安心していいさ。」
「伝達役・・・?」
「そうさ、進藤竜一からの伝達さ。」

進藤竜一。国家国防省の頂点に立つ男。
その過去の経歴は、警察の最深部にある最高レベルの機密書類にすら書いていない、謎に包まれたもの。
【九神霊】の【魔神ミニョルフ】とともに、世界をあるべき姿にしようとして、
夕波みつきに秘められた【はじまりの魔法】を、我が物にしようとしている男。
その男からの・・・伝達?

「『やぁ、亀山弦一。元気そうでなによりだよ。私は、国家国防省の進藤竜一だ。
  一度君と直接会って話がしたいのだけれど、その機会はしばらく得ることができなさそうだから、先に忠告だけしておくよ。
  今すぐに、私の元に向かうのをやめて、引き返せ。それができなければ、君の望む世界は得られやしない。
  私の元に来たところで、君の力では世界も、大切な人も救うことはできない。
  君は既に、一定の未来を知っているはずだ。だが、もし君が重要な判断を違わぬように行動すれば、もしかすると未来は変わるかもしれない。
  未来を知って失望したからこそ、君は人間であることをやめてまで、その身で動いてきた。
  もう一度だけ繰り返そう。引き返せ。引き返さなければ、未来は変えられない。』」

悪霊は、先ほどまでとは違う、落ち着いた男の声でそう言った。

「・・・いったいどういうことですか? 進藤竜一と私は、まったく面識が無いはずですが・・・。」
「さてねぇ。あたしにそこを聞かれても知らないよ。伝えてほしいと言われたから、伝えただけ。
 で、答えはどうするのか教えてほしいね。引き返すのかい? 引き返さないのかい?」

突然そんなことを言われても、いったいどうしろというのだろうか。
引き返せ・・・? 引き返さなければ、未来は変えられない?
まるで、僕が歩んできた道をすべて知っているかのような口調の伝言だ。
進藤竜一はいったい何者なんだ・・・?

「ここで引き返すわけにはいきません。このまま僕たちは、国家国防省へと向かいます。」
「・・・そうかい。それじゃああたしは、その言葉を報告しに戻るとするよ、邪魔したねぇ。」

一瞬、車がふらつく。

「っと、すみません。」

”車のドライバー”がそう言った。
悪霊は、ドライバーの身体を一時的に借りていただけなのだろうか。
もはや悪霊の気配はないところを見ると、消えてしまったらしい。



ここで、引き返すわけにはいかない。
今まで準備してきたのだ。世界と、夕波みつきを救うために。
進藤竜一が、【魔神ミニョルフ】が、どこまで僕のことを知っているのかはわからないが・・・。



僕が【終わりの魔法】という切り札を持っている限り、【はじまりの魔法】は奪わせはしないのだから。



続く



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ついにここまで来ました。【終わりの世界とグラサン少女】の前編です。
これから物語はいよいよ佳境へと向かっていくのですが、今回はその目前です。

水原月夜と烏丸祐一郎の激突、夕波みつきの夢で起こった不可解な出来事、そして亀山弦一や進藤竜一の存在。
それぞれが混ざり合い、そして国家国防省の本部へ向かう夕波みつきたち・・・。
何が待ち受けているのか、何が起こるのか。
これから書こうとしている私でさえ、ワクワクしています。


進藤リヴァイア