星の王子とグラサン少女




〜2〜



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天気は快晴。雲すらない。
日差しがまぶしいため、私は愛用のグラサンをかける。
風が、私の長い黒髪を揺らす。

八条の運転するスポーツタイプのオープンカーに乗って、私たちは海沿いの道路を走っていた。

「なんか、懐かしいな。」
「・・・」

懐かしい。確かにそうかもしれない。
大学生のとき、こうやって何度か2人でドライブに出かけていた。
八条と付き合っていた期間は、ほんのわずかだったが、
当時の私は、たぶんわずかな時間とは思っていなかっただろう。
それは、もしかしたら八条も同じ・・・いや、それは無いか。

「・・・」
「・・・」

沈黙が続く。
私は、別にこんな空気が苦手ではないのだが、八条は喋りたがりやだったはずなので、
少なくとも、これを重苦しい空気と思っているに違いない。
どうにか打破しよう、なんとか話をしよう、そう考えていることで頭がいっぱいなんだろう。
そんなことを頭でイメージするのが、私は好きだ。

「なぁ・・・」
「・・・なに?」
「・・・あの時は、ごめんな。すまなかった」

急に何を言い出すかと思えば、謝罪の言葉だった。
まぁ、八条と再会した時点で、いつかこれが飛んでくると予想していたから、そろそろ来るだろう、
と踏んでいたが、見事に当たりだった。

「あの時? いったいいつのことかしら?」
「・・・そんないじめンなよなぁ・・・」

謝罪の言葉に思い当たる節が多すぎて、吹っかけてみるとコレだ。
八条はため息をつきながら、肩をすくめた。

「女遊びは、俺の悪い癖だ。」
「そんなの知ってるわ。」
「・・・大事にするつもりだった。みつきのこと。」
「ふぅん」

こういう場面では、男の言葉を適当に流しておくのが、正解だと思っている。
真に受けたって、言い訳にしか聞こえない。

「どうか・・・許してほしい。」
「私の許容範囲外ね。諦めなさい。」
「・・・」

それっきり、八条は運転中、何もしゃべらなかった。


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「ここは・・・」

ドライブで行き着いた場所に、私は見覚えがあった。
ここは、かつて八条と付き合っていたときに、やってきたビーチだった。
前にやってきたときは、季節が季節だったので、海に入ることはしなかった。
砂浜で、適当にしゃべりながら歩いたのを、思い出す。
今回も、海に入る時期ではない。

「・・・」
「どうして・・・ここへ?」

隣に立っている八条は、しかし何も言い出さない。

「気がついたら・・・ここに来たくなったんだ。」
「・・・へんなの」
「なぁ、覚えてるか? あの時、ここでみつきが何て言ったか。」
「・・・」

そう言われて、記憶を思い返してみる。
思い出すのは・・・夢を語ったあの言葉。
『私は、世界一の風景写真を撮りたい。きれいで、質素で、華やかで、カラフルで、モノクロで。
 世界のすべてが1枚の写真に収まっているようなものを・・・。』
今も、この夢を追いかけている私。
あのときから、何も変わっていない。

「・・・えぇ、覚えてるわ」
「よかった。それじゃあ、今も?」
「・・・うん。」

八条は、ポケットから何かを取り出した。それは1枚の写真。
私に差し出してくる。

「この写真・・・覚えているか?」
「・・・私が撮ったものだもの。当然覚えているわ。」

壮大な海をバックに、私と八条が、二人並んで写っている写真。
2人の表情は、幸せそうな笑顔。

私が撮った写真の中でも、これは特別な分類に入る。
幸せなときの思い出、としての分類はもちろんだが。
珍しく、人物が入った、しかも私自身が入った写真というのは、本当にわずかしかないからだ。

「俺・・・さ。」

八条は、突然私のほうを向き、私の顔を見下ろした。

「この頃の2人に戻りたいんだ。」
「・・・へぇ。」

またこの話だ。男というのは、いつもこうなのだろうか?
引きずって引きずって、諦めきれないから、なんとか関係を修復しようとする。
だったら、最初から何人も女を作らなければいいのに、と思う。

「俺は、本気なんだ。」
「あなたの本気がどんなものか知らないけど、その言葉なら何度か聞いたわ。」
「そうじゃなくて・・・あぁもう」

突然、八条は私の体を抱き上げた。私と八条の目線が合う。

「ちょ・・・! 何するのよ、離しなさい!」
「俺は、やっぱりおまえのことが好きなんだ、みつき!」
「わかったから離しなさいって!」

私がそう言うと、なんと八条は目に涙を浮かべた。
このまま泣くのだろうか。なんとも、本当に嫌な男である。

「・・・」
「早く離してってば!」
「俺は・・・」

八条は、ようやく私を地面に降ろした。
顔を崩して、涙をボロボロと落としているところを見ると、少し、かわいそうかなと思ってしまった。
キツく当たりすぎた、自分に少し非があったかもしれない。

「・・・ごめん、ちょっと強く言い過ぎたかな?」
「・・・」

八条は、何も言わない。

「好きだという気持ちが・・・本心であることは、わかったわ・・・。
 強引なやり方は気に食わないけど。」
「・・・ごめん。」
「それに、私のことをわかってるんなら、抱き上げるのはちょっと気をつけてもらいたいのよね。」
「・・・ごめん。」

そこにいたのは、あのときの電話越しの八条と同じだった。
やっぱり、どこか気力が無いような、実際見ていると、疲れているような感じだった。

「・・・芸能界っていう荒波にもまれて・・・俺は、自分を見失ってた時期があった。
 そんなときに、みつき、お前に出会ったんだ。」

突然、八条からそんな言葉が飛び出した。

「浮かれていた俺は、自分がモテるやつだと信じて疑わなかった。
 世の中が、全部自分のものだと思っていた。でもそれは違ったんだ・・・。」

正直、こういう話を聞く身というのはかなり辛いものがある。
しかし、これでも私は一応、大人であるから、我慢して聞くことにする。

「実際、俺の周りはぐちゃぐちゃどろどろしてたし、幸せなんて無かった。
 毎日毎日、思いつめることばかりで、でも誰にも相談できなかった。
 完璧なアイドルを演じることが、俺の役目だったから、なおさら。」

確かに、テレビで見ていた八条は、私生活で見ていたチャラいイメージは無かった。
若者受けは非常によかったと思うし、ある種のカリスマ性も発揮していたと思う。
最初に、八条をテレビ番組で見たときは、正直、別人だと思ったぐらいだった。
それほどまでに、八条は苦労していたのだと思う。

「でも、みつきと出会って・・・付き合っていたとき、2人の時間だけ、何かが違ったんだ。
 他の適当な女と遊んでいるときとは違う・・・。何かが。」

私のほうに、そんな感じは無かった。
そもそも、初恋の相手が八条なのだから、他の人と付き合っていた経験が無い私には、
そんな感じがわからないのも、無理もないのだが。

「結局・・・俺が女遊びしてることで、みつきを怒らせちゃって、別れたってことは、
 当然、俺に原因があるんだけど・・・。
 でも、別れて。別れてはじめて、みつきとの時間が、俺にとって必要なものだってことがわかったんだ。
 だから・・・何度も、同じこと言うけど・・・みつきとやり直したい。」

こんなこと言われると、返答に困る。
八条のこの発言からは、普段の様子からは見えない、確かな本音が出ている。
正直なところ、八条のこんな姿を見るのは、想定外だった。
思わず、少し戸惑ってしまっている私がいる。

「・・・少し、考えさせて。」

結局、私は明確な返答を控えることにした。
私らしくない、逃げである。
再び同じことを繰り返すのに、恐怖を感じているのか。それとも、違う何かがそうさせるのか。
それは、私自身ですら理解できていない。

私たちは、どちらともなく、車へ戻るために歩き出し、ビーチを出た。


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物静かな、都会の夜。
都会、と言っても、大きな駅から少し離れた高級住宅街に、2人は来ていた。
ビーチへ行った日から、1週間ほど経っていた、あれから直接会うことはせず、電話でのみ連絡を取っていた。
正直、私が本来、八条から依頼を受けていたことに対応を追われていたため、会えなかったのだが。

今日、調査では、ターゲットが男と一緒に、自宅に来るという情報が入っていた。
情報源は、企業秘密・・・企業ではないのだが。念のため。

「・・・! 来たぞ。」

八条が、ささやく。
向こう5〜60m先に、2人組の男女らしき姿が見える。
街灯の明かりこそあるもの、まだ距離が遠いのでぼんやりしているが、間違いなくターゲットである。
カメラの準備は万端。あとは、気づかれずに写真を撮るだけ。

ターゲットは、テレビでよく見る、今流行のグラビアアイドルだった。
巨乳グラビアアイドルの1人として、よくバラエティなんかに出ている。
この乳オバケめ・・・と、ごくごく個人的なことをつぶやく私。

そして、ターゲットの右隣を並んで歩いている男・・・。
やはり、テレビでよく見る人物だった。

「んなっ・・・」

八条が、思わず驚きの声を上げる。
無理もない。八条と同時期に売れ出した、絶賛売出し中のアイドル・・・。
八条とはライバル関係として、時々週刊誌にも取り上げられた人物であった。

「くそ・・・よりにもよってアイツか。 まぁいい、これで一気に・・・。」

そんな言葉をよそに、カメラを構える私。
仕事をこなすだけ。それだけ。

ターゲットたちは、グライビアアイドルの自宅マンションらしきところに、入ろうとしていく。
私はその姿を、パシャリと、写真に収めた。
ニヤけている八条を引っ張り、私たちは解散した。


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私は、某週刊誌にスクープ写真を投稿することを、八条に伝え、行動に移した。
写真は見事、採用されて、掲載。
瞬く間に、有名アイドルカップルのスクープは日本中に広まった。

八条の銀行口座から、私の口座にお金が振り込まれているのを確認し、この契約は完了となった。


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電話がかかってきた。
ディスプレイには、八条、の文字。
電話に出る。

「あ、もしもし。八条だ。 本当にありがとな。」
「あぁ、頼まれたことをしただけだ。もう報酬も確認した。」
「・・・そうか。本当に、ありがとう。」
「ん」

それだけの電話とは、私は思わなかった。
当然だろう。まだ、あのときの返事を私はしていない。

「それで・・・あのときのことなんだけど」
「返事をしてほしい、と?」
「・・・あ・・・あぁ。どう・・・かな。俺は、みつきとこれからも一緒にいたい。
 そのためなら、今のアイドルをやめたって構わない。覚悟はできてる。」
「そんな覚悟をされても私は困るな。」

覚悟をした、ということは、それだけこの機会に賭けているということの表れなんだろう。
八条の気持ちを無下にするのは忍びないし・・・それに私も・・・。

「でも、気持ちはわかった。私も・・・あの頃に少し未練があるからな。」
「それって・・・」
「そういうことだ。よかったな。」

瞬間、歓喜の叫び声が電話の向こうから上がり、思わず耳をふさいだ。
よっぽど嬉しかったらしい。
まぁ、私も満更ではないのだが。

今度、またあのビーチへ行く約束をして電話を切った。
デートする、ということで。



続く