星の王子とグラサン少女
「星の王子とグラサン少女」
〜1〜
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6歳の時に描いた、「象を飲み込んだうわばみの絵」を
大人の誰もがそれは「帽子の絵」だといって
理解してもらえなかった少年は絵を描くことをあきらめ
飛行機の操縦を覚えました。
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その文章で始まる本を、私は読んでいた。
この本は、子どもの心を忘れてしまったおとなに向けた本。
でも、私はいつまでも子どものままだったりする・・・。
夢を持ったのは、小学生のときだった。
誕生日に、父親から簡素なカメラを買ってもらったのがきっかけだった。
毎日毎日、そのカメラで写真を撮っては、父親に現像してもらっていた。
アルバムは買ってもらえなかったので、お煎餅の空き缶に、たくさんの写真を収めた。
今もその空き缶は持っている。
時々、空き缶を開けて、茶色くなってしまった古いピンボケしている写真を見返す。
わずかな友だちに写真を見せても、誰も理解してくれなかった。
けれど、父親だけは、ピントがボケている写真であっても、私が撮ったものを理解してくれていた。
この本と、私が少し違うところ。それは理解者が1人でもいたということだ。
「あの頃が、なつかしい」「あの頃に、戻りたい」そう思う。
時は進む。年をとる。
でも私の、心も体も小さい頃のまま。
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本から顔を上げる。
目の前のテーブルには、コーヒーと、サンドイッチ。それにグラサン。
気持ちの良い、喫茶店のオープンテラスでの朝食タイム。
こんな日は、読書に限る。
朝の日差しは、やさしく私をなでる。
幸せなひととき・・・
「おい、みつき。」
そこに、かかる、私の名をを呼ぶ低い男の声。
すがすがしい朝には、似合わない。
私はちょっと気分を害した。
「なぁに? 今、良い所なんだけど。」
そう言って、一口コーヒーをつけ、再び本を読もうとする。
しかし、それを邪魔しようと、本に男の手がかかる。
「本読んでないで、やることやってくれよ。そういう契約だろう?」
「あら、契約は必要な写真を撮るだけのはずでしょう?
プライベートな時間まで、あなたに縛られなきゃいけないわけ?」
「・・・」
私は顔を上げ、本を読むのを邪魔する男を見る。
長身に、黒の短髪。たぶん、都会で歩いていればどっかの事務所のスカウトマンが引き止めるであろう、
イケメンには違いの無い、はっきりとした印象の顔。特に眼に惹かれる。
この男は、そういうわけで、とあるアイドルグループに所属する「八条はじめ」という男だった。
どうしてこんな男に、ファーストネームで呼ばれなきゃいけないのか・・・。
それは、曲がりなりにも、この男が私の大学時代の彼氏だからで・・・。
「とにかくだ。契約は契約だ。ま、謝礼がいらないンならいいんだけどな。」
「わかったわよ・・・。」
私は、この男が、正直言って大嫌いだった。
当時から、この男はこういうヤツだった。
人を振り回して、振り回して・・・振り回して!?
少しの間であっても、近くにこの男を置いていたのは、私の人生の誤算であり、黒歴史だ。
「頼むからしっかりしてくれよ・・・? 俺の人生をかけてるんだからな」
「・・・はいはい」
八条からの依頼は、こんなものだった。
私は、その時の八条との電話でのやり取りを思い出す・・・。
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「・・・あぁ、みつき・・・か? 俺だ、八条はじめだ。」
知らない電話番号からかかってきた電話に出ると、その発言を耳にした。
大学時代の・・・一応少しの間彼氏だった、八条はじめ。
現役の超売れっ子アイドルで、毎日どこかのテレビ番組に出ているぐらいの有名人。
八条の声を、こうやって聞くのは久しぶりだった。
が、どこか違和感がある。
そう、いつもの元気が無い。はっちゃけた、違った言い方で言えばチャラいしゃべり方じゃない。
覇気に欠け、どこか切羽詰ったような・・・。
「・・・なぁに? 電話なんてかけてきて。」
「話があるんだ・・・良いかな?」
その言葉を聞いて、真っ先に思いついたのは「やり直さないか?」という八条の思惑の想像。
ヨリを戻したいのだろうか、しかし、何を今更。
「あ、別にやりなおそうとか・・・そういうわけじゃないんだ・・・」
そういうわけではないらしい。予想が外れた。
そういうわけじゃないんだ・・・の後に、つぶやくように「いや・・・そっちがその気なら・・・」と、
そんな言葉が聞こえたような気がしたが、私の方にそんなつもりはない。
「今も、カメラマン・・・やってるんだろ?」
「なぜ、そんなことを聞く?」
「いや・・・」
相変わらずシャキっとしない。らしくない態度を取られると、こうもイラっとするのは何故だろう?
こっちはこっちで、読みかけの本があるのだから、用が無いなら電話を切ると言おうとすると、
「頼みたいことがある」と言われ、留まった。
「俺、実は今付き合ってるアイドルの娘がいるんだけど・・・最近そいつが、
他のヤツと付き合ってるらしくて・・・。それをスクープとして写真にしてほしいんだ。」
・・・どうしようもないやつである、この八条は。
自分は何人も女を作るくせに、女が他の男と付き合っている噂を聞くと、突き止めようとする。
八条は、私と付き合っていた頃から、そうだった。
何人も女を作り、遊びほうけていた。
「報酬はたっぷりするから・・・な? いいだろ? 悪い話じゃないはずだ。」
お金のからむ話をされると、私が弱くなることを八条は覚えていたようだ。
仕方なしに、私は八条の依頼を受けることになった。
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「で、今、どうなってんだ?」
「とりあえず、目標は確認してるし、行動も半分ぐらいは把握してるところまで行ったわ。」
「ホント、悪いなぁ。」
「・・・」
切羽詰っていたような、電話のしゃべり方とはまるで違う、悪びれた様子もなさそうな
ヘラヘラした顔を私に向けてくる。よくこんなやつがアイドルになれたな、と正直思う。
「まぁ、あなたの彼女が他の誰かと交際してるだろう、ということが事実なのは、把握したのよ。
ここまで漕ぎつけるだけでも、大変だったことを理解してね。」
「あぁ、そりゃもうみつき様様だよ、ははっ。」
フリーカメラマンは、情報を得るための人脈が、専属カメラマンよりも広くなければ務まらない。
シャッターチャンスをモノにするのは、運もあるが、人脈も大切なのだ。
できる限りのことをして、今回のターゲットの行動を把握するのに、1週間はかかった。
「ま、早ければ今週中にも、写真は撮れると思うわ。」
「よっしゃぁ。 あ〜の女、見てろよ。すぐに地獄に送ってやる。」
何やら怖いことを言ってるようだが、そのうち八条が地獄に堕ちるんじゃないかと私は思う。
人を呪わば、なんとやら。
「あぁ、そうそう。 この後、時間あるか?」
「・・・最初に言ったわよね? プライベートな時間まであなたに縛られなきゃいけない理由は無い。」
ピシャリ、という私だが、八条は引き下がらない。
「なぁ、そう言わずにさ。車出すから。 海行こうぜ、海。」
「・・・はぁ・・・」
強引でしょうがない。結局、こうやっていつも、八条に押しやられてしまうのだ。
結局、私が折れることになり、喫茶店を後にした。
続く