グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と私と世界の呪い〜 4







〜3〜 【僕と、世界の呪い】



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荒れ果てたこの地を、僕は黙って見つめる。
枯れてしまった草木。誰の気配も感じさせない、建物の数々。

カロッサの言うとおり、本当に人間は【はじまりの魔法】によって滅んでしまったのか、僕に錯覚させる。

地面に、写真立てが1つ落ちているのを見つけ、僕はゆっくりとそれを拾う。
すっかり汚れてしまっていて、何が写っているのかはっきりしない。
まるでこの世界をそのまま映し出しているかのような、そんな気がする。

「・・・ここは本当に未来なんですか? 僕たちが住む世界の。」
「そのはずだよ。」

僕の隣に立っている男は、質問に対してそう答える。

「”夕波みつきが死んでから”10年後。君の住む世界はこうなってしまう。」
「・・・絶対ですか?」
「さてね。もしかしたら、判断次第ではこの事態を避けることができるかもしれない。」
「判断・・・次第。」

男は、少し離れた場所を指差す。

「来るよ。」

そこは廃墟となってしまったビルの窓。ガラスが内側から割れたかと思うと、窓から何かが飛び出してきた。
蜘蛛だ。真っ黒で巨大な蜘蛛。いくつもある目がそれぞれをギロギロと見回している。まるで獲物を探しているかのようだ。
その目のうちの1つが、僕らを見つける。

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」

蜘蛛とは思えない雄叫びを上げた化物は、こちらに向かってガサガサ足を動かしながら近づいてきた。

「大丈夫・・・ですか?」
「まぁ、見てると良いよ。」

そういうと男は、姿を消す。いや、姿が消えたと思ってしまうほど高速で、移動している。
人間ではありえない動き。事実、この男は人間ではないのだが・・・。

男は、右手に鈍く銀色に輝く槍を生み出す。
そして、一直線に蜘蛛に槍を突き刺す。

「ガァアアアアアアアアアアアア!」

一面に響き渡る蜘蛛の怒号。

「元の世界へ還ると良い。ここはお前の居るべき場所では無い。」
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「天創の槍よ、この者を転送せよ。」

男がそう言うと、蜘蛛は槍と同じ色の靄に包まれる。徐々に靄の色が濃くなっていき・・・。
突然それがはじけると、まるで手品のように、巨大な蜘蛛は消え失せてしまった。

男は、蜘蛛を撃退すると、僕と対峙する。
対峙して、どこか遠い世界を見るような目で、僕を見る。

「すべては、君がどうするか、だよ。世界を救えるのは、君しかいない。
 でも、そのためには、君は人間を超越しなければならない。
 ・・・まぁ、最終的な判断は君に任せるよ。私が決めることじゃない。」

人間を・・・超越する。
目の前の男が言うと、まるで僕が化け物に成らなければいけないことのように感じる。
でも・・・それでも・・・

「・・・この世界を、こういう姿にしてしまったのは、ある種、僕のせいなのかもしれないので。」
「自分を責める必要は無いよ。なるべくしてなったんだ、この世界は。
 【はじまりの魔法】が、動いてしまったから。それを人間が止めることは、できなかった。それだけさ。」

目の前の男は・・・まるで今にも泣き出しそうな目をしながら言う。
僕に瓜二つの、目の前の男は・・・。

「今すぐに判断する必要は無いさ。でも、そのうち、君は選ばなければならなくなる。
 世界を救うか、それとも愛する人を救うか。」
「・・・そんな残酷な選択、できればしたくないですね。」
「まったくだね。」

目の前の僕は、笑いながら言う。
涙を流しているのに、それに反するように笑いながら言う。

「待ってるよ。君が決める、その時を。」



僕の視界が、突如歪む。
あぁ、なんだ。これは夢か。通りで現実味が無かったわけだ。
目の前に、僕にそっくりの”悪魔”がいるなんて、そんなバカげた話があるわけがない。
世界を救うか、愛する人を救うかの判断が、普通の人間の僕に委ねられるわけがない。

さぁ、目覚めよう。そろそろ朝日が昇る頃だ。



・・・



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「おはようございます。」
「ん、ようやく起きたか。随分と今日は遅いじゃないか。」

既に食卓に座り、朝食を取っていた右京こまちが、そこに居た。

「久しぶりに帰ってきた気がするので。」
「まぁ無理も無いな。異界での時間の流れと、こちらの時間の流れはだいぶ違う。
 慣れない者にとっては結構な負担だろう。まぁ・・・それでも、お前は少し寝すぎだな。」

壁時計を見ると、時間は既に午前10時を回っていた。
それにもかかわらず右京こまちが「朝食を取っている」ということは、右京こまちもいつもより少し遅く起きたのだろう。
いつもなら右京こまちは朝6時には起きている。それから朝の鍛錬を2時間やって、それから朝食を取っているから、
2時間ほど長く眠っていたのだろうか?

「烏丸祐一郎公爵と、グローチェリアさんは?」
「2人とも、こちらの状況を確認したうえで、一旦異界に戻った。もっと協力できるメンバーを集めるようだが・・・。
 これ以上は厳しそうだな。他の【九神霊】も、人間に味方するのは難色を示すだろう。」
「そうですか・・・わかりました。」

僕は部屋の隅にある冷蔵庫から、炭酸飲料水のペットボトルを取り出すと、自分用のコップにそれを注ぎ、
食卓について、それを少し飲んだ。炭酸のおかげで、少しぼやけていた頭がはっきりし始める。

「もっとも、【堕天使グローチェリア】と【獣神王ヴァンネル】、それに【美麗帝ユニカ】が加わっただけでも、大きな成果だな。
 それを考えれば、やはり今回異界に行ったのは正解だったと、私は思う。」
「そうですね。異界に束縛されている呪いがユニカさんとヴァンネルさんにかかっているのは残念ですが。」

あのカロッサとの戦いの後、すっかり僕たちの仲間となったユニカとヴァンネルは、そのことを僕たちに話した。
人間に協力するとはいえ、あの異界の地に束縛されてしまっている以上、こちらに来てともに行動することはできないらしい。
逆に言えばグローチェリアや烏丸祐一郎公爵・・・それに、僕の中に潜んでいるレニオルには、その呪いはかけられてないのだろう。

従って、ユニカとヴァンネルには、異界の地で過激派の【九神霊】の対応をしてもらうことになった。
ヴァンネルは故郷をカロッサに滅ぼされてしまって、一握りの部下以外の仲間を失ったと聞いたが、ユニカの持つ組織のなかに
部下と一緒に参入するという形で、新たな居場所を得ることができたのは、ヴァンネル本人としても喜ばしいことだろう。

「欲張りばかりは言ってられないな。あるものだけで、私たちはこれからのことを考えていく必要がある。
 そのためには、水原、お前も重大な役割を持っている以上、常に先のことを考えて行動してもらいたいものだな。」
「・・・いつも、そのつもりですよ。」

右京こまちは、僕の言葉に何も答えることなく、茶碗のご飯の最後の一口を、ゆっくりと口に運んだ。
僕もそれを見て、コップに残った炭酸飲料を飲み干すと、そのコップを洗い場に持っていった。

「そういえば、変な夢を見たんですが・・・」

何気なく、今朝まで見ていた夢の話を、右京こまちにしようとする。
しかし・・・

「・・・あれ?」
「どうした。まさか忘れたとか言うんじゃないだろうな。」

そのまさかだった。よくある話だが、起きたばかりのときは夢の記憶が残っていても、徐々に頭が目覚めていくと、
夢の記憶が自然と消え失せていってしまう。今回も、それが起きてしまった。

「・・・すみません。忘れました。」
「ふぅむ・・・。」

ついさっきまでは鮮明に覚えていたはずなのに。すっかり忘れてしまった。
この夢の仕組みと言うのはいったいどうなっているのだろうか。ある種の人間の神秘ではないだろうか?

「夢を思い出すことができる呪いとか無いですか?」
「・・・無いことも無いが、対象者の心の底まで同時に見透かしてしまうぞ。それでも良いか?」
「・・・いえ・・・遠慮しておきます。」

右京こまちは僕の返答に微笑を浮かべると、食卓の上のお皿を片づけはじめた。
おかずが残っているお皿はしまうことはしない。いつもなんだかんだ言って、僕の分のおかずもきちんと残してくれている。
右京こまちなりの、ちょっとした優しさなのかもしれない。

「まぁゆっくり朝食を食べていろ。私は、朝方に1つ依頼を受けたから、今から行ってくる。」

その言葉に、僕は少し驚く。こちらに帰って来たばかりだというのに、もうこれから依頼・・・。
おそらく幽霊退治か悪霊討伐か・・・その類の依頼を解決に行くというのだ。

「遅くなるかもしれないが、まぁ今日中には帰ってくる予定だ。」
「随分頑張りますね。僕だったら、明日に引き延ばしますが。」
「明日にしても、同じことだ。私にとっては、な。」

それきり右京こまちは、何も言うことなく、部屋を去ってしまった。
最後の言葉に、ちょっと寂しさが混ざっていたのは・・・気のせいではないだろう。



思い返してみると、あの徒然荘での合宿から、まだ1か月も経っていない。
いろんなことがあったが、まだ今は8月の下旬。
夏休みの最中で、これといって定期収入のあるアルバイトをやっているわけでも無い僕にとっては、
ちょっと、いろんな事件があったほうが充実した生活なのかもしれない・・・と思う。

写真の整理は、異界に行く前に大体やってしまったので、する必要は無い。
ここ最近は、僕の専ら収入源となっている偽の心霊写真作りも、あまりやっていない。いまいちやる気が起きないのが原因だ。

「・・・平凡な日常も良いと思っていましたが・・・実はそうでも無いのでしょうか?」
【さて、どうだろうね。】

右京こまちが居なくなったからなのか、僕の身体の中からレニオルの声が聞こえてきた。

「たまには、当てもなく外を出歩こうと思うんですが、どうでしょうか?」
【気分転換には良いと思うけれど、気をつけないといけないよ。】
「・・・まぁ、たぶんそこは大丈夫だと思うので。いざとなれば、どうにかしてくれると僕は思っていますよ。」
【まったく君は・・・人使いならぬ、神使いが荒いよ。】

レニオルは、ふぅとため息をわざと大げさについた。
しかしながら具体的に反論するつもりもないのか、それ以上は何も言おうとはしていない。

「僕は、使えるものは何でも使う主義なので・・・。」
【むぅ。】

そして僕は、久しぶりにこの世界の空気を吸いに、右京家の屋敷を後にした。



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「あぁ、すっかり屋敷は無くなってしまったみたいですねぇ・・・」

僕の目の前には、広大な荒れた土地があった。
周囲にあったはずの高い塀は無残にも取り壊されており、わずかに残された正門だけが虚しく立っている。

【ここは?】
「ここは、僕と右京こまちがはじめて会った場所です。そして、烏丸家の屋敷があったところでもあります。」

僕の身体の中に潜んでいるレニオルの質問に、僕はそう答えた。

ある意味、僕にとってこの場所は転機となった場所だ。
烏丸家の屋敷に潜入して、夕波みつきと烏丸祐一郎公爵が一緒に居るところを見ようとしていた僕は、
ちょうど今、僕が立っている屋敷の正門の前で、右京こまちに会ったのだ。

もしも、右京こまちが烏丸祐一郎公爵を討伐する前に、僕が屋敷に忍び込んでいたら、展開は大きく違っていたかもしれない。
こうして今でこそ、右京こまちと一緒に行動しているが、この境遇はその展開では得られなかったんじゃないだろうか。

「しかし、国が管理しているとはいえ、何の手入れもしていないというのは、いかがなものでしょうか・・・。」

正門以外は、すっかり何もなくなってしまったこの土地。
烏丸家と言えば、ここ一帯の地域の経済や政策に深く関わっており、それも地元民からはかなり親しまれていた貴族だった。
明治期に貴族となる前は、貿易に力を注いでいた豪商だったといわれており、それもまた、歴史を学ぶうえでは名前が一度は出てくる要素になっている。

その烏丸家の末裔が、夕波みつきだという推測は、異界に行ったことで、確信へと変わった。
それだけでも大きな成果だったと思う。

同時に、夕波みつきが徒然荘の合宿から帰ってくるときに言っていた独り言【はじまりの魔法】の意味についても、
わずかばかりだが、わかった。しかしながら、依然として、どうしてそんな独り言を言ったのかについては、わかっていない。



僕は、この先の展開を予測しながら、烏丸家の屋敷の跡地を去った。



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「ここもまた、随分懐かしい気がしますね。」
【人間の、墓場かい?ここは。】

僕は、高校生時代によく足を運んだ墓場へ来ていた。
ここでよく、偽の心霊写真の題材として使えそうな写真を撮影したものだった。
最近は右京家の屋敷に住むようになったために、近場で無くなってしまったこの墓場に来る機会は減ってしまっていた。

そして、ここもまた、僕にとっては転機となる場所の1つでもある。
あの烏丸祐一郎公爵の心霊写真を撮ってしまった場所が、ここだからだ。

僕は、周囲の墓より、一回り大きい墓の前に来る。
その墓に刻まれているのは「烏丸家」という文字と、烏丸家を象徴とする、鴉を形取った家紋だ。
ちょうど、この僕が立っている場所で、夕波みつきはこの墓に手を合わせていた。

【なるほど、烏丸家の墓なのか。】
「・・・夕波みつきは、自分の誕生と同時に母親を亡くし、交通事故で父親を亡くしています。
 大切な家族を失ってしまった夕波みつきにとって、烏丸祐一郎公爵は、たとえ霊と言えども、大切な存在だったと思います。」

そっと、墓に手を触れる。
昨日は雨が降っていたのか、少し濡れていたために、手まで濡れてしまう。

「僕も、父親を早くに亡くしています。病気だったそうですが、詳しいことは知りません。
 母親は・・・もう知ってますよね、何度か見てるはずですから。」
【・・・そうだね。】

レニオルは、静かにそう答えた。

「幸いなことに、僕にはまだ母親がいますが・・・。どこか夕波みつきの境遇は、他人事には思えないのが正直な気持ちです。
 前にも話したかもしれませんが・・・夕波みつきの父親である夕波まことさんに、一度だけ会ったことがあります。
 父親一人で、娘を必死に育てている姿。親子2人で写っている写真。僕はそれを見て、うらやましいとさえ思ってました。」

墓から、ゆっくりと手を離す。
手はすっかり濡れてしまっているが、ハンカチを持ってくるのを忘れてしまったことに気づく。
仕方なく、僕はズボンの裾で手を拭いた。

「そんな気持ちがあったから・・・僕はここで夕波みつきと、烏丸祐一郎の霊を見て、興味を持ったのかもしれません。」

墓に向かって手を合わせる。
烏丸家の人々は、【烏丸家の呪い】に苦しめられながらも、人々にすばらしい治政と経済を敷いた。
僕はそれに無言で敬意を示す。

そして、もし夕波みつきに今後何かがあったら、それを守ってほしい、とお願いする。
僕の力は・・・まだまだ未熟だ。今回の異界での出来事で、それを改めて思い知らされた。
呪いに関する知識も無ければ、戦闘に慣れているわけでもない。霊体がどうとか【九神霊】がどうとか、それもわからない。

・・・でも、だからと言って僕は立ち止まるわけにはいかない。
力が無ければ、それを得られるように努力すればいい。
呪いが使えなければ、それに代用しうるようなものを手にいれればいい。
知識が無ければ、あらゆる手段を使って情報を得ようとすればいい。
武器と言えば、カロッサとの戦いのときに咄嗟に思いついた”カメラのフラッシュ”と、この僕の頭ぐらいだ。

「さて・・・行きますか。」



僕自身を奮い立たせながら、僕は墓場を後にする。
またしばらくは、この墓場に戻ってくることは無いだろう。
次に来るときは・・・すべてが解決してからでも良いかもしれない。



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「お母さん、お見舞いに来ました。」
「・・・」

夕陽が差し込むこの病室に、僕の母親は居た。
母親は、僕が来たことに気づいていないのか、無言でベッドから窓の外の夕陽を眺めていた。

この病室は、個室だ。
母親は異常に他人との接触を拒む傾向があり、特に最近それが顕著になったようで、3か月前に個室に移されたのだ。
いろんな人との同室になろうものなら、泣き、喚き、叫び。今はもう居ないはずの夫の名前を繰り返し、口にするという。

「綺麗な・・・夕陽ですね。」

窓に映る夕陽は、空を赤く染めている。
雲はまるで巨大な魚の鱗を取ってばら撒いたかのような模様を、空に浮かべている。
ささやくように言う僕の声に、ようやく母親は反応を示した。

「・・・あなたは誰? ここは私の病室よ、勝手に入って来ないで。」

冷たい目で、母親はそう言いながら僕を見る。

「あなたの息子の、月夜です。」
「嘘よ。私に息子なんていない。」
「・・・そうかもしれませんね。」

僕は首を左右に振る。この母親の態度は、いつものことだから、もうすっかり慣れてしまった。

「早く出て行ってちょうだい! そうしないと警察を呼ぶわよ!」

病院内で呼ぶとしたら、医者か看護師だと思うのだが、母親はいつも警察を呼ぶという。
話の飛躍加減は、冗談にしては少し度が過ぎるかもしれないが、常套句として聞きなれてしまうと、案外軽いものだ。

「・・・お母さんの好きなミカンを買ってきたので、この机の上に置いておきます。好きな時に食べてください。」

僕は、母親の言うことをあえて無視するように、片手に下げていたビニール袋を傍にあった机に置く。
病院に来る途中で買った、母親の好きな温州ミカンだ。
僕が小さい頃はよく・・・母親に皮をむいてもらって、食べていた・・・。

母親の顔を見ると、鬼も裸足で逃げ出すような恐ろしい形相を浮かべていた。
しかしながら、目だけは涙をうっすらと浮かべている。
・・・これ以上ここにいると、母親や病院に・・・余計な迷惑をかけてしまうかもしれない。



ヒュン



母親が、手元にあった枕を投げてきた。
枕は僕の顔に当たるが、勢いがほとんど無かったため、特にケガもせず、メガネも壊れることなく、虚しく枕が床に落ちる。
僕はその枕を拾い上げると、さっきビニール袋を置いた机の上に、その枕も置く。

「それじゃあ、また近いうちに会いに来るよ。」

今にも、泣き出しそうな、叫びだしそうな表情を浮かべる母親を余所に、僕は最後にそう言って病室を後にした。



>>>



別に、どうというわけじゃない。
母親が人間嫌いの病気であることも、僕の父親が早くに亡くなってしまったことも。
寂しいとか、そういう気持ちは、中学生になった頃にはすっかり忘れてしまった。

ただ心のどこかで、似た境遇にある夕波みつきと自分を重ね合わせているような気がする。
意識的にそれをしているわけでは無いにもかかわらず。

僕は、右京こまちや烏丸祐一郎公爵と比べれば、どこにでもいる普通の人間でしかない。
そんな普通の人間が、1つの幸せに歓喜し、1つの不幸に泣き叫ぶことを忘れてしまったら、もう普通の人間ですらないかもしれない。
他人に・・・決して他人に、僕はそういう表情は見せないけれど、やっぱり心のどこかで、そういう気持ちが残っていると、
やっぱり僕は普通の人間なんだと、そのたびに思い知らされる。



でも・・・そんな普通の人間であるはずの僕が、どうしてこんなことに巻き込まれてしまったのだろうか。
父親を失い、母親が病気にかかっている・・・という不幸は、僕だけが特別に持っているわけじゃないのに。
どうして僕は、世界がどうとか、呪いがどうとか、そういうことに関わってしまったのだろうか。

それが運命だった?

真相はわからない。
人は、自分を不幸だと思った時、それを誰かのせいにしたくなる。
他人だとか、神だとか、そういったものに責める。
・・・僕は、どうだろうか。

結局のところ、僕は何も知らない。僕自身のことも、他人の事も、世界の構造も。



ただ・・運命だとか宿命だとか、そんな筋書きが予め存在していたならば、僕は前もってそれを知りたい。
知ったうえで、出来る限りの手を尽くして、未来を変えたい。
母親が数日後に死ぬとわかったら、何と母親に罵られようと、僕は母親の傍に居続けたい。



僕にとって、それこそ呪いなんじゃないか、と思う。
自らの考えによって、自らの行動を制限してしまう・・・それすべてが、自ら作り出した呪い。
愛とか友情とか、僕はそれすらも呪いとさえ思う。

世界は、そんな呪いに包まれている。
客観的に見れば、あまりにもおかしな話かもしれない。でも僕はそう思う。
その呪いが結果的に、人をどうしていくのかは、その人ごとの判断に委ねられる。
個々の人が持っている呪いが、やがて世界を包む呪いとして、形成されていく・・・。



絶望するのは僕だけで良い



せめてその呪いが、世界中の人々を苦しめないように・・・と、僕は切実に願う。
レニオルとはじめて会って、レニオルが与えてきた「絶望の試練」に僕が打ち勝ったときから・・・



僕は・・・。




グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と世界と私の呪い〜 終わり



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グラサン少女シリーズ外伝、僕と世界と私の呪い、完結しました!
外伝という扱いのため、本編では語られなかった話や、本編に入れたかったけれどやむなく抜いてしまった話ばかりでしたが、
非常に重要なストーリーに仕上がったと、私自身は思っています。

この外伝では、本編の主人公である夕波みつきは名前こそ出ますが、登場はまったくしていません。
それにも関わらず、ここまで長いストーリーになるとは・・・書き始めた当初はまったく想像もしていませんでした。
サブタイトルの「僕」、すなわち水原月夜と、「私」、右京こまちのサイドストーリーであるわけですが、
やはり、人間それぞれに、語りつくすことのできないぐらい多くの人生が秘められている、というなによりの証明になったのではないでしょうか。

物語は、邂逅編・異世界編・番外編の三構成になっていました。

邂逅編は、右京こまちと【魔神ミニョルフ】の邂逅。右京こまちと水原月夜の邂逅。水原月夜と【魔神レニオル】の邂逅。
いずれも互いの目的のぶつかり合いを、物理的あるいは心理的な戦いとして表現してみました。

異世界編は、この外伝の中では一番主軸になっているもので、水原月夜と右京こまちの異世界での冒険や戦いと、
【九神霊】サイドの確執、協力、対立などを描いてみました。
本編ではまだまだ少ない、戦闘シーンが比較的多かったので、ちょっと新鮮な気持ちで書けたのがよかったです。

そして最後の番外編。
これは「終」の3章。ちょうど今読んでいるあとがきが書かれているところの章になります。
本当は、「遭難事件とグラサン少女」の15以降に付け足すつもりでいたのですが、異世界編とのつながりが結構あったり、
「遭難事件とグラサン少女」自体がかなり長くなってしまう・・・というような理由で、外伝に持ってきました。
できれば、病室のシーンぐらいは本編で描きたかったです。うぅむ残念!

実は上にあげた以外にも、【人霊大戦編】というのが構想上はありました。
外伝中によく出てきた「人間と【九神霊】がかつて対立して戦った」その話を中心に書くものだったのですが、
文量がかなり多くなってしまうという懸念があり、執筆途中で継続を断念してしまいました。
その一部、【美麗帝ユニカ】の過去回想だけは持ってきた方が都合がよかったので、挿入しました。
機会があれば、他の一部も公開できたら良いな、と思っています。



外伝の「僕と私と世界の呪い」はこれにて完結ですが、本編はまだ続きます。
あと、もう1作だけ、外伝「過去、そして未来に送る手紙(仮)」というものも執筆予定です。
この外伝は、本編完結後に書きはじめる、まぁ後日談のような話を書くつもりです。
もしかしたら、そうじゃないかもしれませんが。

「グラサン少女シリーズ」の元ネタとなった、「Another world」の執筆者であるFormulaさんをはじめとして、
読んでくださっているすべての方々に、この場を持ちまして、感謝の言葉を述べさせていただきます。
重ね重ね、本当にありがとうございました。

そして、本編のほうも、よろしくお願いします。



進藤リヴァイア