グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と私と世界の呪い〜 4
〜2〜 【憎しみ、怒り、恐怖、愛】
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「そうか、もう合流できたんだな、水原。」
僕は右京こまちに、そう言われた。
右京こまちの背後にある小屋は、至る所が何か強大な力によって破壊された跡がある。
おそらく、あれがヴァンネルの小屋だったのだろう。
「あーくっそ、これまた派手にやってくれたじゃねぇか!」
その小屋の持ち主が、隣で唸っている。
ヴァンネルの姿を見て、右京こまちと対峙している【呪曹カロッサ】が訝しげそうにいう。
「む、ヴァンネル。お前さん何をしておる?」
「・・・ふん、もう騙されも誤魔化されもしない。すべてはグローチェリアから聞いた。
もう・・・俺の故郷は、お前の配下によって滅ぼされている、とな。最初から、その気だったんだろう。」
「・・・ふぁっふぁっふぁ。今更気付いたとて、もう遅いわ。」
ようやく冷静さを取り戻したのか、カロッサはゆったりと車椅子に座りなおす。
「そうじゃよ、とっくの昔にお前さんの仲間のほとんどは、わしが滅ぼした。
下手に反抗でもされたら面倒じゃからのぅ。」
「カロッサ、貴様何のつもりで・・・」
ヴァンネルの怒りの籠った声は、しかし途中で遮られる。
「何のつもりじゃと? わしは【九神霊】としての役目を果たしているだけじゃ。
【九神霊】に逆らおうとする霊体は、粛清されねばならぬのじゃ。そうしなければ、世界の調和は乱れること必至。
ましてや、今回はどうじゃ? かつてあらゆる霊体を震え上がらせた、人間という脅威が、この世界に戻ってきおった。
かつてわしら【九神霊】と対立し、大戦争を巻き起こした人間。その人間は、いったいどれだけの霊体を滅ぼしおった?
ヴァンネルよ、それに堕天使の若造に、恋に堕ちた醜き女帝よ。お前たちは、先の戦いで何も得なかったのかの?
本来であればもはや人間と関わることさえ、問題じゃと、わしは思うところがある。
じゃが、わしも肉体は既に死にかけているとはいえ、あらゆる霊体を統率する者の一人じゃ。
人間とて、かつては他のものと同じ霊体じゃった。しかし、こやつ等は他を憎み、他を妬み、他を滅ぼそうとした。」
そこで、カロッサは、一度口を止めた。天を仰ぎ、ゆっくりと一呼吸してから、再び言葉を紡ぎ始める。
「本来であれば、人間を抑え込むのが、わしらの役目じゃ。
そのために【九神霊】の最高位である【神霊王ディオリス】は、先の戦いのときに、捕虜として得た人間に、ある呪いをかけたのじゃ。
それが何かぐらいは・・・人間の若造、お前さんでもわかるじゃろう?」
突然、僕はカロッサにそう言われた。
ある呪い・・・それはおそらく・・・。
「人間が、人間同士争って互いを滅ぼしあおうとする。それだけに留まらず、人間が他の霊体を滅ぼさんとする。
それを阻止するために作られた呪い。それが【烏丸家の呪い】・・・いや【はじまりの魔法】じゃ。」
【はじまりの魔法】、カロッサはそう言った。
「ディオリスは、捕虜として得た人間に【はじまりの魔法】という呪いをかけ、そやつを解放した。
呪いをかけられた人間は、呪いによって肉体的、精神的にダメージを絶えず受け続けられなければならない。
しかも【はじまりの魔法】は存在を絶やさぬ様、子々孫々へと遺伝する性質を持つ故に、徐々に呪いをかけられた人間は増えていくのじゃ。
・・・だが、遺伝を繰り返していくうちに【はじまりの魔法】は小さくなっていってしまってのぅ。
大本の呪いをかけられた人間の直系である・・・そうじゃ、烏丸祐一郎、お前さんの血筋を除いてじゃ。」
烏丸祐一郎公爵の血筋・・・すなわち烏丸家だけは、【はじまりの魔法】を直接継承していた・・・ということになるのか。
ん・・・? だが、そうするとおかしい点がある。
右京こまちは確か、夕波みつきにかけられている【烏丸家の呪い】は、烏丸祐一郎公爵にかけられていたものとは少し違うと言っていた。
代々呪いを継承しているのならば、どうして両者の呪いが異なっているのだろうか・・・?
「お前さんの血筋から、かなり離れてしまった多くの人間たちには、わずかではあるが【はじまりの魔法】の痕跡が残っておる。
・・・じゃが、痕跡だけでは意味を成さぬ。痕跡は、再び【はじまりの魔法】の本体に近づかなければ目覚めぬのじゃよ。
そう・・・たとえば、人間の若造。お前さんじゃ。お前さんの身体の中には、【はじまりの魔法】の痕跡があった。」
鋭く、まるで視線だけで僕を貫こうとしているようなカロッサに、僕は一瞬震えた。
「そして、【はじまりの魔法】の本体に触れてしまった。それもかなり深く、じゃ。
もしも【はじまりの魔法】の本体が本格的に動き出せば、真先にお前さんは滅びるじゃろうて。」
「滅びる・・・というのは、どのようにですか?」
僕は震えを抑え、カロッサに質問した。
「わしも知らぬところじゃよ。ディオリスがかけた呪いは、わしの力でも解析できぬ呪いじゃ。」
首を左右に振って、わざとらしく残念そうな表情を見せるカロッサ。
しかし・・・
「じゃが・・・1つだけわかることがあるんじゃよ。」
まるで恐怖を他者に与えるような壮絶な笑みを浮かべ、カロッサは続ける。
「【はじまりの魔法】が発動したら、もう人間は滅ぶのみじゃ。何をしようと無駄じゃ。
たとえわしをこの場で殺そうが、呪いをかけたディオリスを殺そうが、【はじまりの魔法】は時が来たら動き出すのじゃ。
そして、人間は滅ぶ。欲望、妬み、恨み、愛憎・・・人間がこれまでに犯してきた罪を、清算するために!」
その時、頭の奥の方で、何かが音を立てて崩れたような気がした。
まるで延々と水を塞き止めていたダムが、ついに限界を超えてしまい、決壊したときのような・・・。
「うあぁあああああああああああああああああああああ!」
気が付くと、僕は丸腰でカロッサに突撃していた。
これは怒りだ。水原月夜としてじゃない、人間としての怒り。
僕は右手で拳を作り、振りかざしながら、カロッサに向かっていく。
それに対し、カロッサは・・・。
「そうじゃ、人間の若造。それが、人間の持つ怒りじゃ。
それが積み重なった時、人間が他を滅ぼすために使う残酷な力となるのじゃ。」
カロッサは、車椅子に座ったまま、僕が振り上げた右手を、指1本で受け止めてしまった。
冗談じゃない・・・こんなことがあってたまるか・・・こんなことがあって!
「憎いか? わしが憎いか? じゃがその憎しみもまた、残酷な力となるのじゃ。
他を憎むことでは、しかし最終的に誰も救われぬ。もちろん、お前さん自身ものぅ。」
カロッサの指先に白銀の光が灯ったかと思うと、僕は思いっきり吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられるように、倒れ込むと、すぐに烏丸祐一郎公爵が、僕の傍に駆け寄ってくる。
「・・・それじゃあ、あなたが今、僕に向けているのは何でしょうか?」
僕は、烏丸祐一郎公爵に手を借りながら、カロッサに言い放った。
「あなたが僕に浮かべているのは、恐怖だ。人間という存在に対する恐怖。
恐怖もまた・・・残酷な力となるんじゃないでしょうか?
あなたの仰ることは、至極最もですが・・・。その感情は人間に限らない。ここにいる者すべてが持つ感情です。」
「む・・・」
カロッサは、口をつぐむ。
「結局、あなたは、ただ人間を恐れているだけです。ですが、僕もまた、あなたを恐れています。
人間の計り知ることができない、異形の者、未知の力、異界の地。僕は、それを恐れています。
・・・ですが、僕は、それを恐れてもなお、本当に正しいことを知るために、戦っているだけです。
それが、あなたの感じる恐怖となっているなら、僕は謝るべきかもしれない・・・。
でもあなたは、人間を滅ぼすという。他の者たちを守るためなら、自身を守るためなら、平然と人間を殺すという。
ならば、僕はそれを全力で阻止するだけです。謝る必要性は感じません。」
僕がそこまで言うと、カロッサの全身から、今まで感じたことも無いような、強い力の波動を感じた。
「・・ただの人間が、わしに口答えできると思うでないぞ。」
次々と、カロッサは空間に呪いを作り出していく。呪いは羽虫となって具現化していく。
その羽虫は、右京こまちとともに行動していた時に見た、あの虫たちとほぼ同じものだ。
「いけない! みんな、戦闘体勢を取るんだ!」
カロッサの動きを見て、冷静に状況を見ていたグローチェリアが叫ぶ。
その言葉で、右京こまちや烏丸祐一郎公爵、ヴァンネル、さらには右京こまちの背後にいる女性が、一斉にそれぞれの武器を持つ。
「身体は老いぼれじゃが、余りわしを舐めると・・・死ぬぞ?」
カロッサは周囲に羽虫を撒き散らしだす。
僕はとりあえず一番近くにあった木に逃げ、その状況を伺うことにする。
呪いに長けた右京こまちは、妖刀【影桜】で次々と羽虫を斬り散らしていく。
さらにその援護として、右京こまちの背後にいる女性が、紅色の閃光を次々と放ち、的確に羽虫を貫く。
一方こちら側では、グローチェリアが、背負っていた弓に矢を番えていき、羽虫を破壊していく。
それと同時に烏丸祐一郎公爵は、カール剣を使って、華麗で無駄のない動きをしながら、羽虫を薙ぎ払う。
その烏丸祐一郎公爵の背後には、ヴァンネルがついて行っている。
烏丸祐一郎公爵が、徐々にカロッサに近づいていることで、背後に待機しているヴァンネルが、カロッサ本人に攻撃をする機会を得ようとしているようだ。
「烏丸祐一郎、大丈夫か?」
「えぇ、なんとか。」
「やはり、ここは俺が前に出るから、お前が後ろに・・・。」
ヴァンネルは、心配そうに烏丸祐一郎に声をかけるが、烏丸祐一郎がそれを制す。
「それはダメです。先ほど考えた作戦通りにいけば、大丈夫です。」
作戦・・・。
それは、ここに向かう途中に、僕たちで考えていたものだった。
ヴァンネルは、カロッサが小屋で待ち伏せしているのを知っていた。
だから、前もって対カロッサ用のフォーメーションを考えていたのだ。
カロッサが、大量の呪いを放ってきたら、呪いに対処できるグローチェリアと烏丸祐一郎公爵が応戦する。
弓を本来得意とするグローチェリアがカロッサに接近するのは困難なため、まともに近づけるのは烏丸祐一郎公爵のみ。
しかしそれだと、烏丸祐一郎公爵は呪いの対処に手いっぱいで、カロッサへの攻撃が難しくなる。
そこで、ヴァンネルが烏丸祐一郎公爵の後ろにつき、攻撃可能な位置まで近づく・・・。
それが作戦の全貌だった。
実際のところ、右京こまちたちも呪いに対処しているため、思ったより早くカロッサに近づくことができている。
これなら問題なく、カロッサに攻撃できる・・・。僕はそう思った。
しかし・・・
「甘い、甘いのぅ。どうしてわしが部下もつけず、直接出向いておるのか、理解しているかの?」
カロッサの攻撃速度が、一段と速くなる。本当に老齢の身体なのかと疑いたくなるような、呪いの展開の速さ。
もはや呪いを作り出している腕は残像にしか見えない。それでいて、息1つ乱していない。
「お遊びは終わりじゃ。ここでお前さんたち全員を滅ぼしてくれよう。」
それぞれ、もはや対処できる量の限界が近いのか、苦痛の表情を浮かべながら、羽虫の呪いを消していく。
それでもなお、カロッサは攻撃の手を休めるどころか、ますます素早い攻撃を繰り広げていく。
・・・ここままじゃ・・・
身体の中にいるレニオルに声をかける。
「・・・レニオルさん。どうにかしてください。このままでは・・・。」
【ダメだよ。】
「どうして・・・ですか?」
レニオルは、小さな声で呟くように答える。
【ここで私が出たら、君までカロッサに狙われる。今、君はカロッサの攻撃対象になっていない。
私が現れたことで、カロッサの攻撃がこちらまで飛んでくるようになったら、君も巻き添えを喰らうだろう。】
言われてみれば、ここまでカロッサの放つ羽虫がまったく飛んできていない。
もちろん、それは烏丸祐一郎公爵やグローチェリアが、こちら側への羽虫の飛来を防いでいるからかもしれないが・・・。
【カロッサは、君を甘く見ている。君をただの人間と思っている。】
「・・・それじゃあ、僕がどうにかしろ、と?」
【それも、カロッサに気づかれないように・・・ね。】
いったいどうやって・・・。そう、心の中で思う。
その間にも、カロッサは猛攻を放つ。たった1人の老人相手に、手も足も出せていない5人は、徐々に押されつつある。
どうすれば良い? どうすれば・・・。
僕は、カロッサの攻撃対象になっていない。
ならば、カロッサの攻撃をこちらに集中させるべきか。
一瞬でも、カロッサの攻撃が止まればいい。
一瞬でも、カロッサの注意を引き付ければいい。
君も巻き添えを喰らうだろう、とレニオルは言った。
巻き添えなら、既に嫌と言うほど喰らっているじゃないか。
今更・・・考えるまでも無い。
一番効果的な方法は・・・。
ポケットから、僕の大切な『武器』を取り出す。
『武器』を構える。狙いはカロッサだ。
この『武器』では、何もダメージを与えることはできない・・・。
でも、その”一瞬”を手にいれるには、絶好の『武器』を・・・。
僕は、放つ。
『武器』は閃光を放つ。そして”一瞬”の時を得る。
カロッサは、僕が放った”一瞬”の閃光に、防衛本能が思わず働いたのか、動きがわずかではあるが止まる。
その隙を、みんなは見逃さなかった。一斉に、カロッサに攻撃を仕掛ける。
「ぬぅ・・・しまった。」
慌てて攻撃態勢を取り直そうとするカロッサだが、間に合わないことを悟ると、乗っていた車椅子を高速で宙に浮かせる。
右京こまちが思いっきり跳躍して、追撃しようとするが、あまりに早い動きを見せた車椅子にギリギリ届かない。
グローチェリアも、身にまとっている白い服とは対照的な、背中の黒い翼を羽ばたかせて追撃を狙うが、
カロッサによる羽虫の呪いの迎撃で接近することが叶わない。
結局、グローチェリアは攻撃を諦め、地面に戻ってきた。
「覚えておくが良いぞ、人間よ。そして人間に味方する愚か者よ。【九神霊】が手を下さずとも、【はじまりの魔法】は動くのじゃ。
そして、人間は滅びる。それは既に定められた運命じゃ。決して運命から逃れようとも、無駄なあがきじゃ。」
カロッサは、そう言い残して、車椅子に乗ったまま、空のかなたへ飛び去ってしまった。
カロッサの姿が見えなくなると、それぞれ張りつめた緊張を解き、誰からともなく、僕の方へ近づいてきた。
「良い判断だったな。水原。まさか”カメラ”を使うとは。」
話を切り出したのは右京こまちだった。
僕の右手に持っている『武器』・・・カメラを見て、感心するように言う右京こまちの表情は、どこか誇らしげだった。
「何はともあれ、カロッサをどうにか追いやることができたね。」
「・・・俺の小屋は破壊されているがな。」
グローチェリアの安堵の言葉に、ヴァンネルは残念そうに答えた。
「私の部下に、責任を持って修理させよう。もとはと言えば、私が原因だ。」
先ほどから右京こまちの後ろにずっとついていた若い女性・・・。
どう見ても人間に見えるが、先ほどの戦いを見ている限りでは、彼女もまた【九神霊】の1人だとわかる。
その女性が、ヴァンネルに対して頭を下げながら言った。
「しかし・・・ユニカ、どうしてここがわかったんだい?」
「剣士様、いや”紅蓮の英雄”と、同じ”鼓動”を感じて、いてもたっても居られなくなった。」
「人間への、愛ってやつだね。」
グローチェリアは微笑を浮かべながら、ユニカと言葉を交わす。
「だがよ、どうやって右京こまちは俺の小屋を破壊できた? あの小屋は物理的な強度も相当強くしていたはずだ。」
「私の力を、分け与えた。私は”紅蓮の英雄”に、かつて力の一握りを分け与えたことがある。それを利用したまでだ。」
ヴァンネルの疑問に、ユニカはそう答えた。
まとめると、ユニカは右京こまちに、力の一部を与えた、ということになるのか。
「・・・やはり”紅蓮の英雄”は死んだか。最初に”鼓動”を感じた時はまさかと思ったが・・・。」
「【美麗帝ユニカ】・・・だったな。先祖が世話になったと聞いている。
先祖から伝わる話だが、もし【美麗帝ユニカ】に会うことがあったら伝えてほしい、との言葉がある。」
右京こまちは、どこか遠い記憶を掘り返すように、空のかなたを見ながら、言葉を紡ぎだす。
「”いつか必ず、君の元へ俺が会いに行く、という約束は、どうやら果たせそうに無い。
人間は年を取り、死に至る。俺もその例外ではない。君は霊体の長であるから、長生きするんだろうな。
その分、君を苦しめてしまうかもしれない。いつか俺が再び現れるんじゃないか。
そういう期待と不安を持って生き続けなければならないからだ。
でも、断言しよう。俺自身、君に会えなくとも、俺の血を受け継ぐ子孫が、必ず君の元に現れるだろう。
その時は、あの戦いの状況より、もっと酷いかもしれない。俺はそう思っている。
俺の子孫は、助けを求める。世界が滅びることを防ごうとする。その協力を、してやってくれないか?
最後に、俺は君にお礼を言わなければならない。人間の味方をしてくれる君に。俺を、愛してくれた君に。ありがとう。”」
言い終わると、右京こまちは、目を閉じる。
まるで、そこに右京こまちの先祖がいるかのような錯覚を受ける。
「・・・この言葉は、私の先祖である【紅天聖】が・・・お前の言うところの”紅蓮の英雄”が病床に伏していた時のものだ。
その時、先祖がどう思っていたかは、私にはわからないが・・・。私からも”紅蓮の英雄”の子孫としてお願いしたい。」
みんなの視線が、ユニカに集まる。
ユニカは・・・。
黙って、頷くだけで、応えた。
続く