グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と私と世界の呪い〜 4






〜1〜 【愛に溺れた神】



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「くっ・・・ここも、もう少しで耐えきれなくなる。ユニカ、君は先に裏から逃げろ。」
「いいえ、それはできません、剣士様。私は、あなたとともに居ると決めました。」

頑なに、この場を離れようとしない私を、端正な顔立ちのした人間の剣士は、無理やり部屋の奥に押し込もうとする。

周囲は爆音が幾度も響き渡り、今にも私たちがいる建物は破壊されようとしている。
この攻撃は、【九神霊】の中でも、人間に対して恐怖の念を抱いている過激派たちによるものだ。

あらゆる霊体を統べる【九神霊】は、今まで横暴な支配を人間たちに対してしてきた。
しかしながら、もちろん・・・9人いる【九神霊】すべてが支配に貪欲であったわけではない。
私、【美麗帝ユニカ】は、【九神霊】の1人であるけれども、人間を恐れはしなかった。
むしろ・・・この私の目の前にいる、1人の人間に、恋さえしていた。

人間たちが、霊体の頂点に立つ【九神霊】に対して本格的に牙を剥いたのは、1月ほど前のことだった。
どこからともなく現れた、”紅蓮の英雄”と周りの人間たちが呼ぶ、私の目の前にいる人間が、たった一人で始めたこの戦い。
いつしかそれは人間全体に波及し、今や【九神霊】と人間の全面戦争となってしまっている、この戦い。

「私も・・・私も、あなたと一緒に戦います。ですから!」

なんとか前に出ようとする私だが、やはりそれを阻まれる。

「だめだ。君は、人間じゃない。むしろ、本来であれば俺たち人間と敵対するはずの、霊体の長の1人だ。
 もし君がここにいることを知られたら、君はもう、元の場所には戻れなくなる!」
「そんなこと良いのです! 私はあなたのためなら【九神霊】など辞めます!」
「バカなことを言うんじゃない。俺に・・・俺について来たとしても、君は他の人間たちからどう見られるか・・・。」

”紅蓮の英雄”は、悔しそうな表情を浮かべながら、私の顔を見ている。
彼も・・・私とここで別れるのが、きっと辛い。
私が彼とともに居た時間は、わずかではあったけれども、その間、確かに私と彼は、決して薄い関係では無かった。
だからこそ・・・。

「ダメです! もう大群が押し寄せてきて、ここも持ちません!」

ドアが開き、若い人間が一人入ってくると、尽かさず、そういう報告を上げてきた。
その言葉に”紅蓮の英雄”は、舌打ちをすると、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「・・・他の仲間たちはどうしている? 非戦闘員の避難は?」
「仲間の多くは、やられました・・・。用意していたメンバーの6割は既に・・・。
 女性や子どもを含む非戦闘員は、既にほとんどが別の世界に移動を終えています。」
「そうか、わかった。ならば、我々もここを離れることにしよう。
 私が直接、仲間たちの元へ行ってくる。君は先に、そこの女性と一緒に避難していてくれ。」

そういって”紅蓮の英雄”は、部屋を出て行こうとする。
しかし、私は彼の腕を掴む。

「私も行きます。」
「だからダメだと何度も言っているだろう!」
「何度、ダメと言われても、私もついて行きます!」

意思を変えようとしない私に、ついに心が折れたのか、肩を竦めた彼は、ゆっくりと私の手を腕から離して言った。

「・・・わかった。でも、危なくなったら、必ず逃げると約束してくれ。
 俺は、君を守ることはできない。自分の身は自分で守ってくれ。」
「・・・はい!」

悲しい表情を浮かべる彼に、私は笑顔で応えた・・・。



でも、今思い返すと、その判断が間違いだったかもしれない。



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木々が鬱蒼と生い茂った広大な森を、私は駆けていた。

思い出すのは、私が”つかの間の幸せ”を感じていた時のこと。
わずかな日々ではあったけれど、私は愛する者とともに戦い、ともに生きた。

”紅蓮の英雄”と交わした最後の言葉を思い出す。

「いつか、迎えに行くと約束しよう。人間も【九神霊】も分け隔てなく、平和な世界を築くことができると確信した時に。」

あの戦いの中、1度重傷を負った彼は、私の力を少し分け与えたことで、最後まで生き延びて、
霊体たちの猛攻から逃れ、こことは別の世界へと渡っていった。
私も、一緒に行こうとしたが、彼は終わりまで、それを拒否した。
ついて来れば、君は不幸になる。そう言ったのは、紛れも無く、彼の優しさだったのかもしれない。

彼と別れた後、私は【九神霊】の過激派に、人間と親しくしていたことを追及され、長い間投獄されていた。
その投獄が解かれたのは、戦いからはるかに月日が経ってから・・・。
【九神霊】の中でも、人間との共存を主張していた【魔神レニオル】と【堕天使グローチェリア】によって、
予定されていた期間よりも、はるかに早いタイミングで牢から出ることは出来たものの、それでも既に、
人間なら数世代は経っているような、途方もない月日。

だから、もう二度と彼に会うことは無いと思っていた。

すっかり塞ぎ込んでしまっていた私は、自分の館に戻ってからも、ずっと無気力だった。
時にはレニオルやグローチェリアが励ましてくれたこともあったが、それに私はほとんと耳を貸していなかった。



・・・でも、まさか。



今の私は何度も、この不思議な感覚を疑っている。だって、この世界に、再び彼が現れたのだから。
・・・いや、それが本当に彼自身なのかはわからない。具体的には、彼の波長が、この世界に見えたのだから。
忘れもしない彼の波長と、まったく同じものが、この世界のどこかで”鼓動”を鳴らしている。

そうして、”鼓動”の発信源を求めて、私は森をひた走っていた・・・。

ここは、確か【獣神霊ヴァンネル】の住む小屋の近く。
彼はここにいるのだろうか?

森の中にある、小さな草原に出た。
草原の中央には、木造の小屋。間違いなくヴァンネルの小屋だ。
彼の”鼓動”は小屋の中からする。

「囚われている・・・?」

小さく呟く。
小屋からは彼の”鼓動”を感じるが、同時に異質な呪いも放っている。
ヴァンネルは、呪いには長けていなかったはず。竜人族は、ほとんど呪いを使えないのだ。

小屋に近づけば、一瞬にして全身を犯してしまうほどの強い呪いが放たれる仕組みになっている。
解呪しなければ小屋に迫ることはできない。

「ならば、解呪するまで。」

紅色のコートの内側から、いくつものナイフを取り出す。
ちょうど小屋を正方形に囲めるように、ナイフを四方に投げる。
ナイフは鋭く地面に突き刺さると、妖しく輝きはじめる。

「ふぉっふぉ、まぁ慌てるでない。美麗帝よ。」
「んっ、誰だ!?」

どこからともなく、老齢の男の声が空間一帯に響くと同時、私が放ったナイフの輝きが失われ、あっという間に朽ちてしまった。
一瞬にして、私の扱う高位の呪いを解いてしまうほどの実力者で、このような声を発する者は、一人しか知らない。

「久しいの。」

目の前の空間が捻じ曲がったかと思うと、そこから車椅子に乗った老人が現れた。
【九神霊】のなかでもかなり呪いに長けた知将【呪曹カロッサ】。

「なぜ、お前がここにいる?」
「それはむしろ、ワシの言いたい質問じゃ。長年、自分の館に閉じこもっていた箱入り娘が、どうして今になって出てきたんじゃ?」
「お前には関係のない事だろう。」

私は、カロッサに対して、持っていたナイフを投げつける。
しかし、あっさりカロッサはたった2本の指で、飛んできたナイフを取ってしまう。

「それが大いに関係あるんじゃよ。この古びた小屋の中には、大事な客人が居ての。」
「ならば、その客人に会わせてもらおうか。」
「・・・それは、出来ぬ相談じゃな。」

私が投げた、倍の速度で、私のナイフをこちらに投げてくるカロッサ。
かろうじて身体に突き刺さる寸前で柄の部分を掴みとる。

「どうやってお前さんが、ここを嗅ぎ付けたのかは知らぬが・・・。お前さんだけには、会わせられぬ。」
「それならば、強引にでも、中に入れさせてもらう!」

カロッサに向かって走り出す。

「駄目だと、言っているじゃろう?」

それに対してカロッサは、いくつもの呪いを同時に展開する。
1つ1つが、死に直結するような強力な呪い。
しかし、それに構わず、まっすぐ突き進む。

「ふむ。言っても聞かぬか。」

カロッサはそう呟くと、2つの呪いを放ってきた。
カロッサの呪いの代表的な特徴は、虫に変化するというところだ。
今放ってきた呪いは、羽虫の形をして、私に襲い掛かる。

「破滅の赤を放つ!」

私は両手を前に突き出し、真紅に燃える炎の呪いを放って対抗する。
この呪いは、呪ったものが消滅するまで延々と燃え続ける、私の得意な呪い。

羽虫は炎に触れると、あっという間に呪われて燃えて消える。
さらに私は突き進み、一気に跳躍して、カロッサを飛び越す。

「ワシを超えたところで、無駄じゃよ。」

そんなことはわかっていた。
小屋にはいくつもの呪いがかけられていて、近づこうとすれば攻撃を受ける・・・。
それでも、近づく必要が、私にはあった。

小屋から呪いの閃光が放たれるが、お構いなしに突き進む。
ギリギリのところで解呪しながら、一歩一歩小屋に近づく。

「後ろが隙だらけじゃな。」

その瞬間、しまった、と思う。
小屋に近づくことだけを目的としていたため、カロッサがまだいくつかの呪いを展開していた状態だったことを忘れていた。
しかし、振り向いてカロッサの呪いに対処することはできない。そうすれば、小屋から放たれている呪いに対処できなくなる。

「人間への愛に溺れた故に、後先考えずに行動してしまうとは・・・同じ【九神霊】として残念でならんよ。ふぉっふぉ。」

打つ手がないかどうかを考える。
そしてやはり、ここは、中にいる彼に・・・彼の”鼓動”を持つ人に賭けるしかないことを、悟る。
元はと言えば小屋に決死の想いで近づいたのも、「それ」を遂行するためなのだから。

「目覚めなさい・・・紅き”鼓動”よ。」

一言、かつて彼にかけた呪いを解放する呪いを呟く。



そして、私は背後から迫る羽虫の呪いを見て・・・



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あらゆる手を尽くして、この小屋から脱出しようと試みた。呪いも、力技も、しかしまったく通用しない。
ただ不幸中の幸いと言えるのは、私の愛用の妖刀【影桜】を、小屋の中で見つけたことだ。
ヴァンネルに破棄されてしまったと思っていたが、御丁寧に私が寝かされていた簡素なベッドの真下に【紫炎帯】に包まれてあった。
破棄しようと思えば、できたはずなのに。それはいったいどうしてだろうか。

ふと、水原のことが気にかかる。
まさか霊体の襲撃を受けて、簡単に死ぬようなやつでもないが、それでも【九神霊】の誰か・・・
それも過激派の誰かに遭遇すると、ただの人間である水原が無傷で生き残るとは考えにくい。
念のために、自己防衛用の呪いを封じ込めたお守りを持たせてはあるが。あくまでも自己防衛用だ。

やはり、一緒に行動すべきだったか・・・。
いや、この状況を考えれば、水原はおそらく私を探し出そうとする。
普通の人間にしては、異常なまでに頭の切れる水原なら・・・あるいは。



「ん・・・?」



すぐ近くから、強い霊力を持った何者かが、こちらに近づいてきているのを感じる。
ただの悪霊や化け物のレベルではない・・・高位の霊体か?
獣の気ではないから、ヴァンネルで無いことはわかるが・・・。

ドクンッ

急に、心臓が強く脈を打った気がした。

ドクンッ ドクンッ

身体を調べてみるが、どこか呪いにかけられた様子は見当たらない・・・。
その間にも、鼓動は少しずつ、確実に強くなりはじめている。
なんだこれは・・・。

外で、何等かの霊力が顕現しているのを感じるたびに、全身が熱くなっている。
さらに突然、もう一つ、外に何者かの強い霊力を感じた時には、立っていられないほどの熱が私を襲い・・・。

そして、こんな言葉が耳に入ってくる。



『目覚めなさい・・・紅き”鼓動”よ。』



その言葉に連れられるように・・・私は”目覚め”た。



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そして、私は背後から迫る羽虫の呪いを見て微笑を浮かべた。
ヴァンネルの小屋が、突如、けたたましい音を立てて爆発したかと思うと、私の正面から、何者かが飛び出してきた。
何者かは、私を通り過ぎると、私の背後を追って飛んできていた羽虫の呪いを、持っていた剣であっという間に無力化してしまった。



「んっ!? な、何事じゃっ!」

カロッサが珍しく、狼狽えるような様子を見せる。
突然目の前に現れた、その人物を見て、さらに驚愕の表情を見せる。

「お前さん、いったいどうやってボロ小屋から出てきおった。
 幾重もの呪いをかけておいた上に、強度も、馬鹿力のヴァンネルでさえ突破困難なものにしたというのに!」
「・・・」

小屋から飛び出してきた何者かは、何も言わずに立っている。
私は、その何者かの姿を見て、一種の驚きに襲われた。

「なっ・・・女?」
「私を呼んだのは、お前か。」

私が呟くと、その”女剣士”は、振り返って私を見た。
紺色を基調とした和服。長い黒髪。鋭く吊り上がった眼。長身から放たれている霊力は、私に劣らない。

「まさか、”紅蓮の英雄”様・・・の子孫なのか?」
「紅蓮の・・・? 紅天聖のことか。確か”紅蓮の英雄”とも呼ばれていたとか聞いたな。
 お前の言っている”紅蓮のなんとやら”が、紅天聖のことなら、私はその子孫だ。」

そうだとは思っていた。
私が剣士様と別れてから、長い月日が経っていたのだから、人間であった剣士様はもちろん命を断っているだろうと。
だが、剣士様の力は、必ず誰かに伝承されて、後世に受け継がれるだろう、とも思っていた。
・・・でも、まさか剣士様の末裔が、女だとは・・・。

「右京こまち、と言ったのう。あの忌々しい人間の剣士の血を受け継ぐ、全ての霊体の敵よ。
 そして、ここにはその人間を愛してしまった反逆者【美麗帝ユニカ】、お前まで居る。
 ・・・ふぉっふぉ、そうか、ついに我ら【九神霊】と、世界を滅ぼそうと思い立ったか。」

カロッサは、先ほどまで浮かべていた驚愕の表情を消し、私と、女剣士・・・右京こまちを見て、そう言った。

「【美麗帝ユニカ】・・・名前には聞いていた。私の祖先である紅天聖を助けた【九神霊】だと。」

右京こまちから放たれている霊力・・・いや”鼓動”は、紛れも無く”紅蓮の英雄”とまったく同じものであることがわかる。
浮かべている表情の1つ1つにも、どこか面影がある。

「そして、お前は・・・。【呪曹カロッサ】か。伝承では車椅子に乗っているとは聞いていなかったが、
 やはり【九神霊】といえど、年を取り、身体は滅びゆくものなのか。」
「ふん、お前たち人間との戦いで負った傷が深くてのう。もはや霊力で修復できぬほどに身体が朽ちてしまったわい。」

皮肉げな表情で、右京こまちの言葉にカロッサは答える。

「じゃが・・・お前さんたちが相手でも、わしは負けぬぞ。」
「随分と自信があるみたいだな。」

カロッサの不敵な笑みに・・・しかし右京こまちも、負けずと笑みを浮かべる。

「だが・・・後ろを向いても、お前は負けないと言えるのか?」
「なぬ?」

私とカロッサは、ほとんど同時に、カロッサの背後の森を見る。
すると、そこにはいつの間にか、何者かの気配があった。
いつから居たのかはわからないが・・・。少なくとも、4人の気配を感じる。

「お前たち、いつまでそこにいるつもりだ?」

右京こまちの呼びかけに、森の中から複数の何者かの声が聞こえる。

「あぁ・・・ほら、バレてしまったじゃないですか。烏丸君がちゃんと気配を消さないから。」
「むっ、私のせいですか?」
「・・・とりあえずバレてしまった以上は隠れても仕方ないと思いますが。」
「水原月夜の言うとおりだ。行くぞ。」

森から出てきたのは・・・いくらか見知った顔もある、4人の男たちだった・・・。



続く