グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と私と世界の呪い〜 3
〜2〜 【猛る竜】
>>>
あまりに醜くなってしまった世界に、正直うんざりしていた。
神は、もはや保身のために人間と戦っているようにしか、思えなかった。
本来ならば、神と人間は協力し、助け合っていくべきだったのではないか、と考えることがある。
それは、あのグローチェリアやユニカの言動を見るたびに、心の中に湧き上がる。
1人の武人、戦いに生きる者としての、自分の心の中に。
「・・・反吐が出る。」
自分が普段住まう小屋に、1人の人間を閉じ込めてしまった。
それが、自分の考えに反することなのは、承知の上で。
結局は、周りの空気次第で、やりたくもないことをさせられているのだ。
何かを口出ししても、圧力をかけられて押しつぶされる。物理的なものではないが故、抵抗も出来ない。
「本当に・・・反吐が出る。」
「ずいぶんと機嫌が悪いみたいじゃのう?」
後ろから、そんな声がかかる。年老いた男の声。
聞くだけで、心の中の不快感が増していく。出来れば、もっとも関わりたくない男が、そこにいた。
振り返ると、そこには車椅子に乗った、初老の男がいた。
【呪曹カロッサ】と呼ばれるそいつは、霊体を統べる【九神霊】の中でもかなりの実力者である。
「右京こまちなら、目覚めた。今頃は小屋からの脱出を試みているだろうな。」
その用件だけを伝え、さっさとこの場を離れたいと思った。
しかし、この初老の男は、そうはさせてくれないらしく、車椅子に乗っているとは思えないほどのスピードで、
自分が進もうとした方向に先回りしてくる。
「・・・邪魔だ。そこをどけ。」
「残念だが、そうも行かぬようじゃ。お前さんは、右京こまちのことさえ伝えれば、それで良いと考えているのか?
甘い、甘いぞ、【獣神霊ヴァンネル】よ。」
まるで挑発されているようで、短気な自分としては今すぐにでもこいつを葬り去りたいとさえ思った。
しかし、実力では圧倒的にこちらが不利であることは、もうずっと昔から知っている。
傍観者としての立場を保つことを矜持としている自分なのに、良いように扱われている。それが気に入らない。
「右京こまちを助けようとしているやつらがおる。」
その言葉を聞いて、苛立ちを持っていた思考が切り替わる。
「右京こまちを・・・助けようとしている?」
思わず、鸚鵡返しに聞いてしまう。
「堕天使の若造と、烏丸祐一郎、それに右京こまちと一緒にこの世界にやってきた人間の若造じゃ。」
「グローチェリア・・・」
かつて、ともにこのカロッサを倒そうと考えていたグローチェリアが、こっちに向かっているという。
自身の意思を貫き、いまだに過激派の【九神霊】と対立する陣営に立っているグローチェリアが・・・。
しかし、何故?
「烏丸祐一郎のことは、お前さんも知っておるな。」
知らないはずがない。
烏丸という名前は、【神霊王ディオリス】が人間に対して作った最凶の呪い『はじまりの魔法』を埋め込まれた者につけられる名前。
いわば、過激派の【九神霊】にとっての、最終兵器が埋め込まれていた人間に当たる。
ただ、烏丸祐一郎は現在人間では無く、1つの独立した霊体として存在しており、
時折この世界で起こる、下級霊体の暴走を鎮圧する者として活動しているらしい。
そういえば、【堕天使グローチェリア】と最近交流関係を持っているという話を耳にしたことがある。
「グローチェリアと烏丸祐一郎が結託して、右京こまちを助けようとしている・・・。そう言いたいわけか。」
「ヴァンネルよ、以前より少しは物事を考えることができるようになったようじゃの。」
不敵な笑みを浮かべながら、カロッサはそう言った。
「右京こまちと行動をともにしていた人間が、堕天使の若造たちと出会ってしまった。
さすがのわしも、この事態までは予測はしていなかったが・・・。まぁ、逆にこの状況は有利じゃからの。」
「・・・何故だ?」
「向こうからわざわざ出向いて来るんじゃ。わしらは人質も取っておる。
あの堕天使の若造を抑えれば、わしらを過激派だのと呼ぶやつらも少しはおとなしくなるじゃろう。」
人質。カロッサはそう言った。
【九神霊】が人間を屈服させるという目的のためなら、本当に手段を択ばないらしい。
カロッサが右京こまちを捕らえた時も、異常と言えるほどの軍勢を従えていた。
・・・よほど人間に恐怖を抱いているのだろう。
そして、もう1つ。カロッサの言葉の中に、憐みを覚えた。
それは”わしら”という単語の中に、自分が巻き添えになってしまっていることだ。
きっと自分を完全に丸め込んで、過激派側に取り込むことに成功したと思っているに違いない。
着々と計画が進んでいるのだと思い込んでいるカロッサが、地面に頭をつけることがあったら、見てみたいとさえ思う。
そのためには、グローチェリアたちが・・・。
「まだもう少し、堕天使の若造たちが到着するには時間がかかるじゃろう。
お前さん、出掛けるのなら、なるべく早くに戻ってくることじゃな。」
「・・・わかった。」
とりあえず、今の段階では、おとなしくカロッサに従っておかなければならない。
少しでも反抗した態度を取れば、すぐに攻撃を受けるだろう。
・・・その攻撃が、自分ひとりだけであれば、何の問題も無いのだが。
あいにく竜人族の集落近辺に、この狡猾な参謀は配下を置いて、いつでも攻撃を仕掛ることができるようにしている。
「わしは先にお前さんの小屋の近くで待っているわい。」
そう言い残すと、突如カロッサの体は霧に包まれ、目の前から姿を消してしまった。
念のため、気配を探るが、それらしきものは感じられなかった。それを確認し・・・
「・・・反吐が出るな。」
わずかな声でそうつぶやく。
結局、言いなりになるしかない自分が、もどかしくて仕方がない。
「さて、誰が最後まで戦場に立ち続けられるか・・・楽しみだ。」
武人としての血が騒ぐ。
かつて同胞として意識していた、あのグローチェリアと久しぶりに剣を交えることができると思うと・・・。
「・・・ははは・・・ははははははは!」
笑いさえ出てくるのだ。
<<<<<
その”鼓動”のようなものを感じた時、全身に形容しがたい快感が迸った。
かつて愛した、1人の人間の男の、心臓が放つ鼓動にかなり近い。
あれから、かなり月日は経っているはずなのに、いまだに昨日のことのように思い出す。
あの人との一瞬のつながりを。
「あぁ・・・」
思わずため息さえ漏れてしまう。
全身の力が緩み、それまで軽く座っていた椅子に体をしっかり預ける。
「どうか、なさいましたか? ユニカ様。」
すぐ傍に立っていた侍女が声を心配そうにかけてくる。
なるべく心配させまいと、「大丈夫だ」と一言声を発する。
「あの人が、あの人が、この世界に戻ってきた。」
「は・・・はぁ?」
私の言葉が理解できていないのか、侍女は首をかしげる。
私が椅子から立ち上がると、椅子の後方に待機していた男女数名の部下たちが一斉に眼の前に出てくる。
それぞれ、私の持ち物であるコートや暗器などを持っており、片膝をついて、私に差し出す。
コートを手に取って羽織り、暗器を身に着ける。
「・・・どこかへお出掛けに?」
侍女が、やはり心配そうに声をかけてくる。
付き従っている侍女の中でも、特に美人なのだが、心配性なのが玉にきずなのだ。
「あの人を迎えに行ってくる。私の大事な、あの人を。」
これ以上会話をしている時間さえもったいなく感じる。
はやくあの人に会いたい。今はそれしか考えることができない。
「・・・今、行きます。愛しの剣士様。」
長く伸びた茜色のポニーテールを揺らし、私は”鼓動”の発信源に向かうため、屋敷を出て歩きはじめた。
続く