グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と私と世界の呪い〜 3






〜1〜 【囚われる刀】


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「・・・むぅ。」

私は、強い腹部の痛みを感じ、目を覚ました。
木材で作られた簡素な天井が目に映る。ここはいったいどこだろうか・・・。

確か、烏丸祐一郎の家を出た後、私は水原を先に行かせ、1人で背後を襲ってきた悪霊たちに対峙していた。
そして、何体もの悪霊を呪い、斬り、倒していった。
でもいくら悪霊を倒していってもその数が減ることは無くて・・・。

「私は・・・負けたのか。」

いつまで戦っていたのか、覚えていない。
どれくらいの悪霊を倒したのかも、覚えていない。
途中で力尽き、きっと倒れてしまったのだろう。

でも、それならばなぜ私は生きている?
・・・いや、この世界は人間からすれば死後の世界だから、死ぬというよりは存在が消されてしまうことになる。
なのに私はまだここに存在している。それはなぜだろうか。

「・・・誰かが助けてくれたのか?」

その可能性は、あまりないだろう。
この世界に、まずほとんど人間の味方は居ないと言っていい。
ましてや、かつて【九神霊】を敗北に追いやった剣士の子孫ともなれば、悪霊たちにとっては恨みの標的にしかならない。
それに万が一、誰かが助けに来てくれたとしても、あれだけの数の悪霊を私から守り、助け出すというのは至難の業のはず。
じゃあいったい・・・

私は起き上がり、部屋を見回す。

板張りの床の上に、木材を中心とした家具がいろいろ置かれている。
火の焚かれていない暖炉や、狩猟用の剣や槍・弓などもある。
部屋の中に誰の気配も感じないが、生活感が見えるところから、きっと誰かが住んでいる小屋か何かだろう。
とすると、私は誰かに助けられたということになるのか。

そこで、部屋にある唯一の扉がギギギと音を立てて開き、私はベッドから跳ね除けて、臨戦態勢を取る。
いつも腰に下げている『影桜』を取ろうと、右手で左腰に触れようとすると・・・
『影桜』が無いことに気づく。

そんな間にも扉は開き、そいつは部屋に入ってきた。

人間ではまずありえない、青色の堅そうな肌。
体の各主要関節に、黒鋼で打たれたような軽防具をつけていて、腰にはサーベルやナイフが下がっている。
そして耳と鼻は尖がっていて、ギロリと睨むような鋭い目を持った。まるで空想上の生き物であるドラゴンを思わせる。
そんな顔をした、たぶん男だろうが、人間と同じような背丈で、人間同様に2足歩行で歩いている。

話には聞いたことがある。こいつは竜人族という、霊体のなかでも高い戦闘力を持った種族だ。

私が起き上がって臨戦態勢を取っているのを見た竜人族の男は、別に身構えるわけでもなく、
近くにあった木製のイスに腰掛け、腰に下げていたサーベルなどをテーブルに置いた。

「・・・意外と早く起きたな」

その声は低く、まるで遠雷がゴロゴロと鳴っているような感じがした。
一瞬、その威圧感のようなものに押されてしまったが、すぐに持ち直して、尋ねる。

「お前は、竜人族か?」
「あぁそうだ。その様子だと竜人族に会うのははじめてか。安心しろ、別に斬って喰おうなんて思っちゃいない。」
「・・・私を助けたのはお前なのか?」

そう聞くと、竜人族の男は、こちらをその鋭い目で睨みつけてきた。

「俺が・・・お前を助けた? ふざけるな。なぜ俺が人間ごときを助けなければいけない。」

吐き捨てるようにそう言われて、私は、父上からかつて教えてもらった、あることを思い出した。
【魔神ミニョルフ】と同じ【九神霊】の1人、竜人族の【獣神霊ヴァンネル】の存在を。
そもそも絶対的な個体数の少ない竜人族のなかでも、特に強力な力を持っているとされているヴァンネルは、
人間とのかつての戦いの中で、多くの部下を失ったという。
そのために【九神霊】のなかでも、特に人間を強く嫌っている・・・。
おそらく、目の前にいる竜人族の男が、ヴァンネルなのだろう。

「ふん、気づいたか。俺が【獣神霊ヴァンネル】だということを。」
「・・・」

その言葉に、まるで心の中を見透かされているような感じを受けた。

「お前の顔を見ていればわかる。だが、どうも怯えてはいないようだな。
 【九神霊】に対抗できるだけの力を、もう持っている、という自信の現れか。」

水原のように、発言から相手の心を読もうとするんじゃない。
ヴァンネルはどうやら、表情やしぐさから探っているようだ。勘にも近いかもしれない。

「はははっ・・・何を言っているのかわからないな。それで、私をどうしようと?
 なぜ私をここまで連れてきた?」
「それを知ったところでどうする。聞くだけ聞き出して生き残るつもりか。」
「くっ・・・!」

私はしびれを切らし、出せる限りの最高速度でヴァンネルに接近し、攻撃を仕掛けようとした。
全力でやらなければこっちがやられる。相手は【九神霊】の1人だ。
やはりヴァンネルは、特に動く様子もなく、イスに座ったまま、こちらを見ていた。

「スピードは速いが。でも直線的すぎるな。」

直後、私は連続して拳打を放つが、すべてをヴァンネルは片手で受け止める。
私は一歩下がって間合いを取ったあと、跳躍してヴァンネルを突き飛ばすように蹴りを入れる。
しかし・・・それも片手で受け止められてしまい、そのまま足を掴まれ投げ飛ばされてしまった。
なんとか空中で態勢を持ち直し、さっきまで寝ていたベッドの上に着地する。

「ちぃ・・・」
「人間でそのレベルなら、十分かもしれないが。あいにく戦闘民族たる俺ら竜人族にとっては、
 程度が低すぎるな。無駄な抵抗はやめろ。」
「ふざけるな・・・程度が低すぎるだと?」

人間の域を超え、多くの悪霊や化け物から力を奪い、たくさんの呪いを体に受け続けてきた私にとって、
その言葉はとても許せるものでは無かった。
死に物狂いで。いや、実際に死の淵を何度も彷徨ってきた私にとって、それは・・・。

「あぁ、程度が低い。今の小競り合いでわかっただろう? 実力は雲泥の差だ。」
「・・・体術が強いだけで、霊力は私が上だっ!」

そう言って、私は強力な呪いをヴァンネルに放とうとする。しかし、

「な、なぜ呪いが発動・・・しない。」

右の手のひらをヴァンネルに突出し、強く呪いを念じたにも関わらず、呪いが発動しない。
本来なら、呪いの付加された黒い矢が手のひらから出てきて、相手に向かって高速で飛んでいくはずなのに。

「何の対策も無しに、お前をここに置いておくと思っていたか? 浅はかだな。
 この小屋の中では呪いは発動することができないようになっている。
 加えて、この小屋は見た目こそ簡素なつくりだが、竜人族の俺でも破壊するのは苦戦するほど、
 強い耐久力を付加している。」
「・・・ようは、私は囚われの身ということか。」
「そういうことだな。」

囚われの身・・・人質ということか。だが、誰に対する人質なのだろうか。
まさか水原か? いや、ヴァンネルが水原の存在を把握しているとは限らない。
水原と一緒にいたところを尾行されていたのならその可能性も全くないとは言えないが、
そうなれば水原を先に捕らえた方が効率が良いかもしれない。

と、なると・・・別の誰かか。

ヴァンネルはと言えば、悠々と座ったまま、テーブルの上に乗っていた水差しで水を飲んでいる。
どうやら、こちらが手を出さなければ攻撃はしないらしい。
完全になめられていると思ったが、ここはもうどうしようもないと悟った私は、ベッドに座ることにした。

「・・・私の刀をどこへ隠した。」
「知らんな。少なくとも俺は持ってないぞ。」
「・・・なぜ私を捕らえる。誰に対しての人質だ。」
「残念ながら、それも知らん。」
「嘘をっ」

そこでヴァンネルは、ふぅとため息をつく。

「嘘はついてなんかいないぞ。俺はただ言われたことをやっているだけだ。」

どうも、ヴァンネルに誰かが指示を出しているようだ。
そいつが誰なのか、聞き出す必要がある。

「誰に指示されているかを聞き出そうとしても無駄だ。どうせ教える義理はない。」
「くっ・・・」

せめて最低限必要な情報でもわかれば、なんとかなりそうなものだが・・・
頭の回転が良い水原なら、きっとこの状況に陥っても、情報を聞き出していくに違いない。

「さて、一旦俺はまた外に出る。そのうち戻るが、その隙に逃げ出そうと思わないことだ。
 まぁ逃げ出すことが出来るとも思えないが・・・な。」

ヴァンネルはそう言って立ち上がり、テーブルの上のサーベルなどの武器を身に着け、
部屋を出て行ってしまった。

残された私は、今の状況を落ち着いて考え始めることにしたのだった。


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私の目の前に立っている、見た目普通の少年、水原月夜から聞かされた話は、
驚くべき内容ばかりだった。

水原月夜は、みつきちゃんの1つ年下の後輩にあたり、みつきちゃんと『烏丸家』について、
長い間情報を集めてきたということ。
その理由が、私とみつきちゃんが『烏丸家』の墓参りに行ったときに、
偶然その墓場に水原月夜もいて、みつきちゃんを写真に収めていたことから、
その写真に私も写りこんでしまったために、はじめたということ。

そして、人間の世界とは異なるこの世界にきた経緯。
私からみつきちゃんを、ある意味で救いだした、あの女剣士の右京こまちとともに、
私に会いに来たということ。

会いに来た理由は、まだ右京こまちから聞かされていないらしい。
でも・・・きっとみつきちゃんに関係することなのだろうと、思った。

「・・・と、そんな感じです。お分かりいただけたでしょうか?」
「あぁ、驚いたよ。そうか、君はみつきちゃんの友だちか・・・」
「しかし、よくこの世界までやってきたね。水原君。」

私の隣にいた【堕天使グローチェリア】は関心するようにうなづきながら言った。

「・・・半ば、右京こまちに無理やり連れてこられたので。でも、来てよかったです。
 ずっと烏丸祐一郎公爵には会いたいと思っていたのでちょうどよかったです。」
「こちらとしても良いタイミングだよ。そうか、右京こまちも来ているのなら・・・」
「右京こまちに、何か用があるんですか?」

そう聞かれて、どこから話せばいいか一瞬迷ったが、
【魔神ミニョルフ】が、みつきちゃんにかけられている呪いを発動して人間を絶望に追い込もうとしていること、
それをなんとか喰いとめようと、私たちが仲間を集めて人間の世界に行こうとしていたこと、
他にも【九神霊】についての簡単なことなどを素直に説明した。
水原月夜は、私の言葉を途中で止めることなく、最後まで真剣に聞いていた。
1つも疑いのまなざしを向けられることは無かった。

「・・・なるほど。【九神霊】の存在に、『烏丸家の呪い』の本当の姿。
 とても僕にとっては興味深いことばかりですね。僕の目的とも利害が一致しているようですし、
 協力できるようなことがあれば、ぜひ僕も。」
「大歓迎だよ。それで、右京こまちはどこに?」
「それが、途中で離ればなれになりまして。悪霊に襲撃を受けた時、僕だけ先に行くように言われたので。」

そう言って、水原月夜は肩をすくめた。
悪霊に襲撃を受けた、ということは少なくとも人間に対して敵対心を持っているような悪霊か。
早いうちに見つけ出さないと、過激派の【九神霊】に狙われる可能性もある。
あの強力な霊力を持っていた右京こまちでも、さすがに【九神霊】相手だと危ないかもしれない。

「これは、急いだ方がいいかもしれないね。烏丸君。右京こまちは、私が仲間に入れようと、
 予定に入れていた人間の一人だよ。先に過激派に狙われると・・・非常にまずい。」
「あぁ、わかっているよ、グローチェリア。」
「・・・そういえば、そちらの天使のような姿をしたあなたは・・・」

その水原月夜の言葉に、はっと思い出したグローチェリアは、自己紹介をする。
【九神霊】の1人であるという言葉に、少々驚きもするかと思ったが、あまり反応は無かった。

「なるほど、【堕天使グローチェリア】さんですか。よろしくお願いします。」
「あぁ、よろしく頼むよ。水原君。」

グローチェリアの自己紹介が終わったところで、私はグローチェリアに今後のことを聞くことにした。
いったいこれからどうするべきか、を。

「どうする、グローチェリア。これは思ったより・・・」
「確かに、面倒なことになってるね。最初は、人間の世界に移動してから、現地で仲間を集める予定だったけど。
 でもこうなったら、先に右京こまちを見つけた方がよさそうだよ。ミニョルフとぶつかるとなると、
 なるべく1人でも多くの協力者が欲しいからね。」
「問題は、どうやって見つけるか・・・だけど。」

そこで、グローチェリアが突然、何かを感じたのか、背後を振り向く。

「ん? どうした?」
「・・・話は後にしよう。ちょっとやっかいなやつが来たみたいだ。」
「やっかいなやつ、ですか?」

水原月夜も、グローチェリアのただならぬ緊張感を感じ取り、グローチェリアが見ている方を向いている。

「私の後ろに2人は隠れていてくれないか。」

そう、グローチェリアが言い切るか切らないかのうちに、はるか道の先の方から、
何かがとんでもない速度で近づいてくるのが見えた。

「そう簡単に攻撃は許さないよ・・・」

グローチェリアが右の手のひらで宙に円を描くと、その円が半透明の盾のようなものを形成し、巨大化。
道の左右に並ぶ赤レンガの建物までいっぱいになった半透明の盾に、次々と、道の向こうから
高速で飛んできたものがぶつかっていく。その数は、1つじゃない。数えきれないほどの・・・虫たちだ。

「虫・・・か?」

その私の言葉に、グローチェリアは舌打ちをしたあと、言った。

「やつの18番さ。虫を使った攻撃や呪いを得意とする、【九神霊】屈指の呪術師【呪曹カロッサ】。」
『ふぉっふぉっふぉ、ご名答ぞ、堕天使の若造。』

虫たちが半透明の盾にぶつかるのをやめ、その姿がどんどん消えはじめたと思ったら、
突然、そんなお年寄りがしゃべるような口調の声がどこからともなく聞こえた。

グローチェリアは、展開していた半透明の盾を消し、その声に対して大きな声で言う。

「【呪曹カロッサ】! いったいどこにいる、出てこい!」
『おぉおぉ、威勢が良いな。若い者はこうでなければならん。だが、お前さんの要望には応えられんな。
 わしはお前さんたちのいる場所から結構離れた場所に居る。用があるならそこまで来い。』
「別に用はない。むしろ、用があるのはそっちだろう?」

そのグローチェリアの言葉に、カロッサはしわがれた声で高笑う。

『ふぁーっふぁっふぁ! そうじゃな。わしはお前さんたちに。いや、そこにいる人間に用がある。』
「・・・僕に、用ですか?」

水原月夜は、突然指名されたことに少々驚くような表情をするが、すぐに無表情になった。

『そうじゃ。先ほどは、お前さんと一緒にいた、あの小娘がわしの攻撃を防いでおったからな。
 あれには少し驚いたが・・・まぁそんなことはどうでもいいんじゃ。
 それより、その小娘をこちらで預かっておる。お前たちにとっては必要なんじゃろう?』
「・・・それじゃあ、水原君と右京こまちを襲撃したのはお前か。」

私は思わず、そう口走った。

『あぁ、そうじゃな。それもわしじゃ。人間がこちらの世界に来ることを真先に察知してのぅ。
 しかもその人間が、あの忌々しい剣士の子孫じゃと! 思わず、手が滑ってしまったわい。ふぉっふぉ。』
「・・・預かっている、ということは右京こまちは生きているんだな? 何が目的なんだ。取引か?」
『まぁそう頭に血を上らせるな、堕天使の若造。これ以上話したいことがあるなら、直接わしのところまで来い。
 わしは、ヴァンネルの小屋で待ってるからのぅ。ふぉっふぉふぉ・・・』

カロッサの笑い声がだんだん小さくなっていき、そして何も聞こえなくなった。
ヴァンネルの小屋・・・たぶん【九神霊】の1人、【獣神霊ヴァンネル】の家のことだと私は思った。

「くっ・・・ヴァンネルの小屋、か。」
「ヴァンネル・・・というと、【獣神霊ヴァンネル】っていうやつのことですか?」

水原月夜がそんなことを言った。
なぜヴァンネルのことを知っているのだろうか。
それを尋ねると、「以前、右京こまちに聞いたことがあるので」と答えてきた。
右京こまちも、人間の世界にいながらいろいろと【九神霊】の情報について、調べてきたのかもしれない。

「【獣神霊ヴァンネル】は、【九神霊】の中でも傍観派という立場をとっている1人なんだよ。
 霊力は【九神霊】の中では一番下。そもそも、霊力に頼らない竜人族という霊体の種族の出身だからね。
 でも、強さは十分あるよ。霊力は無い分、物理的な強さはとても高い。」

グローチェリアのその説明に、私は少し驚いた。
【獣神霊ヴァンネル】に、私は一度も会ったことがないうえ、あまり詳しい話を聞いたことがなかったからだ。
まさか【九神霊】の中に、霊体の中でも数少ない竜人族がいるとは・・・。

「・・・でも、これはかなり大変だ。右京こまちを見つけて合流すれば良いと思っていたけど。
 カロッサに捕まっていて。それも場所がヴァンネルの小屋となると・・・。」
「傍観派のヴァンネルが、過激派に回っている、ということですか?」

水原月夜の理解の速さに、グローチェリアは驚いたような顔をする。

「水原君はなかなか話が早くていいね。そうだね、ヴァンネルが過激派に回っていると思って間違いないよ。
 でも、ヴァンネルはもともと、人間とはあまり関わりを持ちたがらない性格のはずなんだ。
 人間を滅ぼそうとする過激派。人間を守り、共存の道をたどろうとする穏便派。
 そして、どちらにも属さず、ただ黙って状況を見つめ続けている傍観派。
 これまでは、バランスを保ってきたんだけど、どうもそのバランスは崩れてしまったみたいだね・・・。」
「・・・ただ、ヴァンネルは、自らの意志で過激派に入った、とは思っていないんですよね?」
「き、きみは・・・」

グローチェリアも、私も思わず言葉が出なくなってしまう。
ついさっき人間の世界からこちらにやってきて、まだ状況も把握し切れていないだろうと思っていた、
普通の人間の水原月夜が、もうそこまで置かれている状況を見つめている。
さらには予測を立て、私たちに確認まで取ってくる・・・。

「す、すごいな、水原君。」
「いえ、とてもわかりやすく説明してくださるおかげです。助かります。」

そう言って、水原月夜は頭を垂れた。

「それは・・・どういたしまして。」
「それじゃあ、ヴァンネルの小屋まで行くんですか?」

私とグローチェリアの顔を交互に見てきて、戸惑ってしまった私にグローチェリアは言う。

「どうやら、行くことになるみたいだね。向こうから誘いがかかっている以上、
 何か罠があるかもしれないけど・・・。でも希望が無いわけじゃないから。」
「どっちみち・・・過激派とはいずれぶつかることになりそうだということを考えると、
 それが最善ですかね、グローチェリア。」

グローチェリアは黙ってうなづく。

いずれは、過激派の【九神霊】とぶつかることになる。
それは同じ【九神霊】の1人であるグローチェリアにとっては、派閥は違うとはいえ仲間と直接戦闘をすることだ。
牽制しあっていた頃には、もう戻れないことを指している。下手をすれば、霊体たちが混乱を起こし、
この世界は激しい戦火に見舞われるかもしれない。
かつて、人間と【九神霊】が争ったときも、激しい戦闘が繰り広げられていたはずなのに、また・・・。

「そう決めたなら、さっそく向かおうか。」

そんなことを考えている私を余所に、グローチェリアは、そう言って微笑みを浮かべる。
顔からは、心の内が見えてこないが、きっと辛いに違いない。

「でも、水原君はどうするか。このまま一緒に行くのは・・・」
「と言って、1人にするのも危険だと私は思うよ。」

確かにグローチェリアの言うとおりだ。
考えてみれば、ここまで無事に水原君が来れたことは、奇跡ともとれる。
だが、この先も奇跡が続く保証は無い。どこかに匿えるような場所も、この世界には無いのだから。
ならば・・・

「・・・僕は、右京こまちを助けに行きますよ。右京こまちは、僕にとって必要な存在ですから。
 そうでなくても、右京こまちが僕を必要としているところはありますけどね。」
「わかった。それじゃあ一緒に行こう。ヴァンネルの小屋へ。」

私たちは、こうして、カロッサが待っているというヴァンネルの小屋を、目指し始めたのだった。



続く