グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と私と世界の呪い〜 2
〜2〜 【存在の意味、異界の神、あの時の君】
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あの日、私は人間の世界をついに離れ、この世界にやってきた。
長い間私にかけられていた呪いの1つが解除され・・・いや、肩代わりされ、
私は本来いるべきこの世界にやってきたのだ。
死んでなお、私はこの世界に来ることができず、人間の世界に居続けることになってしまっていた。
私にかけられていた呪いが、私がこの死後の世界に行くことを許さなかった。
なぜ許さなかったのか、ずっとわからなかったけれど・・・今になってようやく気付いた。
私は、あの少女に出会うために、人間の世界に居続けたのだと。
私の妹によく似ている・・・いや、実際は私の妹の子孫である、あの少女に。
あの少女が僕の遠い親戚にあたるのではないか、という考えは、少女と出会った時からあった。
あまりにも私の妹に似すぎていたから。顔も性格も口調も・・・。
その考えが正解だとわかったのは、少女の父親が亡くなった時だった。
少女は、小さいころに母親が蒸発したと父親から聞かされていたそうだが、その父親の遺書には、
本当は少女の母親が、少女を産んだ時に亡くなっていたということが書いてあった。
その遺書を読ませてもらったとき、その亡くなった母親の名前を見て、わかったのだ。
『烏丸ひより』という名前。少女の母親の名前。
私、『烏丸祐一郎』の、紛れもない親戚に当たる。
名前を『夕波みつき』というその少女は、遺書を読んで、1人泣いていた。
父親を失った悲しみ、母親が自分を産むと同時に死んだという事実、私との遠い血のつながり。
それらを一気に感じ取り、辛い現実と、まだ残っていた親戚の存在が、みつきちゃんに涙を流させた。
それを見て、みつきちゃんを守れる存在は、私しかいないと思った。
みつきちゃんの心の支えになってあげられるのは、私しかいないと思った。
でもそれを今考えると、果たしてそう思うのが正しかったのだろうかと悩んでしまう。
あの日、私の呪いを肩代わりし、この世界に送った、『右京こまち』という和風の剣士は、
みつきちゃんを私から必死に守ろうとしていた。でも私はそんなことに気づかず、
逆に右京こまちから、みつきちゃんを守ろうとして・・・そして私は悪魔となった。
私は、みつきちゃんを縛り付ける悪魔だったのではないか・・・と、
その時のことを思い出すたび、自己嫌悪に陥ってしまう。
みつきちゃんは、今、どうしているだろうか。
元気に、しているだろうか。
そこで、ガチャリ、と部屋のドアノブがまわる。珍しい。来客か?
この世界で来客といえば、まず下等な悪霊だ。下等な悪霊は、力を得てこの世界を抜け出し、
人間の世界に行って悪さをしようと企む。そのために悪霊たちは絶えずお互いに争っている。
私は、机の上に置いていた、少しカールしている洋物の剣を手に取る。
そこで、ドアから何者かが部屋に入ってきた。
1人・・・ではない。5人の、全身を甲冑で包んだ、槍を持った兵たちだ。
もう何度も見たことのあるその姿は、この世界を支配している『九神霊』の1人の部下たちのもの。
「・・・今回はいったい何の用でしょうか?
また暴走した悪霊を討伐しろと言うのなら、他を当たってください。」
私は、彼らに・・・いや、彼らの上司である『九神霊』に度々、この世界で暴走をしようとする
悪霊の討伐をお願いされるのだ。ただ、私はそんなことに興味もないから、いつも断るのだが、
拒否権は無いと言われ、槍で脅されて無理にさせられるから、お願い・・・とは言えないかもしれない。
甲冑兵の1人が、低い声で言う。
「今回はその件で来たのではない。我らの世界の神である『九神霊』が、お前と面会したいと仰られた。」
「面会・・・ですか? それはどうしてまた?」
「我々にその内容は伝達されていない。お前は神に従い、ただちに出頭せよ。」
「・・・はぁ、わかりました。」
どうせ断ろうとしても、力づくで連れて行こうとするのだから、抵抗するだけ無駄なのだ。
「なお、出頭にあたり、今回は特例として帯剣を認めるという『九神霊』のありがたき認可が下りている。」
「・・・珍しいこともあるものですね。いつもは結構うるさいのに。」
『九神霊』との面会は、以前にも2度ほどしたことがあるが、その時は帯剣は認められていなかった。
今回に限って、それが許されるというのはいったいどういうことだろう。
私はすぐに支度をして、甲冑兵に周りを囲まれながら、『九神霊』のところまで向かうのだった。
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目の前にあるのは、何の変哲もない普通のドアだった。
赤レンガの建物が並ぶ道を結構歩き、やっとたどり着いたと思われるそこは、その建物たちの1つだった。
どれも似たような建物のなかで、この建物のドアだけおかしい点というのがとくに見つからないため、
右京こまちがいなければ、僕は即座に迷子になっているだろう。
その、右京こまちは、今目の前にあるドアをノックしていた。
何度かコンコンと叩いているが、しかし返事は無い。
「・・・ふむ、留守か。」
ドアノブに手をかけて回そうとする右京こまちだが、途中でドアノブが動かなくなったことを見ると
どうやら鍵も閉まっているらしい。
僕は、ここに住んでいる人について右京こまちが何を知っているのか聞き出すことにする。
「ここに住んでいる人に、何か用があって来たんですか?」
「あぁそうだ。しかし、留守にするようなことがあるとは思わなかったな。」
「・・・いったい、どんな人なんですか?」
「私も、よく知らない。」
「・・・」
よく知らない人に会うために、わざわざここまで来たのだろうか。
そこまでするメリットは、いったいなんだろう。
そんなことを考えていると、右京こまちはドアノブに軽く触れながら何かをつぶやく。
カチャン
軽い音が鳴る。
再び右京こまちがドアノブを回すと、今度は途中で止まることなくスムーズに動き、あっさりドアが開く。
本当に、なんでもありな能力を持っていてずいぶんと頼りになる。逆に言えば、決して敵に回したくない。
「さて、入るぞ。」
中に入っていく右京こまちの後ろを追って、僕も部屋に入る。
玄関は、外の景色とは打って変わって、ずいぶんときれいに整理されていた。
しっかり揃えられているやや古そうな革靴。調度品としては高級なものと思われる壺や絵画。
しかし、一番驚いたのは、入った瞬間に部屋全体に明かりが灯ったことだ。
こんな世界に機械的な構造があるとも思えないから、これも呪いか何かの一種でそんなことができるのだろう。
「やはり気配が無い。いったいどこへ行った・・・ん?」
右京こまちは、玄関から奥に続く1本の廊下を見つめる。
僕も真似して廊下を見るが、ところどころ汚れがついているぐらいで、特に変わった様子もない。
いったい、右京こまちには何が見えているのだろうか。
「この床の汚れ、何者かが土足で入ったような感じだな。それも、人数は1人じゃない。
少し詳しく調べてみるか。」
そう言って右京こまちは、玄関から中に上がり、奥へ続く廊下の途中にしゃがみ込んで、床に触れる。
触れた指先が素早く動き、何やら魔法陣のようなものを書いている。
「無機の声を我が身に宿せ」
右京こまちがそうつぶやくと、突如、右京こまちはその場に倒れこんでしまった。
それに驚いた僕は、近寄ろうとするが・・・
【オマエタチハ、誰ダ】
倒れてしまっている右京こまち―――どうやら意識も失っている様子―――の口から、そんな声が聞こえて僕は動きを止めた。
それは確かに右京こまちの声なのだけど・・・どこか機械的なモノが混じりこんでいる。
何かが憑りついているのだろうか?
「・・・僕たちは、人間の世界からここに住む人に会いにきました。」
【ホウ、ワザワザ、向コウノ世界カラ・・・ココノ主ナラ、数刻マエニ、【九神霊】ノ手下ニ連レラレテイッテシマッタゾ。】
「・・・【九神霊】ですか。わかりました、ありがとうございます。あなたはいったい・・・」
【ワシハ、オマエノ今居ル、コノ建物ノ精神ダ。コノオナゴガ、ワシヲ呼ビ出シタ。】
「なるほど、そういうことですか。」
【シカシ、人間ヲコウシテ見ルノハ、トテモ久シブリダ。】
この建物の精神だという、この声の持ち主は、そう感慨深く言った。
そういえばさっき、右京こまちが、かつてここには人間が住んでいたと言っていた。
ここは・・・この異界と呼ばれる場所は、いったい何なのだろう。
「人間を最後に見たのは、いったいいつごろなんですか?」
【ソウダナ・・・ワシガココニ建テラレタ時ニハ、マダ多クノ人間ガ居タカラ、人間ノ世界デ言エバ、
オヨソ1万年マエト言ッタトコロカ。】
「い、1万年ですか?」
思わず聞き返してしまう。1万年前、人間はこの世界に住んでいて、こんな近代的な建物を建設していたというのか。
ロストテクノロジーと呼ばれる世界の不思議を聞くことはあるが、これはその次元ですらない。
そもそも人間の歴史に、異界とのつながりがかつてあったことさえ記録されていない・・・と思う。
【ソウダ。・・・ム? ソロソロ、コノオナゴガ目ヲ覚マスヨウダ。失礼スルトシヨウ。
話ガデキテ、ワシハ少シウレシカッタゾ。霊ノ中ニハ、危害ヲ加エヨウトスル輩ガ多イ。気ヲツケテナ。】
そこまで言って、建物の精神の声は消えた。
数秒して右京こまちが起き上がる。
「・・・ふむ、どうだ?水原。何か聞き出すことができたか?」
そんなことを言ってくる。どうも、僕と建物の精神の会話は、右京こまちには聞こえていなかったらしい。
僕が聞いたことを一通り話すと、右京こまちは思案顔をしながら、
「【九神霊】の手下に・・・連れ去られたという様子でもなさそうだから、おそらくは自分から行ったのか。
いったい【九神霊】は何を・・・」
「・・・その【九神霊】というのは、いったい何なんですか?」
本当は、【九神霊】についてはある程度、僕の体の中に匿っている【九神霊】の1人【魔神レニオル】から聞いているのだが、
ここで右京こまちにそのことを尋ねておかなければ怪しまれる可能性があること、
もしかしたらまだ僕が知らないことを、右京こまちが知っている可能性があること、などを考えると、
聞いておく必要があったから、僕はあえてそう言った。
すると右京こまちは、「簡単に言うと・・・」という言葉を頭につけて話し始めた。
【九神霊】。それは、悪霊や化け物そして人間の魂など、あらゆる霊的なものを統率する9人の神。
かつては【九神霊】を中心に世界・・・この異界は動いていて、人間はその【九神霊】に魂を与えられて、支配のもとに生きてきた。
しかし、人間は時間が経つうちに傲慢さを増していき、【九神霊】に対抗するようになってしまった。
支配からの解放を掲げた人間は、【九神霊】の力に打ち勝ち、今まで住んでいたこの異界を抜け出して【九神霊】を封印し、
今の人間がいる世界に移り住んできた。
これが、右京こまちが教えてくれたことだった。
この世界と人間と【九神霊】の関係については、【魔神レニオル】からも聞かされていなかった。
かつて人間はこの世界に住んでいて・・・【九神霊】をこの世界に封じて、自分たちは今の世界に移った。
人間からの立場としては、そういう言い訳になるのだろう。【九神霊】たちがどう思っているかは、
そのうちレニオルから聞くとしよう。
「・・・さて、それじゃあ行くとしようか。」
「そういえばまだここに住んでいるという人について、聞かされていないんですが・・・誰なんですか?」
さっきからずっと気になっていたことを、僕はこのタイミングで聞くことにした。
【九神霊】の話のついでに・・・というほんの軽い気持ちで聞いた僕の質問に、右京こまちは驚くべき答えを言った。
「あぁ、水原も何度も名前を聞いているだろう人物だ。今回、この世界に来たのは・・・」
『烏丸祐一郎』に、会うためだ。
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目の前にそびえたつ、黒い雲の上まで伸びていて先の方まで見えないほど高い城を見て、
いつも私は【九神霊】の力の強大さを感じ取ってしまう。
城から感じる、ただならぬ圧力。畏怖の念を抱かせてしまうような何かが、私の気持ちを締め付ける。
しかし、そんなことを表情には出さない。
「ここで、お前を城の者に引き渡すことになっている。少し待っていろ。」
「・・・わかりました。」
甲冑兵5人は、まるで私の退路を無くすかのように、私の背後に弧を描いて並ぶ。
別に逃げるつもりなどない。そんな気持ちがあるのなら、とっくに私は甲冑兵たちを振り払っている。
しかし甲冑兵たちは律儀にも、直立不動で私を睨みつけながら立っている。
【九神霊】の使役する甲冑兵は、そこらの悪霊よりははるかに強い霊力を持っているが、それでも私の敵ではない。
それこそ私が本気になれば、数秒でその存在が消し飛んでしまうだろう。
でも、私は別にそれを望まない。甲冑兵から逃れても、【九神霊】は、より強い兵を派遣するだけ。
それでもなお私が抵抗するなら、私の大事なみつきちゃんを人質にとる可能性もある。
ならば、おとなしく【九神霊】の言うことを聞いていればいいのだ。
そうすれば、みつきちゃんに秘められた呪いは・・・
「やぁやぁ、ここまでどうもご苦労様。」
そこで、軽薄そうな口調の男の声がする。
いつの間にか、私の数歩前に、その声の持ち主は立っていた。
全身を真っ白な聖装で覆い、髪は長く金色に光っている。誰が見ても美形だと思えるその顔には微笑。
そして、左右の腰には長さの違う剣が1本ずつ。さらに背中には、矢筒と弓。
そんな見た目は天使か何かに見えるが、背中から生えている大きな漆黒の羽がゆっくりと揺らいでいて違和感を放っている。
こいつは、天使は天使だが・・・堕天使と呼ばれる存在だ。
名前を【堕天使グローチェリア】。【九神霊】の1人で、私が一番よく知っている・・・ようであまり知らないやつだ。
「来てくれてとっても私はうれしいよ。親愛なる烏丸君。」
「・・・相変わらずそうだな。」
「烏丸君も相変わらずの服装で。どうだい? そろそろこんな服を着てみたいと思わないかい?」
「・・・お断りしておく。」
グローチェリアと会うと、いつもこうなる。
私はこの燕尾服がかなり気に入っているのだが、グローチェリアは会うたびに、白い服を勧めてくるのだ。
白い服は似合わないから、と私がいうと、決まって笑っていながら残念そうな顔をする・・・のだが、
「まぁそうだよねぇ。」
どうも今回は様子が少し違うみたいだ。
グローチェリアは左右に首を振りながら、ため息をつく。笑い顔は解かないままに。
「あぁ、そうだ君たち。もう下がっていいよ。城に戻って休んでて。」
「わかりました。」
グローチェリアが甲冑兵たちにそう命じると、甲冑兵たちは先に城の方へ向かっていった。
それを見送ってから、グローチェリアは私の方に向き直り、話し始める。
「実は、ちょっといろいろあって。烏丸君に話しておかなければならないことがいくつかあるんだ。」
「話しておかなければならないこと?」
「・・・うん。」
いつものグローチェリアなら、もう少し口調も含めて明るいのに、今日はどうしたのだろうか。
これで服の話なら、私はグローチェリアを殴り倒して帰らなければならないかもしれない。
「烏丸君がどこまで知っているかはわからないけど、とりあえず【九神霊】が3つの派閥に分かれているのは知っていることだよね?」
「・・・まぁ、そのことなら。」
霊全体の統率をしている【九神霊】という9人の神は、一枚岩で物事に当たっているわけではない。
かつて人間と激しい争いを繰り広げ、最終的にこの世界に縛られることになってしまった【九神霊】たちの中には、
人間に対して良い考えを持っていない者もいるのだ。
元々、人間に魂を与え、支配下において世界を治めていた【九神霊】は、人間に反抗されてしまった。
その経緯は私も知らないが、【九神霊】はまさかの敗北を喫したのだ。そう考えるのも無理はないと思う。
だが、【九神霊】すべてがそうではない。
人間を再び支配下に入れて、世界全体の権威を取り戻そうとする過激派もいれば、
違う世界に・・・今の人間世界に移ってしまった人間たちも、元はと言えば同じ世界の住人だったのだから
それを見守るのが【九神霊】の役目だと主張する穏便派もいる。
そして、その2つの間に立ち、過激派と穏便派の対立をなだめて、とりあえず様子を見ようと言う傍観派もいる。
9人の神は、見事に3つの派閥に均等に分かれてしまっているのが現状なのだ。
この【堕天使グローチェリア】は、穏便派の立場をとっている。
いうなれば、人間の味方である。私は、グローチェリアの立場が、私の考え方と似ていたこともあり親しくなったのだ。
そのグローチェリアが、私にまじめな相談・・・となれば、おのずと答えが見えてくる。
「過激派に、動きでもあったのか?」
私がそう尋ねると、グローチェリアは少し驚いた顔をする。
「わぁお。さすが優秀な烏丸君。正解だよ。
過激派のなかでも、一番厄介なやつが、最近姿を見せないと思ったら、
なんと人間の世界に行ってしまったという情報が入って来たんだよ。」
「・・・それは【魔神ミニョルフ】のことか?」
【魔神ミニョルフ】。
私は実際に会ったことはないが、グローチェリアの話では、【九神霊】のなかでも一番過激な思想の持ち主で、
しきりに、人間を滅ぼして新たな世界を形成することを提案していたというやつだ。
「そうなんだよ。まったくミニョルフは勝手に動き回って、その上にいつの間にか人間の世界に・・・。
このままじゃ、非常にマズいことになりそうなんだ。ほうっておけば、人間は残らず滅んでしまうかもしれないぐらい。」
「・・・でも、それを人間が許すとは思えない。かつて【九神霊】に敗北を味わわせた人間が。」
「それは確かにそうなんだけど・・・でも・・・」
いったい、何がグローチェリアをこんなに不安にさせているんだろうか・・・。
その答えは、意外とすぐに出た。
「でもミニョルフは、【九神霊】の長、【神霊王ディオリス】がかつて人間にかけた呪いの種を発動させようと・・・」
「なっ・・・ちょっと待ってくれ。それはどういうことなんだ? 【神霊王ディオリス】が人間にかけた呪いの種?
それは私にかけられていたあの『烏丸家の呪い』じゃないのか?」
私にかけられていた、『烏丸家の呪い』・・・。
あれは、元々、【九神霊】の長である【神霊王ディオリス】が、人間の猛烈な攻撃に対するわずかな反撃として、
私のはるか祖先に植え付けた呪いのはずだった。
その呪いは、烏丸家の人間にのみ引き継がれていき、やがて【九神霊】が人間を倒すほどの力を蓄えたときに発動させ、
人類すべてを絶望に追い込むというものだ。
しかし、その呪いは、私の世代で完全に断ち切られていたはず・・・。
私は『烏丸家の呪い』ではなく、【堕天使グローチェリア】がかけた呪いによって死に、
一度人間の世界を離れてこちらの世界に来て、そこではじめてグローチェリアに会った。
グローチェリアは人間を守るため、ディオリスが私にかけた呪いの種の構成をいじり、ほとんど無力化した。
だが、そのことがディオリスに知られるとまずいため、私は霊体として人間世界に戻ったらしいのだ。
らしい・・・というのは、私が死んでから、霊体として人間世界に戻るまでの記憶が無いことによる。
これらの話は、すべて、私が右京こまちという剣士によって倒され、この世界に送られてきたあと、
グローチェリアから聞いた話なのだ。
「確かに、烏丸君。君にかけられていた呪いは、その構成の一部は残しつつも、私が無力化したんだ。
でも・・・烏丸君だけが、その呪いの継承者じゃなかったんだよ。」
呪いの継承者・・・って、それは、まさか・・・
「それは・・・みつきちゃんのこと、なのか?」
私の質問に、グローチェリアは何も答えない。
グローチェリアは、私とみつきちゃんが2人で生活していたことをずっと見ていたらしい。
だから、グローチェリアはみつきちゃんのことを知っているのだ。
と、すれば・・・。
私に話があると言ってきたこれは・・・。
「そんな。嘘だと言ってくれ、グローチェリア!」
思わず、グローチェリアの肩をつかんで揺らしてしまった。
しかしグローチェリアは何の抵抗もせず、黙っている。
「みつきちゃんが・・・みつきちゃんが、『烏丸家の呪い』を・・・」
「お願いだから落ち着いてくれ、烏丸君。まだ、その呪いが発動しているなんて言ってない。」
グローチェリアは、優しく私の手を取って、肩から離した。
いつになく、真剣な顔をして、言ってくる。
「烏丸君。もう一度、人間の世界に行って、人間を・・・君の大切な人を救う必要があるんだ。
君が冷静になってくれれば、もう少し事態は良くなるかもしれないから。」
「・・・すまない。」
「それに、この件に関しては私だけじゃない。他の穏便派の2人も動き始めてる。
傍観派にも、私から呼びかけて協力してくれるようにお願いしてるところなんだ。
大丈夫。私たちみんなで協力すれば、なんとかなるから。」
グローチェリアのその言葉に、少し私は落ち着きを取り戻すことが出来た。
前までは、精神的に不安定になると、あの時のように悪魔のような姿になってしまっていたが、
グローチェリアのおかげである程度、その姿にならないよう制御することはできるようになっていた。
「・・・ありがとう。グローチェリア。」
「どういたしまして・・・って、お礼を言うのはまだ早いよ。とりあえず、やることをすべて終わらせてから。
それからでも、お礼を言うのは遅くないから。」
「あぁ、わかった。」
グローチェリアが浮かべた微笑みに、思わず私も微笑みを返してしまう。
「それじゃあ・・・まずは仲間集めからはじめようか。」
城とは向かいの、真っ黒な雲が敷き詰められた空を見て、グローチェリアはそうつぶやいた。
続く