グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と私と世界の呪い〜 1
〜3〜 【世界と僕の、真実について】
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僕が、右京家の屋敷に住むようになってから2週間が過ぎた。
普段は大学に通って、夕波みつきと『烏丸家』についての情報を、サークル活動の傍らで集めているのだけれど、
今日は休日で、サークル活動もなく、僕は屋敷の中にいた。
今朝早く、この屋敷の主である右京こまちは、久しぶりに個人からの依頼を受け、遠くの町に向かった。
もしかしたらしばらく帰らないかもしれない、と言い残していったが、まぁ彼女が死ぬことはないだろう。
この2週間、僕は右京こまちに気づかれない程度に、屋敷の中を探索していた。
屋敷の広さはかなりあり、部屋数も多かったが、ほとんどが空き部屋だった。
どこも畳部屋で、落ち着く印象を受ける。
不思議なのは、使っていないような部屋のどれもが、ほこり1つ落ちていないきれいな状態ということだ。
使用人は雇っていないという話だったが、それなら自分で掃除をしているのかと思えばそうでもない様子。
何か、秘密でも隠されているのだろうか。
そして秘密と言えば、右京こまちから、2つだけ、入ってはいけない部屋というものを最初に教えられていた。
1つは、おそらく右京こまちが使用している部屋なのだろうが、問題はもう1つの部屋だった。
この屋敷の玄関から一番奥にある、北側の部屋。
その部屋の襖には、何やら怪しげな1枚の札がいつも貼られている。
何かを封印している部屋なのだろうかと、かなり気になっていたのだ。
事あるごとに、その部屋には入るなと注意されていたが、注意されればされるほどに興味が増す。
「・・・過度な好奇心は身をも滅ぼす・・・」
そうつぶやく。
僕の目の前に、その部屋に唯一入ることのできる、札の貼られた襖がある。
襖に触れた瞬間に、ひょっとしたら死ぬかもしれない。
襖を開けた瞬間に、ひょっとしたら死ぬかもしれない。
触れてはいけないという気持ちと、触れたいという気持ちがぶつかるが、やがて決着がつき・・・
僕はおそるおそる、その襖に手をかけ、そして開けた。
「・・・何も起こりませんね。」
部屋に、一歩足を踏み入れる。
どこからか罠として毒矢でも飛んでくるかと思ったが、何も変化はない。
体が完全に部屋に入ると、独りでに勢いよく襖が閉まる。
突然のことに少し驚いたが、すぐにその意識は別の方向に向く。
畳が敷かれている部屋の中央。
そこに、人が1人やっと通れるぐらいの黒い穴が開いている。
黒い穴の奥からは、何か禍々しい気を感じる。
「・・・別の世界への入り口・・・でしょうか?」
この世界と異なる別世界の存在なんて、昔の僕ならあっさり否定していただろう。
しかし、今の僕は残念ながら、それを否定できるだけの無知さが無い。
悪霊が実在することを知ってしまったからだ。世界の真相に一歩近づいてしまったからだ。
たまに、知らなければよかったと後悔することもある。
余計な情報を知ってしまったために、僕自身の動きを制限してしまったこともある。
知識が深ければ深いほど、人というのは虚無感に襲われてしまうのかもしれない。
あまりにも世界が狂っていることに気づいてしまうから・・・。
「ここに入れば・・・力を得られるのでしょうか・・・?」
独り呟く。
その返事は誰もしない・・・と思っていたのだが。
「力が欲しいか、人間。」
「・・・」
目の前にある、黒い穴の向こうから、低く唸るような声が聞こえ、僕は体中に緊張感を走らせた。
別に何か武術をやっているわけでもないが、自然と身構えてしまう。
本能が、何かを感じている。畏れか、危機感か。
「力が、欲しいのか。」
僕に問いかけている・・・のだろう。
この部屋には、おそらく僕しかいないのだから。
「・・・」
「力を望むか、人間よ。力を欲するのなら、その意思を示せ。さすれば力を与えよう。」
「・・・それは、どんな力なのでしょうか?」
恐る恐る、そんなことを聞いてみる。
表情こそ、平然を装っているつもりだが、きっとこれは無意味だ。
向こうには、僕が抱いている恐怖感のようなものは、手に取るようにわかっているはず。
「光を破る力、闇を裂く力、時を変える力、世界を戻す力。お前の使い方次第で、その力は何物にもなる。
滅ぼすが望みか? 救うが望みか? 言え、人間。お前は何を望み、力を得たい。」
万能の力・・・か。少し興味があるが・・・。
だけど、僕が欲しいのはそんなものじゃない。
僕が欲しい力は・・・。
「・・・」
僕の答えに、声は笑った。
嘲笑うかのように、その低い声は言う。
「ははははははっ! 人間、お前が欲しいのはそれだけか! 万能の力が得られるというのに、
お前はたったそれだけの力しかいらないというのか。おもしろい、私はお前のことが気に入った。
人間、お前の名前はなんだ?」
「・・・水原、月夜です。」
「水原月夜か。良いだろう、お前にその力をくれてやろう。」
声がそう言うと、僕の目の前にある黒い穴から、一本の腕が伸びてきた。
「この腕をつかみ、そして引け。」
「・・・そうすれば、力が得られるんですか?」
「あぁ、そうだ。」
僕は言われた通り、腕の伸びている黒い穴のもとへ行き、その腕を両手でしっかりとつかんで、引っ張った。
最初は少し、何かが反対側から引っ張って、抵抗するような感覚を受けたが、すぐにそれは消え、
勢いよく、その腕の主が黒い穴から飛び出してきた。僕はそれに思わず、つかんでいた手を放してしまい、
その場に尻餅をついた。
「つぅ・・・意外と強く打ちつけてしまいましたね・・・」
僕はそう言いながら、腕の主が飛んで行った方向を見ると、そこには、猫の顔をした長身のスーツ男がいた。
右目の下には、大きな切り傷。腰には、確かレイピアといったか、刺突性の高い、細身の剣を差しているようだ。
そんな姿の猫男が言う。
「あぁ、この世界に戻ってくるのは実に久しぶりだ。水原月夜、君のおかげで帰ってこれた。礼を言うよ。」
僕は立ち上がりながら「・・・それはどうも。」と、答える。
この猫男が、先ほどの低い唸り声をあげていたやつなのだろうか?
それにしては声質が違いすぎる。口調も先ほどとは全く異なって、かなり礼儀正しい。
「・・・しかし、どうもこの場所はあまり居心地がよくない。ということは、ここは紅天聖の子孫の・・・。」
「紅天・・・なんですか?」
「いや、こちらの話だよ。どうやら君は、彼とは関係ないみたいだし。」
何を言っているのかよくわからないが、とりあえず僕は本題に入ることにした。
「・・・力をくれるんですよね?」
「あぁ、そうだったね。それで、水原月夜、君が欲しい力は確か・・・」
「真実を見る力・・・です。」
そう、僕は真実を見る力が欲しかった。
右京こまちが秘めている、世界の真実。
悪霊たちが陰で人間たちを襲い、呪っているという世界の真実。
まだまだ解明されていない、人間の知の及んでいないところにある世界の真実。
僕は、それを知りたい。それを見たい。
世界を変えようとする力などいらない。
そんな力を得たところで、真実は見えない。世界の運命を回しているところの核心に迫ることはできない。
すべてのシステム、すべての構造、すべての歯車、すべての根源。
僕は、それに触れてみたいのだ。
「そう、真実を見る力。君はそれを望んだ。世界を滅ぼすわけでもなく、世界を救うわけでもなく、
ただ自分の知識を増やすためだけの力。君は、たったそれだけのことを望んだ。
真実を見て、絶望しても、それを変えるだけの力を持っていないことも厭わないと言う。
知れば知るほど、世界の闇を見てしまうことになるのに、君はそれでいいと言う。
非常に、私はそれをおもしろいと思う。」
「・・・」
「だから、私は喜んで君に力を与えよう。ただし、代わりに君の体を借りるけどね。」
体を・・・借りる?
「私はこの世界で少しやらなければならないことがあってね・・・。そのためには君も協力してほしい。
力をあげる代わりに、多少のお手伝いはしてほしいんだ。もちろん、強制とは言わないよ。
その時は、君をここで殺して、ほかの人間にお願いするから。」
猫男は、今にも僕に襲い掛かって食い殺してきそうな表情で笑顔を浮かべる。
「・・・ようは取引・・・ですか?」
「言い方を変えればそうなるね。」
「僕にどんなことをさせようと言うんですか。」
「だから、言った通り、君の体を借りるのさ。君の体の中に、私が入る。時が来たら、僕は君の外に出るよ。
それまで少しの間、私を君の体の中に住まわせて欲しいんだ。」
猫男が言いたいのは・・・憑依のことなのだろうか。
僕の体の中に、この猫男が入って、時が来るまで匿う・・・ということになるか。
「・・・わかりました。」
「取引成立。それじゃあ、さっそく失礼するよ。少し辛いだろうけど、まぁ耐えてくれ。」
と、猫男は一瞬にして僕のすぐ目の前まで移動してきて、僕の頭に衝撃が走る。
何が起きたのか、それを考えようとするが、何かが邪魔をしてうまく思考できない。
吐き気がする。視界が定まらない。全身がガクガクと震える。
今まで感じたことのない、猛烈な不快感が駆け巡る。
どこかで声が聞こえる。
【・・・あぁ、君は呪われている身なのか・・・しかも結構な数の呪いを・・・。
ほとんどが行動制約に関する呪いだね。おまけにかなり強力なものばかり・・・。
よっぽど君は大変なものに呪われたのかな? 私と同等か、それ以上の術者か。
・・・おや、こんなところにも・・・。あぁ、これはまたおもしろくなりそうだ。
水原月夜、私は本当に君のことが気に入ったよ。まさかこの呪いまで背負っているなんて。
どうやら意外と早く目的が達成できそうだ。君のために、僕は力を尽くそう・・・】
体が宙を浮いているかのような感覚になっている。
これ以上は、精神がおかしくなってしまうかもしれない。もう体の自由も効かず、感覚も効かない。
【さて、もうそろそろ終わるけど・・・水原月夜、君は耐えられそうにないみたいだね。
私が君の体に入り込んだ段階で、君の精神はもう体から離れようとしている。
水原月夜、君は僕の声が聞こえているかい?】
あぁ・・・聞こえている・・・
【・・・やっぱりダメかな? 人間の体は脆いね。私の力を受け止めきれないのだから。】
まだ・・・まだだ・・・
【もう君の体のほとんどは、私が支配してしまったけれど・・・君の姿は体のどこを探しても見当たらないね。】
僕は、僕は・・・ここに、いる・・・
【残念だよ。もう少しがんばってくれるかなと思ったけど。君の持っている望みの強さなら・・・。
君の持っている絶望に耐えようとする強さなら、もしかしたらと思ったけど。】
嫌だ、まだ、まだ、まだ世界を・・・
【それじゃあ、さようならだ。君は無駄に命を落としてしまい、君が得るのは本当の絶望だけ。永遠の闇だけ。
少しでも真実を知ろうとした、君のことは私は忘れないようにしよう。】
まだ・・・
【水原月夜、さようなら】
待て・・・
まだ・・・
まだだめだ・・・
まだだめだ
このままじゃ
このままじゃ終われない
やるべきことがあるんだ
世界の真実を知りたいんだ
彼女を、夕波みつきを救いたいんだ
呪いを解明して、夕波みつきを助けたいんだ
呪いを解明して、世界が絶望に堕ちるのを喰いとめたいんだ
約束したんだ
約束したんだ、母親に、母親を必ず助けるって
約束したんだ、夕波まことに、夕波みつきを必ず支えるって
約束したんだ、・・・・・に、・・・・・・するって
だから
だから、まだ終われない
絶望するのは僕だけで良い
だから・・・
僕は真実を
【・・・】
「・・・」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
目を開ける。
ここは、右京家の屋敷の一番北側にある、右京こまちからは入ってはいけないと言われていた部屋だ。
僕は、その部屋の中央に立っている。
すぐそばには、人が一人通れるぐらいの狭く黒い穴があり、穴の奥は禍々しい何かが渦巻いている。
僕の中から、誰かの声が聞こえる。
【・・・合格だよ。水原月夜。よく、絶望の試練に打ち勝った。】
合格。絶望の試練。つまりはそういうことらしい。
幻覚なのか、それとも本当に死にかけていたのか、それは定かではないが、どうやら僕は・・・
「試されていたのか・・・」
【そうだよ。君が絶望に打ち勝つことができるだけの精神を持っているのか・・・それを確かめたかった。
最初はダメかと思ったけど、とんでもない。君のその心の源は、絶望に染まってでも成し遂げなければならない役目にあった。
君は恐ろしいよ。まるで、自らに呪いをかけているんじゃないかと思うぐらいに、強い心を持っているのだから。】
僕の心の源・・・それは、今さっきまで僕自身にもよくわからなかった。
でも、今の試練ではっきりしたのだ。僕は、どうも、人を助けて支えたいらしい。
そんな人間味に溢れた感情が、僕を突き動かしていたなんて信じられない。
僕自身の知識の探求のため、金儲けのため、人間と触れ合うことさえ忘れて、ひたすら偽の心霊写真を撮ったり、
図書館などに通って情報収集をしていた・・・そのはずだったのに。
気づかないうちに、僕の心の奥では別の感情が芽生えていたという。
病床の母親を助けるために、何か重大なことに巻き込まれてしまっている夕波みつきを支えるために。
亡くなってしまった夕波まことに、気づかないうちに心の中で約束までしてしまっていた。
「・・・僕は、人のことを助けるために、絶望に立ち向かおうとしてるんですね。」
【そういうことになるね。君は最初、世界の真実を知りたいと言った。でも、それを知って、その先、
君は確実に辛い思いをすることをわかっていたはず。リスクを冒してまで真実を知ろうとする目的の核心には・・・】
「・・・僕も知らなかった僕自身の思いがあったんですね。」
その僕の言葉に、僕の中にいる、あの猫男の声が笑いながら答える。
【はははっ! これで、世界の真実が1つわかったじゃないか。
君は、自分が絶望しても良いと思うぐらい、人間を愛しているということが。】
「・・・えぇ、そうですね。驚くべき真実ですよ、まったく。」
なぜか、思わず笑みがこぼれてしまう。
こんな気持ちの良い笑みを浮かべられたのは、はじめてかもしれない。
「・・・あぁ、そういえば、まだあなたの名前を聞いていませんが。」
【そうだったね。私の名前は、『魔神レニオル』だ。レニオルと呼んでくれて構わないよ。】
「・・・わかりました、レニオルさん。それではこれからよろしくお願いします。」
【あぁ、よろしく。】
『魔神レニオル』。
その目的はわからないが、とりあえず僕の協力をしてくれるというのだから、頼もしい仲間となってくれるのだろう。
レニオルの方も、僕を利用して何かをしようとしているつもりみたいだが、どうもレニオルの言い方では、
僕がやろうとしていることに近い部分で、やることがあるようだ。
できることなら、できるだけやろう。
使えるものなら、何でも使おう。
目的のためなら僕は、たとえ絶望に打ちひしがれて苦しんでも構わない。
だって僕は、人を愛する、人間なのだから。
本編へ続く
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この作品は、Formulaさんが執筆されている小説「Another World」の中で登場する、
「グラサン少女シリーズ」という架空のライトノベルを、実際に作っちゃおう!
ということで、私、進藤リヴァイアが書いている・・・ジャンルは何だろう?
と・・・とにかく、小説です。
今回は、外伝ということで、本編では語られなかった部分、やむを得ず省いてしまった部分を書いています。
本編では、夕波みつきという少女が主人公なのですが、この外伝では名前しか出てきません。
一応は本編で最低限書いておかなければならない場面を、ある程度決めているので、
夕波みつきの登場場面についてはなるべく本編に書こうということです。はい。
そんなわけで、今回、メインになったのは、右京こまちと水原月夜でした。
彼らは、第4作・第5作の「遭難事件とグラサン少女」で、かなり暗躍している感じでしたが、
その中で入れるのを断念してしまったシーンをいれました。
1つ目は、右京こまちの過去について。
まぁ、別に過去のことを入れなくても、「こいつはこんな能力を持っている設定なんだぞ〜」としてしまえば、
それで良いのかもしれませんが、それまでの経緯が描かれてないと、やはり腑に落ちないか・・・
ということで書きました。
右京こまちの持っていた、動く包帯とか、呪文とかね。
第2作「幽霊公爵とグラサン少女」で使っていたのに、うまく使わないなんてもったいないな!とか。
そして、2つ目は、右京こまちと水原月夜がはじめて会うシーン。
これは第4作「遭難事件とグラサン少女(上)」にもともと入れる予定でしたが、
時系列が第2作の「幽霊公爵とグラサン少女」のすぐ後だったので、入れたら読みづらいかな、と思って断念。
結局、こうして外伝に入れるという形をとりました。
個人的には、一番描きたかったシーンの1つです。
最後の3つ目は、水原月夜が、右京家の屋敷に住むようになってからの話。
時系列的には、第5作「遭難事件とグラサン少女(下)」の、合宿直前の話です。
本編に入れてしまうと、文字数が大変なことになる・・・ということでやむなく外伝に。
これら3つとも、後々本編にとても関わってくることなので、省略することはできず、
こうして外伝にまとめて出すという形になりました。
読むと、もしかしたらあるキャラの印象がガラッと変わるかもしれません。
良いんです。それが狙いですから。
さてさて、物語もいよいよ佳境・・・というはずなのですが、
現在執筆中の第5作「遭難事件とグラサン少女(下)」は、ほとんど出来上がりつつあるので、
第6作の制作にもそろそろ取り掛かる予定です。
第6作のタイトルは・・・まだ秘密です。
それではまた次回、ご期待・・・いただければ幸いです。
進藤リヴァイア