グラサン少女シリーズ外伝 〜僕と私と世界の呪い〜 1




〜2〜 【少年との邂逅】



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あれから、もう何年経つだろうか。
10年・・・いや、15年は超えているかもしれない。

父上を失い、右京家の当主となった私は、いつかまた現れるかもしれない強大な悪霊との戦いに備えて、
再び、右京家の屋敷で修行を続けていた。

気づいた時には、もう父上は死んでいた。
いや、殺されていたのだ。『九神霊』の『魔神ミニョルフ』によって。
父上の無残な亡骸を、この右京家の屋敷の庭で見つけたとき、私は父上を失ったことより、私自身の弱さに憤りを感じた。
今まで死に物狂いで鍛錬を積み重ねてきた私だったが、いくら努力しても、父上とミニョルフがいた次元には、
まだまだ遠く及ばないことを無理やり理解させられてしまった。

あれは、人間の行ける領域ではない。
あそこにたどり着くには・・・人間を辞めなければならない。
そう確信し、私は人間を辞めることにした。

人間を辞めることに、辛さや戸惑いは感じなかった。
ただ、それまで積み重ねてきた修行の意味がまるでなかったことへの、後悔しかない。
だから、もう一歩、修行の難易度を上げることにしたのだ。
だから、もう一歩、人間の外へ出ることにしたのだ。
そうしなければならなかった。そうすることを望まれた。いや、自らが望んだのかもしれない。

刀に呪われてしまったばかりに。私は、人間ではなくなってしまったのだ。



妖刀『影桜』。右京家に伝わる呪われた刀。
本来、使用してはいけないとされているそれを、私は使っている。
あの日、あのドアの向こう、あの部屋の中央で見つけた刀は、まるで私を待っていたかのような感じさえした。
触れた瞬間に、全身に恐ろしい力が、呪いが入り込んでくると同時に、私の心に何かが呼びかけたのだ。

【自らを犠牲にしてまで得たいものはなんだ】

おそらく、あの呼びかけの主は、この刀の本来の持ち主「紅天聖」のものではないだろうかと推測している。
その問いに、私は素直に「人の世界の平和」と答えた。それを口に出したわけではなく、心でそう思っただけなのだが、
『影桜』は、あるいは「紅天聖」は、私を認めてくれたのかもしれない。
それまで掻きむしりたいほどに全身に流れていた嫌な力が少し収まったのだ。
私は『影桜』の放つわずかな呪いの力も制御するため、刀身に『紫炎帯』を巻き付け、持ち出した。

部屋から出て、ようやく外に出ると、私はやはり右京家の屋敷にいたようで、
私が一度も入ったことのなかった蔵に、私は寝かされていたことがわかった。
しかし、父上は既に殺された後。義理の妹のゆかりも、他の使いの者も、そしてミニョルフの姿も屋敷には無かった。
ゆかりたちはもしかしたら逃げたのかもしれない。父上が部屋を出て、庭でまで戦闘をしてなんとか持ちこたえたのであろう。
ミニョルフは、きっと話に出していた「人を滅ぼしつくす呪い」とやらを発動させにいったのかもしれない。

私は、たった一人で右京家に取り残されてしまっていたのだ。



そして、今日まで修行、鍛錬を怠らず、精進してきた。
最初は『影桜』の力を制御しきれず、何度も呪いに殺されそうになったが、なんとか生き延びた。
毎日、毎日、普段は封印している修行部屋の黒い穴から出てくる、数多くの悪霊を消し・・・
その数は万を超えただろうか。

今では『九神霊』に及ばないながらも、その2つほど下の階級のものまで討伐できるようになった。
やはり上級の悪霊の方が、より強い力を持っているため、修行にも適しており、なにより討伐したあと、
悪霊の力を吸収する際に得られる、何物にも代えがたい快感がそこにはあった。
倒せば倒すほど、私は力を増していき、ついには不老不死にかなり近い呪いまで得てしまった。
そのために、10年ほど前から、もう見た目はまったくと言っていいほどに変わらなくなってしまっている。

あとは、「魔神ミニョルフ」がやろうとしている呪いの発動を喰いとめる。
『九神霊』に、二度と人間を滅ぼそうなんて思わせないようにする。それだけだった。



「そのためには、まだ・・・私の力は少しだけ足りない。」

千の霊、万の悪を討伐しても、やはりまだ力が足りない。
そのことを、今回の一件で思い知らされた。

私が今、手に持っているのは、国家国防省という国家の表舞台には立たない権力からの依頼書だった。
「烏丸祐一郎公爵」という、日本貴族の中でも比較的有名な人物の霊を昇天させてほしい、というもの。
なんでも、かなり政府が手を焼いている案件らしく、成功による報酬は破格の1億円だった。
そして、私はこの依頼を遂行し・・・たった今、その『烏丸家』の屋敷から出てきて、
先ほどのようなことをずっと考えていたのだった。

「烏丸祐一郎公爵」の霊のそばにいた少女・・・確か、みつき、といったか。
なぜ彼女がこんなところに一人でいたのか、それはわからないが、きっと何らかの理由で、
憑りつかれていたのかもしれない・・・と思っている。
そう思ったのは、みつきの身にかけられていた「呪い」が見えたからだ。
それも、ほかの呪いとは少し違うタイプの呪いが。

普通、呪いはかかった時点で何らかの影響を及ぼすものが多い。
心身の自由を奪うものから、命そのものを奪うものまで多種多様だ。

そして、あの烏丸祐一郎公爵の霊にも、みつきにかけられていた呪いと非常によく似た呪いがかかっていた。
あれはおそらく『烏丸家の呪い』といわれるものだった。
烏丸祐一郎公爵の命を奪い、『烏丸家』を壊滅に追いやったという呪い。
前に調査したときは、その呪いは何かの病気だったという説があったが、どうも、本当の呪いのようだ。

だが、みつきにかけられていた呪いは、烏丸祐一郎のそれとは少し違っていた。
まるで、誰かが呪いの構成をいじったような・・・。

烏丸祐一郎公爵の霊の体を刀で貫いてしまった私も、あの時、『烏丸家の呪い』にかかってしまったが、
呪いがかかったことこそ、すぐに気づいたものの、別に今のところ害を及ぼしているわけでもない。
それに、よくよく調べてみると私にかけられた『烏丸家の呪い』の構成は、
みつきとも烏丸祐一郎公爵とも少し違う。非常によく似ているが三者三様の呪いの構成。
これはいったいどういうことだろうか・・・。



そこで。

「・・・すみません。」

こんな夜に、いったい誰だろうか。
何者かが私に話しかけてきて、私は一時的に思案することをやめる。
この気配は人間の気配だ。しかも、低い声からして男だろう。

声のした方を向くと、そこには少し若そうな少年がいた。
高校生ぐらいに見えるが、結構背は高い。若干猫背ではあるが。
銀縁のメガネをかけており、勉学はできるような理知的な印象を持つ。

「なんだ、何か用か?」
「・・・まぁ、用というかなんというか。あなたが今、この屋敷から出てきたところ見てたので。
 ちょっと気になって声をかけてみました。」

そう言って、この少年は妙に不気味な笑みを浮かべる。
悪霊や化け物とは、また少し違う類の不気味さ・・・。

「この屋敷は・・・『烏丸家』の屋敷、ですよね?」
「そうだ。それがどうした?」
「・・・あぁ、よかった。やはりここでしたか。もし違ったらどうしようかと思っていたのですが。
 でもこれで・・・私は安心して中に入れそうですね。」

そう少年は言って、今私が使用した正面の門を開けて、中に入ろうとする。
しかし、それを私は黙って制した。
少年は、なんでしょうか?といいたそうな目でこちらを見てくる。

「・・・あなた、『烏丸家』の方・・・ではないですよね?
 それなのにどうして僕が入ろうとするのを止めるのでしょうか?」
「お前こそ、どうして中に入ろうとする? 目的はなんだ?」
「・・・それはこちらが聞きたいですねぇ。『烏丸家』とあなたはどのような関係なのでしょうか?
 既に『烏丸家』の血筋は途絶えている・・・ということのはずですから、
 少なくともあなたが『烏丸家』の人間ではないのでしょう?
 そもそも・・・質問を質問で返すのはあまりよろしくないですよ。」

その言葉に、私は思わず苛立ってしまい、少年の胸ぐらをつかんでしまった。
この屋敷を出た時からある私のもやもやした違和感の矛先が、少年に向いてしまった。

「・・・手を放してください。僕は質問をしただけです。
 別にあなたに危害を加えようなんて・・・まったく思っていません。」

この少年のしゃべり方、時折浮かべる不気味で不敵な笑みが、私の苛立ちをさらに強くさせる。

「話で解決・・・とは行きませんか。困りましたね。あなたは刀をお持ちのようですし・・・。
 あなたが『烏丸家』や夕波みつきとどんな関係を持っているか知りませんが。」
「・・・お前は何を知っている?」
「どうやら僕の質問に答え」
「いいから言えっ、お前は何を知っている!」
「・・・」

少年は、胸ぐらをつかんでいた私の手をどかし、ひとつため息をついて話し始めた。

「・・・あなたが知りたいことは僕にはわかりませんが・・・。僕は、水原月夜、と申します。
 ただ単に、この『烏丸家』と、ここに住んでいるという夕波みつきについて、いろいろ調べている高校生です。」
「調べてどうするつもりだ?」
「あなたには・・・関係のないことでしょう。あぁ、もしかしてあなたも僕と同じでしょうか?
 『烏丸家』のことを調べ、一儲けしようと。」

これだけの会話にもかかわらず、まるでこの少年に見透かされているような感覚に陥っている。

「・・・ということはもう中も探索済ということになりますか。
 どうでしたか? 何かよさそうなものでも見つかりましたか?」
「お前が探しているようなものは・・・ここには無いだろうな。金なら見当たらなかった。」
「あぁ・・・やはり『烏丸家』に隠された財宝なんてなかったんですか。
 もし、財宝が見つかれば、もっと手っ取り早かったんですが・・・仕方ありませんね。」

そう言って、この水原という少年は、『烏丸家』の門を仰ぎ見る。
1つため息をついてこちらに向き直り、言った。

「・・・それで、あなたはいったい何者でしょうか?
 まさか名乗らないなんてことはしませんよね。『烏丸家』の屋敷に侵入する、刀を持った和服の女性・・・。
 そんな怪しい方が普通の理由ではこちらに来ないでしょうから・・・。」
「お前に名乗る必要性は・・・」

私が最後まで言い切らないうちに、水原は続けた。

「あぁ・・・もしかして、そういうことなのでしょうか。でしたら、とても僕には不利だ。
 もしあなたが僕の予想通りの人物であるならば・・・いえ、予想でしかありませんね。」
「・・・おまえは何を言っている?」
「あなたは、おそらく、幽霊か何かに関係がある人物だ。除霊師か、その類に近い存在。」
「なっ!?」

こいつはいったい・・・何を言っている?
どういうことだ? どうしてそれを知っている・・・いや、予想なのか?

「・・・ずいぶんと驚いているところを見ると・・・どうも当たりのようですね。
 あぁ、それじゃあ『烏丸祐一郎公爵』の霊は、本当に実在してしまっていたのですか。
 そして屋敷から出てきたあなたは、もう既に『烏丸祐一郎公爵』の霊を除霊してしまっている・・・と。」
「お・・・お前は・・・」
「もう少し僕の行動がはやければ、まだ間に合ったのかもしれませんね・・・。
 まさか・・・本当に霊が実在していたとは、心の中では正直に言いますと、思いませんでした。」
「お前は何を・・・どこまで・・・」

水原は、またしても不気味な笑みを浮かべ・・・

「僕は・・・ただ単に、知っている情報をまとめて、そこから仮説を立てて話をしているだけです。
 その仮説が当たっているようなので、あなたは僕がなんでもお見通しのように見えているのかもしれませんが・・・。
 でも、今回は完全に失敗でしたね。これは一旦、作戦の練り直しを」
「・・・くっ」

私は腰に下げた、包帯に巻かれている刀を手に取り、水原に突き付けた。

「・・・あぁ、また失敗です。余計なことを言いすぎてしまいました・・・。
 そうですか。正体がバレてしまったら、消す・・・と。そういうことでしょうか。」
「うるさいっ! 何もしゃべるなっ!」
「とりあえず、落ち着いていただければ幸いなのですが・・・」
「貴様っ」

そこで水原は両手を上に挙げた。目を伏せて、首を左右に振っている。

「・・・お前の話を聞いていると、まるですべてを見透かされているようで苛立つ。
 知っている情報をまとめて仮説を立てて? ふざけるな。お前に、『烏丸家』の何がわかる。
 『烏丸家の呪い』の何が・・・」

その言葉の途中で、私は気づいてしまう。
水原にも、私と同じ『烏丸家の呪い』がかかっていることに。
水原の全身を駆け巡っている呪いの構成が見える。私の呪いとまったく同じ構成。
やはり、害を及ぼしている様子はない。

「・・・どうかしましたか?」
「おい・・・水原、と言ったか。」
「え・・・えぇ。そうですが。」
「お前は、『烏丸家の呪い』を知っているか?」
「・・・えぇ。知っていますよ。烏丸祐一郎公爵が亡くなる原因となった謎の病気。
 いまだに原因が解明されていない・・・と聞いていますが。それが何か?」

水原が言っていることは、私も知っていた。
烏丸祐一郎公爵の霊を討伐する前の下調べとして、その話は耳にしていた。
だが、呪いという名前こそついているが、実際は病気とされている。
いや、呪いこそが解明されていないものなのだから、普通の人間にとっては病気なのだろうが・・・。

しかしここで私はおかしい事に気づく。私に今かけられている呪いの仕組みなら、直接死ぬようなことはないはず。
この呪いは、今私の体中を駆け巡っているにも関わらず、まるで悪さをしてくる気配がない。
だが、烏丸祐一郎公爵はこれで死んだのだという。
多少、私にかけられている呪いと烏丸祐一郎の呪いの構成とは異なるが、小さい部分だ。
その違いだけで、死ぬか死なないかが変化するとは、到底思えない。

何かがおかしい。

「・・・本当に大丈夫でしょうか?」

水原が、少し心配そうに聞いてきて、私は目の前の水原に意識を戻した。
すると・・・

「・・・どういうことだ。」

水原の体に、私と同じ呪いがかけられているのが、目に見えてわかる。
あの、みつきという、烏丸祐一郎公爵霊と一緒にいた少女を助けようとしたのも、
私の目が、あの少女の体に強力な呪いがかけられているのを見つけたからだ。
修行のうちに備わってしまったこの能力が、水原にかけられている呪いまで見つけてしまった。

「水原、お前は・・・烏丸祐一郎公爵の霊か、それともあの、みつきという少女に会ったことがあるのか?」
「・・・直接ではありませんが・・・一応、夕波みつきは僕の高校の先輩ですから、何度も学校では見てます。
 それに、結構いろいろ調べていましたので。『烏丸家』について。」
「・・・」

私と、そして水原にかけられている『烏丸家の呪い』。
これは、烏丸祐一郎にかつてかけられていたものとは異なる。
そして、夕波みつきにかけられていたものとも少し異なる。
だがすべての原型は、どれも似通った呪いだ。

詳しく調べた方がよさそうだ・・・。そのためには、この水原には勝手なことをしてもらっては、
いろいろと困るかもしれない。何かほかにも、私の知らないことを知っている可能性もある。

「・・・黄泉よ、冥界よ、この者を闇の鎖にて説きふせよ」

私がそうつぶやくと、訝しげそうにこちらを見ていた水原に呪いがかかる。
水原自身は気づいていないだろうが・・・。

「何か・・・言いましたか?」
「・・・今、お前に呪いをかけた。」
「ん? 呪い・・・ですか? いったいどういうことで・・・」

私は余計なことを水原にしゃべらせないように早口で続ける。

「私が良いと言うまで、私はお前の呪いを解かない。
 夕波みつきに秘められた呪いが動き出すまで、私はお前の呪いを解かない。」
「夕波みつきに秘められた・・・呪いですか。それは本当ですか?」
「・・・」

私は後ろを振り向き、歩き出す。
とりあえず、今後はこの私にかけられてしまったおかしな呪いと、
『烏丸家』のことを考えていかなければならなくなりそうだ。

「・・・私の名前は、右京こまち。水原、お前の名前は覚えておこう。」
「それは・・・また会うことがあるからでしょうか?」

水原は追ってこないで、ただ私に問いかけるだけだった。
しかし、私は何も答えないまま、『烏丸家』の前を去った。



やらなければならないことが増えた。私にかけられた、今のところ害を及ぼそうとしないこの呪い。
話に聞いていた『烏丸家の呪い』によく似ているこの呪いは、集中して体を調べると、
まるで誰かが、もともとの構成をどこかいじったような・・・そんな感じがする。
あの水原という少年にも、私と同じ呪いがかかっているのが見えた。

それに、夕波みつきというあの少女にかけられていた、やはり『烏丸家の呪い』に似た呪い。
私や水原の持っている呪いとはまた少し違う構成をしていた。

かけられている呪いの意味、『烏丸家の呪い』と夕波みつき、私と水原、それぞれにかけられた呪いの違い。
これらを・・・

「調べる必要がありそうだな・・・」



私は、夜の帳へと姿を隠し、悪霊たちに見つからないよう、もう誰もいない右京家の屋敷に戻った。



続く