はじまりの魔法とグラサン少女
〜5〜
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右京家の屋敷に戻ってきた僕は、自分の部屋・・・今は、夕波みつきに貸してしまっているが・・・のドアを開けた。
するとそこには、夕波みつきと、右京こまち。それに烏丸祐一郎公爵の3人がいた。
夕波みつきは、ベッドの上で体育座りをしていたが、部屋に入ってきた僕を見て、ベッドから起きてきた。
夕波みつきの傍にいる烏丸祐一郎は、部屋に入ってきた僕の顔を見て、やわらかい微笑を浮かべた。
右京こまちは・・・僕の机の上に置きっぱなしになっていた、例の写真をながめていて、こちらを見ようともしなかった。
夕波みつきが、僕に近づいてくる。
その顔を・・・僕は直視できない。
今にも、泣き出しそうな顔・・・。
何を言われるか、帰ってくる途中で何パターンか予想していた。
先刻、右京こまちは、夕波みつきが目を覚ましたら事の経緯を大方話して、烏丸祐一郎公爵とも再会させる、と言っていた。
だから、僕が帰ってきたときに会う夕波みつきは、隠されていた真実について、もうほとんど知っていてもおかしくはないのだ。
自らに秘められた呪いについて、【九神霊】や人間の組織とも思えるような集団に狙われていることについて、
僕と右京こまちの関係について、これからのことについて。
真実を知った時、夕波みつきはどう思っただろうか。
呪いに対する恐怖? それとも僕らがそれらの内容を知っていたにも関わらず秘密にし続けていたことへの怒り?
きっと夕波みつきは、僕と再び顔を合わせた時、怒るに違いない・・・。
予想したパターンはどれも、最終的にその1点に集中して帰結した。
そのはずなのに・・・夕波みつきは、どうしてこんな顔をするんだろう。
これじゃあまるで・・・。
「あっ・・・」
僕は、なんとも情けない声を出してしまった。
予想していたパターンのどれにも当てはまらない、夕波みつきの行動・・・。
夕波みつきは、背の高い僕の胴に、優しく、そして強く、抱き着いたのだ・・・。
「私は・・・」
「えっ?」
「私は、水原になんて言えば良いの? なんて言えば許してくれるの? 教えて、水原・・・」
そんなことを、夕波みつきは聞いてくる。
悪いことをしてきていたのは、ずっと僕だったはずなのに・・・夕波みつきを利用しようとしていたはずなのに・・・。
どうして、夕波みつきが謝ろうとしているのか、僕はまったく・・・。
「烏丸祐一郎、大切な家族のことだから心配だとは思うが・・・ここは水原を信頼して任せるぞ。」
「・・・そうですね。」
横では、右京こまちと烏丸祐一郎公爵がそんなことを言いながら部屋のドアへ向かって歩いて、さっさと部屋を出て行ってしまった。
部屋に残されたのは・・・僕と夕波みつきの2人だけ。いや、僕の中に秘められている【魔神レニオル】を含めなければの話だが。
何とか、言葉を出そうとするも、想定外の事に、頭が回らない。
相変わらず、夕波みつきは僕から離れようとはしない。
部屋の壁にかけられている時計の針の音だけが、部屋の中にカチコチという音を響かせる。
こんな時・・・どうしたら良いのだろうか。
「・・・るいよ・・・」
「えっ?」
「ずるいよ、水原・・・。何も言わないなんて。」
そんなことを言われても、何をどう言えば良いのかわからない僕にとっては、どうしようもないのだ。
「・・・私が、水原に怒ってると思ってた?」
「えぇ・・・はい。」
「それはもちろん、怒ってるよ? だって、何も今まで私に言ってこなかったんだもん。」
「でもそれは・・・。」
夕波みつきが、抱き着いたまま、顔を上げてくる。
目が一瞬合ってしまい、思わず違う方向を見る。
「知ってる・・・右京こまちさんから聞いた。水原と、右京こまちさんの関係についても。
私のこと、いろいろ口止めされていたんでしょう?」
どうやらそこまで右京こまちは言ったらしい。
・・・改めて、現状が切羽詰っていることを感じる。
【私が良いと言うまで、私はお前の呪いを解かない。
夕波みつきに秘められた呪いが動き出すまで、私はお前の呪いを解かない。】
右京こまちと最初に出会ったとき、右京こまちに口止めの呪いをかけられ、そんなことを言われたのだ。
でも、もう夕波みつきに秘密にする必要は無い・・・ならば・・・。
「それじゃあ、僕がどうして、あなたに近づいたのかも・・・」
「・・・聞いたよ。でも、それに関しては、深いところまで聞いてない。だって・・・直接水原の言葉で聞きたいから。」
直接、聞きたいから・・・確かにそう言った。
僕は・・・ちゃんと、正確に、言わなければならない。
そうじゃなければ、きっと夕波みつきは納得してくれないだろう。
気持ちを、想いを、言葉にこめて・・・。
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思えば、もう8年も前になるか。
最初に夕波みつきと直接会った頃、僕は、必死になって、夕波みつきと烏丸祐一郎公爵の関係を探ろうとしていた。
その理由は、そのさらに2・3年ほど前、ねつ造による心霊写真を撮って母の入院費用を稼いでいたある日の事、
近所の墓場で写真を撮っていた僕のカメラのファインダーの向こうにいたのが、夕波みつきだった。
まったく写りこんでいることがわかっていなかったため、最初は気づかなかったのだが、撮った写真を見返しているときに、
その夕波みつきの姿を見つけたのだ。
周りより、一回り大きな墓の前に佇む少女。
その後ろには、明らかに霊だと思えるような黒いスーツ姿の男がいる。
男の顔に見覚えがある。近現代史でよく名前が登場する、烏丸家という貴族の若き家長、烏丸祐一郎。
もちろん、当時は霊の存在なんて信じてはいなかった。
でも、どう考えてもこの烏丸祐一郎の霊に関しては、科学的な説明がつけられない。
霊に対する興味を掻き立てられて僕だったが、それよりも、その少女の姿に見覚えがあった。
思い出したのは、その帰り道、僕がカメラを持つきっかけとなったカメラマン、夕波まことの存在だった。
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「お父さんのこと、知ってるの!?」
僕が、夕波まこと、という言葉を発するや否や、僕と一緒にベッドで並んで座っていた夕波みつきはそう言って驚いた顔をした。
「・・・夕波まことさんは、僕に親子の大切さと、写真という新たな世界、その2つを教えてくれた。
会ったのは1度だけだったけど、その時、大事な一人娘のためにがんばっているという話を聞いて、
同じ片親育ちの僕にとっては、とても励みになったんです。」
「そうだったんだ・・・。そういえば、お父さん言ってた。
私と同い年ぐらいの男の子が、自分の写真に興味を持ってくれてとっても嬉しかったな、って。それって・・・。」
「たぶん、僕の事ですね。」
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僕は、夕波まことかつて写真展で出展していた親子写真に映っていた女の子と、
墓場で撮った写真に写ってしまった少女が、とても似ていることに気づいて、いろいろと調べてみた。
するとやはり、同一人物であることがわかった。
当時の僕は、母親のためにと思って必死にお金を貯めることを目標として、偽物の心霊写真を撮ってきた。
でも、もし明らかに本物の霊・・・しかも有名な人物の霊を、写真に撮ることが出来たら、莫大なお金を得るチャンスになるのでは。
そう考えた僕は、烏丸家の前に佇んで、しかも背後に烏丸祐一郎の霊が憑いていると思われる夕波みつきに近づくことにした。
どうしても成功させたかった。そのために、準備に準備を重ね、情報収集を徹底した。
幸運なことに、夕波みつきは同じ高校の1歳上の先輩であることがわかり、比較的簡単に情報は集まった。
そして僕は、夕波みつきが、誰も住んでいないはずの廃墟になってしまっている烏丸家の屋敷に住んでいるという確証を得て、
烏丸家の屋敷に向かい・・・その門の前で、右京こまちと偶然にも出会ってしまった。
右京こまちは、その独特の風貌と発言から、ある程度霊に関する知識がある人物だと理解し、
僕はその時点で、既に烏丸祐一郎公爵が右京こまちに昇天させられてしまったことを悟った。
一足遅かった僕は、さらに右京こまちによって口止めの呪いをかけられ、たとえ夕波みつきに接触しようとも、
僕が独自に知り得た【烏丸家の呪い】などの情報について、決して本人に伝えることができないようにされた。
その後も僕は、度々右京こまちと会って、僕が集めていた夕波みつきに関する情報を教えるようになった。
それと同時に、この世には、普通の生物とは一線を介す、霊体という存在があることを右京こまちから教えられた。
人の目には通常見えないが、鍛錬した者の目には映るというその霊体は、人の弱みに付け込んで、感情を狂わせたり、
呪いにかけたり、最悪の場合、死に追いやってしまう・・・という。
後から知った話では、人間は、もともと霊体として生きていたが、霊体の長である【九神霊】に対立してしまったがため、
元の世界を追われ、現世に逃れてきた・・・らしいが、その真相はよくわからない。
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「それじゃあ、その【九神霊】って言うのは・・・人間が反乱を起こしたから、【烏丸家の呪い】を・・・?」
「・・・どうも、そういうことみたいです。」
時計の針は、午前4時15分を指している。
相変わらず外は暗い。月が、少し雲に隠れて、何とも言えない幻想的な情景を作り出している。
「【九神霊】については、おそらく右京こまちも多少話をしていたと思うので、ここでは省略します。
僕に聞くより、彼女に聞いた方が早いでしょうし。」
「うん、わかった。続けて。」
「わかりました。」
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月日が経って、高校3年生になった僕は、夕波みつきの後を追うように同じ大学を受験し、合格。
既に大学生活を送っていた夕波みつきの情報も欠かさず収集するなか、大海なぎさや八条はじめと言った人物が、
夕波みつきと深い接点を持つようになったことを知った僕は、彼らに対しても情報収集するようになった。
そして、大学に進学し、ずっと接触のタイミングを伺っていた僕は幸運に恵まれていたようで、
写真専門のサークルを作ろうとしている夕波みつきと大海なぎさの姿を見つけた。
【烏丸家】【夕波みつきと同じ高校出身】といったキーワードをいくつか用意したうえで接触し、うまく入部した。
その際、蒼谷ゆいがサークルに同じタイミングで入ることはまったくの予想外であったが、
大海なぎさが目的だと思われたため、僕としても好都合だと判断し、蒼谷ゆいの入部を推薦した。
大学入学以降も、右京こまちとはたびたび会っていたが、僕は夕波みつきとの明確な接点を持ったことを、右京こまちに対する優位性として示すことにした。
右京こまちは、霊や呪いについてはプロフェッショナルであり、いち早く【烏丸家の呪い】の存在と危険性については知っていたが、
しかし夕波みつきに接触することは、なかなかできずにいた。
だから僕は、夕波みつきの状況を報告する役目として、右京こまちに付き従う代わりに、影で右京こまちを利用することにした。
その利用先は、今の段階では置いておくとして・・・。
そういった経緯があって、こうして現在は、右京家に住んでいる。
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「・・・これ以降の話については、予想できると思いますが・・・。
大学生活の傍ら、あなたの行動などは、逐一右京こまちに報告をしていました。」
「そう・・・だったんだ。」
夕波みつきは、やや俯き加減にそう言った。
「今まで話すことができず・・・本当にすみませんでした。」
「水原は・・・悪くない。」
左右に首を振る夕波みつき。そのために長い髪が時折、僕の左腕に当たる。
「きっと水原は、今までずっと私に話せずにいたことで、苦しんでいたと思う。
・・・私の中での水原は、冷静で寡黙だけど、でもその反面、とても自分に正直だから・・・」
「・・・」
まるで返す言葉が無かった。
ずっと自分の心を守るために、常にガードを固めてきた僕だったのに、夕波みつきにはまったく意味がなかったのかもしれない。
もしかしたら、どこかで勘付いていたのかもしれない、と一瞬頭をよぎった。
でも・・・それならそれで、良いと思う。
大切な人に・・・いや、大好きな人に、自分のことを心から理解してくれているのならば・・・。
なんて幸せな事なんだろう。
「・・・1つ、大切な話があります。」
気が付いた時には、すでに遅し。僕は、無意識にそんな言葉を発していた。
顔を、改めて、隣に座っている夕波みつきに向ける。
そこには、長い髪が月明かりに照らされて、まるで天使の環を頭につけたような、
あどけない子どもの表情残る、かわいらしい少女がいた。
以前、異界に行くとき、右京こまちに「心の準備が出来ているか」と聞かれた。
その時の僕は・・・確か「僕の心の準備が出来ていなかったら、そもそも僕はこの場にはいません。」と答えた気がする。
その通りだ。心の準備が出来ていなかったら、僕は右京家の屋敷を飛び出したまま、今も外を彷徨っているはずだ。
ならばもう、後戻りはしない。後悔しないように、全力を尽くすだけだ。
「何?」
急に改まった態度を見せる僕に対して、現実はこんな大変な状況になっているにも関わらず、微笑を浮かべながら
こちらを見つめてくる夕波みつき。その目には、僕のかなり緊張した表情が写っている。
・・・いじわるだ。絶対これは、いじわるだ。
「僕は、確かに昔は、あなたを利用して、金儲けをしよう・・・なんて考えていました。
で、でも・・・。今は違います。」
夕波みつきは、黙って僕の顔を見続ける。
「今は、あなたを・・・夕波みつきさんを、助けたい、と心から・・・思っています。
あなたに迫る忍び寄る魔の手から・・・僕がいったい何をできるか、それはわかりませんけど・・・」
少しでも言葉を途切らせたら、沈黙の重圧に押しつぶされそうになってしまうかもしれない、という不安から、
徐々に僕の言葉が早口になっているような気がしてきた。
「でも・・・その、あの、僕は・・・」
しかし、次に出したい言葉が喉につっかえて、うまく出てこなくなってしまった。
すると・・・夕波みつきが、右手を、ベッドの上に乗せている僕の左手の上に乗せてきた。
今までにない緊張が、全身を駆け巡る。
「僕は、あなたのことが・・・」
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「保護者として、どういう気持ちかは、あえて聞かないで置くとしよう。」
「それは助かりますね。」
屋敷の庭に、私と烏丸祐一郎は並んで立っていた。
夜空に浮かぶ月が少し雲に隠れている情景というのは、実に落ち着くものだとしみじみ思う。
隣にいる烏丸祐一郎は、おもむろに傍にあった飾り物の置き石に座り込んで、腕を伸ばして体の緊張をほぐしている。
「・・・まぁ、保護者、というには少し強引な気もしますけど。
私は26歳で、この世を去っていますからね。今では、ほとんど年齢は変わりませんよ。」
「ふぅむ、そうか。ならば保護者と言うよりは、兄妹に近いか。」
「そうなりますかね。まぁ、仮にそうだとしても、やはり大事な妹であっても、いつかは誰かにもらわれていくというのは、
少し寂しい気がしますよ。」
まったく今の気持ちを聞いたつもりは無かったのだが、烏丸祐一郎はしゃべらずには居られなかったのかもしれない。
「・・・そういえば、差支えなければ、あなたの年齢を聞いても良いでしょうか?
いえ、女性の方に年齢と体重を聞くのは無礼だというのは承知してますが、ちょっと気になったので。」
質問に対して、横目で少し睨みつけたところ、付け加えるように無礼を詫びながらそう言ってきた。
「さぁな・・・。年齢を数えるのは、途中で面倒になったからやめた。まぁ少なくとも、お前よりは年上だな。」
「それじゃあ、やはり・・・。」
「あぁ。わかっているとは思うが・・・私はもう年を取ることは、無い。」
あらゆる呪いや魔法を体に取り込んできた結果、私は既に年を取ると言うことが無くなってしまったのだ。
死ぬまで・・・永遠に年を取ることは無い。鍛錬の積み重ねや呪いに対する抵抗力が強いために、
よほど強力な悪霊にでも対峙しない限りは、おそらく死ぬことすらないかもしれない。
この世に舞い戻った烏丸祐一郎も、年を取ると言う概念はもう存在していない。
ましてや烏丸祐一郎の場合、既に幽霊としての存在のため、死者である以上、死ぬことがない。
この世の未練を無くし、昇天しない限りは、私以上にこの世に残り続けるかもしれない。
まぁ・・・未練がなくなれば、また話は違うのだが。
「・・・年を取らずに生きると言うことは、幸せとも言い切れないのかもしれないな・・・」
「まったくです。」
「・・・烏丸祐一郎。」
私は、目を閉じて、隣の黒いスーツの男を呼ぶ。
「なんでしょう?」
「今後、少しの間、いろいろと力を借りることもあるかもしれない。もはや、私1人では手に負えない段階まで来ようとしている。」
「・・・元より、協力するつもりですよ、私は。それに、大事なみつきちゃんのためですからね。」
烏丸祐一郎は、置き石からゆっくりと立ち上がり、腰に携えていた細い剣の位置を調整する。
「感謝する。」
目を開けて、夜空に浮かぶ月を見ようとしたが、既に月は完全に雲に隠れてしまっていて、まったく見えない。
それでも私は、まるでかすかな希望を掴もうとするがごとく、月光を探し続けた。
続く