太陽と恋とグラサン少女




〜3〜

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「・・・お嬢様。お目覚めになられましたか。」

目の前に、私専属の執事である結城がいた。
目に映る天井は、私の部屋の天井。ここは、私の部屋。私のベッドの上。
いつの間に、私は寝ていたのだろうか。

「・・・私は・・・また、倒れたのか?」
「はい」
「・・・そうか。」

まただ。また、倒れてしまった。
ここ最近、突然倒れ、意識を失うことが増えてきてしまっていた。
最初に倒れたのは、いつの時か。確か、中学生の頃・・・だった気がする。
貧血かと思ったが、かかりつけの医者によると、違うらしい。

どうやら、私は「烏丸家の呪い」なるものにかかっている、というのだ。

いったいそれが何なのか、私は医者に尋ねた。
「烏丸家・・・という家系には、代々奇病が伝わっている。そんな伝説を聞いたことがある。」
医者の返事は、それだけだった。

奇病・・・ということは、解明されていない病気なのか。
治療法が無いということは、どうにもできない・・・。

「結城。水を。」
「はい」

結城は、そばにあった木製のテーブルの水差しを取り、静かに水をコップに注ぐ。
ふと部屋の窓の外を見ると、空がオレンジ色に染まっていた。

「・・・結城。」
「はい」
「あの人はどうした?」
「あなたが倒れられた後、あなたを車に乗せた彼は、そのままお帰りに」

その言葉に、私は思わず大声を上げた。

「なんで!」

結城は黙り込む。

「・・・嘘をつくな。結城。倒れた人間を気にせず帰るやつがいるのか?
 私は、あの人がそういう人間だとは思えない。」
「申し訳ございません・・・。しかし、あまり外部の方とは・・・ご主人様も」
「お前の主人は私だろうがっ!」

結城は、代々、烏丸家に仕えてきた家系の人間だ。
古い時代から、烏丸家に恩があったらしく、結城一族は執事・メイドとして烏丸家を支えてきていた。
結城が、私のお父様に従順なのはよく知っている。
名目上は、私の直接の執事なのだが、実際は、お父様の言いなりになっているのも・・・知っている。
だが、釘を刺しておかなければならない。

「・・・結城。お前が私のお父様に従順なのは、わかっている。
 私のことを思って、お父様が事あるごとに出してくるお見合い相手を、薦めてきているのだろう・・・?」
「・・・」
「お前のことだ・・・。私が、あの人を気にしていると・・・?そう思っているんだろう。」
「は、はい・・・さすがお嬢様、そこまでお見通しでしたとは・・・」

結城は、頭を下げてくる。

「見くびるな、結城。」
「も、申し訳ありません」
「・・・まぁ、いい。結城、水はもういい。車を用意しろ。」

私はそう言って、ベッドから起き上がる。
その言葉に、結城は何か言おうとするが、一瞬留まる。

「・・・わかりました。」

結城は、そう言って部屋を出て行った。

「はぁ・・・。めんどうね・・・。」

窓の外のオレンジ色の空を見て、私はつぶやいた。



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ひよりは・・・大丈夫だろうか。
あの日から3日。
突然倒れたひよりが不安で、昨日、一昨日と大雨だったのにも関わらず、この海に通ってしまっていた。
しかし、幸い今日は天気が回復した。今は、オレンジ色の空が雲1つ無く広がっている。
この天気なら・・・

「もしかしたら、戻ってくるか・・・」

と、俺は石段に座って夕焼け空を見ながら思う。

「はぁ・・・ったく、なんでかねぇ。」

どうして、ひよりのことを考えてしまうのか。不思議でたまらなかった。
もちろん、ひよりが倒れたことに心配するのは当然だが、また違う気持ちがあった。
ふと、つぶやいた俺の言葉に、突然、声が帰ってきた。

「いったい、どうした?」

後ろから聞こえたその声に俺は驚き、振り返る。

「ひ・・・ひより?」
「すまない、心配をかけた。」

そこには、最初に出会った時と同じ・・・黄色いワンピースに麦わら帽子の姿のひよりがいた。
ひよりの後ろには、あの初老の執事もいる。

「大丈夫・・・なのか?」
「あぁ、とりあえず、な。」

相変わらず、その低い身長とは裏腹に、落ち着いた口調。

「隣、いいか?」

俺がうなづくと、ひよりは、俺のすぐ隣にやってきて、石段に座った。
肩が触れるほどに、その距離は近い。
初老の執事は、何も言わず、海岸沿いの道路へと歩いて戻っていった。

「あの執事から聞いたが・・・体が弱いのか?」
「・・・まぁ、そんなようなところだ。暑い時期は、麦わら帽子が手放せなくてな・・・。
 日差しに弱いというか。まぁ、箱入り娘の私にはお似合いだろう?」

そんなことを、ひよりは笑いながらこっちを向いて言った。
しかし、その時の目は、まるで何かを諦めているような感じで・・・。

「・・・やっぱり、お金持ちなんだなぁ。執事もいるってことは。」
「そう、そうね。お金持ち。」
「家庭教師とか、雇っているのか? こんな平日に学校も行かずにいるなんて。」
「えっ?」

ひよりは、突然戸惑ったように言葉を止めた。
何かを考えるように空を見上げて、言う。

「あ・・・そうか。あなたには、私が学生にでも見えるのかしらね。
 でも私は違う・・・。もう成人もしてる。」

突然のことに、俺は驚いた。成人、してる?
とてもそんな風には見えなかった。

「あぁ、信じていない?」
「え、あ、いや・・・」

そんな様子の俺に、ひよりはいたずらっぽく笑う。
まるで、会話を楽しんでいるかのように。ひよりのこんな表情を見るのははじめてだ。

「無理も無いわ。私の成長は、中学生の頃に止まっちゃったし。
 それに、子どもっぽい顔でしょう? 本当の年齢を言うと、みんな驚くんだよねぇ。」
「それじゃあ、本当の年齢は・・・」
「それは、秘密。当然でしょ?」

その時の、ひよりの微笑みを見て、俺は気づいた。
俺は・・・ひよりのことが・・・。

「あぁ・・・秘密、だよな。」
「そうそう。」

ひよりと話していくうちに、気づいたことがある。
最初は、まるで落ち着いた口調のひよりは、途中から、子どもっぽい口調に変わっていた。
それはまるで、俺に、気を許してくれたのではないだろうか・・・そう思う。

そして、もう1つ。俺の気持ちにも気づいた。
いったい、何が俺をそうさせたのかわからない・・・。
ひよりの笑顔を見たからなのか。写真をほめてくれたからなのか。
いや・・・ひよりが何かを諦めたような顔をしたとき・・・俺は、ひよりを守りたいと思ったからじゃないのか。

「・・・っと・・・おーい?」
「ん、あ、ごめんごめん。少しボーッとしていた。それで、なんだっけ?」
「あなたの名前を聞いてなかった。」

ふと思い返してみると、俺は自分の名前をひよりに伝えていなかった。

「あぁ、俺は、夕波まことって言うんだ。職業は・・・まぁわかるとおもうが、フリーのカメラマンだ。」
「夕波、まこと・・・か。それじゃあ、まことって呼べば良いかな?」
「構わないよ。」
「それじゃあ、私のことはひよりで良いから。改めてよろしくね?」

それに俺はうなづく。
ひよりは立ち上がり、小さい体で、大きく伸びをする。

「さーってと、そろそろ帰るね? また明日もここに来るの?」
「そうだな。まだ少しの間は、ここに来る予定だよ。」

その俺の言葉に、ひよりは満面の笑みで喜ぶ。
まるで、本当に子どものように。

「それじゃ、私も明日来るね?」
「あぁ、わかった。」
「それじゃあね!」

ひよりはそう言うと、海岸沿いの道路の方へ歩いていった。
1度振り返って、大きく手を振るひより。
姿が見えなくなるまで、俺はひよりのほうを見続けた・・・。

「・・・まぁ、最初とは打って変わって、しゃべり方とか変わったなぁ・・・」

ひよりの突然の変わりように、最初はびっくりしたが、おそらくあれが本来のひよりなのだと思う。
お金持ちのお嬢様なのだから、普段は清楚でなければならない・・・
などという家の決まりがあるのかもしれない。

最初の、落ち着いたひよりよりも、子どものように明るいひよりの方が、俺は好きだ。

そして、ひよりが諦めたような目をしていた、あの時。
俺は、ひよりが家の中でどんな教育を受けているのか、どんな生活をしているのか、予想がついた。
少なくとも、ひよりは、今の生活に満足していない。本来の自分を押し殺し、生きていくことを、
辛いと思っているのではないか。
でも、生き方を変えることができない・・・だから、あの目をしていた・・・。

「と、思うんだよなぁ。」

どれも、想像の範囲でしかないが、どこか合っている箇所はあるとおもう。

ひよりを助けてあげたい。そんな気持ちが、俺の中に渦巻き始めた。



続く