太陽と恋とグラサン少女




「太陽と恋とグラサン少女」



〜1〜


「さて・・・と」

一眼レフカメラを構える俺。

目の前の風景は、真っ青な海と空。
ここ一番で、もっとも良い天候の日を選んだおかげで、
最高のシャッターチャンスをモノにすることができた。

「・・・10日待った甲斐があったな」

何枚か、写真を撮りながらそうつぶやく。
ここ数日、曇りが続いていたから、今日は雲1つない快晴になり、自然と気合も入る。

「・・・ん?」

レンズの向こうに、何か、人影が写った。
カメラの構えを解く。

そこには、麦わら帽子を被った、黄色いワンピースの後姿の女の子が居た。
背の高さは150cmにも満たなそうだ。
ちらっと横顔が見えた。幼そうな顔で、中学・・・いや高校生だろうか。
こんな平日の昼間にいるのは、少し不自然だが。

少女が、振り返った。
俺と目が合う。

「・・・」
「・・・」

少しの沈黙。

「・・・盗撮なら、他を当たってくれないだろうか?」

少女の口から、だいぶ落ち着いた、それでいてかわいらしい声がした。

「いや・・・そういうわけじゃないんだが・・・」
「・・・」

少女は黙って、こちらに近づいてくる。
誤解なのだが、これは少々マズい雰囲気か。

そんなことを考えているうちに、すぐ目の前に少女がやってくる。
近くで見ると、少女の肌は真っ白で、雪の妖精のような印象を受けた。
こんな真夏の直射日光を受けて、大丈夫なのだろうか。
麦わら帽子の奥に浮かぶ、無表情。2つの目が、訝しげそうに俺を見る。
かなり警戒されているようだ。

「そのカメラで、いったい何を撮ろうとした?」
「あ・・・えーっと、綺麗な海を・・・」

後ろめたいことは何もないのだが、こうして視線を受けていると、目を逸らしたくなる。

「・・・嘘じゃ、ないようだな。」

少女はため息をついて、振り返って、海を見る。
どこか遠い場所を見るような目で、少女はつぶやくように言う。

「こんな綺麗な風景を、写真に収めたくなる気持ちは、よくわかる。
 これだけ良い天気も・・・久しぶりだしな。」

誤解は・・・無くなったのだろうか?
今度は、少女は、俺の持っているカメラに目線を移す。

「ちょっと・・・そのカメラを借りてもいいか?」
「えっ、でもこのカメラは・・・」

そこらの使い捨てカメラとは違って、使い方が難しいから。
そう言おうとしたが、少女の目線に、何故か逆らうことができなかった。
少女にカメラを渡してしまう。

「ふむ・・・こうか?」

少女は慣れた手つきでカメラを構え、海と空を撮る。
それを見て、唖然としてしまった。
カメラの機能も、完全に使いこなしている。

何枚か撮り終わると、俺にカメラを返してきた。

「君は・・・」
「なかなか悪くないカメラを使っているな。それなりに高価なものだ。
 手に入れるのに、苦労したか?」

突然、そんなことを聞いてくる。
いったい、この少女は何者だろうか?

「あ・・・あぁ。まぁそうだな。貯金は結構使った。」

このカメラを手に入れるのに、3年かかった。
簡素なカメラを使って、写真大会に何度も出場し、少しの賞金を地道に貯金。
ようやく手に入れたとき、感動のあまり数日眠れなかったほどだ。

「・・・驚いているようだな。そんなに私がカメラを上手く扱えていることが、不思議か?」
「いや・・・まぁ。」
「私も、私の祖母も・・・私の家系は代々カメラ好きでな。
 小さい頃から、よくカメラで遊んだものだ・・・。」

そう言うと、さっきまでの無表情は消え、微笑みを俺に見せる。

「それだけのカメラを使いこなせる腕があるのなら、きっと良い写真を撮るのだろう?
 ぜひ、今度私に見せてほしいな・・・。」

疑いもないような、まっすぐな言葉。
さっきまでの様子とはまるで違う。
言うなれば、俺は硬い貝の中に眠っていた真珠を見つけた感じか。
少女の警戒は、すっかり解けているように見えた。

「そろそろ、お時間です」

突然、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこには黒いスーツを着た初老の男がいた。

「ん、今行く。」

少女は、初老の男に向かって行く。
初老の男と並んだところで、少女は振り返らず、そのまま去ろうとする。
何故かそのとき俺は、とっさに、少女に声をかけた。
そんなつもりではなかったのだが、何か、言葉をかけなければならない気がして・・・

「な・・・名前も何も聞いてないぞ! どうやって写真見せるんだ!?」

その俺の言葉に、少女は立ち止まり、振り返る。
微笑し、言う。

「ひより」
「ひより・・・ちゃんか。また、会えるかな?」
「会えるわ。必ず。」

俺はそれに、何か言おうとしたが、その前にひよりは先へ歩き出してしまう。
結局、別れの声をかけることなく、俺はひよりの姿が見えなくなるまで、立ち尽くしていた。



続く